多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十五話 元友人とケンカをした 1

街での私闘、つまりケンカはご法度だ。

街中の至る所にある監視カメラで私達の行動は逐一チェックされ、不審な動きがあればすぐにでも注意や警告が飛ぶ。

それを無視して小競り合いでも始まろうものなら、街の警備部がすぐに出動して、あっという間に取り押さえられる。

その際に警備部に手を出そうものなら、問答無用で前科持ち、且つ街の信頼度を大きく失うことになる。

この街に住む皆、それはわかっている。

わかっているけど、それでも一度激した感情を自力で鎮めるのは、なかなかに難しい。

そんな時は街から薬が支給される。

鎮静剤ってやつ。

そうして自分の感情をコントロールするのだ。

と、これは一般人(オリジナル)に限った話。

街で許可されサイバネティクス化した人にはそれはあまり必要ない。

薬物にしろ機械化にしろ遺伝子にしろデザインチャイルドにしろ、サイバネティクス化した人は理性的な性格になるよう調整されるからだ。

街に反発する組織の人たちは、それを感情の去勢だと言っているのを聞いたことがある。

でも、私のようなオリジナルがサイバネ化した人と万が一でも対立した時、一方的にやられまくるのは火を見るより明らかだ。

そのための処置なんだけど、この件、未だに討論をされている最中で今後はどうなるかわからない。

 

で、だ。

今私はそのケンカの真っ最中だ。

場所は街の外にある違法闘技場の控室。

見守るのは多脚ロボットのグリード、友人のアイちゃん、街の大物AIのスロウスさん、そして喧嘩相手の恋人。

そして喧嘩の相手は、違法でサイバネティクス化した元友人。

鋭く重い左フックを間一髪躱したが、鼻に痛みが走った。

鼻から液体が流れ出る感触に、無造作に手の甲でそれを拭う。

パッと見たそれは赤かった。

ちょっとかすった程度でこれかよ。

痛いわ、鼻呼吸が難しくなるわ、ろくなもんじゃない。

くたばれよ! 違法サイバネティクスが!

私は目の前の相手を見据えると、一歩踏み出し、相手の肝臓に向けて渾身のパンチを浴びせる。

が、手応えが薄い。

くっそ!

私は奥歯を噛みしめる。

相手が着ているのは小型強化外骨格(パワードスーツ)の下に着るインナースーツ一枚だ。

違法行為を経て個人で作成されたインナースーツだってのに、そのたった一枚が、とんでもない防御力を誇っている。

こちらの身体(ボディ)への攻撃ダメージが減衰されるのは正直しんどい。

でも焦りは禁物。

必ず、必ず、最高の機会はやってくる。

それまで地道に相手の攻撃を受け流しつつ攻撃を続けるのだ。

 

「ナナミ、エリザベート、もう止めてくれ。これ以上の怪我は、街の信頼度を大きく下げてしまう。せっかくここまで得てきた信頼を無為にするつもりか」

 

グリードが真剣な声で警告を発する。

街では体調管理、健康であることは街の信頼を得る小さくとも確実な方法だ。

怪我や病気は、よほどの理由がない限り、信頼度を下げる要素になる。

それが街の外のケンカでの怪我ともなったら、その信頼度の下がり方は覚悟しなければならないだろう。

でも、それは私を止める力にはならない。

私はそれを覚悟して、入念な準備とトレーニングをして今日この日この時を迎えたのだ。

元友人のエリちゃんをこれ以上闇の中で変な方向に行かせないために。

エリちゃんの恋人、シンヤさんと共にすくい上げるために。

もう一度、幸せについて二人で考えてもらうために。

私はエリちゃんの猛攻撃をすべて躱しきり、間合いを取る。

今日、違法試合で二戦したエリちゃんの体力は、いつもより少ないはずだ。

現に肩で息をしている。

 

「ちょこまかと、逃げ回りやがって、お前ホント! マジうぜえんだよ!」

 

息を切らしながら、吐き捨てるように言うエリちゃんに、私は思い切り睨みつけて言った。

 

「うるせえ、バカが! 違法でサイバネ化したお前の攻撃うけたら痛いどころじゃすまねーから躱してるだけだろうが! てか、お前の攻撃トロくせーんだよ! アイちゃんでも避けられるわ!」

「さすがにそれはないよ!」

 

私達の戦いを見守るアイちゃんが声を上げたけど、私達は無視した。

無視せざるを得ない。

一瞬でも気を逸したら最後、相手に絶好のスキを与えることになってしまう。

私達はジリジリ動きながら次の攻撃に備える。

エリちゃんの呼吸が整う前に畳みかけたい。

私は慎重に間合いをつめる。

一歩だ。

この一歩と一撃で流れをこちらにむける!

だが向こうも同じことを思ったようだ。

同時に私達は一歩を踏み切った。

エリちゃんの鋭い右ストレートが私の顔をめがけて伸びてくる。

私はそれを寸で交わしたが熱い感触が頬と耳を襲った。

この熱さは痛みだ。

でも私は怯まない。

絶好の機!

守るものがない顔面ががら空きだ!!

私は容赦なく右フックをエリちゃんの頬へと叩き込んだ。

 

「エリィ!!」

 

叫ぶシンヤさん。

私は構わずよろめくエリちゃんの顔にさらに左フックを浴びせる。

揺らせ揺らせ! 脳を揺らせ!

エリちゃんを揺らせ!

エリちゃんの心を揺らせ!

体勢を大きく崩したエリちゃんの右頬にすべてを込めてパンチをめり込ませた。

確かな手応えとともにエリちゃんは転倒した。

よっしゃ!

本能の赴くまま追撃をしかけようとした時、グリードが素早くやって来て私を抱き止めた。

 

「グリード!」

「ストップだ、ナナミ! 相手はダウンしている」

 

確かにエリちゃんは足の裏を見せて倒れ込んでいる。

立ち上がろうとしているが、今まで地道に、本当に地道に仕掛けてきたボディへの攻撃が効いてきているのか、上半身すら起こせずにいた。

 

「エリィ! もういいんだ! 止めてくれ!」

「ううううう……」

 

恋人のシンヤさんの言葉に、エリちゃんは呻きながらノロノロと上半身を起こそうと両腕に力を込めるのがわかった。

シンヤさんの言葉が燃料になって闘志を再度燃やしている。

私はそんなエリちゃんの様子に改めて拳を固めて構えを取る。

 

「ナナミ!」

「グリード、あの女はまだまだやる気だよ!」

 

頭の中で赤い光が点滅し警報が鳴り響く。

嫌な予感に体が震える。

まだ終わっていない。

コイツ、隠し玉を持っている!

 

「ううううああああああああああ!!」

 

立ち上がれないことに苛立つエリちゃんの叫び。

その時だった。

 

「ガッ!? ア、ア、グウウアアアアアッ!」

 

エリちゃんが突然苦しげに身悶えだした。

えっ? 何が起こった?!

事態の急変に、私達は動くことができない。

呻き七転八倒していたエリちゃんだったが、ピタリと動きを止めた。

嫌な予感が最高潮に達した。

ほれ見たことか!

エリちゃんがゆっくりと上半身を起こしたではないか!

 

「エリザベート」

「グリード、下がって!」

 

私はグリードの機械の腕を振りほどくと、改めてエリちゃんと対峙する。

 

「ガアアアアアアアッ!!」

 

部屋中に響く咆哮と共に、勢い良く立ち上がるエリちゃんの表情は鬼の形相となっていた。

目には闘志と狂気の光が爛々と輝いてる。

 

「凶暴化……」

「うん。薬の副作用がここでくるとはね」

 

シンヤさんの呆然とした呟きにスロウスさんが感情無く肯定する。

 

「オオオオオオオオ! ナナミイイイ! 殺ス! 殺シテヤルウウウウウッ!!」

 

全身に殺意をみなぎらせるエリちゃんに、私は再び垂れてきた鼻血を拭いながら声を張り上げた。

 

「おう! やれるもんならやってみろ! 殺せるもんなら殺してみろ!」

「ナナミ!」

「ナナちゃん!」

「ここまできたら、とことん付き合ってやんよ。あんたの全部を使ってかかってこいやあっ!!」

「ナナミイイイイイイイイイ!!」

 

ケンカは続行。

エリちゃんは凶暴化という第二形態になって、私に襲い掛かってきたのだった。

 

そもそも何でこんなことになったのか。

それは一ヶ月前まで遡ることになる。

 

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