あれから話し合いの末、私の提案が通って二連戦後に話し合いの場を設けることになった。
だが、最後までグリードは渋った。
私に危険が及ぶと予想できるのに、みすみす危ない橋を渡るようなことはさせたくなかったのだと思う。
頑固モードに入ろうとしているグリードに、スロウスさんは無機質に言った。
「最悪の事態にならないようにするために、ボクと君とタクルさんがいるんでしょ。幸い時間はある。話し合いで解決するために、ボクらなりに力を尽くすべきだ」
その言葉に、グリードは厳しい表情でようやく頷き、その表情のまま私を見た。
「君はまた無茶なこと考えているようだが、私は君のその目論見を回避するために尽力する」
「うん。私も痛い思いはしたくないよ。冷静に話し合いができるように、協力するから」
こうしてグリードはシンヤさんとコンタクトを取って話し合いに向けてのお膳立てを整え、スロウスさんは引き続きエリちゃんの監視を続けることになった。
数日後、シンヤさんがエリちゃんに接触し、話し合いの末に仲直りをした。
シンヤさんとしては、エリちゃんのためにも一日も早く足を洗いたいだろうけど、エリちゃんの気持ち的にそれは無理だと認識し、私達との話し合いまで時間稼ぎをすることになった。
ひとまず、エリちゃんが安心できる居場所を確保できて何よりだ。
アイちゃんとグリードとスロウスさんが話し合いに向けて準備をする中、私は最悪の事態に向けてトレーニングに精を出した。
特にホログラムで自分自身を相手にして、格闘トレーニングに力を入れていた。
「カリヤさん、
私の頑張り具合に目をつけたのか、同じジムに通うスーパーモデルのカールソンさんに笑顔でたずねられた。
花々が咲き乱れ光あふれる幻覚を見た。
うはー! 相変わらずカッコイイなあっ!!
私は彼のファンなのだ。
でも、今は浮かれる場面じゃない。
私は首を横に振り、意識して真面目な表情を作ってカールソンさんを見上げた。
「いえ。昔の自分と戦うことになるかもしれないので、それに備えています」
今のエリちゃんは昔の私だ。
だからそう答えた。
するとカールソンさんは両腕を組んだ。
「昔の自分か。強敵だね。勝てそう?」
「できれば話し合いで解決したいですけど、それが難しい状況なので、自分のレベルアップをしているところです」
すると私達の話を聞いていたらしい、トレーナーのリーさんがやって来た。
「方向性は間違ってないよ。あとは
「はい、わかりました!」
私は素直にアドバイスを聞き入れた。
一ヶ月ちょっとしかないし付け焼き刃かもしれないけど、やれるだけのことはやりたい。
私はモデルの時のことを思い出しながら、本業と副業の合間にトレーニングを続けた。
そして話し合いの日まで残り十日になった頃、グリードからエリちゃんが初戦を突破した話を聞いた。
再度、例のドレスコードをお店に行ってその時の映像を見せてもらったけど、どこから見ても、ケチのつけようがないほど完璧な戦いだった。
「いい仕上がりだね。彼女とスーツの連携も上手くいってるように見えた」
映像を確認したスロウスさんが、感心したように言った。
人をあまり褒めることをしない──というか人に対して万事悲観的かつ性悪説的な言動を取る──AIだから、よほどのことなのだろう。
グリードはうっすらと微笑んだ。
「シンヤとエリザベートの才能が頭一つ抜けていることが改めて証明された。この二人が街からこぼれ落ちてしまったことは、街にとって大きな損失なことは間違いない」
「取り戻すよ。必ず」
私がキッパリ言い切ると、アイちゃんも力強く頷いた。
「来週の話し合いに備えましょう」
私達はその場で、話し合いの前日と当日の段取りを決めた。
その翌日の夜、私は当日の装備について考えていた。
テーブルに置いてある滑らかな布地に手を伸ばし、パッと広げる。
二刃工業さんのモデルをやった時に買い取った、新型のインナースーツだ。
小型パワードスーツは、インナースーツとアウタースーツで構成されている。
アウタースーツは性能はもちろん、防御力が高いに越したことはないけど、性能や防御力を上げるために装甲を大きく厚くするとお金もかかるし重量の問題も出てくる。
アウタースーツの重さのせいで動けなくなってしまっては意味がない。
そこで重要になるのがインナースーツだ。
インナースーツは、リンケージを可能にする技術はもちろん、外からの危険物質を防御し、アウタースーツからの衝撃を軽減する役割も担っている。
だからといって、インナースーツを分厚くするのは動きを大きく妨げてしまうので本末転倒。
なので、軽くて、薄くて、丈夫で、衝撃吸収を最大限に高め、リンケージを容易にする繊維素材の開発は、前時代からずーっと続けられて、現在も力を入れている分野だとモデルをやる時に学んだ。
一見ただの薄っぺらいこの全身タイツは、繊維技術の最先端の塊なのである。
……着ていくべきかな。
その上で、グローブと腕と足のプロテクターも付けたほうがいいかな。
私はインナースーツを再びテーブルに置くと、目の前に表示されている護身用のアイテムを売っているサイトに目をやった。
いつものダボダボのカジュアルな服なら、インナースーツを着てプロテクターをつけてても目立たないもんね。
いや、使わないに越したことはないんだけど。
無駄な出費だったーって、後悔したほうがいいに決まってるんだけど。
でも、エリちゃんと本気でやりあうことになったら、生身では絶対にヤバイ。
だから気休めでもプロテクターも買いたいけど、色々あって悩ましい。
うーん、どうしたもんかなー。
いくつか候補を見つけて比較検討しているけど、ピンとくるものがない。
……グリードに相談しようかな。
メッセを立ち上げようとした時だった。
「とてもとてもお悩みのようですね」
不意にかけられた声に、私は誇張でもなく椅子から飛び上がった。
私の左手の方に、音もなく超美少女のホログラムが出現していた。
清楚な佇まいに可憐な微笑みを浮かべるその存在に、私は思わず喘いだ。
「ラ、ラストさん!?」
「はい。こんばんは、カリヤ様。護身用のお店のサイトで随分とお悩みのようでしたから様子を見に来ました」
私は凍りつく。
しまった!
街の管理AIは、街の人のネットでの検索状況も当然チェックしている。
だから、検索履歴から私達の計画がバレてしまう。
私は血の気が引く音を確かに聞いた。
「カリヤ様のここ数時間の検索履歴を確認しました。どうやら御身に危険が迫っており、そのことでお悩みのご様子ですね」
「あ、う……」
不意打ちの登場に、動揺から立ち直れない私は言葉に詰まる。
やばいやばいやばい!
何とか誤魔化さないと。
でも頭は空回りして、良い言い訳が思いつかない。
「最近はトレーニングにも精を出しているようですね。健康のために大変に結構なことですが、格闘プログラムに比重が偏っているように思います。それと、度々興行区画でゲームセンターに通われるようになりましたね」
げっ!
「パンチングマシーンでは女性のオリジナルでは最高点を叩き出しておられてましたが、満足していらっしゃられない様子でした。それと、動体視力や反射神経を必要とするゲームに夢中になっておられるようですね。しかも、サイバネティクス化した人を想定したレベルでプレイをなさっておいでのようで」
街の管理AIの監視体制に、今更ながら体が震えるのを感じた。
恐ろしいのは、これが街の管理の片手間に行われているということだ。
AI、並行作業が得意なのはグリードのこともあり知っているけど、ラストさんの能力はグリードやスロウスさんの遥か上を行くのは間違いない。
沈黙するしかない私に、ラストさんは先程と変わらぬ静かな微笑みを浮かべたまま言った。
「カリヤ様の最近の行動から推察するに、カリヤ様、私の知らないところで危険なことに関わろうとしておられますね」
瞬間、私の前に白い電子書類が現れた。
街からの正式な注意喚起だ。
ここで何とか説得して、エリちゃんたちとの話し合いに行かないと。
私は脳筋だと自覚する頭を使い、どうにか口を開いた。
「あの、私の情報が、エリちゃん……エリザベート・ムーアさんに街の外で売られていると知って、被害届、出す前に事情を聞きたいなと思っていて」
うん、嘘はついてないぞ!
本当の事だからな!
「で、エリザベートさんが、街の中と外を行ったり来たりしているのをグリードから聞いて、街の中だと、彼女、多分お話しないだろうから、街の外でお話を聞くことにしようってことになって。でも、街の外、とても危険だから護身のためにトレーニングして、念の為プロテクターも購入しようと考えていたところでして」
よし! 何とか自然な感じで話をまとめることができたんじゃないかな?!
ラストさんはといえば、静かな微笑みを浮かべている。
……怖い。
率直に思った。
何を考えているのか、無表情よりもわからない。
本当に怖い。
「エリザベート・ムーア様の件につきましては私共も把握しております。個人情報流出の件、カリヤ様が被害届を提出されたら、すぐに身柄を拘束し事情聴取へと進めるのですが」
「私はエリちゃんと話し合いをして、その上で自首してほしいと思っているんです。自分から街に戻る意思をもって罪を償って、幸せになってほしいと思っているんです」
これも本当だ。
諦めたくなかった。
エリちゃんとシンヤさんには、間違いなく比類なき才能がある。
その才能を、できれば街のルールの中で発揮して幸せになってほしいと思っている。
すると、ラストさんは右手を頬にあてた。
「ですが、今まで私共の警告を無視してきた彼女にお話し合いが通じるのでしょうか」
「えと、そのためにグリードたちがお膳立てをしてくれいるところでして」
「彼女が欲しているのは、AIの提案する正義と正論なのでしょうか」
ラストさんの問いかけに、私は顔が強張った。
……この管理AI、どこまで事態を把握しているんだ?
呼吸が早くなるのを感じ、どうにか落ち着こうと呼吸を整える。
そんな私に構わず、ラストさんは続けた。
「私が彼女をしばらく観察した結果、彼女が欲しているのは恋人であるシンヤ・キリュウ様の幸福と、彼を取りこぼした私達に対する報復だと推察しております」
私は思わず目を閉じた。
ああ、ほぼ核心まで探られている。
ラストさん、私が何をしようとしているのか、わかっていて話を聞いてきているのだ。
「ムーア様は話し合いを求めていない。彼女は彼女自身の思いに殉じようとしているのです。それを邪魔するのであれば、誰であれ牙を向くことでしょう。これが長年人を観察し、接し続けた私の経験からの結論です」
お見事、としか言いようがなかった。
グリードやスロウスさんが凄いAIなのは間違いない。
だが、人に対する理解度はラストさんに太刀打ちできるようなものじゃなかった。
「カリヤ様は、ムーア様が牙を向いてきた時に対応するため、この
私はラストさんの言葉に俯き、頷いた。
「……はい、そうです」
「街の外は治外法権。私共の手が及ばぬ場所です。イザコザが起こってもご自由に、と言いたいところですが今は街の中。カリヤ様の無茶を見過ごすことはできません」
ラストさんの表情から笑顔が消え、引き締まったものとなった。
そして警告音とともに赤い電子書類が現れる。
け、警告喚起だ。
人の健康と保全に違反する可能性があるからと発せられたもので、要は病気や怪我をする可能性があるから、これ以上は何もやるなというお達しだ。
これを無視して無茶したら、相当大きなペナルティを食らうことになる。
私は初めて見るそれを呆然と見つめた。
「私共が今までムーア様に対し再三の警告で済ませていたのは、街やその住人に対して敵対する行動を取っていなかったから。そして何より、カリヤ様と同じく、ご自分から私共の元に来てほしかったからです」
それだけじゃないだろうな。
私の頭の中で冷めた部分が即座に訴える。
でも今はそれに触れずにおこう。
「ですが、先日のカリヤ様の個人情報流出の件は、流石に見過ごすことはできません。発見次第、すぐに事情聴取をすることになります」
「……私が被害届を出さなくてもですか?」
「はい。カリヤ様の個人情報以外にも、街の情報を外に持ち出した可能性があるからです。それに、違法薬物摂取の疑いもありますから」
エリちゃん……。
いや、わかっていたことではないか。
それでも街の管理AIに直々に罪状を伝えられ、改めて事の大きさを痛感した。
でも、私は──。
「ラストさんはご存知ですよね。私の養成学校時代のこと」
「もちろんでございますよ」
ラストさんは微笑みながらゆっくりと頷いた。
「養成学校創設以来の天才児にして問題児。ご両親のことでだいぶ荒れておりましたね。著名だった傭兵のお母様と比較した指導教官に手を上げ、さらにはムーア様と私闘をして一ヶ月の停学処分になりました」
ラストさんの表情は微笑みながらも、窘めるような表情となった。
「養成学校入学前、お父様のお葬式の時に来られたお母様を、挨拶もなしに殴り飛ばし、一発でノックダウンさせていました。その後も大暴れをして、付き添っていたお母様の同僚に力づくで止められていましたね」
本当によく見てるし、しっかり記録しているな、管理AI。
……父は、自分を捨てた母のことを最期まで愛し、母の裏切りを許していた。
あれだけ母の裏切りを嘆いていたのに。
私はその心の穴を埋めようと、子どもなりに父につくしていたのに。
そして、妻と母親の役目を捨てた女が、恥知らずにも葬式に来たことが理解できなかったし許せなかった。
ちなみに母は、この件で被害届を出さなかった。
不意打ちとはいえ、歴戦の傭兵が素人の子どもに一発で伸されたのが屈辱だったと思われる。
「父は死に、母とは接近禁止令が出て最期まで接触を許されなかった。私は、父のためにと振り上げた拳をどこに下ろせばいいか、わかりませんでした。街から鎮静剤が処方されたけど、それも結局一時しのぎで、私の中にあるどす黒い怒りの炎は消えることはなかった。それを受け止めてくれたのがエリちゃんだったんです」
私は半分泣きそうになりながら、ラストさんに話し続ける。
「私は、エリちゃんの気持ちがよくわかる。エリちゃんに今必要なのは、ラストさんの仰るとおり、正義と正論じゃない。怒りと拘りをぶつける存在です。養成学校時代、エリちゃんが私の怒りを受けとめてくれたように、私もエリちゃんを思いを受け止めたいんです」
私は拳を握りしめると、ラストさんをしっかりと見つめた。
「養成学校時代の借りを返す時なんです。牙を向いたエリちゃんを私は受け止めます。そうしないと、エリちゃんの心はいつまで経っても怒りと拘りで身動きが取れずに爆発し続けます。だから、だから」
私は目の前の赤く輝く電子書類を隅に寄せ、頭を下げた。
「この警告は無視させて、話し合いに行かせてもらいます。すみません。本当にすみません」
ラストさんは黙っていた。
でも私は構わず頭を下げ続ける。
そんなことしても警告が取り下げられることはないけど、でも私の決意は街の警告でも揺るがなかった。
どれくらいそうしていただろう、ラストさんのホログラムが音もなく動き、未だに展開されているウェブサイトを見つめたようだった。
「このお店の品揃えは悪くありませんが、今のムーア様の攻撃力に耐えられるものはありません。こちらのお店のほうが傭兵から高い信頼があります」
私は顔を思わず上げる。
ラストさんはただ立っているだけだが、空中に浮かぶ画面は目まぐるしく変わり、とあるECサイトが表示された。
「お値段は傭兵の使用するものですから高くなりますが、カリヤ様には副業での稼ぎもありますから、充分に手が届く範囲でしょう。そのインナースーツを着用するのは大前提として、私はこちらのプロテクターをおすすめします」
「ラストさん」
「それと、応急処置用の薬の準備もしたほうがいいでしょう。こちらも格闘家や傭兵の信頼の高いものです」
薬局のサイトで応急処置用の薬をピックアップし、買い物かごへと放り込んだラストさんは、優雅にこちらを向いた。
その可憐な顔立ちに浮かぶ表情は悲しげだった。
演技とは思えないほど、胸に来るものだった。
「……ムーア様を追い詰めたのは、もとを辿れば私共の手落ちによるもの。お二人が転落していくことは私共の望むところではありません。この装備が使われることなくお話し合いが進み、お二人が街に戻ってきて頂けるのが最良ですが、それは叶うことはないでしょう」
ラストさんは悲しげに目を伏せた。
「私が手出しできるのはここまでです。ムーア様のモウシュウとシンイ、カリヤ様に受け止めてもらうのは危険だと十分に承知しております。どうかくれぐれも怪我なく最善の手を尽くした上で、ムーア様の思いを受け止めてあげてくださいませ」
そうしてラストさんは頭をきれいに下げると、現れた時と同様に唐突に消えた。
私はしばし立ち尽くす。
ラストさん、私に手を貸してくれたんだ。
警告を出したのに何故?
理由はあるんだろうけど、私にはわからない。
でも、人への深い理解からの温情が感じられた。
心、ないはずなのに。
……あ、そうだ。
ラストさんの言葉を思い出し、画面に向かって検索をする。
モウシュウ、シンイ。
すぐに出てきた。
まさにエリちゃんの今の状況にピッタリの言葉だ。
ラストさん、『色欲』の『色』のときもそうだったけど、古い宗教の言葉をたまに使う。
性格設定の部分に、古い宗教の知識が盛り込まれているのかな。
協力してくれたのは、グリードと同じ使命を持っているからだと思うことにしよう。
今はラストさんのことを考えても仕方ないし。
私は画面を操作して、ラストさんがオススメしてくれたグローブとプロテクター、応急薬を購入した。
出費は痛かったけど、大丈夫、懐に余裕はまだある。
これらが使われることがないよう、頑張って話し合いができる環境作りに協力しよう。
私は気合を入れ直すのだった。