腕の良いアホトレとモブウマ娘   作:リボガンに恨みを抱く物

39 / 43
第39話

ついに凱旋門賞が始まる。

 

ゲートイン、少し暗いこの場所で静かにその時を待つ。

 

誰もが静かに期待を寄せる中、トランペットの音が鳴り響く。

 

目を閉じ、静かに聞き入る。

ゲートに入る前までは色々な事を考えていたのに、今はただ心が凪いでいる。

 

少し息を吐く、体の力は適度に抜けている。

 

ファンファーレの音も消え、誰もが息をのみ、鼓動の音すら聞こえそうな世界の中で、高揚感だけが高まっていく。

 

目を開き、ゲートを見つめ、駆け出す準備をする。

 

ゲートのフレームが軋み、鈍い音を立て、一気に開いた。

 

音もない世界で、ただ一人、私以外の主張の激しい足音が聞こえた。

 

リボンマーチだ。

 

彼女はたった三歩の鋭い加速で巡航速度に入り、ラビットが前に入る余地を与えなかった。

 

それを見て他のチームは下がる中、私だけは無意識に彼女を追っていた。

 

何故?

釣られた?

 

ラビットの後ろでスリップストリームに入り、スパートまで体力を温存する予定だったのに、今、今......私は何をしている?

 

今からでもそうすればいいのに、私はマーチを追っていた。

 

理屈では無かった、おそらく直感でもない。

 

ただ、その時は置いていかれては不味いと考え、それが正しい答えだと確信していた。

 

これこそがすべき事だと、ただただ理由もなく確信していたのだ。

 

マーチを追って長い長い上り坂に入る。

 

高低差10m、日本の競馬場の倍はあるその高低差に、しかしマーチは順応している。

 

前走でわかっていた事だが、マーチはこの坂を苦にしていない。

 

前走よりも軽やかに坂を踏破していく。

 

このまま引いていたら差は広がりすぎて取り返しがつかなくなる。

 

マーチを追った理由はそれだけでもない気はしたが、兎に角、後ろから機会を窺う。

 

上り坂は苦しいが、後ろに下がれば敗北が見える、前に出続けるしかない。

 

彼女の対戦相手はいつもこうなのだろうか?詮無いことを考える。

 

やがて上り坂を越えて下り坂に差し掛かる。

 

下り坂、やつはそれを制御せず、一気に加速を始めた。

 

こんな位置から仕掛けるのか。

 

驚愕はしたが、同時に納得もしていた、嫌な予感はこれだったのかと。

 

そのままのペースを維持し、フォルスストレートに入る、坂を下った勢いそのままの緩いロングスパート。

 

後続とはもう巻き返せない大差がついている、これを狙ったか。

 

スパートについて行かなくては、結局私も後続の二の舞になるだろう。

 

足の回転を上げて、さらに追いすがる。

 

残り2ハロンから仕掛けようと考える。

 

しかし、これだけ逃げの暴走に付き合って2ハロンもスパートが掛けられるだろうか?

 

だが、出来なければ負けるだろう。

 

最後の勝負の時に向かって、加速された時間がゆっくりと対決の時へ向かっていく。

 

それにつれて意識はよりクリアになり、苦しさの全てが何処かに置き去りにされ、音も消え失せ、ただマーチと私だけがいる世界になる。

 

加速された時間の中、ついにスパートを掛けた。

 

マーチとの距離感なら、ラストで追えば勝てるはずと思っていたのに、距離は離れていく。

 

ゆっくりと流れる時間の中で、マーチだけは普通の時間軸にいた。

 

遠ざかり、段々と小さくなる背中を必死に追っても、私の身体は、等倍速の時間の中に戻れなかった

 

ただただ、理解のできないまま、レースは終わった。

 

駆け寄ってきたトレーナーに、

私は10バ身差の2位だったと教えられた。

 

私の後ろとは15バ身差だったとも。

 

勝者は彼女で、私が敗者だった。

 

音や色が戻る中、私はガクガクと震える足を抑え、ただ一つの事だけを気にしていた。

 

この後のダンスを踊る事は出来るだろうか?と。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。