不老不死の人格破綻者による曇らせエピソード集   作:曇らせ大好き人間3号

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タイトル通りの内容です。
反応良さげなら続きます。


不老不死の人格破綻者による曇らせエピソード集
原初の風景ーオリヴィアー


 

ある日突然、僕は不老不死になった。

 煮ても焼いても、引っ張ってもちぎっても、潰しても捻っても、刻んでもすりおろしても……何をしたって死なない。正確には、死んでも必ず復活する。たとえ肉片の一片に至るまで丹念に抹消したとしても、どこかから『僕』という存在をロードして、再び意識が浮き上がる頃にはすっかり元通りだ。

 人々は……と言うか、敬虔なる聖教徒はそれを『命の神が与え給うた祝福(ギフト)だ』などと言うけれど、当人からすればこんなもの呪いでしかない。死なない、のではなく、死ねない。老いない、のではなく、老いられない。誰かと歩調を合わせる事も、誰かと共に死に怯える事も、誰かと共に旅立つ事も、全て、全て剥奪された。その事実を喜ぶだなんて、たとえ演技だって出来る気がしない。

 

 不老不死と言えば、魔法使いだとか、錬金術師だとか、ああいうオカルティックな連中が望んで止まないある種の生命の到達点だ。

 あの手の輩はどうも不老不死を完全無欠なものと捉えている様で、狂気にも似た憧れを抱き続けているらしいが、当の本人に言わせればそんな上等なものじゃない。

 確かに老いはしない。老いによる劣化は有り得ない。だけれど人並みに物事は忘れるし、その逆に嫌な記憶は嫌な記憶のまま永遠に脳裏にこびり付いている。不老になったからといってそう易々と世捨て人の如き達観は得られないし、不死になったからといって痛みを忘れる訳でもない。

 何をどう勘違いしたら、ただ無価値に引き伸ばされただけの不老不死(それ)に命を懸けて挑むなんて覚悟になるのかがさっぱり分からない。

 いくら趣味を見つけたとしても、愛する人と共に死ねる喜びにはどうしたって敵わない。

 

 代われるなら代わって欲しいよ。そんなに欲しいならくれてやりたいくらいだ。研究題材が欲しいなら、たかが数十年くらいの話、僕を好きに弄ってくれても構わない。……尤も、今まで何十人何百人とそれを試みて失敗したから、もう希望は持っていないけれど。

 

 ……それでも。いつか、死ねる(あえる)といいなぁ、なんて。

 淡い思いは、ずっと心の中にあるんだ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

さて。今でこそこの呪いを憎さ半分愛しさ半分に思っている僕だが、呪われてからそうさな……うん、ざっと200年くらいか。そのくらいの間は僕なりに全面的に好意的な物の見方をしていた。

 死ねない、ではなく、死なない。老いられない、ではなく、老いない。……負の側面でなく、正の側面に注目していたんだ、あの頃は。

 

 頭の中に突然『貴方は不老不死になりました』なんて機械じみた声が響いて10年ほど、その頃にもなればもうその言葉が真実である事に気が付いていた。

 そして、その不死性を世の為人の為に活かせるんじゃないかと考えた。

 

 この世界は酷く残酷で、人類種には天敵が多すぎる。人の一人や二人、それどころか寒村のひとつやふたつ、いつの間にか消滅していたっておかしくは無い。ゆえに、人々は寄り集まってその天敵に抗うべく、自ら『冒険者』と名乗り、各地で『ギルド』を結成した。

 冒険者はいつだって命懸けだ。人類種の天敵、と一口に言ってもピンキリだが、たとえキリの方だったとしても、その辺の人ならば為す術なく死んでしまうくらいには強力だ。どれだけ鍛えたとしても、ひとつの油断が死に繋がる。仕事中は気を抜いている隙が無い。当然、そんな事を続けていれば精神は磨耗して行き、やがて壊れてしまう。そんな危険な職業を態々好き好んで選ぶ人間ってのは余程腕が立つか、余程正義感が強いか──大抵後者なのだが──だ。

 正義漢っていう人種は、僕の両親も含めてだが、自分の命を勘定に入れる事が出来ない、よしんば入れる事が出来たとしても優先度を一番底にまで下げる人種だ。だから、冒険者の死亡率は高い。その死亡理由も大抵は力無い無辜の民を庇っての事だ。

 

 そんな彼ら彼女らを救う男に、僕はきっとなれると思った。

 何せ僕は死なないのだ。致命の一撃だろうが何だろうが臆せず飛び込んで行ける。盾兵(タンク)としてこれ程優秀な人材も他に無いだろう。

 

 そうして僕は何十、何百と冒険者を致命の一撃より庇い続け、その度に少しずつ、少しずつ技術を身体に叩き込んで行った。

 その記念すべき最初の一回は、今尚記憶に鮮明に焼き付いている。思えばあの経験が、今の僕を形作ったのだろうな。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 あの時は────ああ、そうそう。確かこんな事を言って声を掛けたのだっけ。

 

『あの、僕にタンク役を任せて貰えませんか?』

 

 全身に甲冑を着込んだその人の肩をちょんちょんと叩き、僕は僕自身を売り込んだんだ。

 その甲冑姿の人は暫しの間悩んで、首を横に振った。

 

他人(ひと)に助けられる程やわな鍛え方はしていない』

 

 確か、そんな風に言っていた気がする。

 だから僕は、趣向を変えて頼み込む事にしてみた。

 

『人助けだと思って、少しの間だけでも組んでくれませんか?』

 

 人助け。その言葉に、冒険者になる様な正義漢たちは滅法弱い。元々が命を懸けて名前も顔も声も知らない誰かの為に戦う仕事を選ぶ様な人たちだ。困っている人は助けて当然、という行動理念が彼ら彼女らの中には染み付いている。

 

『……そういう事であれば、構わない。行くか』

 

 この甲冑姿の人も、やはり例外ではなかった。困った様な声音だったが、それでも二つ返事で僕と共に戦う事を承諾してくれたのだ。

 

 

 

 甲冑姿の人は、『オリヴィア』と名乗った。オリヴィアは言に違わず百戦錬磨の猛者で、中々僕の出番は無かった。せいぜい、彼女なら喰らっても死にはしない程度の威力の死角からの攻撃をちょこちょこと弾いていたくらいのものだった。……尤も、そんな一撃も僕の命を奪うには十分だったのだけれど。

 それでも彼女は、僕の事を認めてくれた。聞けば、冒険者という職業に就いてからはずっと生傷が絶えなかったが、僕が仲間に加わってからというもの、それが徐々に癒え始めたのだと言う。『ありがとう』と、年相応の少女の様な笑顔でお礼を言ってくれたのを覚えている。……当時の僕は、いや僕は未だにその笑顔が何より好きだという事も。

 

 そんな日々を続けていくうち、オリヴィアは僕にこんな提案をした。

 

『お前のせいで私は一人で戦う(すべ)を忘れてしまった。

お前のせいで一人が寂しいと感じるようになってしまった。

お前のせいで私は半人前だと気付いてしまった。

だから……その責任を、取ってくれ』

 

 要は、結婚しろとの事だった。何がどうなってそう帰着したのかは終ぞ分からなかったが、当時の僕はまだ青く、人並みに恋心や愛というものがあったから、それを一も二もなく喜んで承諾した。僕の左手に光るこのシルバーリングは、その時に彼女に贈ってもらったものだ。

 

 結婚したからといって、彼女は冒険者稼業を辞めるつもりは更々無い様だった。稼ぎとしては既に、もう一生遊んで暮らせるだけのものがあったのにも拘わらず、だ。……やっぱり、正義漢という人種は損得なんてクソ喰らえと言わんばかりの人ばかりだ。人助けが生き甲斐なのだろう。正直、愛する人の考える事とはいえ、理解に苦しむ。

 

 まぁ、二人揃って冒険者は続けたとはいえ、夫婦らしい事もそれなりにやっていた。週に一度の休みの日、僕たちは決まってデートに行っていた。商店街や露店を冷やかしたり、歌劇を見に行ったり。……あの頃は楽しかったなぁ、と今でも時々思う。

 

 そんな日々を、かれこれ2年ほど続けた頃。……遂に、その時(・・・)がやって来た。

 

 

 

 いつも通り、魔物狩りに二人で勤しんで、日も落ちる事だしと帰り支度を始めた時だった。

 風を切る轟音と共に、僕らの真上に影が落ちた。

 一体どうしたのだろう、と空を仰ぎ見て、絶句する。

 

『なッ……!?どうして、お前がここに居る……!!』

 

 影の主は、ドラゴンだった。それも、下級竜種のワイバーンでなく、上級竜種。中でも龍種に最も近いと恐れられるレッドドラゴンだ。

 それ(・・)は本来、この様な人里近くには棲んでいる筈の無い怪物だった。当然だ。だって、そんなものが近くに棲みついたその時点で、人里などというものはとうに壊滅していて然るべきなのだから。

 

 僕と彼女とは、唐突に現れた有り得ざるもの(ドラゴン)にひどく恐慌していた。今でこそドラゴンなんて見飽きたくらいのものだが、当時の僕はドラゴンになんて出会った事は無かったんだ。あの種としての絶対的存在感は、きっと実力ある者に程恐慌をもたらす。

 

 多分、時間にして3秒かそこら。……彼女より、僕の方が先に我に返った。彼女の方はドラゴンへの恐怖だけでなく死への恐怖もあったろうから、ある種当然の事だったのだろう。

 

 そして。

 

 僕は本能的に、ここが己の本懐を遂げる場だと悟った。結婚だなんだと色々あってその頃には忘れかけていたけれど、そもそも僕が冒険者の真似事をし始めたのは、常に命懸けで困難に立ち向かう誰かの為に、不死身の肉体を捧げる為。──正にこういう状況で、自分を捨て石にする為だったのだ。

 

『オリヴィア!!』

 

 叫ぶ。彼女の名を。

 

『君は街に戻れ!!応援を呼んで来い!!』

 

 平素とは全然違う、乱暴な言葉遣い。彼女からすればきっと、初めて見る僕の姿だったろう。……だからこそ、丁度良かった。彼女を恐慌から引き戻すには、そのくらいの衝撃は無くてはならなかったから。

 

『あ……い、いや、でも……』

『このままじゃ二人とも死ぬぞ!!

でも……君が急いでくれれば、二人とも助かるかもしれない!!守るだけなら、僕の方が君より上手だ!!だから、僕を信じろッ!!』

 

 洗脳する様に畳み掛けて、彼女を言葉で突き動かした。それが功を奏し、彼女は『必ず戻ってくる』と揺れる瞳で僕の姿を焼き付ける様にじっと見詰め、そして近くの街まで疾走した。

 それを確認し、僕は再び声の限りに叫んだ。威嚇というタンクの必須スキル。──敵の注意をこちらに惹き付ける技だった。

 

 

 

 彼女を街に帰してから、一体どれ程の時間が過ぎただろう。

 僕は既に、数えるのも馬鹿らしいくらい死んでいた。溶岩の如き灼熱の吐息も。絶世の名槍の如き鋭さの爪牙も。赤き竜の放つ攻撃は、そのどれをとっても僕にとっては致命の一撃だったのだ。

 盾は最初に一度、噛み付かれた時点でへし折れた。鎧は次いで放たれた灼熱のブレスで融解した。たったの二撃で僕は身ぐるみ剥がされ、身一つで巨竜に立ち向かう事を余儀なくされた。

 死んだままで居る事は許されなかった。それをした時点で、近隣一帯の人里という人里が災禍に見舞われる。それだけは避けねばならない事だと思った。

 そんな僕に残された戦法はただひとつ、所謂ゾンビ戦法ってやつだ。

 

 不老不死とて痛みはある。踏み潰されれば身体中を鋸で刻まれた様に痛かった。火炎に灼かれれば熱くて仕方が無いし、気道と肺が燃え尽きる感覚は筆舌に尽くし難い程の苦痛だった。腹を貫かれれば異物感と、何より熱い痛みでもんどり打った。

 痛みで時間がどこまでも引き伸ばされる。たった一秒が、まるで永遠の様だった。

 それでも、彼女たちを────愛する人と、大切な人たちを冥府に追いやるよりは余程マシだと思えた。だから歯を食いしばって、血反吐を吐いて、それでもと耐え抜いた。

 

 ────その果てに、彼女は戻って来た。

 

 近場の街を拠点とする冒険者、その数実に20以上。彼ら彼女らを必死に説得して、引き連れて帰って来たのだ。

 見れば、優秀そうなタンクだって何人もいる。弓兵も、魔法使いだって居る。ドラゴンを狩るに足るだけの面子が揃っている。

 それを見て、安心した。……安心してしまった。

 それだけの面子が揃った所で、竜狩りなど無傷で終わる筈は無いというのに。無傷で終わらせたいのなら、僕が立ち上がって盾にならねばならない筈なのに。

 なのに、僕は意識を手放した。竜の放つ炎熱に飲み込まれ身体を溶かすと共に、緊張の糸がプツンと千切れてしまったのだ。

 

 

 

 再び目を覚ます頃には、竜は跡形もなく消えていた。恐らくは、あの冒険者たちが死力を尽くして討滅したのだろう。もしくは手傷を与えてここら一帯から追い出したか。

 いずれにせよ、近くに災禍の音は無かった。

 

『……失敗したなぁ』

 

 傷跡のひとつすらない、文字通り新品(・・)の己の身体を眺め、独り言ちた。

 本来であれば、最後まで戦うつもりだったのだ。あの炎熱を受け止めたその後も、威嚇で注意を惹くつもりだった。

 けれど、僕は意識を失った。いくら不老不死の肉体とは言え、精神に限界はあるのだろう。それに気付く事が出来なかったのは、そして何より、その限界を打ち破れなかったのは紛れもない失態だった。

 僕の失態で、一体何人の人が死んだのだろう。……そう思うと、僕は怖くなった。

 

 ……二度は無い。そう心に誓う。そして、戒めの為、それから個人的な心残りを解消する為、僕は近場の街──僕とオリヴィアの住む、いや、住んでいた街──に向かう事にした。……化けて出た、なんて言われても困るから、一応、顔は隠して。

 

 

 

 街の門を潜り、まず真っ先に思った事はたった一つだった。

 

『竜狩りを成したにしては、えらく空気が暗ったくはないか』

 

 確かに、犠牲はあったのだろう。

 それでも、竜狩りだ。僕が嘗て、未だ不老不死でなかった頃。地元の村で竜が討ち取られた時は、呑めや歌えやの宴が開かれた。勿論、少数ながら犠牲はあったに違い無いのに、だ。竜を人の身で討ち取る事は、特に人里近くでそれを成し滅びを回避する事は、それだけの偉業の筈なのだ。

 だのに、この重く沈む様な空気はなんだ。一体、何人犠牲になったと言うんだ。……まさか、全滅じゃなかろうな。……オリヴィアは、無事なんだろうか。

 

 ……暗澹とした空気の訳を知る為に、僕は適当に住人に話し掛けた。

 

『失礼。……何やらやたら、空気が重くはありませんか?以前に訪れた際は、こんな様子では無かったと思うのですが……』

 

 すると、住人は生気の抜けた顔で振り返る。その顔は、僕も覚えのある顔だった。よく買い物に行った、露店の店主だったから。

 そして彼はいつもの如く、ぶっきらぼうにこう答えた。

 

『一人、冒険者が死んだんだ』

『一人?……こう言っては失礼ですが、冒険者が命を落としてしまう事はよくある事なのでは』

 

 一人、と聞いて、思わず安堵してしまった己を恥じる。思いの外犠牲は少なくて済んだ、などと。決して気を弛めて必要の無い犠牲を生んだ人間が考えて良い事ではない。

 けれど同時に、不思議に思った。

 犠牲は一人、という事は。残る20人近くは生きて帰って来た筈。なのに何故、こうも空気が重い?

 

『……不思議に思うのも無理は無いな。だが……それ程アイツは、俺たちにとって……何より、嬢ちゃん(・・・・)にとって、大切な人だったってこった』

 

 ……そうか。

 その悲しげな顔を見て、悟る。きっと、犠牲になった冒険者は余程街の人達に慕われていたのだろう。冒険者というだけで街の人からの覚えは良くなるものだが、それにしたってここまで。……一体、どれだけの尽力をしたか。僕では想像する事も難しい。

 それ程の人を、僕の怠慢が殺したのか。……そう思うと、余計に自分に腹が立ってくる。

 

『……成程。それは大変失礼しました。

……ご迷惑でなければ、私も手を合わせても宜しいでしょうか』

 

 だったらせめて、殺してしまった彼、或いは彼女の名くらいは記憶に刻み戒めとしなければなるまい。貴方の様な犠牲を、僕の目の届く範囲においては、もう決して出しはしないと。そう誓わねば。

 

『ああ。そうしてやってくれ。……こっちだ』

 

 とぼとぼと、力無く歩く彼の後を追い、慣れた道を歩く。

 そうして案内されたのは、僕とオリヴィアの住む家の裏手だった。

 箱庭程度の大きさのそこ。その真ん中には大きな石碑が立っていて、そしてその傍らには喪服姿の、見覚えのある麗人が座り込んでいた。……いや、座り込んでいた、と言うよりは、崩れ落ちていた、と表現するが正しいか。

 

『……オリヴィアの嬢ちゃん。いい加減、休んだらどうだい。もう2日もそうしてるだろう』

 

 店主が声を掛ける。……ひと目見た時からそうではないかとは思っていたが、やはり漆黒のドレスに身を包んだ彼女は、他でもない、僕の愛する人だった。あの溌剌とした笑顔も、怜悧な瞳も見る影もない。すっかり窶れて、瞳に生気は感じられなかった。

 

『オリヴィア……?』

 

 思わず、声が出た。あまりにも僕の記憶の中の彼女と出で立ちが違ったから。

 けれど、確かに彼女は彼女だった。愛する人を、生涯愛したただ一人の人を見紛う筈は無い。

 

 その声を聞いて、弾かれた様に彼女が動き出す。そして、9割がたボロ布で隠された僕の顔を見て、彼女はボロボロと涙を零し始めた。

 

『レーヴェ?……レーヴェ。……レーヴェッ!!!』

 

 愛する人の姿を見紛う筈は無い。……それはどうやら、彼女の方も同じであったらしい。彼女は、どう見たって不審者にしか見えない僕を、僕であると認識したらしかった。

 

『は?レーヴェ……だと?そいつが?』

 

 露店の店主はその様を見て、大層困惑していた。

 その反応を見て、何より彼女の生気の無さを見て、漸く気付く。つまり、たった一人の犠牲者というのは、僕の事だったのだろうと。……彼女たちは、ただ一人の犠牲を出す事も無く、竜を討ち取ったのだと。

 

『レーヴェ……レーヴェ、だろう?

この声。その空色の瞳。間違いない、間違える筈もない。レーヴェだ。レーヴェ。レーヴェぇ……』

 

 喪服姿の彼女は、考え事をする僕をお構い無しに力強く抱きしめた。

 ……まずい。この様子では僕は恐らく、死んだ事になっているのだろう──いや、事実一度死んではいるのだけれど、それは置いておいて──。それがこうして生きていると知れれば、周りに何と言われるか。……最悪の場合、魔物と看做されて迫害される虞もある。

 僕が迫害される分には、気分は良くないけれど、まぁ、別に良い。魔物扱いされても仕方ないくらいに、存在として人類種とは別個になってしまったから。

 だが、彼女が巻き添えを喰らう事だけは避けねばならない。彼女は何も悪くないのだから。理不尽な目に遭わせるなど許してはならない。

 

 ゆえに。

 

『……ああ。貴方がオリヴィアさんでしたか』

 

 慣れてもいない、演技をする。

 

『なに、を…?レーヴェ。私だ。分かるだろう?オリヴィアだ。お前のお嫁さんだぞ』

 

 彼女はそんな僕に困惑して、弱々しく呟いた。

 

()から、よく話は聞いていました。とびっきりに可愛らしくて、この上も無く愛していて……命よりも大切な、伴侶が居るのだと』

『あ、に……?』

『ええ。……申し遅れました。私はレグルス(・・・・)。……そこに眠るのは我が兄、レーヴェ……で、間違い無いですよね?』

 

 

 

 僕はレーヴェ(ぼく)の架空の弟、レグルスとして振る舞い、その場を切り抜けた。

 店主は『よく似た兄弟だ。全く……あんまりにも似通い過ぎてて、恨めしいくらいだ』と苦々しげに呟いてその場を去った。

 肝心なオリヴィアはと言うと、『嘘だろう?』『レーヴェ。嘘を吐くのは止めろ』『なぁ、頼むよ』『私はお前が居なきゃダメなんだ』と、半狂乱になって涙ながらに僕に縋った。

 その様を見て、僕はすっかり絆されてしまった。

 僕が思う以上に、彼女は僕を愛してくれていたのだな、と。

 だから、彼女に尋ねてしまったんだ。

 

『住み慣れたこの地を、捨てる覚悟はあるか』と。

 

 彼女は、一も二も無く頷いた。それはまるで、いつの日かの僕を見ている様だった。

 

 そして僕は、全てを明かした。

 僕はレグルスなどではなく、レーヴェ本人である事。僕が不老不死である事。冒険者の代わりに命を懸ける事を目的にこの街に来て、オリヴィアに話し掛けたのは全くの偶然である事。でも、君を愛しているのは紛れもない本心だという事。弟と偽ったのは、死人が蘇ったなどと噂されれば、君にまで迫害が及ぶ可能性があったからである事。全部、全部、赤裸々に。

 

 彼女は、それをうん、うんと頷きながらじっと聞き、最後に『馬鹿者』と弱々しく呟いて僕の脳天に拳骨を下ろした。そんな筈は無いのだけれど、その一撃はドラゴンの踏み付け(スタンプ)攻撃より痛かった気がした。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

その後も僕は他の冒険者を庇い続けた。オリヴィアはというと、ドラゴン狩りで無理をし過ぎて右腕を壊してしまったらしく、冒険者稼業はとても続けられなくなってしまった様だった。そして冒険者を止めてから彼女はめきめきと料理の腕を上げ、僕の人生に多大なる潤いを与えてくれた。……今でも時々、あの味が恋しくなる。

 

 彼女は僕の目的に心を痛めていた様だったけれど、それでも僕の志を尊重してくれて、止める事も無く毎日送り出してくれた。お弁当も持たせてくれた。

 相変わらず週に一度だけは、二人でデートに行っていたけれど。

 

 尚、死体が消えて新品になって帰って来た時は、流石にぶん殴られた。『もっと自分を大切にしろ』って。そう言われても、したくても出来ないのだから仕方ない。

 

 そして60年程が経った頃、彼女は山奥の小屋でひっそりと命を落とした。老衰だ。その死に目に立ち会えたのは、僕にとって人生で数少ない幸運だった。……彼女と共に旅立てないのは口惜しかったけれど、元より互いに覚悟はしていたのだ。心底嫌だけれど、仕方ない。

 彼女を丁寧に埋葬すると、僕はまた旅に出た。今でも時々帰って来ては彼女に向かって話しかけたり、お墓の手入れをしたりしている。その瞬間だけは、灰色の僕の命にも、淡く色が付く。

 

 彼女との思い出は今も、僕の心の中でこんなにも色鮮やかに生き続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして何より、彼女は僕に、僕自身すらも気付いていなかった性癖を教えてくれた。

 

 即ち。

 

『僕を死なせてしまったと嘆き悔やむ人の顔を見るのが、僕は何より好きなのだ』という事に。

 

 オリヴィアはそれを聞いて、『は?』と心底冷たい声と目で僕を蔑んだけれど。

 それでも、偽りようのない僕の性癖だった。

 

 オリヴィアが、露店の店主が、街の人達が。彼ら彼女らが酷く表情を曇らせて僕の死を悼んでくれているのを目の当たりにした時。僕は、その光景を『得難く、尊いものだ』と思った。

 死ねない僕にとって、死を悼まれる事は何よりの救いだった。だってそれは、僕の生に他人が意味を見出してくれている事の何よりの証明だから。無価値にただ生きながらえているのではなく、誰かの中で生きていられるのだと教えてくれている様だったから。

 

 多くの冒険者たちと友誼を深め、そして彼ら彼女らを庇って散り。その後の様子をそっと陰で見詰め。……その度に、その思いは強くなって行った。

 今では立派な人格破綻者の出来上がりだ。有り得ない事だが、もし僕が今ここで死んで死後の世界でオリヴィアに出会そうものなら、多分彼女に殺されるだろう。『私の愛がこのモンスターを生み出したのだ。責任をもって心中してやる』とでも言いながら。全く、よく出来た奥さんだ。つくづく、僕には勿体無い。

 

 まぁともかく、そんなこんなで僕は形作られた。

 

 これより先に語るのは、僕が特にゾクゾクっとした経験の数々。

 

 つまり言うなれば、『不老不死の人格破綻者による曇らせエピソード集』だ。

 お気に召したら、続きも聞いて行って頂けたら、と思う。





正義漢ってのは自分の命を勘定に入れる事が出来ないらしいですね(本作主人公・レーヴェくんを見つつ)。

あと、彼は戦いに出る時は指輪を外すらしいです。万一にも紛失したら困るので。

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