不老不死の人格破綻者による曇らせエピソード集   作:曇らせ大好き人間3号

4 / 8

もう一個考えてた話の方が難産過ぎて諦めた結果これが出来た。
筆が乗りすぎたので前後編です。


不死の研究ーアンゼリカ①ー

 

そう言えば、オリヴィアを失って以来の人生でたった一度だけ。実に数十年もの間、自分の性癖を満たそうとする事もなく、ただじっと他人の人生に寄り添った事があった。

 

 彼女は錬金術師だった。と言っても、彼女が人生の大半を注ぎ込んでまで求めたのは黄金に非ず。……時間、だ。

 彼女は永遠を手に入れる事に固執していた。時間は何物にも代え難いと考えている人で、無限の時間があったなら、この世の全てを解き明かす事が出来ると信じて止まない人だった。

 

 そんな彼女に出会った日は、春のある麗らかな日。……丁度、オリヴィアの命日だった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

3月の24日。オリヴィアの命日。僕は毎年、この日だけはたとえ喫緊の用事があろうがなんだろうが、嘗て彼女と暮らしたこの山に帰って来る。

 景色の良い広場の中央。……そこにある石碑の下に、彼女は眠っている。現在、彼女の象徴と化したその碑を軽く拭ってやり、そしてその傍に淡い青色の花を供えた。

 その花は生前、彼女が愛して止まなかった花だ。何でも、僕の瞳と同じ色をしているから、との事だった。……これは彼女が亡くなった後で知った事だけれど、僕の瞳の色を指して、この花の名前で呼ぶ事もあるらしい。彼女の見立ては間違ってはいなかった、という事だろう。

 

 その花が墓参りに向く花かと問われれば、きっとそうではないのだろう。……だけれど、折角花を供えるのなら、ころころと変わる様な常識に基づいたお行儀の良い花より、彼女が好きな花を供えた方が余程良い。僕はそう思うし、きっと彼女もそうだろうと思う。

 

『……今年もまた、こうして花を供える事になっちゃったなぁ』

 

 瞑目し、墓石(かのじょ)にポツ、ポツと話し掛ける。特段変化の無い一年を振り返って、独り言ちた。

 ……答えは無い。代わりに一筋の春風が吹き抜け、頬を撫でた。

 

『……また来るね』

 

 最後に墓石を撫でて、勢い付けて立ち上がる。……そろそろ帰ろう。

 

『……お墓参りは終わりました?……不老不死の怪物(・・・・・・・)さん』

 

 瞬間、木陰に隠れた何者か──見れば、非常に不健康そうな顔を携えた少女だった──から声を掛けられる。

 

『ひゃ!?』

 

 完全に虚を衝かれ、思わず飛び上がり声を上げてしまう。

 本来、僕以外の第三者とは有り得ない存在だ。こんな辺境の、こんな山奥。特に何がある訳でもない。目的とするものなど何一つ無い。その筈だ。だから、普通の人はこんな所を訪れない。

 だが。

 

『ひゃ、って。随分人間らしい反応をするんですね』

 

 或いはその人が普通でないのなら。こんな所に人が現れるのも、まぁ、全く有り得ない話でもなくなるのだろう。

 

 

 

 その不健康そうな少女を近くの小屋に────即ち、嘗ての僕らの家に連れて行く。

 『不老不死の怪物』と、彼女は僕を呼んだ。つまり、彼女は少なからず僕の事情を知っている。そんな彼女が、態々こんな辺境の地を訪ねてきた。……ならば、僕に用があると考えるのが自然だろう。

 

『暫くここには帰っていないから、人を持て成す用意は無いけれど』

『お構い無く。貴方と顔を付き合わせて話せる事が、私にとって何よりの喜びですので』

 

 ソファを勧めると、彼女は『失礼します』と呟いてそこに座り、僕に向き直った。

 

『それで?……何で僕の事知ってるの?』

『世界各地で不老不死の怪物の逸話や伝承を掻き集めました。それらをひとつひとつ精査し、各地に赴いてこの目で確かめ────そして漸く、ここに辿り着きました』

 

 成程。逸話、伝承か。……確かに、これまで時々自分の不死性を隠す事もなく遊んでいた事もあったから、何らかの形でその辺にそういう形で残っていてもなんら不思議ではない。

 だが。まさかそれを熱心に拾い集めて、僕の所まで辿り着く者が現れるとは思っていなかった。……正直、舐めていた。

 

『なるほどね。……それで、僕に何の用かな』

『端的に申し上げますと、私の研究に付き合って欲しいのです』

 

 ふむ。……研究か。

 

『ちなみに、なんの研究?』

『……不老不死のメカニズムについて』

 

 瞬間、自分の心がざわついたのを確かに感じた。

 

 不老不死のメカニズムに関する研究。それを標榜する者は幾人も見てきた。しかし、そのいずれも何らアテにならないものだった。それら全てが、予想、考察、推測と、いずれも不確かな結論でその研究を締め括っている。実証的な研究など何一つとしてありはしない。尤も、それを怠慢と罵る様な事はすまい。実物を掘り当てて来た眼前の彼女こそが異常なのであって、本来、不老不死者など探そうと思って見つかるものではない。

 

 何が言いたいかと言えば、ここ数百年の不老不死研究に、僕にとって参考に値するものは何一つとして存在しなかったという事だ。

 

 だが。逸話や伝承などという不確かなものを基にして僕の居場所を突き止め、そして運良く僕がここに帰って来るタイミングに立ち会った(或いは暫く張り込んでいたのかもしれないけれど)。頭が良く、それでいて柔軟で、勝負どころの運が良い。……そんな彼女に、僕という最高の被検体が合わされば。……或いは、蘇生の仕組みを解明する事も、不可能でないかもしれない。

 

 この申し出は彼女だけではない。僕の方にも十分、メリットがある。

 

『いいね』

 

 だから、僕は笑って彼女の手を取った。これから宜しく、と。

 

『あら、意外と色良い反応。

では、早速私の研究所(ラボ)に向かいましょうか。気が変わらないうちに。早く』

『そんなに慌てなくても大丈夫だよ。僕もそこまで気紛れじゃないし。……何より、その話は僕にもメリットがある。君が突然研究内容を変えない限り、そして僕に研究成果を共有する限り。……僕が君を見捨てる事は有り得ない』

『成程。貴方自身、不老不死のメカニズムはよく分かっていない訳ですね。だから、知りたいと』

『そういう事。……体感だと、気付いた時にはもう生き返ってるんだよね。だから何も分かんないのさ』

 

 以前に何度か他人(ひと)に蘇生の瞬間を観測してもらった事はあるが、誰も彼も、口を揃え『まるで時間が巻き戻ったみたいだった』と述べるだけだった。イマイチ参考にならない。その点、研究者の視点なら何か新たな発見がある可能性は十分にある。

 

『ふむ……それは興味深い。色々試してみたいなぁ』

『好きにすると良いよ。煮るなり焼くなり、引っ張るなりちぎるなり、潰すなり捻るなり、刻むなりすりおろすなり……』

『後半おどろおどろし過ぎません?』

『色々試した方が良いでしょ?データが多くて困る事は無い』

『……何でこの人、自分が実験台にされるっていうのに私より乗り気なんだろう……』

 

 そりゃ、死にたいからに決まっている。死の静寂を迎える為ならば、僕は何回だって死んでやる覚悟があるぞ。

 

 

 

 彼女──アンゼリカ、というらしい──が研究室(ラボ)として紹介したその場所は、オリヴィアの墓のある山からそう離れてはいない、とある廃墟の地下だった。

 分厚い鉄扉を持ち上げ、階段を下る。……階下はひんやりとしていて、カラッと乾いていて、そして何より、薄暗かった。ほんの僅かな灯りだけが部屋の全貌をうっすらと暴き出している。

 壁際には密閉された水槽の様なものが複数安置され、そのいずれにも脳髄やら心臓やらといった、恐らくは人間の臓器が四方八方から観察出来る状態で浮かべてある。

 端的に言って、結構気持ちが悪い。ここで暫く生活すると考えると些か気が滅入る。

 

『さ、こっちです。座って下さい』

 

 足を止めて色々観察していると、彼女は部屋の隅に置かれた……いや、追いやられた(・・・・・・)ソファに座るよう促した。一方の彼女はと言うと、キャスター付きの椅子──恐らく研究時は四六時中そこに座っているのだろう──に腰を掛け、スイーっとソファの対面に移動して来た。

 僕の方も、無駄に反骨精神を見せる必要も無いので素直に彼女の言葉に従う。

 

『実験内容はもう決めてあります。……ただ、かなり貴方にとって辛い内容になるかと思います。

改めてお聞きしますが、それでも宜しいですか?』

『構わないよ。あの世へ行く為ならば、僕は何度だって死んでやると誓ってるんでね』

『へ……?

ま、まさか、貴方、死にたいんですか!?不老不死の肉体を得ておきながら!?』

 

 ……ああ、そう言えば彼女には説明していなかったっけ。

 

『うん。僕が君の研究に協力するのは、君が僕の蘇生のメカニズムを読み解いてくれたら、蘇生を阻害する方法に辿り着けるかもしれないからだ』

『何故……永遠の時間ですよ?

それがあれば。それさえあれば、世界中の何だって解き明かせる。こんなに素晴らしい事は無いでしょうに』

『君ら研究者って人種にとっては或いはそうなのかもしれないな。ただ……農村のいち少年に、不老不死(これ)は重た過ぎた』

 

 世の全てを解き明かそうなどという意欲も無く、またそれを可能にする頭脳も無く。時間をたっぷり使って没落したお(いえ)を復興してやろう、なんて殊勝な事を考えるでもなく。

 考える事は精々、人の役に立ってみようかというくらい。……况てその意欲すらも、何十年か前には薄れてしまった。

 願うのはただただ、それなりに楽しく生きて、安らかに眠る事だけ。

 

 そんな徒人(ただびと)に、不老不死なんてものは必要無かった。重いだけだった。

 

『理解し難いですね。……尤も、それは貴方とて同じ事を思うのでしょうけど。

ただまぁ、幸いにして理想の果ては互いに違えど、それを満たすのに必要な条件は一致しています。良い協力関係を築きましょう』

 

 ああ。元よりこちらはそのつもりだ。

 僕の不死を、君の様に肯定的に捉える人に受け取ってほしい。そう思ったが故に、僕はその手を取ったのだから。

 

『……話、逸れちゃいましたね。

貴方にはかなり身体を張ってもらう事になります。何か不調があれば、すぐにでも仰って下さい』

『大丈夫だよ。慣れてるから。

……ああ、でも、毎年この日だけは外に出して欲しいな』

『構いませんが……理由をお聞きしても?』

『命日なんだ、彼女の。……毎年、話に行く事にしている』

『成程。……ええ、勿論行ってきて頂いて構いません。私も出来る限り覚えておきましょう。今日は……3月の24日ですか。……はい、心に刻んでおきます』

 

 

 

 アンゼリカから支給された剣は、僕の持っている(なまくら)より余程斬れ味が良く、魔物の肉でさえバターを切る程の力で切断出来るだろうと思わせる程だった。

 况てやそれ程の名剣を、人の身に這わせたなら……そんな事、考えるまでもない。

 

 首に宛てがった鋒を、徐々に、徐々に押し込んでいく。……驚く程に抵抗が無い。プツッという軽やかな音と共に、鮮血が辺りに飛び散った。

 お構い無しに、刃を深く刺し込む。肉の裂かれる音と共に、鮮烈な痛みが脳を焼いた。

 そして剣はやがて、気道を穿ち、塞ぐ。……息が出来ない。途端に、血液がまるで沸騰する様に喉をせり上がってくる。強烈な熱さと、鉄の臭い。ボタボタと、粘度の高い液体が溢れ落ちる音がした。

 

 もう慣れたとは言え、この感覚はやはり気持ちが悪い。身体を異物にまさぐられる感覚。傷口を棒で無理やりこじ開けられる様な痛み。……きっとどれ程慣れたとしても、この気持ち悪さは消えないだろう。

 景色が、真白に飛んでいく。血の巡りが悪くなった証拠だろう。

 

 ただ────そうさな。あと、数秒もすれば。

 

『異物が、吐き出されていく……』

 

 喉から異物が抜け落ちた感覚。それを肌で感じると同時に、空気が肺に落ちる様になった。

 それから、首元の肉が逆回しするかの様に繋がって行き、やがて切断面は均され、異常などはじめから無かったかの様に元通りだ。

 

『これが、蘇生の瞬間ですか。……蘇生と言うよりは、再生……いや、寧ろ時間遡行……?』

 

 その様を、彼女は顔を青くしながら記録用紙に書き留めて行く。……どうやら彼女、こんな臓物溢れる部屋に住んでいる割に、血への耐性はあまり無いらしい。僕を見る目がおっかなびっくり、って感じだった。

 

 首の感覚を確かめるべく、手を当てがってくるりとひと回し。……うん。何ともない。至っていつも通りだ。

 

『いえ、それは兎も角……お疲れ様でした。……今日はこの辺りにしておきましょうか。また明日、宜しくお願いします』

『え?』

『へ?』

 

 また、明日?

 

『まだ一回しか(・・・・)死んでないじゃない。そんなにゆっくりで良いの?』

『一回しか、って……痛かったでしょう?苦しかったでしょう?無理をするものじゃありませんよ』

『無理って。……いやまぁ、確かに痛かったし、苦しかったけど。でも、所詮はその程度(・・・・・・・)だ。

死が億劫になる程疲れてもいないし、痛みで頭が変になった感覚も、まだ無い。全然行けるよ?』

 

 疲れていませんよ、とばかりにぴょんぴょんと飛び跳ねてみる。ぴちゃぴちゃと、先刻滴り落ちた血液が跳ねる音がした。

 それを見た彼女の顔が、引き攣るのが暗がりでも見て取れた。どうやら、僕が不老不死であるという事は分かっていても、不老不死の存在というものがなんたるかは理解していなかったらしい。

 僕が特に無理もしておらず、何の気負いも無いという事が分かったのか、彼女も『じゃ……じゃあ、もう一回だけ……』と声を震わせつつそれに応じた。

 

『だったら今度は、首とは全く関係ない所に一箇所、刀傷を付けてから自死してみてもらえますか?』

『ふむ?別に良いけど。何か目的が?』

『結果如何では可能性が幾つか潰せます』

『なるほど。試してみよう』

 

 右腕を軽く切り裂き、致命傷にならない程度の傷を付ける。そしてその後、再び首を刺し穿つ。

 吹き出る血の量は先程と同じ。見てくれだけでなく、内部も完全な形で再生された証拠と言えるだろう。

 そして、あの嫌悪感すら感じる痛みを再び乗り越え。果てに、再び蘇る。

 

『ふう。……治ったみたいだね』

『……右腕の傷はそのままですね』

 

 言われてみれば、確かに右腕に甘く痺れる様な感覚があった。首を捻って見てみれば、一筋の赤がそこにある。既に血は止まっている様だけれど、これが自然に止まったのか、或いは蘇生の効果なのかはイマイチ判断がつかない。

 

『残ったままだと、どんな可能性が残る?』

『そうですね。あるとすれば致命傷のみの治癒、死ぬ直前の姿の再現、もしくは貴方の身体に限定された時間遡行。……この辺りでしょうか』

 

 なるほど。話を聞く限りではどれも有り得そうだ。

 ただひとつ、引っ掛かるのは。

 

『時間遡行ってどういう事?』

『気にして頂かなくて結構です。可能性としては限りなくゼロに近い。……その可能性が濃くなって来たら、また改めてお話します』

 

 ……彼女がそう言うのなら、それでいいか。

 当事者とはいえ、結局のところ僕は門外漢でしかない。説明されてもよく分からない可能性だって十分に有り得る。僕に分かるように噛み砕いて説明したところで、その時間が丸々無駄になる可能性が高い。……だったら、必要性が生まれた時にまた話せば良い。確かにその通り。合理的だ。

 

『了解。……それじゃ、次行こうか?』

『次?……まさか、まだ死ぬ気なんですか?』

『サンプルは多い方が良いでしょ?』

『そりゃあ、そうですけど。……それにしたって、そんなに急ぐ事じゃありません。落ち着いて。ご飯でも食べて来たらどうですか』

 

 『私も食事にしますので』と言って、彼女はキャスターを転がして研究机の方へ戻って行った。

 そして、如何にも健康的な──いや、一周回って不健康、いや不健全に見える──ドロドロザラザラとしたドリンクと、見るからに無味乾燥していそうな10センチ程のバーを取り出した。

 まさかと思うが、あれが食事だと言うんじゃないだろうな。

 

『それが、ご飯?』

『ええ。私は毎食これです。暇な時に作ってストック出来ますからね。……貴方の分はありませんので、貴方は貴方で好きなものを食べて来れば宜しいかと』

 

 なるほど。

 これは良くない。

 

 食事とは日々の潤いだ。確かに極論を言えば生命維持に必須なものでしかないのだが、とはいえそれなりに世界全体が豊かになりつつあるこの現代においては、最早食事は嗜好品のそれに近い。特に、彼女の様な研究者様ともなれば、食を愉しむ事が出来るだけの金はあるだろう。

 

 食を蔑ろにした人間は、少しずつどこかが狂っていく。これは僕の持論にして、経験談だ。

 オリヴィアが亡くなった頃の僕は、どうせ彼女の料理が食べられないのならと食事を絶つか、摂ったとしても至極適当なもので済ませていた。……結果、どうなったか。気性は荒っぽくなり、何をするのも億劫な程の気だるさを覚え、かと思えばある日突然弾かれた様に忙しなく動いてみたりと見事に気が狂った行動を繰り返した。

 今思うと、あの頃の僕は結構頭がトんでいた。

 

 彼女にそうなられては困る。彼女には何としても、僕のこの不死性の根源を解明して貰わねばならない。

 

『良ければ、僕が作ろうか?』

 

 そう提案した途端、モソモソとバーを齧る彼女の口がピタリと止まった。

 時間にして、およそ10秒。目を丸くした彼女はそれだけの時間の後に口の中に残ったバーを嚥下し。

 

『念の為に聞きますが。……なにを?』

『料理を』

他人(ひと)の手料理……』

 

 ほんの僅かに、その不健康そうで眠たげな目を輝かせた。

 この反応が出来るなら、まぁ、及第点だろう。多分、暖かい料理は好きではあるけれど、自分の時間を割いてまで摂る程の魅力は感じない。そう思っている風に見える。

 だったら、他人の時間を使えば良い訳だ。

 

『どうせ実験中以外──君が仮説を立てている間なんかは暇だしね。どう?』

『ぜひお願いします』

『わお。良い食いつき』

『ついでに血の掃除なんかもお願いしても良いですか』

『しかも図々しくなった。……まぁ、散らかしたの僕だし、別に良いけどさ』

『助かります。どうも私は、考え事を始めると他が蔑ろになりがちで……そろそろ家事手伝いでも雇おうかと思っていた所だったんです』

 

 本当に、悪い意味で研究者気質というかなんと言うか……。自分の興味が満たせれば、他の娯楽やら環境やらなんて二の次三の次。僕が今まで見てきた研究者と呼ばれる人種と同じ……いや、輪をかけて酷い。

 

 この分だと、彼女が両手に持った料理もどきも、大層酷い味がしそうだ。

 ……ちょっと気になるな。

 

『その代わりって言うのはナンだけどさ。

……それ、味見しても良い?』

『それって……バーとドリンク(これ)ですか?

構いませんけど……美味しくはないですよ?』

『知ってる。どのくらい不味い代物なのかと思って』

 

 『そういう事なら……』と、彼女はおずおずとその両手に抱えた食料を僕に手渡した。

 

 ────口にした感想としては、『よくこんなものを毎日食べられるな』、だ。

 

 

 

 

 

 早いもので、アンゼリカの実験に付き合いはじめてからもう一ヶ月あまりが経つ。

 その間、僕はハウスキーパーの真似事をしつつ、適度に死んで恙無く彼女の実験材料をやっていた。

 

 出会った当初は血色が悪かった彼女も、食糧事情の改善が功を奏したのか、段々に良くなって来ている。雑事に掛かる手間が減った為か以前より眠れる様になったみたいで、目付きの悪さも随分と改善された。以前の彼女が『自分は研究者ではない』などと宣ったら嘘を吐くなと一蹴していたろうが、今の彼女であれば或いは誤魔化せるかもしれない。その程度には真人間のそれに近付いた。

 

 実験の方も至って順調だ。たった一ヶ月という短い期間で、彼女は僕の蘇生を『死ぬ直前の姿の再現』であると特定した。期待を大きく上回る成果だ。

 僕を蘇らせる何某かが『このタイミングで絶命した、或いは致命傷を受けた』と判断したその一瞬前を基準とし、死んだ僕の上にその情報を上書きする。……その様にして、僕の蘇生は成されるらしい。

 何度か自爆もして確かめたが、確かに、死の直前の姿に巻き戻されている。具体的には、身に纏った衣服なども含め。僕の死を観測する何某かはサービス精神が無駄に旺盛だ。そんなサービスを付けるくらいなら死んだままにして放っておいてくれた方が僕としては何千倍も嬉しいのだけれど。

 

 そんなこんなで、実験は次のステップに進んだ。

 論題はずばり、『僕を蘇生する何某かとは、一体なんなのか』、だ。

 僕の予想としては例の命の神(クソ野郎)だと思うのだけれど、『憶測で物事を語るなら実験する意味が無い』と彼女には窘められた。それはそれとして仮説のひとつとして採用はするらしいが。

 

 次の実験を行うには、剣で喉元を突き刺すのでは不足だった。あれは僕の意識が残ってしまうし、何より肉体の大半が無事である為に蘇生までの時間が早い。それは即ち、観察出来る時間が少ないと換言できる。

 故に、僕が採る自決手段は、自爆だ。規模を調整して、僕の身体が丁度木っ端微塵になる程度で収める。……出力確認の為に幾らかの水槽が破砕してしまったが、彼女にはそれも投資と思って諦めてもらった。

 

 自爆した後の僕は、最低2、30分は復活しないらしい。どうやらそこにプラスして、疲労度に応じて時間が伸びる様だ。長ければ半日程まで。自死を重ねた後に自爆した時などが特に長いらしい。

 勿論、その間僕の意識は無いので、彼女の言う事が正かどうかは僕には分からないのだが……まぁ、嘘を吐く理由も無いし。多分今までもそうだったのだろう。

 そして何より驚くべきは、僕が目を覚ます本当に直前まで、肉体の再生が行われない事だ。例えるなら、朝目を覚ますその直前に、身体をもぞもぞと動かす様な。……そんな感覚で、僕の肉体が再生していくのだそうだ。今にも吐きそうな表情でそう教えてくれた。赤黒い肉塊がぐねぐねと動いて人の形に成って行く様は、彼女には随分と刺激が強過ぎたらしい。何ならはじめのうちは実際に吐いていたと言っていた。

 余程再生する(その)様が醜悪だったのだろう。彼女は日を追う毎に、僕に実験開始を告げる際、苦悶に咽ぶ様な顔を浮かべる様になった。もっと具体的に表現するのなら、心臓に杭を打ち込まれる様な。折角器量が良くなったのに、これでは勿体無い。

 ただ……その顔を見たとしても、観測するのを止めさせる、という選択は有り得なかった。だって、それでは意味が無い。彼女は永遠を求め、僕は終焉を望んだ。そうして生まれた研究者と、被験者の関係。彼女が挫折を選ぶ事はつまり、僕らの関係が破局する事をも意味する。

 彼女も僕もそれを望まない以上、たとえ身の毛もよだつ程の光景であっても、それを直視してもらわない事には前に進まない。

 

 だから、今日も僕は身を爆ぜさせるし、彼女はそんな僕をじっと眺めて、その裏に潜む『何か』を解き明かすべく頭を回す。

 ただ、それだけの関係だった。

 

『今日も……その、実験を……』

『ああ、うん。了解。ごめんね、また気持ち悪いもの見せる事になるけど』

『いえ!そんな……貴方が、謝る事では……寧ろ私こそ……』

 

 こんな言葉を、かれこれもう何十回と交わしている。その度に──今、この瞬間も──彼女の表情(かお)は重く、暗く沈んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 半年が過ぎ、オリヴィアの命日が一度、二度、三度──と重ねられ。間も無く5年を迎えるという頃になっても、実験に進展は見られなかった。

 彼女の知るどの魔法を用いても僕を蘇生させる何者かは観測するに能わず、方々の書物を漁って様々な魔法を試したけれど、それでも何も見えないのだそうだ。

 その間、僕は毎日の様に身体を四散させ、その度に彼女は胃の中身が空になるまで吐いていた。最近──と言っても既にかれこれ一年ほどが経つが──では、食事も満足に喉を通らなくなってきており、僕と出会った頃の様な、否、それ以上に不健康そうな顔で、彼女は死にそうになりながら血眼で書物と睨めっこしている。

 

『一度中断した方が良いんじゃない?中止じゃなくてさ、中断』

 

 流石にその姿は目に余ると、もう何度もそんな提案をした。しかし彼女は、『私の我儘で止める訳には……』と、その風前の灯の如き生命力を振り絞る様にして、光の消えた目で懸命に僕を観察した。

 

 ──最近の彼女は、よく魘されている。

 毎晩吐き気をやっとの思いで収め、ようやく瞼を閉じるのだが──それから2時間としないうちに、うわ言を呟き始める。

 

『ごめんなさい』『私のせいで』『私の頭が悪いから』『もうやめて』

 

 そんな言葉を、寝ている間中、ずっと。……泣きそうな顔で、零し続けているのだ。

 

 さらに気がかりな事に。

 

 ある日、彼女は悪夢に魘される中、確かにこう言ったのだ。

 

 ────『レーヴェ』、と。

 

 どうやら悪夢は、僕にも関係しているらしかった。僕の名が呟かれたのはその一度きりだったので、関わりは薄い方なのだろうが……それでも、彼女のその死人(しびと)の如き表情のその一端に、僕が関わっている可能性は高い。

 多分、僕の蘇生の光景が悪い意味で、記憶に焼き付いてしまっているのだろうと推察は出来る。だが──それが果たして真実であるかどうかなど、僕には推測する事しか出来ない。

 

『随分魘されていた様だけれど、何かあった?』

 

なんて尋ねても、彼女は頑として何も言葉にはしない。

 お手上げだ。僕は元々人の心の機微には疎い。况て永遠を目指す彼女と、終焉を望む僕。物事の測り方はまるで、水と油だ。言葉が有っても尚誤解をする虞があるのに、言葉も無いというのなら尚更だ。

 

 そうなると、最早僕が自爆を取り止める他に手段は無いのだが……そうすると、彼女はもっと辛そうな目で僕を見る。

 何で止めるんだ。……無言のうちに、そう訴え掛けてくる。時には、僕の手首を力強く握って、睨みつけてきた事すらあった。

 

 となれば最早、僕に手の打ち様は無い。他ならぬ彼女が実験の中止を望んでいないのだから、その決意が首皮一枚でも繋がっている限り、僕は何度だって死ぬしかない。

 残された選択肢は、ただひたすらに彼女が一刻も早く成果を挙げる事を願う事、ただそれだけだった。

 




この話の執筆中にコメントで民間伝承が云々って言及している方が居て、ちょっと冷や汗をかいたのは内緒。
今回の話は単体だと曇らせっぽくないかも。そのうち投稿されるアンゼリカちゃん視点で答え合わせになります。

【追記】
蘇生周りの設定にちょっと穴があったので微修正。



──以下、雑感──

日間1位……?なにゆえ拙作が……?
と思いましたが、きっとそれだけ、世の中には曇らせ好きな方が沢山居るという事なのでしょう。やはり曇らせは一般性癖なのですね。
これだけ沢山の人に曇らせがお届け出来たのは偏に拙作を読み、気に入ってくださった皆様方のお陰です。ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。