遠いとも、近いとも言えるであろうその世界は、機械で溢れていた。
今や、人間のほとんどは義体や人工臓器、AIで構成されている。
果たしてそんな社会は、人間的と言えるのだろうか?

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ヒト化革命

_キィ、キィ

メンテナンス不足のジョイントが音を鳴らす。

「はっ、油を差す頻度が足りねぇんじゃないか?」

「逆にお前は差しすぎだ。1週間に一度でいいものを、お前は1日に3回も…」

「あぁ?いいじゃねぇか、差しすぎて困るこたぁねぇんだし」

「見た目がよくないだろ。現にお前、全身油汗だらけだぞ」

「…拭けばいいだろ、拭けば」

彼は第三左腕をポケットにつっこみ、タオルを取り出して額を拭く。

タオルが一往復、二往復するたびに表面はより光沢を増していく。

「…はぁ、人間の体も機械化したはいいものの、それはそれで不便だよなぁ…」

「全くだ、今じゃセックスなんて少数派、生まれてくる赤ん坊の99.773209%は人工授精って聞いたぜ」

「まさに、ディストピアってやつだな。ま、これはこれでいろいろできることは増えたし、一長一短ってやつだな」

「あぁ、そうだな。肝臓を取り替えれば酒なんて何千杯でも飲めるしな!」

_ハハハハ…

 

2089年6月7日。

とある会社が、こんな製品を発表した。

[命を気軽に長持ち!高品質、低価格の人工臓器!]

それは一般的な値段、体への負担がほぼ無い、手術の時間も少ない、そして何より、普通の臓器よりもはるかに高性能な人工臓器だった。

圧倒的な丈夫さを持つ心臓、より効率的な栄養吸収を実現した胃腸、高回転で呼吸を行える肺…

多くの人間が人工臓器に乗り換えた。

発売当初は、倫理観やらなんやらだったり、スポーツの公平性に支障をもたらすなどだったりで反対派もまぁまぁ見られたが、人工臓器を装着する人間が増えれば増えるほどそういった声は少数派となり、やがて自然消滅した。

それから1年とたたず、今度は容量も記憶力も遥かに高い人工の脳が発売され、それに対応するかのように機械の体というものが作られた。

今や、服を選ぶ感覚で義腕を選び付け替え、時計を買う感覚で脳に時報機能を取り付けられる時代。

もはや、人間が人間でない時代へと変貌したのだ。

 

この変化…「機械化革命」は様々な影響を社会にもたらした。

例えば、仕事では腕を複数取り付け脳内でデータ処理を分割して行うことで、一人で大量の仕事を同時に行うことができるようになった。

掃除をするついでにスマホを弄りながら植物に水をやることだってできる。

建設のような現場業なんかも、一人で鉄骨などの本来だったら重くて持てないようなものだって軽々しく運ぶことができるので機材費や駆動音による騒音問題などを一気に解決できたらしい。

寿命なども機械化によって大幅に伸び、今では1000年は軽々しく超えられるとも言われてるし、やりようによっては無限に生きられる、不老不死にもなれるとも言われている。

なんせ、何か問題が生じたら取り替えればいいのだ。

また、脳の機械化により、いわゆる人工知能というものも機能の一つとして簡単にインプットできるようになったので、そもそも考えることすらなく行動もできる。

絵を描こうと思えば人工知能が勝手に体を動かして素晴らしい絵を描いてくれるし、小説を書こうと思えば人工知能が勝手に体を動かして素晴らしい小説を書いてくれる。

何もかもが、人間以外に置き換わったのだ。

 

最も、この流れを嫌う者は今でも少ないながら存在する。

SNSを見ていると、今でも「自分の脳で」絵を描いている者もちらほら見かける。

最も真偽なんて誰も分からないし、今の時代見分けなんて全くつかないので大体は話題作りのための嘘だと一蹴されてしまう。

そもそも芸術自体がもはや飽和し切ってしまい、もはや娯楽とは言えないものとなっている。

誰だって、脳内でイメージを描いて人工知能にやらせれば自分の好きな絵も音楽も小説も作れるのだ。

何でもかんでも、自己完結ができてしまうのだ。

…とても、素晴らしいこと、だろう。

 

「おい、グラスを掴む手が動いてないぞ。故障か?」

「…あぁ、すまない。考え事をしていた」

「考え事?珍しいな。普段は人工知能に任せっきりだってのに」

「…たまには自分の頭で考えたいことだってある」

「まぁ、それもそうか。俺だって、今日の会計は誰が払うかってのは俺の頭で考えるな。ちなみに、アルコールで昇華した俺の天才的な頭は今日の会計はお前が払うって結論を出したぜ」

「今日も、の間違えだぞ、アル中。てか、今月に入ってから俺ばっかり奢ってないか?たまにはお前も奢れ」

「ちっ、バレたか。お前ってばお人好しだからな、普段から嫌な顔一つしねぇで金払うもんだから、てっきり俺のためを思って…」

「めんどくさいこと言うな。今日は払ってやるから次はお前が払えよ」

「うっへぇ、やっぱお人好しじゃねぇか!」

油まみれの手で俺の肩を彼は叩いた。

 

夜3:54。

友人を家に帰し終えた俺は、ある路地裏を歩いていた。

清掃員も流石にこういったところは掃除しないらしく、周りには酔っ払いのゲロやら店の出したゴミやらが散らばっていた。

やはり路地裏というのは社会の影となる場所らしい。

時々、機械化の波についていけず破産した、中途半端に機械化されたホームレスが食べ物をせびってくるし、そんなホームレスを腹いせでリンチする、全身が金色に塗装されたチンピラたちも見かける。

私は、そんな路地裏が好きだ。

表の世界よりもよっぽど人間的で、汚い。

ここにいると、自分もまた人間なのだと勘違いができる。

時々チンピラに絡まれてケンカになったりもするが、それもまた非日常的で楽しい。

ホームレスにたまたま買っていたパンを渡してやることもあるが、それもまた自分に慈愛があるように感じて気持ちがいい。

少なくとも、表の世界よりもよっぽど人間的でいられる場所なのだ。

 

自分が生まれた頃には、人間という存在はとっくに機械になっていた。

この世界では5歳から人体を機械化させることができる。

俺は、来たる機械化の時まで、不便でしかなかった人体を動かしながら生きていた。

だが、12歳のころ。

たまたま入った路地裏に佇んでいた本屋を見た。

本なんて生まれてこの方デジタルでしか読んだことがなかった俺は、「紙」と「革」で包まれたアナログの本がとても不思議だった。

その本屋は、ただ一人の老人が経営していた。

時々、物好きな奴がこの店から本を買っていくと彼は語っていた。

なら、自分もきっと物好きな変人なんだな、と返すと、老人は笑ってこう言った。

「自分の事を変"人"なんて言える子供なんて、生まれてこの方見た事ないな」

俺は小さな店を一回りして、最後にある本を手に取った。

『人間とは何か』

ボロボロで、かなり黄ばんでいたそれは、自分の目を通して宝石のように輝いていた。

「おじいさん、これ、買ってもいいですか?」

「おう、いいぞ。それにしても君は大人だねぇ。そんなの、今じゃジジイでも買う人はいないだろうな」

少ない小遣いを老人に渡して、俺は本を脇に抱えた。

 

その本は、いわゆる哲学といった部類の本らしかった。

人間というのはなんなのか、社会というのはなんなのか、心というのはなんなのか、人工物は何を持って人工物と言えるのか。

子供の経験値には、到底理解できない代物であった。

だが、その本はなんとなく自分を自分たらしめてくれる存在のように思えた。

 

その日からというもの、俺はとにかく人間的なものに目を惹かれるようになった。

人間的な営み、人間的な動き、人間的な物、人間的な…

周りから白い目で見られていたが、それも俺が人間的な証拠であろうと考えていた。

ある日、俺はなんとなく悟った。

「機械に塗れた人間は、人間じゃない」

機械で体を作り、人工知能で体を動かし、機械的に仕事をする。

その行動に、「人間」であるという根拠はどこにもない。

それは、ただの「機械」であると。

それは、世間一般から見ればただの妄言であった。

だが、そんな妄言こそが俺を人間たらしめる物だと、俺は勝手に思っている。

 

そんな昔話を頭で思い浮かべながら、俺はなんの予定もなくただ路地裏を彷徨いている。

ふと、周りを見回す。

見たことのない景色だ。

グラフィティアートのようなものが壁に吹き付けられ、周りにはゴミとも言えない、作品のようなものが散らばっている。

見たことのない場所だし、なんだか不気味だ。

落ちている物体の一つを観察してみる。

それは、落としたかぶん投げたかなんかで力が加わったのかで一部が割れている彫刻だった。

いまいち理解ができないが、これは…人の頭だろうか。

持ち上げて、本来の置き方であろう置き方に直す。

間違いない、人の頭だ。

どこか歪んでいて、壊れているような形になっているが、間違いなくそれは人の頭だった。

それは、とても人間的で、感情的に感じた。

人工知能には理解できないだろう、と断言できるほど、それは心に塗れていた。

「…美しい」

人生で初めて、そう思えた気がした。

人生で初めて、本当の「心」に響いたような気がした。

「…持ち帰っても、バレないか…」

その頭を、俺は大事そうに持ち上げようとする。

頭より先に体が動いていた。

そして。

「…ちょっと、キミ。何をやっているの?」

「…えっ」

誰かに呼び止められる。

声をした方向を見ると、そこには人がいた。

機械化しているように見えない、正真正銘の「人」が。

「それ、ボクの作品。最も、ちょっとミスったから捨てたやつだけど…でも、ボクの作品だから」

「…す、すまない…君、機械化は?」

「…してない。あんなの、自分を人間でなくさせるようなものだよ。気持ち悪い」

「ほ、本当か!?君は…君は」

すぐさま、声の主に近づく。

「…君は、『人間』なのか?」

「…あぁ、そうだよ。ボクは人間だよ。正真正銘のね」

「…あ、あぁ…」

目から、名状しがたい何かが零れ落ちる。

「…涙、流してる。機械の体なのに、なんで?」

「…涙…久しぶりだ…俺が、泣いたの…」

「……とりあえず、おいでよ。ボクの『工房』に案内したげる」

「…ありがとう」

涙を機械の体で拭いながら、ついていった。

 

「どう、落ち着いた?」

「あぁ…すまない」

「謝ることはないよ。工房の中散らかってるけど、あんま気にしないでね。客とか招くことほぼないんだ」

工房の中は、失敗作であろう作品や飛び散ったであろう絵の具、作品を作るための道具などで散乱していた。

「こんな散乱した部屋なんか見たことないな…」

「それ、嫌味?」

「…すまない、そんなつもりはなかった」

「え、そんな真面目に謝んないでよ調子狂う。お互い冗談でしょ?ははは」

「…冗談か、冗談…」

言葉の一つ一つが、なんだか我々とは全く違うような気がする。

どれも人間的で、感情的で…

美しい。

「それで、キミはなんでこんなところに来てた訳?普段くる奴なんて、中途半端なホームレスか真っ金金のチンピラか犯罪者っぽい奴だけなのに」

「…俺は、単純に路地裏が好きなだけだ。それで、今日も酒を飲んだ後に適当に散歩してたら、いつのまにかこんなところに…」

「へぇ、酒癖悪いね。ボク酒とか飲んだことないし、そもそも飲める年齢じゃないから分かんないけど、そんなにお酒って酔っ払うもんなの?」

「あぁ、さすがの機械の肝臓でも、分解できる効率には限界が…おい、ちょっと待て、酒を飲める年齢じゃない?」

「うん、そうだよ。ボクまだ未成年ってやつ。年齢なんて数えてないけど、それだけは言えるよ」

「ま、マジか…」

「後、ボク女。いわゆるボクっ娘って奴?知らないけど。ていうか、まだ社会にそういう文化あるの?」

「お、女?嘘だろ…」

「…そんな驚く?体は最先端なのに価値観は全くの昔だね…」

「すまない…完全に男だと思っていた…」

「まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないけどね。食うもん困ってるから体も成長しないし、出るとこ出ないし…」

「俺はそういう体型の女も好きだけどな…」

「は?」

「…なんでもない」

 

彼女は、生まれてから一度も生身の体を捨てずに生きてきた正真正銘の人間らしい。

そして、この工房で社会に触れず独りで『芸術』を作り続けている。

「それにしても、美しいな…本当に、とても綺麗だ」

「そうかな。ボクにとっちゃまだまだ発展途上な感じだけど」

「ただ上手いだけが美しさというわけではないだろう。君の作る芸術は、とてもエネルギーに溢れているんだ」

「そう言ってくれるならありがたい限りだね。どう?この絵とか買ってみない?今なら現金で5,000ドルか電子通貨で9,800BCだけど」

そういうと彼女は立ち上がり、近くに立てかけてある少し埃かぶった大きめの絵を指差す。

「金があったら買ってたかもしれないな…あいにく今は持ち合わせがないね、給料日も株の売り時もまだまだだし、ついさっき友人に奢ったばかりなんだ」

「ありゃ、もしかして本気?あはは、すごく嬉しいけど困っちゃうなぁ…別にこんな絵ぐらいタダであげるよ、今ならコレよりもって綺麗な絵描けるし」

「ほ、本当か!?こんな美しい絵を、タダで…」

「持ち帰るのかなり大変だと思うけどね。包装用の布とかないよ?」

「全然構わない…ありがとう」

「どういたしまして」

彼女は慣れない手つきで額縁を持ち上げて俺の近くに改めて立てかける。

そして、椅子に改めて座り直した。

「それにしても、どうして君はこんなところで絵を描いてるんだ?機械化していない理由は?」

「あー、それ?別に聞いてもいいけど…つまらないよ?」

「聞かせてくれ、頼む」

頭を下げる。

_キィ…

ジョイントがまた擦れて音を立てた。

「わ、頭下げられたら何も言えないなぁ…分かった、話すよ。長くなるけどね」

「本当にありがとう…感謝しか、ないな」

「じゃ、話そっか…」

そういうと、彼女は声のトーンを少しばかり落ち着けて、話し始めた。

 

「えっとね…まずボク、親がいないんだ。厳密には、捨てられた…って感じ。

だから、もちろん勉強なんてろくにしてないし飯もまともに食えたことは少ない。

機械化してない根本的な理由もそこにあるよ。そもそも金も保護者もいないからしたくたってできない環境だった。

それで、チンピラに絡まれたり、ホームレスにいいように使われたりしながら、路地裏を転々としてた。

それである時、たまたま本屋ってのを見つけたんだ」

「本屋…?もしかして…」

「あれ?知ってる?あの、今にも死にそうな爺さんしかいない…」

「…あぁ、よく知ってる。俺の今の思想だってそこの発祥だ」

「お、意外な共通点だね。

話を戻そうか。その本屋にはボクの知らない世界がたくさんあった。

美しい自然、美味しそうな食べ物、めんどくさそうな社会…

そして、芸術。

ボクは、数ある本の中でも、芸術に興味を持ったんだ。

お金なんてないから、爺さんに頼んで匿ってもらうついでに毎日本を読ませてもらった。

それで、自分は初めて知ったんだ。多分10歳くらいの頃。

今、外で歩き回って人間っぽいそれはみんなただの機械だ…って。

爺さんやそこら辺で寝てるホームレスや…ボクは、正真正銘の人間なんだってね。

でも、それを確かにする術って実を言うとほぼないんだよね。

だって、人間にできることは機械だってほとんどできるんだよ。人間の命令は人間だけじゃなく機械でも遂行できる訳だし。

それじゃあ、人間にしかできないことってなんだろうって考えて…それでたどり着いたのが、芸術ってやつだった。

その芸術で社会の機械達に気づかせてやろう、本当の人間とは何かを…なんて、そんなの夢物語だけど。

でも、最終目標はそれだよ。

いつか、世界中に芸術を作り上げて、社会を再び人間のものにしてみせる。

機械的じゃない、とても人間味に溢れた世界にしてやる」

 

「…こんな感じ。どう?面白かった?」

「…あぁ、最高だ。本当に、君に会えてとても感謝しているよ。ありがとう」

彼女は、少し伸びた髪を人差し指で巻きながら席を立ち上がろうとする。

「こちらこそ、久しぶりに話をできる相手ができて良かったよ。それで、どうする?その絵持ってもう帰る?」

「…少し、提案があるんだ。いいか?」

「…提案?」

椅子を立ち上がろうとした足がふいに止まった。

「君の活動を、支援させてほしい」

「…支援?」

「あぁ。君の夢の果てを、共に見たいんだ」

「…夢の果て、ねぇ…」

すると、嘲るように笑いながら彼女はこう言う。

「嬉しいけど…いいの?その果てを見る前に、多分ボク死ぬけど」

「君が死ぬ前に達成させてみせる」

「…ホント、人間的、だね?」

そういうと彼女は改めて立ち上がり、筆とパレットを取る。

「キミが言うなら、お言葉に甘えさせてもらうよ。存分にね。今日から描き始める絵は、その第一歩目だ」

「…分かった…!こちらこそ、最大限援助してみせるよ」

「あぁ、よろしく頼むよ」

俺も立ち上がり、彼女と向き合う。

「…名前言ってなかったね。ボクの名前はニューコメン。キミは?」

「マンチェスターだ」

「マンチェスター君だね?いい名前」

ニコッ、とニューコメンは純粋な笑みを浮かべる。

「じゃ、改めてこれからよろしく頼むよ。助手として、そしてスポンサーとして…ね」

「よろしく頼むよ、先生」

彼女の筆を持つ右手と、俺の冷たい右手が組み合う。

 

「始めようか、私たちの『ヒト化革命』を」


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