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デンジは『給食』というものを食べたことがない。
幼い時分から借金返済のために働いていたので、義務教育すら受けていない。日本において給食は義務教育までしか行われていないので、食べたことがないというのは至極当たり前だった。
ゲヘナ学園の部活一覧を流し見していると、ふと『給食部』の文字が目に留まった。
存在を知ってはいたが食べたことはない『給食』に興味が湧き、給食部の活動が載ったページを開く。信じ難いが、数千の生徒達の為に毎日給食を作っているようだ。
活動の様子を捉えた写真には、二人の女生徒が料理を作る姿が写っている。それを見たデンジは、
(………………カワイイ)
給食がどうのとかは一切関係なく、桃色の髪の女生徒の可愛さに惹かれた。夢の一つが『女とイチャイチャして抱かれながら寝る』であるデンジの、いつもの思考回路だ。
「よし、行ってみっか。食堂」
こうして翌日の昼に食堂へ行くことに決めた。目当ては給食ではなく写真のカワイイ娘である。いや、給食を食べてみたいという気持ちもなくはないが、デンジにとって『カワイイ女のコに会いたい』という気持ちの前では、アリのようにちっぽけなものなのだ。
▽
変な所で律儀な男、それがデンジ。学校すら来ていない人も多いと聞いているのに、ゲヘナに通い始めてから毎日出席している。以前通っていた東高で『あまりにも出席しないと卒業できない』と聞いたからかもしれないが、BDの内容もあまり分かっていないのだ、バイトや映画三昧になってもおかしくない。それでも通っているのだ。ゲヘナ学園においては真面目な部類の人間に見えるだろう。そう、例え──
(やっぱ皆かわいーよなぁ)
授業中はBDそっちのけで広場を眺めて、心中でこんな不純なことを考えていたとしても、一般に『やばいヤツ』と言われるような生徒の多いゲヘナでは真面目な部類の人間になるのだ。
さて、そんな授業も進んで昼休み。財布をひっ掴んで、デンジは早歩きで食堂へ向かう。お目当ては当然給食、ではなく女生徒である。一にカワイイ女のコ、二に給食。これがデンジの脳内優先度だ。
スタスタと広大な敷地を歩く。確か食堂はこっちだ、と覚えたばかりの構内図を思い浮かべる。覚えたとはいえごく一部。デンジでなくとも、その広大さから覚えるのには一苦労するだろう。しかし、デンジは『カワイイ女のコに会う』という目標のもと、食堂までの道筋だけは完璧に記憶していた。そういう努力は惜しまない、というよりそれを努力と思わない男である。
デンジが食堂に近づいていくと、数名の生徒が目的地の方向から走って来た。その顔は焦っていたり、恐怖を浮かべていたりと様々である。それが二、三度続くとさすがのデンジも訝しむ。
(……? なんか、また騒ぎか?)
頭の中で先日の騒ぎが思い起こされる。テレビで悪いヤツと報道された以上、今はチェンソーを使うことに乗り気ではない。どうか勘違いであってくれ、と食堂へ向かうが、食堂から聞こえる破壊音や発砲音がその願いを無慈悲にへし折っていく。
しかし、引くわけにはいかない。別に撃たれても死にやしない。あの美人に会うのだ、と硬い意思でデンジは食堂のドアを開けた。
「……あ?」
食堂から連想される物からは全く外れた、赤紫の液体を滴らせる青紫の巨躯。魚に4つの脚をくっつけたような見た目で、色も相まって、食事目当ての人間の食欲を徹底的に減衰させる風貌をしている。
怪物は扉の近くにおり、ドアの開く音に反応したのか、デンジにその濁った黒眼をギョロっと向ける。
「……失礼、します……?」
引きつった笑みのデンジの頬を一筋の冷や汗が伝う。じっと見つめていただけの怪物は、数瞬の後、襲い掛かる。デンジは怪物とは反対方向に全力で逃げる。
「ギィィィィィィ!」
「オイオイオイオイ! なんだよ悪魔か!?」
こいつに似たやつもいたような、いなかったような。ここにも悪魔いんのかよ。悪魔が出たってニュースも全ッ然聞かなかったじゃねえか。
心中で憤懣を吐きながら食堂を駆ける。しかし、人間のデンジと怪物では歩幅が大きく異なり、その差を着実に縮められていた。もうチェンソーでぶっ殺すか、と決心したその時。どこかからか飛来した銃弾が怪物の右眼を正確に射抜いた。
「ギィィィィィィ!?」
そして、間髪入れずに複数の銃弾が怪物を蜂の巣にしていく。怪物は食堂の壁に倒れ込み、数回痙攣した後に動かなくなった。
「……な、何だったんだよ……」
「危ないところでしたわね、お怪我はありませんこと?」
机の下に滑り込んでいたデンジは、静まったのを見計らって、そろそろと顔を出す。そこへ一人の生徒が声をかける。デンジは彼女に一瞬で眼を奪われてしまった。
銀髪に赤い瞳。被った帽子のコーディネートも合さってとびきり美しいと言える。さらに制服の上着を袖を通さずに羽織っていたりと、全体的にラフな格好をしているが、所作や言葉遣いの影響で上品な雰囲気を崩していない。さらに、彼女の後ろに見える微かに揺らめく尻尾も可愛らしい。
デンジはそんな彼女の、制服のシャツ越しでもわかるたわわなそれに視線を持っていかれた。しかし、『女子って意外とそういう視線分かるよ』と、公安時代の先輩、姫野の言葉を思い出して、なんとか視線を顔へ向ける。
「な、なんとか……」
「それなら良かった……食堂ではたまにこういうことがあるので、お気をつけくださいませ。……アカリ?」
「はい〜。二人ともいましたね♡」
デンジの言葉に安堵を浮かべた女生徒は、厨房の方へ声をかける。そこからはアカリと呼ばれた生徒が満面の笑みで、縄でグルグルに縛りつけられた少女二人を引き連れて現れた。
「あっ……!」
「やっぱりハルナかぁ。あのさ……解決してくれたのはありがたいけど、今度はどこに連行する気?」
「あっ、その、ありがとうございました……その、倒してくださって……」
デンジは少女らのうちの片方が、自分が給食をダシに会おうとしていた娘であることに気がつき、声を上げる。
(やっぱ、カワイイ〜!)
背の低い少女は不満を隠さず、ジト目でハルナを見据えて、一応の感謝と諦め混じりの質問を投げかける。
「フウカさん、このような騒ぎは何回目です?」
「八回目よ……仕方ないじゃない、ジュリも練習しなきゃ上手くならないし」
「はぁ!? こんなのが八回!?」
デンジが驚愕の声を上げる。あんなバケモンが今月で八回も暴れる? カワイイ女のコ、それ以前に給食どころの話ではない。まともに何かを食べられるのか、とデンジは疑念を抱いた。
「以前は月に二、三度だったのが月半ばで八回……由々しき問題ですわ。元々給食は美味しくありませんが、そもそも食べられないのでは味も意味がありません」
「すっ、すみません……本当に、私がミスしてしまうばかりに……」
会話を聞いたデンジは首を傾げる。この娘とあのバケモンに一体どんな関係があるのか。まさか、あの娘が調理しようとしたら魚が蘇って暴れる……そんな訳はないだろう。こんな可愛くおとなしそうな娘が、そんな魔人みたいな。デンジは降って湧いた考えを振り払う。
「そろそろ風紀委員の目も厳しいですし、同じ『食』を求める部活がなくなってしまうかも知れないのは悲しいことです」
「テロリストとか言われるのと一緒にしないでよ」
「そこで、本日は給食部の皆さんの料理上達、その第一歩……美食の研究ですわ」
「はぁ……碌な事にはならなそうね」
「何事もまず『知る』事から……。美食とはどういうものかを知れば、調理する上で目指す方向が分かるというもの。本日はお二人を、私がリサーチしたレストランへお連れ致します」
「レストラン行くだけなら、どうして縛る必要があるのよ……」
満面の笑みで給食部に提案するハルナ、それに対し、一貫してジト目で不信感を返すフウカ。そしてデンジは、困ったように声を上げる。
「えェ〜〜ッ! どっか行くの!? 給食どうなんのぉ!?」
「あら、貴方、給食を食べに?」
「エッ、マ、まぁ……」
「そうでしたか……というか、それ以外の目的でここに来る人は少ないですわよね。どうしましょうか……」
デンジに限っては、その少ない方の人間に当てはまるのだが、ハルナは知る由もない。ハルナはしばし考えて、一つの結論を出した。
「……では、そういうことなら──」
▽
ハルナ達はゲヘナ自治区の──学園から車で三、四十分ほどの高級レストランへ足を運んだ。移動は勿論、給食部の車である。フウカもいつもの事だと、諦めて何も言わなかった。
「おぉ……すっげー高そうだけど、オレそんな金持ってねえよ?」
「ご心配なく。私がお支払い致します。奢りというやつですわ」
この場にはデンジもいる。ハルナがご一緒に美食を、と提案したのだ。デンジとしては、カワイイ女の子が二人増えて一緒にメシを食えるので、断る理由なんて全くなかった。
レストラン『エスタリエ』は、まさしく高級だ。カーペットや照明、椅子などの内装は高貴な印象を与えるが、過度に華美ではなく、下品な感じを受けない。掃除も行き届いている為、店内の上品な雰囲気がより一層引き立っている。外光も少なめだが差し込んでおり、その少なさが逆に、雰囲気の演出に一役買っている。
「いらっしゃいませ。エスタリエへようこそ。予約はお取りになられていますか?」
「はい。黒舘ハルナの名前で予約していますわ」
「……はい。予約が確認できました。こちらへどうぞ」
支配人と思しき男が、ハルナ達を席へ案内する。席についたハルナ達のカバン等の荷物を、支配人が手際よく壁にかけたり、その為の籠に入れる。
「うわ〜、お、美味しそうです……!」
「う……漢字が、読めねえ……」
「メニューが多いわね……どれにしよう」
「とりあえず量が多いのがいいですね〜!」
「う〜ん、ここは定番メニューで……? いや、旬を取り入れた物も……」
メニューを見て全員が悩む。デンジはそもそも注文を決めるという段階にいるのか怪しいが、とにかく悩んでいた。読めない字が多い以上、写真から美味そうなのを選ぶしかない。
「お客様、現在の当店一番の人気を誇るこちらのコースがオススメです」
「あ、そうなんすか……じゃあそれで」
支配人がデンジの手元のメニューを指差して言う。字は読めねえし、オススメならきっと美味え。そう考えてデンジはオススメのコースに決めた。
「…………」
▽
各々が注文した料理が、続々と運ばれる。前菜、サラダ、スープ、メインディッシュ……どれもデンジが見たことのない料理ばかりだった。辿々しく、側から見れば危なっかしい手つきでナイフを扱い、肉を切る。フォークで刺して口へ運ぶと、一噛みする毎に肉汁が溢れ、芳醇な肉の旨みが口内に広がる。
「は〜、美味え……」
至福の溜息と共に、思わずそんな言葉が出る。食べる手は止まらない。
(こりゃ最強に美味えや。ジャム全部乗せのパンみてーに最強だ)
給食部のフウカやジュリ、美食研のハルナやアカリもそれぞれ料理を楽しみ、デザートまで全員完食したのだった。
………
「……はい、お支払い、丁度で頂戴しました。……ご満足頂けましたでしょうか」
「……料理……はい」
全員分の支払いを終えたハルナが、支配人の問いに笑顔で、しかし曖昧な返事を返す。
デンジは、それはもう幸せだった。かつての極貧生活の際にポチタに語ったような夢を実現した。美味い物を食べる、しかも女の子と。なんとか会話もそこそこ楽しめて、間違いなく人生で最高だった事の一つになるだろう。食事中、ハルナがやや不機嫌のような気がしていたが、デンジはもうそんな事は頭になかった。
「……ふふ」
ハルナは不気味さを感じる笑顔で立ち上がると、何処からか手榴弾を取り出し、ピンを抜いた。フウカ、ジュリ、デンジはギョッとした。
「ちょッ、ハルナ!? 何するつもりよ!!」
「……食前酒も、一口料理もなく……」
フウカの問いには答えず、支配人に向けて語りかける。その眼は冷たく、怒りに満ちていて、身体からドス黒いオーラまで見えるようだ。
「なんの断りも入れず荷物に触れ、ステーキの焼き加減も聞かない。『食』、それも高級を謳うなら、してはならないことばかり。おもてなしも合わせて『食』は完成されるのです。……この店のサービスは、『食』に対する冒涜ですわ」
ハルナは低い声でそう言い切ると、チラと、まだ赤々と火の灯る暖炉を見やる。フウカは何をするつもりかを瞬時に悟り、叫んだ。
「避難するわよ! ああなったハルナはやらかす! 絶対に!! 大怪我する前に!」
デンジ達はそれぞれ傍の窓から脱出を試みる。ハルナの手から、手榴弾が投擲された。
それは綺麗な放物線を描いて、暖炉へ突っ込み───大爆発を起こした。それに伴い、ハルナのカバンに仕込まれた別の爆弾も誘爆し、結果として大惨事を引き起こした。
▽
「───っつーわけ。な? オレは関係ねえって」
「どうだかなぁ……最近編入したんだろう? 給食部は給食部だがお前はどこの部活にも入ってない。ちょっと怪しいよなぁ……美食研と何か関わっているんじゃ?」
「はぁ〜〜?」
あの後、偶然近くにいた風紀委員により五名全員が捕まった。デンジは怪我をしたわけではなかったが、ハルナのやらかしの参考人として風紀委員会本部で拘束された。何度も何度も、何もしていないと説明しているのだが、怪しまれている状態は中々変わらなかった。
結局解放されたのは陽がほぼ沈んだ頃。デンジはあの銀髪美人と関わるのはやめよう……
눈‸눈
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