腕の良いアホトレとモブウマ娘 作:リボガンに恨みを抱く物
依頼を受けた工務店は、さっそく仕事に取り掛かった。
まずは組み立て用の材料を発注しなければならない。
そう思い、コンクリート部材の製造工場へと足を運ぶ。
今回はPCaという、あらかじめ工場で柱や梁、床などのパーツを製造し、現場で一気にクレーンで組み立てる工法を採用する予定だった。
「というわけなんですよ。部材の製作、お願いできますか?」
意気揚々と工場長に相談を持ちかけたのだが、返ってきたのは酷く歯切れの悪い言葉だった。
「……すいません。ウチ、今ちょっとラインが動かせなくてですね」
「えっ、どうしてです?」
驚いて事情を尋ねると、工場長は深いため息をつきながら、事の顛末を明かしてくれた。
事の発端はニセコだった。
同じくPCa工法による大型リゾートホテルの部材を大量に発注され、言われるがまま製造したものの、依頼主である海外企業が一向に引き取りに来ないのだという。
「海外企業さんが事前に行ったボーリング調査じゃ、地下15メートルの位置に硬い岩盤があるって話だったんですよ。
だから15メートルの杭を打ち込んで、その岩盤で建物を支えようって計画でスタートしたんです。
……ところが、実際に掘ってみたら、ゆるゆるの地盤の中にたまたま2メートルほどのデカい石が転がっていただけだったみたいでしてね」
「あちゃあ……」
「じゃあ本当の岩盤はどこなんだって改めて調査し直したらなんと地下38メートル。
そうなると基礎工事の工期は半年から1年延びて追加費用だけでざっと5億円は跳ね上がる。
それを突きつけられた海外企業が、ショックで即座にトンズラ……突然倒産しちまったんですよ」
「うわぁ……」
「まあ、相手が外資系企業でしたからね、警戒して代金の半分は先払いで貰ってたんですが……問題は、外のヤードにある部材ですよ」
工場長に促され、敷地の外へ目を向ける。
そこには、広大なストックヤードを埋め尽くすように、特大のコンクリート柱やスラブ板が所狭しと野積みされていた。
「あれ、全部そのホテル用に特注で作ったワンオフ品なんですよ。
他所の現場じゃ規格が合わないから使い回しもきかない。残る道は破砕して廃棄するしかないんですが……その処分費用だけで、最低でも3,000万円は下らないって試算でしてね」
「ああ……コンクリートの中に、太い鉄筋やPC鋼線がびっしり入ってますもんね」
「そうなんですよ! 普通の粉砕機に突っ込んだら、鉄筋やワイヤーが絡まって刃を一発でダメにしちまう。
特殊な破砕ができる中間処理業者に頼まなきゃならんのですが、どこも手一杯で受け入れ先がない。おまけに費用も出せない……。
とはいえ、あいつらを退かさないことにはヤードが塞がっちまって、次の仕事の部材を作るスペースすらないんです、本当にどうしたものかと頭を抱えてましてね……」
「なるほど、そういう事情でしたか、それは流石にお気の毒というか、どうしようもないですね」
工務店の親方は腕を組んで唸った、このままでは部材の発注どころではない。
「とりあえず、施工主さんに事情を話して工期の相談をさせてください。
あ、よければ工場長さんも一緒に電話口で説明してもらえますか? その方が状況が伝わりやすいと思うんで」
「ええ、私でよければ何でも話しますよ」
親方はポケットからスマートフォンを取り出し、画面をタップした。
コール音が数回鳴り、通話が繋がる。
『はい、リボンマーチです! どうされましたか?』
「あ、工務店の者です。いつもお世話になっております」
『こちらこそお世話になってます!』
「実はですね、今回ご連絡したのは――」
親方は先ほど工場長から聞いた事情を手短に説明した。
工場のヤードが前の案件のトラブルで埋まっており、部材の製造ラインが動かないため、全体の計画に少し時間がかかりそうだという旨を伝える。
『ああ〜、そういうことでしたか。それは仕方ないですね……』
電話の向こうでマーチが残念そうに相槌を打つ。しかし、彼女はふと何かを思いついたように声を弾ませた。
『あ、そうだ! その、行き場がなくなって残ってる建材って、ウチで使えないんですか?』
「おっ、興味ありますか!?」
電話のスピーカーから聞こえた言葉に、工場長が思わず身を乗り出して会話に割って入った。
「今ならまとめてタダで差し上げますよ! ……いや、無償譲渡だと贈与税やら何やらで税法上まずいんで、書類上の形だけでも1,000万円で買い取っていただけるなら全量お譲りします! どうです!?」
『えっ、本当ですか!?』
あ、いやマーチさん、ちょっと待ってくださいと親方が慌てて割って入った。
「あれ、ニセコのリゾートホテル用ですからね!? 使おうとしたら、当初予定してた合宿所よりかなりデカくなっちゃいますよ!?」
『え、大きい建物が、ずっとお安くなるんですか!?』
「ええ、まあ……理屈の上ではそうですけどぉ……」
工場長は目を丸くしていた、それもそのはず、本来なら数千万円の処分費用を払って捨てるしかなかった巨大なゴミが、奇跡的に売れるかもしれないのだ。
で、ですがマーチさん!と親方が冷や汗を拭いながら補足する。
「建物がデカくなれば、それだけ組み立てる人手も重機も必要になります。材料費は浮きますけど、そのぶん建築施工費がですね……。
事前に話していた材料費1.5億円が1,000万円に圧縮されて1.4億円浮くとはいえ、それ以上に現場の施工費が跳ね上がっちまいますよ!」
すると、横で聞いていた工場長がポンと手を打った。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください親方!」
「なんです?」
「俺たちと一緒で、手付金を半分だけ貰った状態で急に予定を切られた下請け業者がゴロゴロいるんですよ!
鳶も、基礎屋も、大型クレーン屋も、今みんな現場が飛んで職人を遊ばせちまっててね。
あいつらなら、『すでに半値貰ってるから、残りの半値の実費さえ出してくれるなら喜んで入る』って飛びついてくるはずですよ!」
工場長はそこまで言ってワハハと笑ったが、すぐに自嘲気味に息を吐き出した。冗談半分で言ってみただけのようだった。
「……まあ、言ってみただけですがね、どっちにしろ書類の申請が通らんでしょう。
ニセコ仕様の図面を別の土地で通すなんて、役所の窓口で書類が何年も止まって、全員干上がって終わりですよ。
……はぁ、どうしたもんかな。とりあえず、市役所の知り合いに相談の電話だけでも入れてみるか」
工場長が深いため息をつきながら、重い腰を上げた。
ところ変わって、道議会の議場。
「――局長! 聞こえなかったのかね!?」
議場内に、怒号が響き渡っていた。
追及の先頭に立っている野党系の大物議員が、演台を拳で叩いて理事者席を睨みつけている。
「ニセコの外資系リゾート開発! 大々的にインバウンド振興だと旗を振り、地元の建設業者に無理な設備投資をさせ、優先発注を回させたのはどこの誰だ! その外資が夜逃げ同然に倒産した今、現場はどうなっている!?」
理事者席に立つ振興局長は、脂汗をダラダラと流しながら直立不動で耐えていた。
「あのPCa工場はラインが完全に死に、鳶や基礎屋、大型クレーンの会社まで連鎖倒産の危機だ! 下請けの親方連中はもう首を吊るしかないと泣いているぞ!
何より――その建設業者連中が、冬場に町の除雪車を動かしているオペレーターたちだ!!」
議員の張り上げた声が、議場を鋭く切り裂く。
「彼らが倒産して離散したら、今年の冬、誰が道道を、スクールバスの通学路を除雪するんだ!?
町民を大雪の中に閉じ込めて殺す気か!? 公的資金を投入して不良債権を買い取るのかね!? 道民の血税をどれだけ突っ込めば気が済むんだ!
資金注入しなければ行政の不始末で一体何百人が路頭に迷い、何人がビルから飛ぶと思っている! 答えなさい、局長!!」
……答えられるわけがない
局長の頭の中は、真っ白に焼き切れそうだった。
公的資金で民間の特注部材を買い取れば外資の失敗のケツ拭きに血税を垂れ流した、と住民監査請求と大バッシングが確定する。
かといってこのまま放置すれば、業者が連鎖倒産して除雪機能が麻痺し、北海道の冬のインフラが物理的に崩壊する。
進退問題どころではない、自治体そのものの機能不全だ。
ダメだ……どう転んでも、俺の政治生命は終わった……
局長が絶望の淵でぐらりと体勢を崩しかけた、その時だった。
「……局長! 今すぐこれをお読みください!」
議場が野次に包まれる中、議会事務局の職員が血相を変えて走り込んできた。
なりふり構わず理事者席へ滑り込み、紙片を突き出して耳打ちする。
「馬鹿者、議会の最中だぞ!」
「いいから読んでくださいッ! あのPCa工場の部材と、宙に浮いてた下請けの職人たち……全部まとめて自費で買い取って現場にブチ込むっていう、民間の買い手が現れました!!」
「なっ……!? 誰だ!? どこのデベロッパーだ!?」
「あの有名なリボンマーチさんです! 地元に合宿所を作ろうとしていて、工場へ資材の相談に行ったらしく、今回の事情を知ったようでして!」
「もしや合宿所として、あのホテルを丸ごと建てちまおうというのか!?」
「ええ! 浮いてる職人たちも、前金を貰っているから半値でいいと全員入る気満々です! ただ――うちの許可がないと現場が動かせないと……!」
職員の言葉を聞いた瞬間、局長の瞳の奥に、猛烈な光が灯った。
公的資金の投入、ゼロ。
ヤードに山積みされた産業廃棄物の即時撤去。
そして、冬の除雪を担う職人たちの雇用維持。
それどころか、「外資の失敗」という最悪の失政が、一転して「地元出身の国民的アスリートによる奇跡の地域救済」という大美談に化ける!
「議員先生を今すぐ呼べ!」
局長は思わず叫び、ハッと我に返った。
「いや……ここは議会だ!!」
局長はマイクのスイッチを乱暴に押し込むと、両手で演台を力任せに叩きつけた。
「聞きましたね、議員の皆様ッ!! 今すぐ! 問題を! 解決できますッ!!」
怒号に満ちていた議場が、一瞬で静まり返る。
さっきまで死刑台の階段を上がっていたはずの局長が、ギラギラとした獰猛な目を剥き出しにして吠えた。
「書類です! 書類さえ通れば、ここ北海道は完璧に救われます!!
議員の皆様、建築確認、開発許可、農地転用、そのすべてを通すための助力をお願いいたします!! それだけで職人も、工場も、そして今年の冬の除雪体制も、すべて助けられるのですッ!!」
「……は?」
追及の先頭に立っていた大物議員が、眉をひそめて気の抜けた声を漏らした。
議場全体を支配していた重苦しい空気が、潮が引くように消えていく。
「局長……何を言っているんだ。議場で狂言を弄する気か?」
「狂言ではありません、委員長! 議長! 発言をお許し願いたい!」
局長はもはや議事進行のルールすら踏み越える勢いで、議場全体を睨み回した。
「たった今入った確報であります! 本道が誇る名アスリート、かの凱旋門を勝利したウマ娘・リボンマーチ氏が! 故郷に自費で合宿所を建設するにあたり行き場を失ったニセコのPCa部材を全量買い取り、仕事を失った鳶・基礎・クレーンといった下請け業者をそのまま全員現場に投入すると名乗りを上げてくださいました!!」
「な……ッ!?」
「リボンマーチ……!? あの凱旋門を勝ったウマ娘が!?」
「全額自費だと……!? 億単位の金を自腹で!?」
議席のあちこちから、どよめきと紙資料をめくる乾いた音が炸裂した。
議員たちの顔色が、怒りから激しい動揺、そして打算的な計算へと目まぐるしく移り変わっていく。
公的資金の投入なし。
税金の無駄遣いという批判の完全消滅。
工場の敷地を埋め尽くしていたコンクリート塊の撤去。
そして何より――先ほどまで自分たちが声高に叫んでいた「冬の除雪オペレーターたちの命と雇用」が、民間の一ウマ娘の剛腕キャッシュによって、丸ごと繋ぎ止められようとしているのだ。
中小企業の連鎖倒産を止める蜘蛛の糸が突然降って来た
「し、しかしだな! そんな話があるか!」
議員が動揺を押し隠すように声を荒らげる。
「ニセコの大規模ホテル用に作られた特注部材を、別の土地へ丸ごと持ってきて建て替えるなんぞ無茶苦茶だ!
建築基準法の構造再計算はどうする!農地転用は! 都市計画法の大規模開発許可は!特殊車両の運行許可はどうするんだ!
通常なら半年、いや1年、下手をしたら3年以上かかる手続きだぞ!」
「だからこそ申し上げておりますッ!!」
局長が再び演台をバンッ!と叩いた。その音に、最前列の議員たちがビクッと肩を跳ねさせる。
「書類であります! 今この瞬間に必要なのは、血税でもなければ、無為な議論でもない! 行政と議会が一体となって判子を捺す、そのスピードだけであります!!」
局長はマイクを引き寄せ、もはや答弁席から議場全体へ向けた絶叫を轟かせた。
「適法な手続きを半年かけてチンタラやってみろ! その間に下請けは干上がり、職人は離散し、今年の冬、このマチの道道も通学路も雪に埋もれて人が死にます!!
法が、手続きが、人を殺してどうするんですかッ!!
我々が今ここで全力を挙げ、超法規的とも言える特例承認の枠組みを作らなければ、誰が現場の職人を守るのか! 誰が北海道の冬を守るのですか!!
議員の皆様!! 先生方の絶大なるご尽力を、今この瞬間、この場で賜りたいッ!!」
議場が、水を打ったように静まり返った。
さっきまで「町民を殺す気か」と責め立てていた議員たちは、完全に退路を断たれていた。
ここで「手続きに時間がかかるから認められない」などと渋ってみろ、今度は「ウマ娘が自腹を切って職人を救おうとしているのに、役所と議会の形式主義のせいで除雪隊を見殺しにした」という、政治家生命を終わらせる最悪のレッテルが自分たちに直撃する。
そんな政治的自殺を選べる人間は、この議場に一人もいなかった。
議長席の長老議員が、ゴクリと唾を飲み込み、震える手で眼鏡の位置を直した。
「……局長」
「は、はいッ!」
「……本日の本会議、これより一時休憩とする!」
カン、と乾いた木槌の音が議場に響いた。
その瞬間、局長は弾かれたように走り出していた。
議場を出る大扉へ向かって、ウマ娘顔負けの猛ダッシュをかましながら、必死に並走してくる幹部職員たちに怒声を叩きつける。
「都市計画課! 農業委員会! 開発局! それから警察の交通課! 各セクションの決裁権限を持ってる課長と部長を全員、第3会議室に今すぐ叩き込め!!」
「は、はいッ!」
「朱肉と公印を用意させろ! 白紙の特例申請書も全部だ!! 書類はこっちで全部代筆する!!」
「工務店への連絡はどうしますか!?」
「俺が直接電話する!! 携帯を寄こせェッッ!!」