不老不死の人格破綻者による曇らせエピソード集 作:曇らせ大好き人間3号
バレンタイン記念も兼ねて、今回は曇らせ要素の無い番外編です。
オリヴィアから見た第1話前半部分になります。
オリヴィアの記憶①
突然声を掛けてきたその少年に対して、私はとても懐疑的だった。
「あの、僕にタンク役を任せてくれませんか?」
突然肩を叩かれたと思ったら、これだ。訳が分からない。こんなヒョロっこい奴に任せるくらいなら、タンクなど居ない方が気楽に戦えて余程良い。
何より、タンク志望なら声を掛ける相手を致命的なまでに間違えている。軽戦士ならその辺にいくらでも居るというのに、何故態々全身甲冑の私を選んだのか。
断る、と首を横に振る。
すると、少年は尚も食い下がった。
「人助けだと思って、少しの間だけでも組んでくれませんか?」
……成程、得心が行った。恐らく、彼はまだ冒険者になりたてなのだろう。駆け出しの冒険者ならば、少しでも強そうな者──要するに、タンク役の己が少しくらいヘマをやらかしても何とかなりそうな者を味方に選ぶのもよく分かる。
そういう事なら、と私は仕方無く了承した。
まぁ、後進を導くのも先達の役目であろうし、と。
少年──レーヴェ、というらしい──は見掛けによらず、それなりにやれる奴だった。
筋肉量はそこそこ。身体の使い方はまだまだ発展途上。だが……気骨がある。度胸がある。そして何より、頑丈だ。
真正面から受ければ私ですらどうか、という一撃。それを彼は一身に受け止め、しかし決して盾を落とす事も、况てや命を落とす事も無かった。
タンク役として重要な資質は、凡そ全て持っていると見て良い。あれに重要なのは兎にも角にも頑丈さと、死をも恐れぬクソ度胸だ。筋力や技術なんてものは、そんなものいくらでも後から付いてくる。その点、彼は私が今まで見たタンクの誰よりも、その資質を備えていた。鍛え上げて放逐すれば、私たち冒険者の生存率向上に一役買ってくれるかもしれない。
存外に良い拾い物をした。
と、その段階での感想としては、せいぜいがそのくらいだった。
私の中で彼という存在がみるみるうちに大きくなって行くのに、そう時間は掛からなかった。
彼を仲間に加えてからというもの、明らかに手傷を負う機会が減った。死角からの攻撃を全て彼が防いでくれるからだ。お陰様で、冒険者になってから生傷の耐えなかった身体から、すっかり傷が消えてしまった。鎧の消耗も極めてゆったりとしたものになった。
……だが。
代わりに、レーヴェは傷付いて行った。役割を鑑みれば、当然と言えば当然なのだが。……だが、それで済ますにはこちらの気も収まらなかった。
彼は傷の治りが早い。体質なのか、それとも何か魔法でも使っているのか、どちらか知らないが兎も角、致命傷に近い傷だろうとすぐに癒える。代わりに、どういう原理か知らないが、致命傷に到底及ばない軽傷の方が長引く。更にダメ押しで、致命傷を受けた際、彼はいつだって苦しげだ。当然だが、すぐに治るからと言って痛みが無い訳じゃないんだ。
傷が癒えて行く私の身体。傷が増えて行く彼の身体。……気に掛けるのも、当然の話だろう。
「もう少し、こちらに攻撃を流しても良いんだぞ」
ある日、遂に我慢ならなくなって、私は直接彼に詰め寄った。
「へ?」
ところが、彼にはまるでピンと来ていない様子。私が何故こんな事を口にしたか、全く意味が分かっていないのだろう。
「私は……お前と組んでから、明らかに手傷が減った。鎧だって長く保つ。だが……お前はどうだ」
「どう、とは?」
「
彼が私を庇って受けた傷。ひとつひとつを挙げれば、枚挙に暇がない。それ程私は注意力散漫で戦っていたのだと痛感させられる。どうせ被弾は減らせないのだからと、なあなあで戦っていたと思い知らされた。
本来、彼が期待していたのはもっと楽な仕事だった筈だ。ベテランらしい雰囲気の甲冑姿の女に声を掛けて、安全にタンクとしての経験を積もうと、そう考えていた筈だ。
その期待を、私はこうして裏切っている。彼に責め苦を強いている。その事実が、こうも、苦しい。
「はあ。まぁ、確かに痛いですけど。タンク志望の時点で別にそんなの普通ですしねぇ。……と言うか、少し痛いくらいの方が生きてるって感じしません?」
だから、あっけらかんと放たれたそのセリフを耳にした時、私は己の正気を疑った。
「は……?」
「別に痛みじゃなくても良いんですけど、刺激が欲しいんです。そうじゃないと、この先何十年と生きて行くのに、退屈してしまいそうで」
……あ、ああ。刺激。刺激か。
成程、そう置き換えられれば分からなくもない。
確かに何事にも刺激というものは大切だ。斯く言う私も、日々の刺激やメリハリというものは大切にしている。
……だが。
「刺激が欲しいのなら、もっと健全な形で探せば良いだろう。……だから、ほら。そんなに無理をするな」
「無理はしてないですよ?したい事をしてるだけですし」
「したい事?」
「はい。……僕、誰かを助けたくてタンクを志したんです」
誰かを、助ける……。
「私と、一緒だ……」
私もその為に冒険者になった。
嘗て、冒険者に命を救われた私だから。今度は私が誰かを救う番なのだと、そう思っていた。
……彼も、同じだったのか。
……だったらきっと、彼の欲しい言葉はこれじゃあないだろう。
「……レーヴェ」
「はい?」
兜を取り、彼と目を合わせる。……彼の瞳はよく見れば、濁りのひとつもない、澄んだ空の色だった。
「……ありがとう」
一音一音に感謝の念を込める。
正直に言えば、思う所が無い訳では無い。私とて誰かを救いたいと願う者だ。そんな私が、誰かに救われるなど。正直手放しに心地良いと言えたものではない。
しかし、傷一つ無い己の肌を見て、少しばかり嬉しくなったのもまた、事実だった。……なんだか、私が普通の少女に戻れた様な気がしたから。
だから、思う所があれど、彼への感謝は本物だ。私はそう信じている。
深深と下げた頭を、元に戻す。
再び合った空色の瞳は、驚いた様に丸くなっていた。
「ええと……」
そんな事を思いつつ見詰め合うこと数秒、彼がようやく口を開く。何と言われるだろう。私の感謝は、無事に伝わっただろうか。
「お礼は嬉しいですけど、それはそれとして。
……オリヴィアって、女性だったんですね。びっくりしました」
前言撤回、彼の脳天に拳骨を落としておいた。
***
彼と出会って、半年程が経った。
その間、私は私で必死に戦い方を見直して死角を減らす様に腐心したし、彼は彼でタンクに必要な身体捌きを身に付けて行った。……筋力は一向に成長の兆しが無かったが。
それでも、互いに実力が数段上に向上した事で互いに手傷を負う事も減り、私も彼に対して負い目を感じる事が少なくなって来た。
元より私は一撃特化の戦闘スタイルで、タンクの冒険者とは相性が良い。そのスタイルを研鑽し研ぎ澄ませた事で、自分で言うのもどうか、という話ではあるが……私と彼との相性は、極めて良くなったのではないかと思う。私の傲慢でなければ、彼もそう感じてくれている筈だ。
何せ、私たちコンビはどんな魔物と戦っても連戦連勝だった。今更スライムやらゴブリンやらの低級の魔物に手を焼く事など有り得ない。ビッグビーやジャイアントモールといったそれなりに厄介な相手も危なげなく討伐出来た。果てには、
私一人では、きっとここまでには成れなかっただろう。この街に数いる冒険者の一人。狩れるのは精々が中級までで、上級が現れたらその時点で街の人たちを避難させるのにやっとで、ちょっと時間を稼いで、すぐに死ぬ。……そんな、多少強いだけの一般人にしか成れなかった筈だ。
それをここまで引き上げてくれたのは。「誰かを助ける」という漠然とした私の願いを形にしてくれたのは。……他の誰でもない。間違い無く、レーヴェだ。
……そして、私を傷だらけの戦士から、一人の女に戻してくれたのもまた、彼だ。
傷だらけの身体を見る度に、半ば無意識に溜息を吐いていた。一人でも寂しくないと思っていたが、それは必死に自分に言い聞かせていただけだった。
結局の所、私はきっと、寂しがり屋の子供のままだったのだ。それを傷と立派な鎧で覆い隠していただけ。ただ、それだけだった。
それを彼は、一瞬のうちに剥ぎ取って行った。
一人でも戦えた筈なのに。……気付けば私は、独りで戦う
一人でも寂しくないと思い込んでいた筈なのに。……気付けばそんな幻想は、跡形も無く消えていた。
一人前になれたと、思っていたのに。……全然そんな事はないのだと、彼に思い知らされた。
彼が居なければダメになった。
最近では一人で眠るのもどこか心細い。上等な宿を取って一人で寝るよりも、外で彼と共に野営した方が安心して眠れた。
彼が、欲しくなった。
けれども彼は、そんな私の想いは露知らずだ。普通、あのくらいの年頃ならば異性に多少なりとも興味があって然るべきだろうに、どれ程アプローチを掛けても何処吹く風……と言うか、そもそもアプローチ自体に気付きやしない。まさかと思うが、あの歳で枯れてるんじゃないだろうなと疑ってしまうのも無理からぬ事だろう?
だから私は、これじゃあ埒が明かないと、いっそ極めて直接的に彼を求めてみる事にした。
顔見知りが店主をする露店を冷やかし、商店街をぶらついて。小洒落た料理屋で夕餉を摂り、夜の訪れと共に小高い丘に向かう。
眼下に広がるはこの街一番の景色。住民の何十人かに根回しして、特別に多くの家でランプを焚いて貰っているから、より壮観な眺めとなっている。
彼を引っ張る右腕が震えて、止まらない。緊張によるものか。それとも、武者震いというやつか。
心做しか、普段より息も浅い気がした。緊張で食事は殆ど喉を通らなかった筈なのに、少しばかり胸が苦しい。
私はこんなに胃と心臓が痛いというのに、レーヴェの方はと言うと「はえー、綺麗ですねぇ」と平常運転も平常運転、お気楽そのものだ。……何か腹立ってきたな。告白成功したら拳骨落としてやる。
「なあ、レーヴェ」
そのまま暫く、何を喋るでもなく二人夜景を眺め。……そしていよいよ、口火を切る。声がうわずらない様に、必死に平静を保つ。
「はい?」
こちらに向けた顔は、やはり平常通りだった。ムカついたので、クールダウンも兼ねて頬をつねる。
「はんでつねうんでふか」
「うるさい。黙って摘まれていろ」
「へー」
暫くムニムニしていると、呼吸も幾分落ち着いて来た。頬に昇った熱も、大分下に降りた筈だ。
「……レーヴェ。私は……その。
お前のせいで、一人で戦う
「はい?」
「良いから黙って聞け!…………コホン。
お前のせいで、一人が寂しいと感じる様になってしまった」
「…………」
「……何とか言ったらどうなんだ」
「理不尽過ぎません?」
確かに。これに関しては私が悪い。
「……お前のせいで、私もまだまだ半人前だと気付いてしまった」
「はあ」
「お前は、どうだ。……お前は、自分の事を一人前だと思っているのか」
「いえ、思ってませんけど」
「だろう?……お前を
「思いませんけど」
「思 わ な い か ?」
「…………はい。思います」
うんうん、そうだろうそうだろう。
「私は、その責任を取ってやりたいと思っている」
「なるほど?」
「だから……その……お前も、私をこんなにした責任を取ってくれ」
その言葉と共に、彼を抱き締める。相変わらず華奢な身体。背丈も私の胸辺りまでしかない。その細さと小ささでどうやって敵の一撃を受け止めているのかと、いつも不安になる。
だが……その華奢な身体が、今では何より愛おしい。
さあ、お前も私を抱き締めてくれ。私を受け入れてくれ。……頼む。
「………………ええ、と?
つまり、どういう意味です?」
…………。
………………。
……………………は?
「どういうって……分かるだろう、馬鹿者」
「いえ、分からないから聞いてるんですけど……責任取れってのは分かりましたけど、具体的に何して欲しいんです?」
……はあ。
私はこんなド天然の朴念仁を相手にまるで死地へ赴くが如く緊張していたのか。
なんだか急に馬鹿らしくなってきた。
「どうって…………結婚しろという意味に決まっているだろう阿呆が!
ああ、もうムードなんて気にしない。気にしてたら
お前みたいな馬鹿でも分かる様に今度ははっきり言ってやる!!よく聞けよ?
私はな!!お前が居ない生活なんてもう考えられんのだ!!だから私に一生付き合え!!私と結婚しろ!!そう言ってるんだ、この馬鹿ッ!!!」
静謐な夜の街に、私の絶叫が響き渡った。……前以て根回しの為にプロポーズをする旨は周知していたものの……ここまで大っぴらにやるつもりは無かったので、少しばかり、いや大いに恥ずかしい。顔から火が出そうだ。
レーヴェの顔が見られない。と言うか、顔から手を退けられない。兎に角恥ずかしい。
静寂が重い。私も彼もお喋りな方ではないから、普段ならば多少の沈黙は気にしない。……が、今は兎に角重い。まるで空気が鉄の如く重い。
かと言って私が再度口火を切るのも、こう、違うだろう。こういうのはしっかり自分の中で噛み砕いてから結論を出してもらうべきだ。決して、応えを催促するべきじゃない。
かち、かちと時を刻む秒針の音だけが鳴り響く。
そしてそれが、かれこれ100は鳴ったろう、という頃。
「あ、あの……オリヴィア?」
「な、なんだ?」
「……本気、なんですよね?」
「あれが本気でないように聞こえるのか、馬鹿」
「いえ。……その。……ええと……」
「なんだ、煮え切らない奴だな。言いたい事があるならはっきり言え!」
あ。
結局催促してしまった。……いや、まぁ、仕方ない。相手が
「……僕も。……僕も、貴方の事が好きです。
貴方の笑顔が何より好きです。ほら、あの……初めてお礼言ってくれた日。あの日見せてくれた笑顔が、ずっと忘れられないんです」
「女性だったんですねー、などと抜かした輩が何を言うか」
「いや、その……あれも、照れ隠しみたいなもので。茶化さないと本気で恋しちゃいそうだったんで必死だったんですよ、こっちも」
……恋?
「お前が?私に?」
「はい」
「……嘘だろ……?」
「嘘じゃないです。日記読みますか?当時の思い、ちゃんと綴ってありますよ」
……コイツ、日記なんて付けてたのか。意外と可愛い……じゃなくて。
コイツ、私より先に落ちてたのか?あの様子で?そんな馬鹿な。ならなんでアプローチに無反応だったんだ。意味が分からない。枯れてたんじゃないのか?
……いや、そんな事、もうどうだって良い。
「つまり……その……受けてくれる、という事で良いのか?」
「はい。……謹んで、お受けします。……なんて、本来は僕が先に言うべきだったんでしょうけど。
すみません。言わせちゃって」
「……私は過程は見ない主義だ」
「そう言ってもらえるなら有難いです。……これからよろしくお願いします」
ああ、宜しく。……と素直に応えようとして、それでは面白く無いと思い直す。
「……その前に、その硬っ苦しい言葉遣いを直せ。
夫婦、なんだろう?私たち」
目を背けながらそう催促すると、視界の端で彼は虚を衝かれた様に目を丸くし、やがて微笑んだ。
「うん。……改めて宜しく、オリヴィア」
「ああ。願わくば末永く、な」
そして、私たちは互いに向き合い、徐々に互いの距離をゼロに近付け────────
元々書こうとは思っていたオリヴィア目線の番外編ですが、日付が日付(バレンタイン)なので前倒しする事に。続きはまたそのうちに。
他の子達の目線を書くかは未定。
ツンデレ暴力系ヒロイン、書いててすごく楽しかった。
曇らせるのが楽しみです(クズ)