怪奇! キヴォトスのチェンソー男!   作:アマテ_V3

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本作品が日間ランキングに載っていました。
読者の皆様のおかげです。ありがとう御座います。

Ep:2になります。
Ep:1も並行して更新します。


Ep:2 連邦捜査部編
2-1 ツラがいいシャーレの先生


 

 デンジはバイトに勤しんでいる。

 

 以前は作り直したタバコをホームレスに売ることが収入源だった。なぜそんな人として良くない方に片足を突っ込んだことをしていたか。それは以前通った東高がバイト禁止だったからに他ならない。しかし、デンジが今通っているのはゲヘナ学園。『自由と混沌』が校風であるこの学校はバイトも自由。ようやく堂々と金を稼げる、とデンジは激しく喜んだ。

 

 デンジはそんなに散財しない。というのも、同居人だったナユタを大学に通わせる為に貯金しているからである。食材も安くなっている物があればそれを買うし、趣味嗜好もお得に楽しめるならそうする。大学は金がかかる、というのを様々なところで聞いたこと、そして幼少の借金生活による貧窮が、デンジにお金のありがたさを認識させていた。

 

 もしナユタん所に帰れるようになったら、大学に行かせなきゃいけねえ。だから金稼がなきゃな、とデンジは気を引き締めてバイトに向かう。

 

 本日のバイトは『エンジェル24』という売店の店員。開店して間もなくで人手不足らしく、給料が比較的高い。内容も見た感じやれそうな仕事だ。少し遠くてもデンジはこのバイトをすることに決めた。履歴書もようやく使い方を理解し始めたスマホで調べてなんとか書いたのだが、履歴書も碌に見られず面接もなくすぐに採用された。よほど人手が足りなかったのだろうか。時間かかったんだけどな、と履歴書がほぼ見られなかったことにデンジは少し不満を覚えた。

 

「じゃ、あとはよろしく〜」

 

 デンジに制服を渡した店長はそう言ってどこかへ行ってしまった。ふつう店長も働くんじゃねえの、と少しイラッとするが、給料が高いことを思い出し、我慢して働き始めた。制服と一緒に渡されたマニュアル───挨拶の心得や仕事内容、業務のやり方諸々が記載されている───を読みながら、一つずつ進めていく。

 

「あっ、あの……デンジさん、あれを運んでもらえますか……?」

「んあ? おう、分かった」

 

 現在、この売店で働いているのは二名。デンジと、年下の少女ソラである。彼女は中学生であり、本当ならバイトとして働ける場所は少ない。しかし、店長はそのあたりを何も気にしておらず、あっさり採用してしまった。『エンジェル24』とあるように、この売店は24時間営業。その上で店員が二人、しかも片方は中学生。なんという人手不足、なんというブラック。

 

 閑話休題。

 

 デンジはソラに頼まれたダンボールを運んでいる。確かにソラが運ぶには重い。一体何が入っているのか、その中身は大量の閃光弾である。

 

(なんてモン売ってんだよここ……)

 

 デンジは運びながら棚の品揃えを見て、驚きと呆れをない混ぜにした溜め息をつく。パンやおにぎり、弁当、お菓子、雑誌など普通の物も売っているのだが、棚の一角には爆薬や手榴弾、銃器も揃っている。こんな商品の並びを見たことがないデンジは強烈な違和感を覚えたが、再び給料のことを思い出し、黙々と荷物を運んだ。

 

 他にも店内の掃除や足りない商品の補充、軽食の調理などの業務をこなしていく。その中で、デンジは一つ気がついた。

 

「なあ、客来ねえな」

「はっ、はあ……まだ開いたばかりなので……場所も特殊ですし」

「んん〜? えぇっと、『シャーレ1階店』だっけか? シャーレってなんだぁ?」

「さ、さぁ……連邦生徒会の新しい組織とか、なんとか……」

「へ〜、とりあえずなんかスゴいんだな」

 

 ソラは怖がりだ。ソラにとってデンジは見知らぬ男、それもゲヘナ学園の生徒……恐怖を抱いてしまうのも無理はなかった。

 

 『エンジェル24 シャーレ1階店』。確かに開店したばかりであり、よく分からない組織の建物にあるという特殊な立地から、客足が遠のいているのかもしれない。しかし、それは半分当たりで半分外れである。もっと特殊な原因を、デンジたちは身をもって知ることになる。

 

 

 ───突如、大きな爆発音が轟いた。

 

 

「ひっ、ひえええ!!」

「おわっ! なんだよ……」

 

 続いて多くの発砲音。デンジはチラと外を見て顔を顰める。外では学生集団が銃を乱射している。更には戦車も引き連れ、そこらに砲撃しまくっている。さっきの爆発音はアレのせいか、とデンジはあたりをつける。

 

「お〜いソラ、なんかヤバそうだ、隠れとけよ」

「ひゃっ、ひゃいい!!」

 

 デンジがソラに声をかけると、ソラはすぐさま店裏のドアを開けて隠れる。

 

「ヒャッハ〜〜ッッ!! 撃ちまくれ撃ちまくれ! 連邦生徒会を破壊しろ〜ッ!」

「この戦車で! 気に食わねーアイツら全員ブッ飛ばすぞぉ!」

「うわ……ホントにやべーヤツらだ」

 

 どうする。デンジは悩む。これが悪魔騒ぎだったら喜んで止めに行く所だが、生憎原因は学生集団。チェンソーは使えない。

 ケーサツが来るまで店裏に隠れるか。いや、そうしたら来た客に対応できねえ。働くんだからしっかりやらねーと。そうだ、じゃああれを……。

 

 そう悩んだ末にデンジはある物を持ってレジに立った。マニュアルのレジ打ちに関するページを、外の喧騒をBGMにして読み進める。

 少しして、店の入口ドアが開いた。

 

「いらっしゃいま……」

「オイオイコラァ! 金出せ! レジにあるだけ全部だァ!」

「うげ」

 

 客ではない。先刻の騒ぎを起こしていた暴徒の三人だった。フルフェイスのヘルメットを被った生徒二人にマスクをつけたスケバン生徒。銃を構えて金を要求する、テンプレのような強盗である。

 

「そりゃちょっと困るぜ〜お客サン、俺の給料なくなっちまうよ」

「は? ンな事知るか、早くしろ」

「まずはその危ないモンしまえって、な?」

 

 彼女らは短気らしい。デンジの言葉にイラつき、一人が拳銃を天井に向けて一発撃った。デンジはかつて飯屋で撃たれた時を思い出し、あんま撃たれたくはねえな、と心中で呟く。

 

「早く出せっつってんだろ。次はマジで撃つぞ……。テメェ外のヤツだろ、死ぬぞ?」

「だからぁ……給料なくなっちまうんだっつの!」

「ッ!?」

 

 突如、スケバン生徒に浴びせられる気体。それは彼女の眼に染みこみ、眼は防衛の為に涙を流す。先程の集団が店にまで暴れに来た時の為に、防犯用の催涙スプレーをポケットに忍ばせていた。マニュアルの最初の方に書いてあったことである。

 

「ぐううぅっ……」

「なっ、何すんだテメェ!」

 

 スケバン女子が眼を押さえながら後退りし、傍の一人が自分たちの行為を棚に上げた声を上げる。デンジは答えず、レジを乗り越えて残る二人に肉薄する。

 

「よっ」

 

 そのまま一人の傍へ駆けると、ヘルメットをズラして視界を塞ぎ、銃を剥ぎ取った。慌ててもう一人が銃を構えるが、デンジは銃身を引っ張ってバランスを崩させ、そのまま足掛けで転倒させた。

 こうして三人をあしらい、これまた準備した縄で捕縛した。

 

「ふう。これで給料が出る……。安心したぜ〜」

「……だ、大丈夫、です、か……?」

「あ、ソラ……だ〜いじょ〜ぶ、問題なし!」

 

 何があったかを確かめようとソラがドアを少し開けてレジを覗き込む。ふざけんなやらほどけやら叫んでいる不良たちを尻目に、デンジは親指を立てて元気よく笑顔で答える。ソラは少しビックリしたが、デンジが無事なことにホッとする。

 

「さ〜て、ホントは最強の大会でもやりてーとこだがよ……女のコに暴力ってのはサイテーのやることだからなァ〜。ケーサツで勘弁しといてやらあ」

「ぐぅぅ……! 聞いてねえぞ! 存分に暴れられるって話だったのによォ!! なんッでコンビニ店員なんかにィ!」

 

 デンジが三人を外につまみ出す。スケバン女子が目の前の店員とここにいない誰かに怒りを露わにする。

 

「あ? 誰かに頼まれたのか?」

「はあ? どーだっていいだろォ! ほ・ど・けェ〜!」

「あたしらはただ、あいつに乗っかっただけ……連邦生徒会に石投げられりゃそれでいい」

「ほ〜ん、まあなんかボスみてえのがいるのは分かったぜ」

 

 デンジは不良たちとの会話から親玉がいる事を悟った。暴れていた不良集団のいた方を見ると、彼女らは戦車を伴ってシャーレの建物の入口の方に向かったようだ。彼方からは銃撃音と不良達の怒声が止まない。

 デンジは見逃さなかった。銃撃戦が繰り広げられている方から建物内へ走り去っていく和服姿で狐面の女生徒──『七囚人』の一人、狐坂ワカモの姿を。

 

「ソラ、ケーサツ来たら引き渡しといてくれ」

「は、はい……え? デンジさんは……?」

「俺あ、こいつらのボス捕まえてくるわ」

「えぇぇっ!? あっ、危ないですよぉ!」

 

 女生徒の服装、なんとなくの雰囲気、身のこなし。以前自分に差し向けられた殺し屋に近い物を感じたデンジは、彼女が親玉だと直感した。動きにくいエプロンの制服を脱ぎ捨て、ソラの心配をよそに後を追いかけた。

 

 

「う〜ん、何でしょうね、これは……? 壊すにしても……」

 

 シャーレの地下。執務用デスクと書棚の備え付けられた部屋に、静かにそれは存在した。砕けた石板のようであり、上下からの人工光の中に悠然と浮かんでいる。それは完全にワカモの知識の埒外の物品であり、どうしたらいいのか見当がつかなかった。

 何か重要なものか? 連邦生徒会が大事にする物なのだから、きっとそうだろう。

 ならばとりあえず──

 

「オイオイ、な〜にしてんだ?」

「!!」

 

 上方からの声で、ワカモは伸ばした手を止めた。

 声からして男性、歳は近いだろう。先程まで対峙していた連邦生徒会の小犬たちの中に男はいない。大方騒ぎを聞きつけた警察だろう。もし違うなら、こんな所まで来てしまう馬鹿な野次馬か。だが、どちらにせよ、やる事は変わらない。

 

「散々銃ぶっ放してよ〜、うちの天井も穴開いちまったぜ? 器物なんとか罪ってやつだろ? じゃあ捕まえなきゃなあ」

 

 デンジは階段を使わず、地下室入口近くの柵を乗り越えて室内へ侵入、そこそこの音を立てて着地する。ワカモはその隙を見逃さない。

 

「おわ! 危ね!」

「チッ」

 

 着地の隙を狙ってワカモは短刀を肩へ投擲する。しかしデンジは反射的に持ち手を狙って弾く。

 ワカモは弾かれたことを認識した瞬間に駆け出し、もう一つの短刀で斬りかかる。卓越した刀捌きだが、掠りはすれども、手を弾かれたりいなされたりして命中しない。終いには短刀を持つ右手が掴まれてしまった。

 

「!?」

「よっ、捕まえた。おとなしくしろよ〜」

 

(この男、外の? 慣れている……私が当てられない……?)

 

 以前、デンジは最強を自称するアル中デビルハンターによる修行という名の虐殺を経験している。瞬き程度の間に三回ナイフを頭に喰らわされたり、『獣が狩人の言葉を信用するな』という言葉のもと嘘をつかれて殺されたり、とにかく散々だったと記憶している。しかし全く役に立たなかった訳ではなく、それのおかげで戦闘に関してはかなり力がついている。

 

「さ〜て、よっ」

「ッ!?」

 

 デンジは不良たちの時と同じように、催涙スプレーをワカモに噴霧する。お面を被っててもこっちが見えてんなら効くだろ、という考えである。後は縛って終わりだと思ったが……

 

「ッ……放しなさい!」

「うがッ!!」

 

 左ハイキックが一閃。デンジの側頭部にかなりの威力でクリーンヒット。右手でスプレーを持っていた為、ろくにガード出来なかったのだ。

 右手を掴んでいる手を振り払い、距離をとる。ワカモは目の前の男への警戒を強める。見た所、キヴォトス外の人間で同年代。しかし、あまりにも戦い慣れている。

 

 彼女はキヴォトスでも上位の強さだと自負しているし、実際その通りである。しかし、そこの男へまともに当てたのは油断した隙をついたハイキックのみ。舐めてかかってはいけない。この男は警察ではないが馬鹿な野次馬でもない。本気で捕まえに来ている。ワカモは男を制圧する事に集中し、身を屈めて駆け出そうとした。

 

“お〜い! キミら何してんの!”

 

 彼女の行動は、またしても上方からの声で妨げられた。地下室入口には連邦生徒会の白い制服を纏った女が立っている。ワカモらを認識すると、室内への階段を駆け下り始める。

 

「はぁ、もう着いてしまいましたか……潮時ですね」

 

 ワカモは溜息を一つつくと、軽い身のこなしで階段の手すりを飛び移り、地下室から出て行った。

 

“あれがワカモちゃんね……なんでこんなトコまで。キミ、怪我はない?”

「あぁ〜(いって)え……けど、なんとか」

 

 デンジの視界は揺れていた。ハイキックで脳がシェイクされ、視覚機能に影響している。膝をついてしまっていたが、優しい女性の声にはしっかり返事をする。

 揺れが治ってきた頃、デンジは顔を上げて女性を視界に収めた。

 

 短く切り揃えられた黒髪に、金色に光る意志の強そうな眼。身長はデンジより少し高く、微笑みながらデンジの顔を覗き込んでいる。目鼻立ちは整っており、その顔は可愛い、というよりも綺麗、麗しいという表現が適切になるだろう。

 

 そんな女性に見惚れていると、女性は眩しい笑顔で“うん、良かった良かった!”と言う。

 

“キミ、名前は?”

「俺はっ、デンジっす。早川、デンジ」

“ほー、い〜名前だ。なんでここに来たの”

「さっきの娘を捕まえるためっす」

“へえ〜、勇気あるねえ”

 

 二人が会話をしていると、またしても違う女性がやって来た。

 

「先生、お待たせしました……あら、こちらの方は?」

“お〜リンちゃん。この子は早川デンジ君。ワカモちゃんを追いかけて来たんだって”

「なっ……そ、そうですか。ヘイローがないですが、彼も外の?」

“かもしれないね〜。でも面識はないよ”

 

 会話を聞き、デンジは先生と呼ばれた女性に天使のような輪が無い事に初めて気がついた。

 この人も俺がいたとこから来たのだろうか、帰る方法を知っているなら……いやでもチナツもジュリも可愛いんだ……、と勝手に一人で悩み苦しんでいる。実にデンジらしい天秤のかけ方である。

 

「それでは先生、これが生徒会長の残した『シッテムの箱』です……」

 

 デンジが苦しそうに悩む傍ら、先生は七神リンから端末を受け取る。リン曰く、それは製造元やOS、システムなどあらゆる事が謎に包まれているらしい。

 先生がそれを受け取り、電源を入れる。そうしていくつか操作をすると、ある画面で動きが止まった。少しして、リンのスマートフォンに連絡が入る。それはサンクトゥムタワーの制御権が回復したことを伝えるものだった。

 

「連邦生徒会でも、制御権が確認できました。これで業務を再開できます……。ありがとうございます。お疲れ様でした、先生」

“ん、お疲れ〜”

 

 リンが丁寧に感謝と労いの言葉をかける。対照的に先生はフランクに返した。

 

「では先生、こちらへ……。先生に担当していただく『シャーレ』を案内します」

「……ん?」

 

 シャーレ。それ、どっかで……。

 

『連邦生徒会の新しい組織とか、なんとか……』

 

「あ」

 

 ソラの言葉を思い出した。なんかスゴそうな連邦生徒会ってトコの組織『シャーレ』。それを目の前のこの人が担当。じゃあこの人すげー人なんだ。てか『シャーレ』って何だ?

 

「あ〜、シャーレって何すか?」

「……その、あまり部外者には……」

 

 デンジが先生の傍の美人に尋ねる。リンは見知らぬ男子生徒に教えるのを躊躇い言い淀んでいたが、先生が満面の笑みで生徒のように手を挙げて言う。

 

“は〜〜いリンちゃ〜ん、私も聞きた〜い”

「なっ…………はぁ、分かりました」

 

 その言葉に驚くリン。先生はにひっと悪戯っ子のような笑みを浮かべている。

 別に極秘という訳でもない、なんならこの生徒にも入ってもらうかもしれない……なら逆に丁度いい、と結論づけ、リンは諦めの溜息をついた後、説明を始める。

 

「『連邦捜査部:シャーレ』。先生にはこの部活の顧問として活動していただきます。現在は権限だけで目標はありませんので、何かをしなければならないという強制力は存在しません。この都市のあらゆる区に出入り可能で、所属に関係なく先生が希望する生徒を加入させる事ができる、独特な部活です……。現在、私たち連邦生徒会は行方不明の生徒会長を探していまして、キヴォトスの問題解決まで手が回りません。それをシャーレに対処していただくかもしれません」

 

「……えっと、つまりどういうことっすか」

“ん〜〜〜、皆で頑張って働こうってこと”

 

 リンの説明をあまり理解出来なかったデンジは先生に解説を求めるが、その答えはだいぶアバウトだ。しかし、デンジは「へ〜」と聞き入れ、理解を諦めてしまった。

 

“そうだ。デンジ君、シャーレに入らない? 一緒に駆けずり回ろうよ”

「えッ!?」

 

 デンジは逡巡する。部活には入ってねえ、バイトしかしてねえけど、時間あんのか? 何するんだ? と脳内で色々考えるが、数秒で出した答えは自明だ。

 

「はい! シャーレ入りまァす!」

 

 目の前のキレーな人と働ける。デンジは何を差し置いてもそれを重要視し、即決した。シャーレ入部者第一号は、デンジに決定された。

 

 

名前:デンジ

ゲヘナ学園一年生

部活:無所属

武器:???

 

『やるってなったらマジで頑張るんで、ド〜ンと期待しといてくださいよ、先生』

 

 

 

 

 

 

 

「では……定期会議を始めましょう」

 

 キヴォトスの何処か。地下か、廃墟か、あるいは郊外の一角か。徹底的に隠匿された薄暗い部屋の中、黒い服の大人が号令をかける。

 

「さて、始まって早々だが、あの()()()()()()に関して皆さんの考えを聞きましょう」

 

 杖をつき、誰かの後ろ姿を映した端末を片手に持つ、首のない大人がこの場に集まった他のメンバー三人に問いかける。

 

「チェンソー男とは如何なるものだ?」

「おや、マエストロ……。つい一週間ほど前ですが、確認されていないのですか。ゲヘナ自治区にて、頭と両の腕からチェンソーを生やした男の存在を観測したのです」

「ほう……」

 

 マエストロと呼ばれた大人───木製の人形のようで、眼や口が描かれ、ひび割れた二つの頭を持つ───が黒服の説明に興味を示す。そして、黒服は最後のメンバーに顔を向けて問う。

 

「ベアトリーチェ、あの存在は貴方の()()によって現れた、と私は考えていますが」

「……ええ。おそらくその通りです」

 

 黒服の問いに、表情を変えることなく答えたのはベアトリーチェ───紅と白が入り混じる肌をした女性。彼女は更に続けて言う。

 

「かの存在は、私が行った儀式の()()()()()()()()……。別世界の力を得る、その引き換えにこちらの世界へ引き込まれた者です」

「別の世界……? どうやって観測したのだ?」

「その点は私から説明いたしましょう」

 

 ベアトリーチェの語る言葉に驚いたマエストロは疑問を口にし、それに対して黒服が答える。

 

「疑問でした……キヴォトスの生徒、ひいては人間から放出される神秘や恐怖、その行き先……。大なり小なり、放出されたそれらは対象となる物に向かうはずなのですが、僅かに何処かへ消える。エネルギー減衰ではありません。それは全く別の道筋を通って、何処かへ行くのです」

 

 黒服はメンバーに自分の研究成果を告げる。

 

「その調査はしばらく滞っていたのですが、アリウス自治区におけるある古文書の発見をきっかけに、ある推測を立てる所まで進められたのです」

「……あの『()()』についての記述ですね?」

「ええ。古の時代、聖徒会が残した『悪魔』の記述……。そこには『悪魔』が恐怖を糧にしているとの内容がありました。そこで私は、消えた恐怖のエネルギーは何処かに潜む『悪魔』へ向かっている、と考えました」

 

 ユスティナ聖徒会───大昔の組織であり、戒律を守護する者たち。トリニティ総合学園の組織の一つ、シスターフッドの前身であり、未だ謎が多い存在。その存在は、『悪魔』についての情報を残していた。

 

 曰く───『悪魔』は恐怖を糧とする。

 曰く───『悪魔』は名を冠する。

 曰く───名に冠した物への恐怖を喰らう。

 曰く───現世ではない何処かより現れる。

 曰く、曰く、曰く───。

 

 悪魔に関しての情報を、大昔の人間がどうやって手に入れたのか。そもそも、悪魔とは実在したのか。この古文書を以ってしても、謎は多い。

 

 話を聞いていたマエストロは不思議そうに問う。

 

「それとベアトリーチェの儀式がどう関連するのだ。まさか、悪魔を呼び出したとでも?」

「ええ。その通りですよ、マエストロ。正確には、向こうへ干渉して契約を幾つか結んだのです」

 

 ベアトリーチェは黒服の推測を基に、ある儀式を行った。別世界、キヴォトスの外どころか次元すら違う世界に干渉する儀式。彼女は儀式を経て、莫大な恐怖を秘めた幾つかの力を手にしていた。

 

 感心を露わにしているマエストロを傍目に、黒服が再び語る。

 

「……ここで、かのチェンソー男の話をしましょう。儀式が行われたのは一週間ほど前。彼が現れた頃と一致します。つまり、()()()()()()()()()、というのが最も有力です」

「なるほど。それで副産物、ということか」

「そう。始めに言ったように、かの者は私が力を得る代償なのです」

「そう、代償……。ベアトリーチェ、気をつけてください。儀式が彼を連れてきたのだとすれば、彼は……」

「ええ、分かっています」

 

 説明を終えた黒服がベアトリーチェに向き直り、神妙な面持ちで忠告する。彼女は僅かに苛立ちながらも丁寧な口調で返す。

 

「生徒に調査させましたが、おそらくこちらには気づいていない。それならば、いくらでもやりようがあるというもの。既に対策は済ませています……。スクワッドを用いて実行中ですので、私の計画に支障はありません」

 

 悍ましくも妖しい色気を醸し出す微笑みを浮かべながら、彼女は言う。その眼には、手にした力への歓喜と絶対の自信が現れていた。

 

 

デンジはベアおばの策略に……

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