不老不死の人格破綻者による曇らせエピソード集   作:曇らせ大好き人間3号

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筆が乗った結果嫁さんの話より長くなった親友の話。


寒村の英雄ーリュガー

 

あれは、一体いつ頃の話だったろう。確か……ああ、まだオリヴィアからの愛妻弁当があった頃だから、彼女と出会ってから50年は経ってない頃なんだと思う。

 

 そこは如何にも『寒村』って感じの村だった。痩せた土地を無理やり開墾して、何とか村人が食うに困らない程度の作物をやっと作っているといった具合で、商人に流すような余剰も無ければ、特に観光資源の類も無い寂れた村だ。村人は大体が老人ばかりで、もう20年もすれば滅びるんだろうな、って感じ。

 果たしてそこへたまたま辿り着いたのだったか、それとも何か目的があってその村を訪れたのだったか、今となってはもう良く覚えていないけれど。……とにかく、僕はその村で一人の少年に出会ったんだ。

 

 彼はその村唯一の冒険者だった。たった一人でもう何年も、その村を魔物の脅威から守って来たらしい。ただ、当然と言うべきか、たった一人で魔物を退けるのはそう簡単な事ではなく、彼はいつも怪我でボロボロだったらしい。村の老人たちはそれを見てとても心配そうにしていたけれど、老いた身体では魔物狩りなど出来る筈も無く、結局は彼に委ねる他に無い状況だったのだとか。

 

 そんな所へフラフラと来訪した、大きな盾を背に担ぐ見目には少年と同い年くらいの旅人。……村の防衛に……否、彼に力を貸す事を頼まれるのは自明だった。

 

『旅人様。恥を忍んでお願い致します。少しの間だけでも良い。どうか……リュガを手伝ってやって頂けませんか』

 

 リュガ、とは件の少年の事だった。

 老人の視線の向く先で身支度を整えていた彼を見て、成程、確かに危ういと感じた。

 一見して彼は溌剌としていて、すれ違う老人たちにも朗らかな笑顔を見せていた。……けれど、どことなくぎこちない。

 笑顔は満更偽りでもないのだろう。笑顔を浮かべたくない様な相手に無理やり作り笑いを浮かべている、といった様子ではない。ただ……痛みを誤魔化そうと、傷付いた様子を見せまいと、かなりの無理して笑っている様に見えた。

 

『任せて下さい。付きっきりとは行きませんが、当分の間はお手伝いしますよ』

 

 それを見て、ここだ、と思った。

 ここならきっと、僕の目的を果たせる、と。

 

 

 

『悪いね、旅人サン。ウチのお爺たちが強引に頼み込んだみたいで』

『構わないよ。元々、辺境で冒険者をやる為に旅をしてたんだ』

『へぇ、そりゃあ奇特な話だな。俺なんて自分の周りを守るのに精一杯だからよ、尊敬するぜ』

 

 リュガは案の定と言うべきか、人好きのする性格の少年だった。頼れる兄貴分、などと呼ぶには些か年が若すぎるが、後数年も経てば正にそんな好青年に育つだろうと思わせる子だ。

 

 そんな彼の戦闘スタイルは、身の丈に見合わぬ程の長槍を用いたヒットアンドアウェイだ。……防具は、おそらく魔物の皮を鞣して作ったもの。最低限、最小限って感じだ。多分、立地の問題で金属製の鎧を手に入れるのが難しいから、必然的にこんなスタイルを確立せざるを得なかったのだと思う。

 実力については、伊達に数年もの間たった一人で戦っていない、って感想だ。多分、都市の方に行けばかなり名の売れた冒険者になっていただろう。

 とは言え魔物の群れを相手取るにはどうしても多勢に無勢だから、怪我は避けられない。けれど彼は、受けて良い怪我と受けては行けない怪我を本能的に感じ取り、受ける怪我を選んでいるみたいに見えた。事実、僕が割って入らないと死んでいた、という程の攻撃の間合いには、彼は一度だって足を踏み入れなかった。その天性の直感が彼を今まで生かし続けて来たのだろう。

 

 ただ……直感で通用しない相手が現れた時。或いは、命に届き得る一撃を、避け切れないほどの手数で繰り出された場合。……彼は、きっと死んでしまうだろうと思った。そしてそれは、この村にとって、延いてはこの辺り一帯にとって大きな損失だろうと。

 

 だからという訳でも無いとは思うのだけれど、大盾を握る手により一層の力が入った。僕の目の届くうちは、彼は死なせない。……そう、心に強く思ったんだ。

 

 

 

 その日の夜は宴だった。と言っても、出てきた料理はほとんど全部穀物か野菜。僕とリュガの皿にだけは、ほんの僅かに肉が乗っていた。……多分、この村に出来る精一杯のおもてなしをしてくれたのだと思う。その心遣いが嬉しくて、僕はすっかり村の人たちを気に入った。

 

『肉が嫌いって、聖職者か何かなのか、お前?』

『いいや?単に好き不好きの話だよ。肉よりは麦がゆの方が好きかな』

『へぇ。変わってんなァお前。そんじゃ、遠慮無く頂くけどさ』

 

 尚、肉はリュガにあげた。僕にとって食事は何十年かの生で染み付いたルーティンの様なもので、命を繋ぐという生物にとって最低限の目的すらそこに介在しないものだ。要は嗜好品に近い。……場を白けさせない程度に頂いて、貴重なものは同じく貴重な働き手であるリュガに食べさせた方が合理的ってものだろう。多分、村の老人たちも似た考えなんだと思う。

 

 

 

 そうしてランプの油が切れる頃、宴は終わった。どうやら村には最小限の家しか建っていないらしくて、宿屋の類は無いらしかった。だから、村に滞在する間はリュガの家の一部屋を間借りして、そこを仮の根城とする事になった。

 村の集会広場から、ふたり肩を並べて歩く。

 すっかりと灯りが落ちて真っ暗になった村に、二人分の土を蹴る音が響いた。

 

 会話は無い。元々僕はお喋りな方ではないから、沈黙というものが嫌いじゃない。だから、お構い無しにぼーっと歩みを進める。

 それに耐えられなくなったのは、リュガの方だ。

 

『だぁー、会話がねぇと重苦しくてしょうがねぇや』

『そう?』

『そーおー。……そだ。丁度良いしさ、お前の事聞かせてくれよ』

『僕の事?……って言ってもなぁ』

『頼むよ。何でも良いんだ。暇潰しと思ってさ』

 

 僕の事を語れ、と言われても、何を答えて良いか分からない。正確には、どこまで語って良いものかと悩んでしまう。

 無論、不老不死の事なんて言えない。不老不死になる前の事も、ちょっと古すぎておいそれとは話せない。何か変な事を口走って、『ウチのお爺みたいな事言うのな、お前』とでも言われては面倒だ。態々怪しまれる様な事をする必要は無い。

 そこで僕は、家族の事を話す事にした。

 

 実は結婚している、と何でもない様に伝えると、リュガは大層驚いた様で、『はァ!?その歳で!?すげぇなお前!』と笑いながら僕の背をバンバン叩いた。

 そこからは大変だった。と言うより、面倒だった。やれ『馴れ初めは?』だとか。やれ『プロポーズはどうしたんだよ?』だとか。やれ『ケッコンってどんな感じだ?』だとか。正に根掘り葉掘り、といった感じで事細かに色々と尋ねられた。……多分、同年代の人間との関わりがこれまで無かったから、そういう浮ついた話題に飢えていたのだと思う。

 仕方が無いから、答えられる範囲で答えてやった。お返しにたっぷりと惚気けてもやった。帰り道程度では彼の興味は尽きなかったらしく、翌朝、僕らは揃って寝坊する事になった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 僕にとって半年という時間は、まるで瞬きする間に過ぎる様な短い期間だった。

 その間、僕は週に6日この村に滞在して、週末の1日だけオリヴィアの元に帰ってデートをする、という生活を続けていた。リュガも、その1日だけは休養日とする事に決めたらしく──何度か一人で魔物狩りに出掛けたらこっぴどい怪我をしたらしく、それで回復に何日も費やすくらいなら初めから出ない方が賢明と判断したらしい──、村の老人たちもようやっとリュガの張り詰めた空気が少しばかり弛んだと大喜びだった。

 

 そんなある日の事だった。

 

 その日も僕とリュガは、村の外へと魔物狩りに出掛けていた。段々村近郊の魔物の気配は消えて行き、この頃には大分遠出をする様になっていた。

 

『いやぁ、レーヴェが来てから魔物が見る見るうちに減ってるよな。助かるぜ、ホント』

『僕だけの手柄じゃないでしょ』

『……まぁ?俺の頑張りのお陰な面もそりゃあるけどな?』

『そーそー。君はそうやって胸張ってりゃ良いんだよ』

『へへん。村の大英雄リュガ様参上ーってな!!』

『はいはい、英雄様はすごいねぇ』

『……何か虚しくなってきた。やめだやめ』

 

 そんな会話も、もう何度交わされたか分からない。端的に言えば、調子に乗っていたのだ。リュガも…………僕も。

 

 いつも通り日が傾いた頃に血を拭って、村へと帰る。……その道すがら。

 

『あ?なんだこの臭い』

『…………鉄?』

 

 遥か遠方から、何やら鉄の様な臭いが漂っている気がした。

 嫌な予感がした。僕の目の届かない所で何か、取り返しのつかない事が起きている様な。そんな予感。

 僕がリュガを見たのと、彼が僕を見たのは、奇しくも同時だった。彼の顔には、焦りの色が浮かんでいた。……そして多分、それは僕も同じだった。

 

 そして、どちらからともなく、弾かれた様に村への帰り道を駆けた。それはもう、この上無い全力で。

 

 

 

 僕たちが到達する頃には、村は地獄絵図と化していた。防護柵は壊れかけ。門や壊れかけた防護柵の所では、村人の中でも比較的歳若い者が廃材を即席の盾にして必死に抑えている。

 そして、それを取り囲む牙狼(リュカオン)の群れ。……所謂、魔物来襲(モンスターパレード)という奴だった。

 

 その光景を目の当たりにした僕は、珍しく焦っていた。

 牙狼なんて(そんな)もの、辺りに居なかった筈だろう、と。

 この辺りは確かに辺境で、都市部に比べれば魔物の数も段違いに多い。けれど、その強さは大した事無い筈だった。間違っても、リュカオンなんていうワイバーンにも匹敵し得る怪物は棲んでいない。その筈だった。

 

 目前に迫った村へ駆けながら、どうすべきか考える。

 

 ────狩れるか?……いや、無理だ。二、三匹なら兎も角、遠目に見ても十はくだらない。あれ程の数、たった二人で打倒出来る筈も無い。

 

 ────逃げる?……馬鹿を言うな。目の前で生者が朽ちていく様を見ろと?そんな事、許容出来る筈が無い。

 

 なら────うん。ここが命の張りどころだろう。

 

『リュガ。今から僕はあいつらを惹き付ける。君は僕の事は気にせず、ただあの狼共を殺れ』

 

 その言葉に、リュガは目を丸くした。

 

『そんな事したらお前死ぬぞ!?大丈夫だ、いつも通りに……』

『いつも通りじゃどうにもならないから言ってるんだ!!』

『ッ……!』

 

 今の僕たちでは、正攻法ではあいつらは倒せない。僕の命を惜しみなくベットして、ようやく可能性が見えてくる。……いつも通りにやれば、なんて甘っちょろい夢物語を語る余裕などありはしない。

 それでもまだ瞳を揺らすリュガを見て、思わずその頭をひっぱたいた。

 

『迷うな。君が迷えば、村のお爺さんたちは間違い無く死ぬぞ。……良いのか、それで』

『良く、ない。……良い訳、あるか……!!』

『その意気だ。さ、行くぞ!!』

 

 彼の背を軽く押し、僕は僕でリュカオンどもの正面に回る。すかさず、咆哮。威嚇だ。盾もどきを持った老人を食い殺さんとしていたリュカオンどもの視線が、こちらに釘付けになる。……さぁ、戦闘開始だ。

 

 

 

 戦いが始まって、恐らくは1時間ほど。既に僕は3度程死んでいる。盾は大破、鎧もひしゃげ既にその機能を果たしていない。

 一方で、戦果も上々だった。15は居たリュカオンどもも、リュガの尽力によりその数を半分以下の6にまで減らした。

 このままなら、行ける。希望を垣間見たその瞬間、打って変わって絶望の音が響く。

 バツン、という乾いた音。その音の発生源に目を向ければ、彼が構えた大槍が半ばから真っ二つに折れる光景が広がっていた。

 

『なッ!?……ちくしょう、この肝心な時に……!!』

 

 替えの武具など無い。それ故に、彼はいつもそのたった一本の大槍を丁寧に扱って来た。……が。こんな土壇場で、そんな事を気に掛ける余裕などある筈も無く。

 遂に、長年の疲労に槍が耐えられなくなったのだ。それにしたって、このタイミングとは運が無い。

 

 ダメージソースの消失。それは当然リュガにとっての絶望でもあったが、僕にとっての絶望でもあった。

 僕が一瞬でも威嚇以外の行動を取った場合、その瞬間にリュカオンたちは好き勝手に暴れ出すだろう。……一応申し訳程度に(なまくら)の剣は腰に挿しているが、そんなものを抜いている余裕は無い。

 かと言って、リュガに殴り掛かれと命ずる訳にもいかない。拳で殴り殺そうなど到底不可能。一匹殺す前に腕の方が潰れる。

 

 手詰まりだ。膠着状態を作り出す事は出来るが、どうやったって打破出来ない。

 

『すまねぇ、レーヴェ……俺たちの、負けだ……』

 

 ……否。

 

 ただ一つだけ、方法はある。

 

 正直、これを使うとオリヴィアにしこたま怒られるし、多分彼らに消えない(トラウマ)が残るから、出来る限り使いたくないのだけれど。……ただ、目の前で生者に。……親友に、そしてその家族に死なれるよりは、幾分もマシだ。

 

 だから。

 

『じゃあね、リュガ。今すぐお爺さんたち連れてここから逃げて』

『は……?おい、待てよ、なぁ、それどういう……!!』

 

 一言だけ、彼に言葉を遺す。いつかの彼の様な、ぎこちない笑みで。

 それに応えるは、見た事も無いような悲痛の顔。絶望の二文字を濃縮した様な色が、その顔に濃く塗りたくられていた。涙と鼻水塗れ。はは、ブサイクでやんの。

 

 そして。

 

 それを見て興奮した僕は、ありったけの魔力を体内で乱流させ、それを加速・圧縮し、一気に解き放った。

 

 閃光。

 

 灼熱。

 

 轟音。

 

 爆風。

 

 あらゆる衝撃が、僕の周りを駆け巡って行く。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

目を覚ますと、荒野のど真ん中に居た。

 1キロほど先には村が見える。……リュガたちの村だ。

 

 どうやら、復活する際に座標がズレたらしい。或いは、爆風で肉片が飛び散った先が、ここだったのか。

 空は茜。日はあと1時間もすれば落ちるだろう。

 そして、視界の先にある村では、夜に備えて丁度篝火を焚いている所だった。

 

 どうやら無事、リュカオンどもは一掃出来たらしい。

 

 

 

 あの時僕が使ったのは、自爆の魔法だった。

 本来であればあれは魔法杖などを媒体に、それを投擲して敵ごと爆破する魔法なのだそうだが、要は何か魔力の通る容れ物の中に魔力を循環させ、それを際限なく圧縮・加速させれば良いので、不死である僕にとっては大層使い勝手の良い魔法と化した。……何せ、媒体を持ち運ぶ必要が無い。自分の身体を媒体にすれば良いのだから。

 

 何年か前に通りすがりの魔法使いに見せてもらった魔法が、こんな所で役に立つとは。……人生、何があるか分からないものだ。特に僕の様に長くを生きるのなら、尚更。

 

 

 

『…………リュガ、大丈夫だったかな』

 

 暫く遠くの篝火を眺めて、思い至ったのはそれだった。

 爆風を最も近くで食らったのは、リュカオンどもを除けば間違い無くリュガだ。出力は調整したつもりだが、何かの間違いで僕に近寄って来でもしていたらその限りでは無い。

 

 一度不安になると、それは中々払拭出来ないものだ。

 だから僕は、適当な格好をして村を訪ねてみる事にした。いつぞやの様に、顔はしっかりと隠して。

 

 

 

 村は相変わらず活気が無い。老人たちがひっそりと身を寄せ集まって生きている、そんな雰囲気だった。

 少し歩いて、顔見知りの老人に話し掛ける。

 

『……もし、お爺さん。少しお聞きしても宜しいですか?』

『む?……おや。この様な寂れた村に旅人とは珍しい。して……何を聞きたいので?』

 

 よく見知った顔。……けれど、その顔には気のせいか、以前より弱っている様だった。

 僕たちが着く前に村人が何名か死んでいたのか、或いは……僕の死を悲しんでくれているのか。後者であれば、嬉しいが。

 

『村の外に大きなクレーターの様なものがありますが、何か飛来したのですか?』

『クレーター……ああ。あの大穴ですか。

あれは……村の英雄の、墓なのです』

『村の……英雄……』

 

 その言葉に、少しばかり嫌な予感がした。『村の英雄』。それは、リュガがよくふざけ半分に自称していた称号だった。

 まさか、巻き込まれたんじゃ。……そんな最悪の可能性が、頭に()ぎる。

 

『詳しく、お聞かせ頂いても?』

『ええ、構いません。……長くなります。良ければ、墓まで案内でもしながら』

『それは助かりますね。是非ともお願いします』

 

 

 

 村人の語る所によれば、こうだ。

 『村の英雄』は、村の外からやって来た旅人だった。

 『村の守り手』に半年もの間付き添って、最期には、村を魔物の脅威から救うべく自らその身を滅ぼした。

 そのお陰で、村人は──何名か手酷い傷は負ったものの──全員無事で、村は今もこうして存続している。

 

 まぁ、要するに、だ。

 『村の英雄』というのは他でもない僕の事で、僕以外に犠牲者は出なかったらしい。どうやら、僕の目論見は上手く行ったらしかった。犠牲者ゼロ。……うん、めでたしめでたしって奴だな。

 

『犠牲は、確かに出ませんでした。が……ひとり、塞ぎ込んでしまった者が居りましてな』

 

 ……とは、行かないよな。そりゃあそうだ。目の前で死んで見せたんだから。

 

『塞ぎ込む?』

『ええ。リュガという、この村唯一の子どもなのですが……歳の近さもあって、英雄様といっとうに親しくしていたのはあの子なのです。そんな、生まれて初めて出来た友人に、目の前で死なれたものですから……』

 

 その悲しみは、推して知るべきでしょう。……老人は、そう締めくくった。

 

 その言葉を聞いて、ぞくぞくとした暗い思いを抱いた己が居た。『僕』という存在は、親友(リュガ)の中でそれ程までに大きく膨らんだ。……その事実が、何より嬉しかった。

 

『……その少年に、会わせてくれませんか』

『ふむ。……何のために?』

『歳の近い私にこそ、話せる何かがあるやも知れませんので』

 

 老人は、僕の言葉を聞いて再びふむ、と顎をさすった。

 

『刺激を与えて良いものか、儂には分かりかねるが……』

 

 そう呟いたが、そのまま幾らか逡巡した後に、彼は僕をリュガの元まで案内してくれた。

 

『こちらです』

 

 そこは当然と言うべきか、僕が半年ほども寝泊まりした小屋だった。

 老人曰く、リュガはここに一日中引き篭って陽の光も浴びようとしないらしい。塞ぎ込んでいるとは聞いていたが、思った以上の様だ。

 

 とん、とん、とん、と軽いノックが響く。

 

 瞬間、部屋の中で何かが走る様な音がして。

 

『レーヴェ!?』

 

 あの人好きのする笑顔は見る影もなくなった、リュガが焦った様に顔を出した。

 

『レーヴェ……じゃ、ないのか』

『レーヴェ……それがこの村の英雄の名ですか』

『……帰ってくれるか』

 

 僕がレーヴェでないと見るや否や、リュガは夜闇の様な暗い瞳でこちらを一瞥し、拒絶した。

 取り付く島もない、というやつだった。

 

『……ご覧の通りの有様でしてな。しかし……ノックに反応するのは、旅人殿が初めてです』

『……成程。事情は凡そ分かりました』

 

 けれど、このまま引き下がる訳にはいかない。

 だって、そんな事したら僕の欲求が満たせな…………じゃなかった、リュガに消えない傷を遺す事になる。

 

 だから。

 

『ノックに反応したのも、無理は無い。恐らく、呼吸が似ていたのでしょう。私と……兄とは』

 

 出番だ、架空の弟(レグルス)。今回も一芝居打っちゃうぞ。

 

 

 

『兄の……レーヴェの事を、聞かせては頂けませんか』

 

 老人に事情を話して帰ってもらい、再びリュガの小屋の扉をノックする。

 すると、彼は扉を僅かに開き、僕を懐疑的な目でじとっと見詰めた。

 

『……兄?』

 

 この機を逃す訳にはいかないと、畳み掛ける。

 

『ええ。……レーヴェ、と名乗ったのでしょう?その村の英雄殿は。……彼は、こんな顔ではありませんでしたか』

 

 頭に巻いたボロ布を取り、口元を見せる。

 すると、リュガは目を見開き、口をあわあわさせた。

 

『おま……レーヴェ……じゃ、ないんだよな?』

『レーヴェは私の兄です。私はレグルス。……失踪した兄の足取りを追って、ここまでやって来ました』

 

 いつか使おうと思って作っておいた設定(うそ)をつらつらと適当に並べ立て、カバーストーリーを作り上げる。いくつか真実を織り交ぜて、それっぽく見える様な語り口調で。

 途中何度か、要らない事を口走りそうにもなったけれど、何とか耐えた。

 

 そして、彼の口から僕への所感を語らせる事に成功する。

 

『あいつは……なんだろ、兄貴って感じだったよ』

『兄貴……あの兄が?』

『あの兄って。……家ではどうだったのか知らないけどさ、ここじゃ立派なもんだったよ。辺境で冒険者をやる為に来たーなんつってな』

 

 レーヴェ(ぼく)の事を語るリュガの瞳は、あの底知れぬ闇の様な瞳に比べれば、幾分生気に満ちていた。何よりハイライトがある。……その光も、何やら仄暗い様な気がしてならないが。

 

『そんなあいつの夢を、俺が奪っちまったんだ』

 

 そして急転直下、絶対零度。真実、部屋の温度が3度程低下した心地がした。

 

『俺が槍の扱いを間違えなきゃ、あんな事には……やめろ、笑うな……そんな目で俺を見るな!!』

 

 そして、発狂。……痛々しい、などとトラウマを作った張本人が言う事ではないのだろうけれど。それでも、敢えて口にする。……今のリュガは、見ているだけで心臓が貫かれる様だった。そしてその痛みが、大変に心地好い。

 美しい。尊い光景だ。僕はきっと、この光景を生涯忘れないだろう。

 

 

 

 だが。

 

 『村の守り手』が、いつまでも腑抜けていてもらっては困る。せっかく守った村が、誰一人老衰する間も無く滅んだとあっては寝覚めが悪い。

 僕が守ろうにも、一度目の前で死んでしまった後では都合が宜しくない。僕じゃなくて、彼自身に守ってもらわないと。

 

 発破を掛けてやらねば。

 

『立ちなよ、リュガ』

『ぁ…………レグ……いや、レー、ヴェ?』

 

 彼の頭をむんずと掴み、己の肩へと押し付ける。

 

『村の大英雄様が、いつまで腑抜けてるつもり?』

『えい、ゆう……』

 

 呆然と、リュガは僕の言葉を復唱した。

 

『そう。君は英雄だ。よく自分で吹聴してたろう?』

『……そんなの、意地張ってただけだ。俺はお前が……レーヴェが居なきゃ、何も……』

『君の槍捌きは一級品だ。君はまだまだ強くなれる。……なんてね。

兄はお人好しですけど、見込みの無い人に半年も付き合う程のお人好しじゃないんです。……多分、貴方が村の守り手として大成すると信じていたから、兄は貴方に夢を託した』

『夢……』

『辺境の冒険者になるって夢。……人の目が届きづらい所の、守り手になりたいって夢。貴方が引き継いであげてください』

 

 リュガは夢……とまたも呟く。きっと、初めて会った日の事を思い返しているのだろう。或いは、共に在った半年間を丸ごと振り返っているのか。

 

『夢なら、弟であるあんたが継いだ方が……』

『兄の夢は私一人じゃ継げません。私は私で、他の所へ行って戦います。

だから……僕……じゃなかった、私は貴方にも、兄の夢を継いで欲しい』

 

 訴えかける様に置いたその言葉は、どうやら彼の胸に深々と刺さったらしかった。

 暗く澱んだ瞳に、見る見るうちに光が舞い戻る。

 

『……そう、だよな。そうだ。こんなかっこ悪いままじゃ、あいつに顔見せ出来ねぇ』

 

『あいつの夢、かんっぺきに引き継いでやって、あの世で胸張って自慢したらァ。そうでもしねぇと、あいつにどやされちまうもんよ』

 

 まぁ、僕当分あの世には行かないんだけども。なんて無粋な茶々は心の内だけにして、力強く頷く。

 それから僕とリュガと、二人きりでレーヴェ(ぼく)について語り合った。彼は僕との思い出を語って聞かせるつもりで、僕は亡くなった兄の足跡を追う、という体で。何だかやたらと美化された僕が彼の口から語られるのが、いやにムズ痒かったけれど、同時にとても嬉しかった。僕の人生に、また少し、価値(いろ)が付けられた気がして。

 

 そしてまた少しだけ、僕の性癖が歪む音が聞こえた気がした。

 





爆心地にはひしゃげた盾と、折れた槍と、麦がゆが供えてあるそうな。

この頃のレーヴェくんはまだ拗らせきってません。性癖は歪んでますが、それはそれとして己でしでかした事の後始末はきちんとします。


結びになりますが、感想やら評価やら、色々ありがとうごさいます。大変励みになります。出来ればもっと下さい(強欲)


【追記】なんかバグって文章がパッチワークみたいになってました。修正するまでに読んでくださった方、もしいらっしゃったらご迷惑お掛けしました。

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