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『ほう、小娘の癖になかなか……やはり神秘か、忌々しい』
鬼は獰猛な笑みを浮かべながら呟く。そして辺りに感じられる『神秘』──それを今しがた受けている攻撃から感じ、憎々しげに吐き捨てる。
D.U.シラトリ区。そこは過去類を見ないほどに荒廃していた。巨大な体躯に規格外のパワーを持ち合わせる鬼が腕を一振り、脚を一振りするだけで周囲の建物に被害が齎される。その様はまさしく歩く災害であった。
「フン、どうせ毛程も効いてないのでしょうね……腹立たしい」
ワカモは遮蔽物を活かし、ヒットアンドアウェイで攻撃を続ける。しかし手応えはほとんど感じられない。こんなことは今までなかった。それが苛立ちをますます募らせる。
(しかし完璧ではないはず、どこか攻撃の通る場所……それを見つけなければ)
苛立ちの中あくまで冷静に、ワカモは狐面の裏で策を巡らせながら駆ける。その中で鬼に対し様々な方向から銃弾の雨を浴びせる。
『ハ、ハ、無駄ということが解らないか? やはり女子供よ……そろそろ煩わしいが……』
脇差も織り交ぜられた連撃に対して鬼は何らの痛痒も見せない。そもそも銃弾も刃も体表で弾かれている。驚くべき防御力だ。
その最中、鬼は退屈と苛立ちを募らせている。ある者と契約しチェンソーの情報を手に入れたはいいものの、そのチェンソーはおらず、眼前に立つは小娘一人のみ。初めは中々興が乗ったが次第に退屈してくる。自分に歯が立たない神秘など煩わしいだけだ。この小娘は強者などではない。早い所チェンソーを呼ぶ餌にしてくれよう。
『……ぬ?』
すばしっこい小娘を目で追う中、自らの足元に何かが数個転がってくる。それは次第に煙を吐き出し始め、周辺を白く染め上げていく。
『ほう! 小娘の考えそうな小細工だ! 次は何処から来る!? 後ろか、上か!?』
敢えて挑発するように言う。小娘自身も自身の攻撃が効かない事は解っているだろう。更なる高火力を不意打ちで浴びせるか? 人間程度の力などたかが知れている。──そんな油断が鬼にもあった。
『ッぬう!?』
煙幕の中からワカモが姿を現す。彼女は鬼の大きな顔へ近くの壁を利用して跳躍し、その手の脇差を鬼の右眼へ突き立てる。その刃はあっさりと眼球を横一文字に切り裂き、切り口から赤紫の血液が飛び散る。
『があアアァァァァッ!!』
予想だにしない痛みに鬼はこの世のものとは思えない叫びを上げる。その声量にワカモは耳を塞ぎ、顔を顰めながら飛び退る。
『ぐうう……っ』
「あら、さっきまでの余裕な態度はどうしましたか。こんな小娘にしてやられて、いったいどんな気分ですの?」
お返しとばかりに鬼を挑発する。血のこびり付いた脇差を放り捨て、新しい脇差を抜く。捨てられた脇差、そして服や狐面に付着した血が、わずかな煙を上げて蒸発していく。
『言わせておけば、小娘如きが……! この我に傷をつけたことは褒めてやろう……だが戯れは終わりだ。貴様は死なぬ程度に痛めつけてチェンソーの呼び水にしてくれる』
『神秘』による眼の焼け付くような痛みと再生の遅さ、小娘にしてやられた事、そして何より油断なぞして無様に傷を作った自分。鬼はあらゆる憤懣を露わにし始める。鬼の放つ圧力の変化を感じ取ったワカモは構えを低く取り、警戒を強める。
鬼が息を大きく吸う。何をしようとしているかを瞬時に察したワカモは素早くその場から離脱する。
──それは圧倒的なまでの破壊。一種の兵器にすら思える音波の暴力。鬼の咆哮は地を震わせ、人の身体に害を為す。ワカモは退避しながら耳を塞ぐもあまりの音の大きさに耳鳴りがし、衝撃波のような音を全身で浴びてその威力を身を以て味わった。
「くっ……なんという……!」
吹き飛ばされた先で、咆哮の残滓を感じながら顔を上げると、拳を振り上げた鬼がこちらへ飛びかかっている。
「ッ!!」
痺れのようなものが残る身体に鞭打ち、鬼の拳を回避する。振り抜かれた拳はコンクリートの道路を容易く破壊し、その威力はまともに当たった際の末路を物語る。
避けられたと見るや、鬼は機敏にワカモの後を追う。体躯の大きい鬼は簡単にワカモに追いつき、その身体を鷲掴みにすると近くのビルへ投げつける。ワカモはそのままガラス張りの壁を貫通し、多数の切り傷を作りながら建物内の壁に叩きつけられる。狐面が割れ、素顔が露わになる。
「がふっ……!」
肺の空気がすべて消え去ったかのように呼吸ができなくなる。地に落ちて咳き込むも、その隙を鬼が見逃す訳もない。
「ぐうっ……はっ……」
荒々しい破砕音と共に鬼がビル内へ突進し、追撃を仕掛ける。ワカモは痛みに耐えながら避け、ビルを出る。鬼は壁を破壊して外に出ると、破壊の痕であるコンクリートの塊を正確にワカモへ投擲して逃走を妨害。そうして逃走の脚が遅れたワカモに、鬼は大きな手を伸ばして身体を掴みあげようとする。
「っ……喰らいなさい!」
迫り来る鬼にワカモは手榴弾を複数投擲。しかしそれらは鬼が纏めて拳の内に握り込め、全て粉々にしてしまう。そしてワカモは鬼の手で鷲掴みにされ、身体が人外の握力に晒される。
『人間にしてはよくやったものよ……だが足りん、足りぬなあ』
「が……かはっ……」
不敵な笑みを浮かべて、死なぬように少しずつ握力を強めていく。ワカモの反応に鬼は気を良くしてさらに笑みを凶暴なものにする。
『さあ小娘よ、言え! 呼ぶのだ、チェンソーを! 『助けろチェンソーマン』とな! さすれば奴は必ずやって来る』
ミシ、ミシ、と骨の軋む音がワカモの耳に届く。しかしワカモの心中に広がるのは不安や恐怖ではなく、純粋な『怒り』だった。気に入らない、だから破壊する──それがワカモの行動原理。何かに従うなどというのは今のワカモにとって受け入れ難いこと。まして、最初から気に入らない存在に従うなど──。
「ふ、ふ……誰に助けが、いるんですの? 馬鹿鬼さん?」
『──ハ、ハ……己の身の程を理解していないようだな。そうだな──まずは脚からいただくとしよう。神秘を差し引いたとて味は上等だろう』
薬指と小指を開けると、幾多の切り傷で血の斑ができている脚が解放される。鬼はそのまま顔を天に向けて手を口の真上に移動させ、脚を食いちぎろうとする。想像を絶するであろう痛みに備えて、ワカモは鋭い目つきで歯を食いしばる。
──ヴヴン
『──あ?』
二者の耳が異音を捉える。上方で鳴ったその音はやや耳障りで──どこか暴力的な響きがあった。
鬼の顔に影が落ちる。その影の主はエンジン音を響かせながら落下し、既に傷ついている鬼の右眼を容赦なくズタズタにする。
『ぐっアアアアァァ!!?』
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!
ワカモには、それが一瞬人には見えなかった。自らを引き裂きながら頭と両腕から突き出ているチェンソー、橙赤色のマスク、不気味に光る眼。服を着ているため人間だと気づいたが、それでも驚愕は消えなかった。
しかし、どれだけ人の枠組みから外れた見た目をしていようと、どれだけ暴力的な返り血に塗れているとしても──ワカモにとって、彼は
▽
全速力でD.U.に帰還する車の中。ユウカたちは絶えずニュースやヴァルキューレの無線で情報を入手していた。しかしその最中、信じられない知らせを耳にする。
『たった今入った緊急のニュースです! D.U.シラトリ区内に前代未聞の怪物が現れました! 繰り返します! D.U.シラトリ区内に怪物が現れました! 住民、生徒はすぐに避難してください! 繰り返しま』
(……怪物?)
車窓から車内ディスプレイに視線を移すと、そのニュース番組の映像に映し出される怪物。それはどう見ても、過去見てきたような『悪魔』だ。
(……悪魔? どう見ても悪魔じゃ……いやそれよりよ……)
──チャンスなんじゃねえか? 心の中でそう呟き、頬が自然と緩む。
あの怪物は確実に『悪魔』だ。そしてどう見ても人に害があるし、なんなら今まさに画面の中で建物をブッ壊している。じゃあ──バラバラにしちまっても、誰も文句は言わねえ。それどころか、皆から褒められちまうな。
「よっしゃ……!」
同乗している他の人間が怪物への困惑にざわめく中、胸に手を当てて小さくガッツポーズ。『悪魔』への恐怖も痛みへの恐怖も微塵も有りはせず、解決した後の夢のような煩悩だけが心の中を占めていた。
──
「ここからは危険区域よ! 各自慎重に行動しましょう! デンジ君も危ないと思ったら迷わず逃げて──って、デンジ君!? ──!? 一体どこにいったのよ!」
▽
『ぬぅぅ、チェンソー……!! やっとだ! あの屈辱を、貴様に返す時が来たのだ! 殺してやるぞチェンソー!!』
「ア〜〜? 誰だか知んねえけどよォ、女のコに暴力振ろうってんなら──死ね!」
▽
『ぬうっ!』
鬼はデンジ目掛けて拳を振るう。デンジは躱すと同時に腕へ一太刀浴びせるが、発達した鬼の筋肉に歯が立たない。
「ギャッ!
『があっ!!』
鬼は続け様に拳を乱打する。デンジは直感的に「喰らったらやべえ」と察し、大きく後ろに退避する。すると鬼は道路に指をめり込ませて一つの大きな塊を削り取り、それをデンジに投げつける。デンジは慌てず両断するが、開けた視界の先に待っていたのは巨大な鬼の拳だった。
「ぐッ!」
規格外の殴打を喰らったデンジは小さなビル一棟を貫通し、道路に投げ出されて止まる。
「が〜〜
エンジンを吹かして立ち上がるデンジに鬼は追撃。ビルを飛び越えてデンジを踏み潰そうとする。
「うオァ!!」
鬼の踏み潰しから逃れたデンジは態勢を立て直す。一方の鬼は心底悲しげに言う。
『哀れなものよ……。確かに我はあの頃より弱くなった。だが貴様は我以上に弱くなっている、何故だ。興が乗らん……』
「だからよォ〜、テメエのこたあ知らね〜ンだよ!」
デンジはチェンソーをフル稼働させて鬼に斬りかかる。しかしそれでも鬼の身体にはほとんど傷をつけられない。
「だァッ!」
そんなデンジを鬼は鷲掴みにし、近くのビルへ投げ飛ばす。大きな窓ガラスを突き破る甲高い音と壁を破壊する音が混ざって、不快な音を響かせる。
デンジはビルから飛び出し、再度エンジンを吹かして肉薄する。鬼は呆れ果てて溜息をつき、デンジを足で踏み潰す。身体から骨の折れる音、内臓の潰れる音が一瞬の内に響く。
「ギャアッ……」
『チェンソー。貴様は弱い、弱過ぎる! 失望したぞ……全悪魔に恐れられた貴様がよもやここまでとは……』
鬼はデンジをつまみ上げ、自身の眼前へ吊り上げる。
『だが負けは負けだ、チェンソー。我は貴様を糧として悪魔を喰らい続けてやろう……喜べ、貴様は我が一部となるのだ!』
悪魔は勝ち誇り、不敵な高笑いをする。血に塗れたデンジは泣くでもなく絶望するでもなく、同じように不敵に笑った。
「ハハッ、喰えんなら喰ってみろよ、バ〜カ……」
『ハ、ハ……遺言は済んだか』
鬼が口を開けるその瞬間、右方から銃撃。其方へ眼を向ければ、先刻まで甚振った傷だらけの小娘。大事なときに横槍を入れられたことに苛立ちを覚える。
『焦るな小娘……チェンソーの次は貴様だ。拷問のように喰らってくれよう』
鬼は大口を開けて血だらけのデンジを喰らう。主に下半身が踏み潰されて体積が少なくなってしまったために、ほぼ丸呑みで胃へと消えていく。地面の血溜まりに噛み千切られた左腕だけが残った。
▽
『ハ、ハ、ハ! 遂に、遂にチェンソーを喰らったのだ!』
鬼の地の底から響くような悍ましい笑いが、薄い曇天の空に響き渡る。
『これ以上ない気分だ! 手始めにこの一帯と人間共を消し炭にし、地獄の根源の悪魔共を消し去ってやろう!』
鬼は声高々に宣言する。そして破壊を開始するために腕を振り上げたその瞬間──轟音を響かせながら鬼の背中に砲弾が着弾する。
『ぬう……? 先程のより威力はあるようだが……所詮人間の武器よ』
鬼の遥か後方には緊急出動したヴァルキューレの戦車。間髪入れず砲撃を繰り返すが、鬼には目立ったダメージを与えられていない。
そういえば、と狐面の小娘を探して辺りを見回す鬼へ様々な方向から銃撃が開始される。しかし鬼はそれを全く意に介さない。己に飛来する銃弾など存在しないかのように振る舞っている。やがて鬼は遮蔽物間を高速で縫って移動する影を捕捉する。
その影──ワカモは鎖鋸のついた血濡れの左腕を抱え上げると、殺意を込めて鬼を睨め上げる。今のワカモは見る者が見れば卒倒しかねないほどの圧力を放っている。
『なるほどなあ……己を救った英雄の仇討ちといったところか? 面白い、跡形もなく喰らい尽くしてやろう』
両者の間の空気が極限まで張り詰める。一触即発の状況の中、ワカモが動き出そうとしたその時──
──
何処からか、くぐもった異音が耳に届く。それはつい先刻に自らを救った彼の──とワカモが察すると同時に、鬼は身体を震わせ苦悶の声を上げる。
『がっ、ア……ぐっ、何だこれは……』
──
鬼は口から血を垂らし、その音は次第に大きくなる。そして──
──ヴヴヴヴヴヴヴヴン!!
「ギャ〜〜ッハッハッハハァ!!」
赤く染まったチェンソーが飛び出した。正気とは思えない心底楽しそうな笑い声と共に、鬼の腹部がズタズタに引き裂かれる。その血飛沫は引き裂くチェンソーを讃えるように空へ吹き上がった。
▽
その光景を見た多くの人間はあまりのグロテスクさ、悍ましさに顔を引き攣らせ、吐き気を催した。
エンジン音と狂気的な笑い声が響く中、鬼の腹部からは大量の血と臓物が溢れ、血溜まりの中にこれまた血塗れのチェンソー男がいる。何人かは少し前にゲヘナに現れたチェンソー男だと気づいたようだが、それはそれとして目の前の異常な光景からは眼を背けていた。
ワカモは違和感を覚える。彼はその身を潰されていた筈。にも関わらず五体満足で立っている。何故……?
「テメエよ〜、鬼のくせに『
デンジは以前テレビで見たのだ。鬼が喰った小人に腹を攻撃されて負ける昔話を。その名前は大間違いにも程があるが。
鬼の肉体、まさしく金剛の如し。しかし、あくまでそれは身体の表面、肉体外からの攻撃に対するものであり、内側はその限りではなかった。
『グオオアッ……貴、様……!』
鬼は力を振り絞ってデンジに殴りかかる。しかしそこへ雨のように銃弾と砲弾が浴びせられる。
『ガアアッ! このちっぽけな人間風情がァッ!』
浴びせられた弾幕は鬼に焼け付くような痛みを与える。恨みがましく叫ぶ鬼にデンジは容赦なく斬りかかり、右の二の腕を斬り落とす。
『グウッ……』
「おいおい豆腐みてえになっちゃってんぞ〜!?」
そのままデンジは腕を駆け上がって鬼の顔に肉薄する。鬼は恐怖に顔を引き攣らせて叫ぶ。
『くっ、来るなチェンソーオオォォ!!』
「ギャハハハハハ!!」
チェンソーが鬼の眉間へ吸い込まれるように突き刺さる。高速で回転する鎖鋸は肉を裂き、骨を砕き斬る不快な音を鳴らす。脳までチェンソーが達し、鬼は形容し難い絶叫を上げる。そして大量の血飛沫を撒き散らし、力無く後ろへ倒れた。
「ゲヒャハハハハハ!」
鬼の身体が少しずつ灰になり、煙を上げて崩れていく。後に残ったのは頭部を真っ二つにされ、脳味噌が飛び出た死体の上で笑う血塗れチェンソー男というこの上なくイカれた光景。それは現場のヴァルキューレ警官を幾人も気絶させるには充分すぎるものだった。
ストーリーに入れられなかったTips
・デンジの格好は白シャツ黒長ズボン、そして1ミリも角が見られないため、ハスミはデンジがゲヘナ生徒だと気づいていない。
すごい解りづらい表現になったこと
・キヴォトスに満ちる『神秘』は悪魔に有害であり、傷がやけに痛んだり死体が浄化されて消えていったりする。
ゲーム内ショップに行くと……
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たまにソラじゃなくデンジがいる
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ソラがずっといる