不老不死の人格破綻者による曇らせエピソード集   作:曇らせ大好き人間3号

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後編です。お待たせしました。


研究の行末ーアンゼリカ②ー

 

繰り返される実験。日に日に弱っていくアンゼリカ。

 彼女は最早、限界だった。

 執念にも似たその暗い炎は、いよいよ彼女という蝋を溶かしきって、消えようとしている。

 

 それでも、彼女は止まらない。止められない。

 

 僕が自爆もせず、何も言わずにただじっとして本を読んでいると、彼女は決まって僕の胸倉を掴み、揺らす。

 

『研究を!……不老不死の、研究を。しないと。しないとなんです。私にだって出来るんです。だから。だから……!』

 

 そうしている間、彼女は何も食べないし、眠りもしない。……良かれと思って自死を止めても、それが却って状況の悪化を招く。何もしないままに命を燃やして行く。

 だから仕方無く、僕はやはり自爆する。肉片の一片に至るまで、綺麗さっぱり消し去る様に。

 

 そして、彼女はその度にどこか壊れて行く。人の道より逸れた研究を行うには、彼女は血を嫌い(まっとう)過ぎた。

 

 

 

 

 

 アンゼリカの身体が今にも限界を迎えるというその時になって、実験は進展を見せた。

 当たれる魔導書には全て当たり、結果世に出ている魔法では僕の蘇生の裏に居る存在は観測出来ぬだろうと判明し。そして御伽噺、歴史書、随筆、伝記等々、あらゆる書物に手を出し始めた。

 その結果、すぐに研究は転機を迎える事となる。

 

 『勇者物語』、なんて安直な題の御伽噺──と言っても、聖教はこれを伝記歴史書の類として取り扱っている様だが──がある。内容は単純明快。勇者と謳われる青年──アルベルが、仲間と共に世界を駆け抜け、世に蔓延る闇の淵源たる魔王を討ち取らんとする、という実にヒロイックな物語だ。尤も、終わり方が中々に後味が悪く世間での評判はあまり宜しくないのだけれど。

 その、聖教の関連施設に行けば必ず書架に収められている歴史書(おとぎばなし)に、研究のヒントは眠っていた。

 

 『アルベルの眼は悉くを暴く。(たとい)それが、魂の色などという人には到底見通せぬものであっても』

 『永くを生きた魔族の魂の色は、どこか煙に(くゆ)らせた様に薄く霞んで居た』

 『その刹那、確かに殺した筈の、死んだ筈の魔族の魂が、闇色に輝いた。────その魔の者もまた、蘇生の能力を得ていたのだ』

 

 ……これらは、勇者物語の一文だ。

 この物語の中では、『魂』なる概念が頻出する。魂の色が霞むだの、輝くだのと。

 何より注目すべくは最後に挙げた一文。……即ち、魂が暗く輝いて、魔族──ヒト型の魔物──が復活するシーンだ。

 蘇生時に魂が光るという現象が、全ての生命に共通であるのかは分からない。そもそも種として不死の者が多い魔族と、不死者が極めて異端な人類。……その両者ともが同じ反応を示すと軽々に結論付けるのは、些か盲目に過ぎる。

 

 だが。……この行き詰まった状況において、十分試してみるに足る。僕と彼女は、そう結論付けた。

 或いは、魂を観測する事が出来たなら。魂がどの様に動いて、どんな働きをして僕を蘇らせるのか。それが分かるかも知れないのだから。

 

 そこからの彼女は早かった。作中でアルベルの持つ眼。それと同じ効果を発揮する魔法の開発に勤しんだ。

 日がな一日魔法理論を調整しては実行を繰り返している。忙しさで言えば、間違いなくこの実験始まって以来のそれだろう。自爆の観察は最低でも20分、長ければ半日くらい暇な時間が生まれる筈だから。それと比べたら忙しいに決まっている。

 けれど、その多忙さと裏腹に、彼女の顔には、そして瞳には生気が戻って行った。醜悪な肉塊を観察する必要が当面の間無くなった為か、食べた物を吐く事も無くなり、夜に魘されるのもピタッと止んだ訳では無いけれど、それでも一時期に比べれば格段に少なくなった。

 

『これがフィルターを掛ける効果を発揮して、これが魂の存在の発見、これがその受容……』

 

 ああでもない、こうでもうないとボソボソと呟きながら研究机に向かう様は、ここ暫く見られなかった彼女の研究者らしい背中だった。はじめのうちは彼女もああして考察に没頭していたけれど、何度自爆しても成果が得られなくなってからは、今にも折れそうな程に弱りきった姿しか見られなかったから。……その久方振りの光景に、何だか胸が暖かくなった。

 

『一旦休憩したら。そろそろお昼時だよ』

『はい。これが一段落したら…………いえ。頂きます。今すぐ。温かいうちに』

 

 彼女の手元に食を楽しむ余裕が戻ってきた。

 どうせ食べても実験が始まれば吐いてしまうのだからと、食が億劫になっていた彼女が、再び食事に目を向ける様になった。

 これまでと違い、試行錯誤を繰り返せば繰り返す程に目に見えて進展していく研究。楽しくて仕方ないだろうに、僕が声を掛けると彼女は決まって、研究をすぐに中断してご飯を食べに来る。その様はどこか小動物の様で、可愛らしい。

 

 

 

 

 

 2週間程が経って、アンゼリカは遂に『魂を観測する魔法』の原型を作り上げた。御伽噺という空想の一部を切り取って、現実にまで昇華して見せた。……やはり、彼女は天才だ。彼女に期待したのは間違いではなかった。

 ただ、それ程の偉業を為したというのに、彼女の顔は魔法の完成に近付くにつれ再び翳りを見せ、いよいよ完成したという頃にはまた、すっかり余裕は沈み込んでしまっていた。……魔法が完成してしまったら、再び血を見る事になる。それが嫌だったのだろう。

 

 だが、その暗く沈み込んだ顔の裏には、以前には無かった覇気がある。

 必要な手札は得た。……だから、何としてもこの一度で決める。そんな彼女の思いが、その眼差しから伝わる様だった。

 

 その決意が垣間見えたからと言って、僕に出来る事は何も無い。僕はいつも通り、この身を爆ぜさせるだけだ。

 

『じゃあ、早速やろうか?』

『…………はい。…………これで、きっと最後にしてみせますので。お願いします』

『これで終わってくれれば君も楽になるね』

 

 勿論、僕の不死の背景にあるものが特定出来る可能性がある事は、とても喜ばしい事だった。

 けれど、彼女が見たくもないものを見なくても良くなる事。それもまた、確かに喜ばしい事だろうと。そう思った。

 ゆえに、僕は微笑む。

 

 だが、その思いと裏腹に。彼女の顔は尚も沈む。

 

『私の事は別に良いんです。貴方が死ななくて良くなるなら、それで……』

 

 その原因は、どうやら僕にあったらしい。彼女の言を聞くに、僕の死が彼女を悩ませているらしかった。……別に、僕の事なんて気にしなくても良かったのに。

 

『僕の事気にしてたんなら、別にそんな事どうでも……』

『どうでも良い、と言うつもりですか。……そんな訳が無いでしょう……!?』

 

 どうでも良いよ、気にしないで。────そう続けようとして、しかしそれを彼女に遮られる。

 彼女の表情が、一瞬にして恐慌と憤怒に染まった。

 

『レーヴェ。貴方、自分で気付いていないんですか?

何とも思っていない様に貴方は言いますけど。……実際、何も思ってないのかも知れないですけど。

自爆する瞬間、貴方すごく痛そうにするんですよ。苦しそうにするんですよ。辛そうにするんですよ!!

いくら蘇ると言っても、痛覚が鈍る訳じゃないんだぞって、そう訴え掛けてくるみたいに!!

それを私は、毎日毎日、何度も何度も、成果も出ないのに(いたずら)に死なせて!!何度も何度も痛めつけて!!

けど、それを償うには結果を出す以外に方法が無くて……!!』

 

 彼女はそこで、荒く乱れた呼吸を一度落ち着ける。

 そのあまりに悲痛な叫びに、僕まで心を抉られる様だった。

 

 確かに、死ぬ時は痛いものだ。数百年のうちに何度死んだとも分からないくらいに死んだけれど、それでも未だ、この痛みに慣れる事は無い。耐え難い痛みだ。特に肉が爆ぜる瞬間など、全身の神経を剥き出しにして切れ味の悪いナイフで執拗に切り付けられた様な、そんな酷い痛みが走る。

 無意識にそれが顔に出ているのだと指摘されれば、それを否定する事はとても出来ない。確かに、出ていてもおかしくないと思ってしまうから。そのくらい、痛いから。

 

 けれど。

 所詮僕は実験動物で、彼女は研究者だ。……その関係が崩れる事など有り得ない。そう思っていた。

 だからこそ。僕の痛みになど、僕の顔になど。そんなものに彼女は興味を持たないと思っていた。肉塊が人に戻って行く様を見るのが、彼女は苦手なのだろうと。……そんなふうに、呑気に考えていた。

 

 彼女に何度、適当な事を言っただろう。『気持ち悪いものを見せてごめん』、『実験中断した方がいいんじゃない?』、『魘されてたけど何かあった?』……そんな事を言われる度に、彼女は何を思っただろう。

 他ならぬ、悩みの根源に。何を気にした風も無く、呑気にそう言われたら。一体、どの様な心地になるだろうか。

 

『全て、私が。

……私が悪いんです。私が半端者だったから。

研究者で在りたいのなら、貴方の死に一々心を痛めるべきではなかった。ただ淡々と、貴方の死を眺めているべきだった。

貴方を大切に思うのなら、実験なんて止めるべきだった。その時点で貴方と私の関係は切れるけれど。私の夢も、貴方の願いも潰えるけれど。それでもと踏み躙るべきだった。

私には、どちらも出来なかったんです』

 

 彼女を、研究者という色眼鏡を掛けてしか見て来なかった。

 研究者が、実験動物に情を抱くなど有り得ないと。そう信じたままに、それ以上を考える事をしなかった。必要無いと、そう思ってしまっていた。

 普通に考えれば、色眼鏡を取り払って考えたなら、そんな事は無いと思えるのに。人と人が何年も付き合って、何の情も抱かないなんて土台無理な話だと分かりきっているのに。

 

『ごめん。全く気が付かなくて』

『そんな顔しないで下さい。

ただただ、貴方を実験対象と割り切る事が出来なかった私の落ち度でしかないんですから』

 

 彼女の顔が、更に翳る。

 

 確かに、研究者としてそれは欠陥だったろう。実験対象に愛着を抱くなど、本来あってはならない事。いいや、あっても良いが、ただただ辛くなるだけの無駄な事だ。况てそれが死を強いるという中々人道に悖る行為であると来れば、尚更に。

 だが、彼女のそれは美点でもある。研究者によくある様な狂気に堕ちる事もなく、ただただ人として、他人(ひと)を見詰める。命を殺める事に人並みの抵抗を抱き、人を害する事に罪の意識を負う。極めて真っ当な、人間らしい感性。それを失っていない事は、美点と言って然るべき点だろう。

 

 その上で、僕がどう総合的に判断するかと言えば。

 

『君の感性(それ)。……僕は好ましく思うよ。

研究者って手合いは何度か相手にした事があるけれど、君程まともな人は他に居なかった』

『でしょうね。……そしてそんな私は、研究者失格です。况て、不老不死なんてものを追い求めるのであれば尚更に』

『それでも、だ。……僕としては、君みたいな人とこそ、不老不死を解き明かしたい』

『……多分、効率悪いですよ。

貴方を死なせる度にこうして病んで行って、今の様に貴方の手を煩わせる』

『それでも良い。下衆な輩が世にのさばる手助けをするのは正直気分が宜しくない。

研究者が善良であるのなら、それに超した事は無いよ。たとえ効率が悪かろうとね』

 

 それはそれとして、他に選択肢が無ければ邪悪な研究者にも靡くだろうけれど。……そんな無粋な言葉は、今は呑み込んでおく。

 

『……良いんですね?本当に』

『そもそも、はじめに言ったろ。君が不老不死を追い求め、そして成果を僕に共有してくれるうちは、僕の方から見限る事は無いって』

『それは、確かに。……貴方って、変な所で律儀と言うか……お人好し、ですよね。協力関係……いえ、利害関係にしかない私の食事事情を改善しようとしますし』

『あれは……だって、あんまりにもあんまりだったから』

『放っておいても支障は無かったでしょう。それを蘇生明けで疲れているでしょうに、気を回して……そういう所がお人好しだって言うんですよ』

 

 お人好し、かぁ。割と方々で言われた言葉だけれど、イマイチしっくりこない。

 本当にお人好しならば多分、彼女が今にも死にそうな弱りきった顔を浮かべたその時点で睨まれてでも実験を取りやめにしていただろうし。……その点、彼女の状態よりも僕自身の利益を優先したのだから、僕はやっぱり人でなしだ。

 

『ホントにお人好しなら、実験を今頃取りやめにしてるんじゃない?』

『お人好しだからこそ、他人の選択を縛る様な事が出来ないんでしょう』

 

 全く、ああ言えばこう言う。意地でも彼女は、僕をお人好しに仕立てあげたいらしい。

 

『頑固だね君』

『なっ……!?

私は頑固じゃありません。寧ろ錬金術師とは常に柔軟に物事を測る必要がある存在であって……』

『いや、割と頑固だよ君は』

『何を根拠に。……いえ、根拠の有無の問題じゃありません。私は頑固じゃないです』

『君が頑固じゃないと言って通るのなら、僕もお人好しじゃないと言ったら通るんだね?』

『それとこれとは話が別でしょう。貴方は間違いなくお人好しです。そうでもなければ説明が付きません』

 

 二人して下らない話をしながら、笑い合う。

 

 思えば僕たちの間には、こういう時間が足らなかった。

 僕は僕で、研究の邪魔をしてもいけないしと雑談は出来る限り避けていた。彼女も彼女で、恐らく、罪の意識の様なものが重荷になって、到底雑談など仕掛ける気になれなかったのだろう。

 だから僕らはすれ違い、そして彼女は壊れて行った。本来であればもっと早くにどこかへ吐き出すべきだった悩みをその一身に受け止めて、潰れ掛けてしまったのだ。

 

 それが今はどうだろう。悩みを吐き出し、文句を付け。……詰まりきった胸中の澱を全て流し去って。心做しか、目に生気が蘇っている様だ。

 もっと早くにこうしてやるべきだった、という後悔が口を苦くする。

 

 けれど、まぁ。

 

『ふふ。……他人(ひと)と下らない事で盛り上がるのって、こんなに楽しいんですね。……気分転換にもっとこういう事、やっておくんだったなぁ』

 

 今、笑えているのだから。取り敢えず、最低は避けられたのだろう。……そう思うと、口の苦さもどこかへ退いていく様だった。

 

 

 

 

 

 アンゼリカは、魂の観察実験を無事に成功させた。彼女の構築した魔法理論は完璧だったのだ。

 

 そうして、僕以外の多くの生物の魂を肉の上から観察してみて分かった事らしいが……魂の光というのは通常、淡く、また透明度が高いのだそうだ。例えるなら、そう、炎。ゆらゆらと揺らめいて、その奥が見通せる程度の透明度はあって。正にあれだ。

 一方で僕のソレはどうなのかと言えば、まるで鉄球の様なのだとか。透明度が皆無で、鈍く光り、固さと重さを感じさせる。存在の規模感がまるで違う、と彼女は言っていた。そしてその鈍い光は、僕が蘇生されるその瞬間、極光の如く鮮やかに塗り替えられる、とも。

 

 この規模感の違いが、恐らく不老不死を生んでいるのだろうというのが、彼女の結論だった。

 尤も、その違いがどの様にして不死の有無を導くか、という話については、これから途方も無い対照実験を積み重ねてはじめて分かる事で、今はまだ全く分からないそうだけれど。

 

 詳細が詰めきれていなくとも、『魂』なる概念が僕の不死(くのう)の淵源であると分かったのなら、それだけでも大きな収穫だった。これまで闇雲に死ぬ方法を探していたのが、魂をどうにかする方向に絞って色々と試す事が出来る様になったのだから。それは間違いなく、大きな成果だった。

 

 一方で彼女の方も、何らかの手段によって魂の規模を持ち上げてやれば良いという事が分かったので、やはり大きな収穫を得たと言える。いわゆるwin-winってやつだ。

 

『貴方のお陰で大分地平が拓けました。後は、考察と実験を積み重ねれば良い。

それは貴方も同じでしょうけれど、生憎と私と貴方では追い求める先が違う。……はじめからこの日が来るとは分かっていましたが。……潮時、なのでしょうね』

 

 そして、そこまで分かったなら。……後は、互いに協力出来る事はそう多くない。

 僕は僕で死への道を探さねばならないし、彼女は彼女で不死への鍵を見つけ出さねばならない。

 確かに、協力関係を打ち切るならばこの辺りが潮時と言えるだろう。

 

 けれど。

 

『そう思うなら、何で泣いてるのさ』

『泣いてません』

『だって涙流して……』

『泣いてません!!

泣いている様に見えるのだとしたら、きっと、不老不死の検体を手放さざるを得ない口惜しさで涙が滲んでいるだけです……!!』

 

 ああ、やっぱり彼女は頑固だ。

 これ以上、僕を研究には付き合わせまいと固く誓って、考えを頑として曲げない姿勢を取っている。

 でも、それってさ。

 

『愛着が湧いてしまって殺すのが嫌なんですー!!……って散々喚き散らしといて、今更それは無理があるんじゃない?』

『ぐ……』

 

 指摘してやると、彼女の頬は熟れた林檎の様に真っ赤に色付いた。こう考えると、随分と素直に反応を表に出す様になったものだ。以前とは比べ物にならないくらいに。……良い兆候だと、二、三度頷く。

 

『何を頷いてるんですか。

……はぁ。認めます。認めますよ。

多分、寂しいんですよ。私、人の愛を感じたのって、生まれてはじめてでしたし。貴方に出会うまで、温かい料理なんて家で食べた事なかったですし。

……貴方のせいで、すっかり弱くなっちゃいました』

『別に良いじゃない、弱くなったならそれはそれで。人に頼れば良いんだから』

『でも……』

『そもそも、目指す先が違うだけでやってる事は大して変わらないでしょうに。なんで頑なに縁を切りたがるのさ』

『だって……貴方が捨てたがっているものを、自ら追い求める姿なんて……正直、見ていて虫唾が走りません?』

『走らないけど?』

『え?…………そう、なんですか?』

『うん』

 

 何だ、そんな話かと、僕は肩を竦めて見せる。

 そもそも、そんな理由で袂を分かちたいと思うなら、はじめから彼女の実験になど付き合ってはいない。『二度と僕に関わるな』とでも吐き捨ててとうに彼女の前から消えている。

 僕は不老不死を憎く思っているけれど。不老不死(こんなところ)に至っても、良い事はひとつも無いと断言出来てしまうけれど。……それでも、追い求めたいのなら好きにすれば良いと思う。はなから他人の興味関心を否定するつもりは毛頭無い。

 

『寧ろ専門家が居た方が、色々と聞けて捗ると思うから嬉しいけど。……君の方もそうじゃない?不老不死のモデルケースが近くに居た方が、何かと便利でしょ』

『それは……そうですね』

『じゃあ、態々別れる意味も無いね。一緒に研究しようよ。……と言っても、結局君頼りになってしまいそうだけど』

『それは寧ろ、願ったり叶ったりと言うか、恩返しには全然足りていない気はしていたと言うか……ともかく、任せて頂いて構わないですけど』

『それは心強い。……じゃあ、今後ともよろしくって事で』

 

 そう言って、片手を差し出す。

 彼女もそれに呼応して、おずおずと僕の手を取った。

 

『……そういえば、貴方の手を握ったのは初めての事な気がします』

『あれ、そうだっけ?』

『はい。……温かいんですね。普通に』

『そりゃあねぇ。死なないだけで、生きてはいますから』

 

 これでも、しっかり末端まで血は(かよ)っている。……通っている、筈だ。断定するには些か自信が足りないけれど。

 

『…………』

 

 ……所で、これはいつ解けば良いんだろう?

 タイミングがよく分からないのでされるがままにしているけれど、はじめはただのシェイクハンドだったのが段々エスカレートして、今やぐにぐにと両手で僕の手を弄ってくる始末。……どうせ何か、学術的興味でも湧いたのだろう。別に不快でもなければ何か時間に追われる様な案件がある訳でも無し。このまま放っておくか。

 

 案外、こんな所から不老不死への着想が得られる可能性も、ゼロではないのだしね。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

月日は流れ。僕の方はやはり見た目に何ら変化は無いけれど。アンゼリカは、そういう訳にも行かなかった。

 魂の観測を果たしてから……かれこれ、40年くらいか。その間中、僕と彼女とは共に在り、共に不老不死の研究をした。

 時に彼女の思考回路を僕が教示してもらい。時に僕が不老不死の感覚を彼女に伝え。

 最高の実験材料(ぼくのからだ)を、彼女に拒否反応が出ない範囲で色々と弄って。

 それでも結局、彼女が研究者であるうちに、不老不死になる方法も、その逆に不老不死から脱却する方法も。そのいずれも、僕らは解き明かす事が出来なかった。

 

 僕が得られた成果と言えば、魂だけの状態で意識を保つ事が出来る様になったくらいのもの。不老不死からの脱却どころか、より不死の性質が強くなっている気もするけれど……まぁ、そこはそれ。何らかの成果があった事こそが大切、という事にしておこうと思う。

 

 一方で、彼女が得られた成果はと言うと。……正直な話、何一つ存在しない。不老不死へ至る道は終ぞ見つからず。その糸口を後世に残す事ですらも、難しい。そもそもそれすら掴めていないのだから。

 まだ60にも満たない彼女は、あれから成果らしい成果を何一つ得られぬままに、身体にガタが来た。……若い頃の無理が祟った形だろう。

 今や彼女は日がな一日ベッドに寝転んで、ただ僕の作る食事を摂るのみとなってしまった。

 

 幸い、彼女が片手間に教え込んだ錬金術によって、僕でも簡単な薬ならば作る事が出来た。

 それとご飯とを食べさせて、何とか寝転がるだけならばそこまで不自由は無いままに、生きながらえさせる事が出来ている。

 

 『後悔はしていないか』、と。そう尋ねた事はあった。

 不老不死になど固執しなければ、或いは僕という存在に辿り着かなければ。……彼女はきっと、他の研究に心血を注ぎ、そして世界に名を刻んだ事だろう。

 彼女は天才だ。その上、努力を惜しまない。その果てに空想を現実に引きずり下ろすなどという大業を成したのだから、その研究者としての資質は折り紙付きと言って良い。

 それ程のあまりある才を不老不死なんぞの研究に費やして、終ぞ誰に知られる事もなく、恐らくそう遠くないうちにこの薄暗い地下室で息を引き取る事になる。その事に、悔いは無いのかと。

 

 彼女はその問い掛けに、『悔いならある』と。そう答えた。

 彼女は不老不死になればきっと、世の全てを暴けると信じていた。無限の時間を費やしてひとつひとつ不明瞭な所を潰していけば、いつかきっと世界中どこかしこもが詳らかになると。そして、その果てに。世界から研究する所も無くなったその後に、今度は人としての幸せが得られるのではないかと。そう、幼い頃から信じて止まなかったのだそうだ。

 だが彼女は、実の所、その夢は叶わぬとかなり早い段階で悟っていたらしい。具体的に言うと、魂の観測が上手く行かなかった辺りで。……彼女に言わせれば、『あの程度』。『あの程度の事が明かせない時点で、世界を解き明かすなど到底不可能』という推論に蓋をする程、彼女は蒙昧になれなかったのだ。

 それでも、一度抱いた夢だったから。彼女のそれまでの人生に常に在り続けた、たったひとつの目指す先だったから。……彼女はそれからも暫く、その夢を追い続けていたのだ。

 けれどそれも、ある時急に、ポッキリと折れてしまったらしい。『私では無理だ』と。燻りながらも確かにそこにあった筈の熱が、はたと消えてしまったのだと、彼女は言った。

 その瞬間を、彼女は今でも後悔していると言っていた。或いは熱を持ち続けられたなら、今とは多少なりとも違う結末が待っていたのではないかと、そう考える度に胸が痛くなる。……彼女は悲痛な面持ちで、そう漏らしていた。

 

 それを聞いた僕は、思う。

 それでも身体が満足に動かなくなるその時まで研究を続けて居たのは。研究者としての在り方を損なわなかったのは。……きっと何か、特別な理由があったのだろうと。例えば、そう。────超常の存在に抱いた情、だとか。

 

 そして僕も僕で、そんなに長い間たった一人と一緒に居れば、情のひとつも湧くものだ。

 例えば、彼女が眠るその時は、たったひとりではあるけれど、きっと看取ってやろう、だとか。……彼女の駆け抜けた足跡を知る、たったひとりの戦友として。

 

 

 

 

 

 そして。遂にその日はやって来る。

 

『ねぇ、レーヴェ。……そこに居る?』

『居るよ。ここに居る』

『そっか。……良かったぁ』

 

 普段の丁寧な物言いも、この時ばかりは砕けきって。ただ静寂に、二人で言葉を紡ぎ置いた。

 

『死ぬって、こんな感覚なんだ。……やっぱり、嫌だなぁ。寂しい。暗い』

『そうだね。確かに死の瞬間は暗いし、どこか寂しい。……だけどきっと、その果てには明るい世界がある。僕は、そう信じているよ』

 

 僕がそう呟くと、それを聞いた彼女は、目を瞑ったままゆっくりと微笑んだ。

 

『貴方……スレた様に振る……ゴホッ。……振る舞う事も、あるけれど。

やっぱり、その心根は純……粋、なのね。どこか夢見がちで。子供っぽくて。……そういうとこ、好きだったなぁ』

『……そっか』

『ふふ。照れちゃって』

 

 青白い顔。生気の無い顔。……その弱り具合と言えば、あの頃(・・・)に勝るとも劣らない。けれど、その顔を見て、安心した様な気分になれるのは……多分。彼女が笑っているからなのだろう。

 今の彼女は、心底に楽しそうだ。まるで、幼子が玩具を買ってもらった時みたい。子供っぽいなんて、人の事を言えたものじゃない。

 

『……ねぇ。レーヴェ』

『うん?』

『ごめん、なさい。不老不死の謎、解明、出来なくて』

 

 笑顔のまま、彼女はそう謝った。

 

『良い。……良いんだよ、そんな事は。

元から君が求めたものだろ。君が納得出来ていれば、それだけで良いんだ』

 

 その言葉に、彼女は息苦しそうに、けれど嬉しそうに、笑いを零す。

 

『そっか。貴方は、やっぱり。そう、なんだ』

『……何が?』

『んーん。別に。

……そんな貴方だから。私も、貴方に、安らかな眠りが……ゴホッゴホッ!!』

 

 咳き込んだ彼女の背を摩り、静かにする様に促す。……けれど、彼女は口を止めない。

 

『最期だ、から。……言わせて。

……いつか、貴方が、安らかに……眠れ、る……様、に……。

私、祈ってる、よ。今までも。これからも。ずうっと』

『ああ。ありがとう。……君の方は……そうだな。天国で、したい事をしたら良い。……そうだ。例えばさ。前に言ってた転生の魔法の研究。そんなのとかね』

 

 務めて、普段通りの声色で。……僕は、彼女にそんな提案をする。

 何のかんのと言って、彼女は大の実験好きだ。……何に気を取られる事も無く、何に気を遣う事も無く。好きに研究が出来るのは確かに、彼女にとってひとつの幸せの形だろう。……そう思ったから。

 

 その言葉を聞き取って、彼女は笑う。

 

『……ふふ。……それ、も、い…………』

 

 そして、そのとびっきりな微笑みのままに。……彼女の時間は、止まった。

 

『……おやすみ。……いつかまた、そっちで会おう』

 

『………………』

 

 返事は無い。時計の針が進む音だけが、無慈悲に耳朶を打った。

 

 こんなに長い間、たった一人に寄り添ったのは。……この長い人生の中で、オリヴィア以来の事だった。

 それだけに。……いつも共にあった人に置いて行かれる感覚は、こんなにも寂しいものなんだっけと。その懐かしさに、眦を熱くする。

 

 他人(ひと)を悲しませるのには、随分と慣れたものだった。僕自身、それを好き好んでいたし。そして僕の命は吹けば飛ぶくらいに軽く、命の重い人たちとの価値観のすれ違いが起きやすかったから。

 

 だけれど。他人(ひと)に悲しませられるのは、中々味わう事の無い感覚だ。これでもう2度目になるけれど、その痛みは死の痛みと同じで、どうにも慣れる気がしない。

 

 これが、彼ら彼女らの見た世界。……この喪失感が。この苦味が。この灰色が。成程、あんな顔になる訳だと納得する。

 そして、その感覚を一頻り噛み締めた後。……彼女の遺体を抱えて、外に出た。

 

 天気は、晴れ。雲ひとつない、秋晴れというやつだ。

 心做しか、普段より少しばかり暖かい。彼女は寒がりだったから、多分、ちょうど良かったろう。

 

 彼女の遺体を丁寧に埋葬する。研究室のすぐ傍、湖──彼女が一度、好きだと言った場所──の見える小高い丘に。それはもう、丁寧に。

 

『参らなきゃいけない墓が増えちゃったな』

 

 誰に聞かせるでもなく、ボソリとそう呟いた。

 

 瞬間、一筋の風が頬を撫でる。

 その音はまるで、クスクスと、誰かが笑う様な音だった。

 





やっぱり曇らせっぽくならない。困ったなぁと思いつつ、取り敢えず書き終わりはしたので投下してみます。
不老不死周りの設定をフワッとながら触れたのも相俟って、物凄く長くなってしまったのが反省点。本当は前後編合わせて1万字くらいで纏めたかったのですが。
各話の終わり方に常に悩んでいます。中々いい感じに纏まらない。個人的に気に入ったのは3話目くらいなもので、他はイマイチ自分の中で納得出来てないんですよね。まだまだ力不足です。

それから、今更の告知ではありますが、拙作はプロットなし、ストックなしの見切り発車となっています。おまけに私は遅筆ですので、ここから先は特に、更新が不定期になります。どうかご承知の程を。


【追記】
自爆周りの設定にちょっと穴があったので微修正。
【追記②】
叙事詩の定義を勘違いしていたので歴史書等の表現に変更。
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