「突然だがお邪魔させてもらう」
グリードが一番手に入り、私達も続々と部屋に入る。
私が最後に入り、後ろでドアが閉まる音を聞いた。
エリちゃんが跳ねるようにして立ち上がり、驚愕の表情で私達を見つめる。
「あ、あんたたち……いきなり何なのよ?!」
「シンヤの要請を受け、君と話し合いに来た。久しぶりだ、エリザベート」
「お久しぶり、エリちゃん。試合で疲れているところ悪いとは思ったけど、今回のこと、見逃せないことだったから、シンヤさんに協力してもらって来たんだよ」
グリードとアイちゃんが挨拶をし、事の次第を説明した。
私とスロウスさんは会釈をするに留めた。
エリちゃんがシンヤを鋭く睨みつける。
「シンヤ、これってどういうこと?!」
「君と一緒に街に戻るために彼らに協力を求めたんだ。……俺は本気だよ、エリィ」
凄むエリちゃんの視線を受けても、シンヤさんは毅然とした姿勢を崩さなかった。
アイちゃんがそんなエリちゃんの前に立つ。
「エリちゃん、シンヤさんからお話は聞いたよ。違法薬物の影響が酷くなって、心も身体も大分不安定になってるって。シンヤさん、エリちゃんを巻き込んだこと、心から後悔して反省しているんだよ」
「だからなんだって言うの?! 私のことなんて──」
「エリちゃんの気持ち、私とナナちゃんにはわかるよ。ここまでシンヤさんに尽くしてきたのに、それを間違っていたからやり直そうなんて、虫が良すぎるって。頭でわかっていても、気持ちが追いつかないって。だってエリちゃん、本当にシンヤさんのこと大好きで、彼の幸せのために努力してきたんだもん。それを否定なんてしないよ」
「だったら!」
「だが、幸せになるための君の身体と精神が限界を迎えつつある」
グリードが横から口を挟んだ。
「シンヤはそれを知り、街への怒りよりも、君と継続可能な幸せを求めることにしたのだ。シンヤの街への怒りが消えたのではない。その怒りを超えて、君との幸せを選び取ることを決意したのだ」
グリードが冷静な口調で続ける。
「私はシンヤと相談し、街へ戻ったあとのライフプランを立てている。君が落ち着いたら、改めて皆で相談をしよう。……安心してくれ。君たちの怒りも罪も罰も、その上で築き上げた功績も全て持って街へ帰るのだ。何一つとして失うものはない」
「エリちゃんにとって、街に戻ることはすごく苦しくて痛いことだけど、それはシンヤさんだって同じだよ。理不尽かもしれないけど、ここは我慢を」
「嫌だ!!」
アイちゃんの言葉を遮り、エリちゃんは叫んだ。
「何で我慢しなきゃなんないの?! 私達をここまで追いつめたのは、元をたどれば街のせいじゃん! それなのに、これ以上我慢しろって?! そんなの絶対に嫌だ!」
私は眉間にシワが寄るのを感じた。
昔の私と同じだ。
エリちゃん、駄々っ子になってる。
私が複雑な気持ちでいると、スロウスさんがゆらりと一歩前に出た。
「帰りたくない理由、それだけじゃないでしょ」
気怠げに言うスロウスさんに、エリちゃんの顔が怪訝なものになった。
スロウスさんは親指で私を指し示す。
「違法薬物もそうだけど、彼女の情報を外に持ち出したことも罪に問われるから、街に戻りたくないんじゃないの? 前にさ、君、言ったよね。『誓って言うけど、街や街の管理AIを攻撃するつもりは全く無いから』って。カリヤさん、その街の住人だよ。人だから攻撃しても良いって理屈は通らないと思うんだけど」
エリちゃんの表情が強張るのを、私はあえて冷たい気持ちを持って見つめた。
スロウスさんの気怠げな表情と声音は変わらなかったけど、発する雰囲気はいよいよ圧力を増していた。
「もしかして、カリヤさんの情報だけじゃなくて、街の他の情報も持ち出したんじゃないの?」
「してない! 私はナナちゃんの情報しか売ってない!」
「じゃ、カリヤさんの情報を持ち出して売買したことは認めるんだね」
切り込むようなスロウスさんに、エリちゃんは黙り込む。
シンヤさんが顔を青ざめてエリちゃんを見た。
「エリィ、本当なのか?! カリヤさんは友達なんだろ? それなのにどうして友達を売るようなこと──」
「だってしょうがないじゃない! サイバネ化を進めるのにお金が必要だったんだから!!」
エリちゃんは叫ぶように言い、そして自嘲しながら私を見た。
「……ナナちゃんは本当に才能のある子なの。オリジナルとは思えないくらい凄い子なんだよ。誰もがみんなナナちゃんの情報を欲しがっている。私なんて見向きもされないのに、ナナちゃんだけ……何で……だから、だから私は……」
先日、スロウスさんがエリちゃんは私に嫉妬しているのではないかと指摘していた。
正しかった。
友達だと、良きライバルだと思っていた存在に直接悪意を向けられ、私は大きなショックを受けて立ち尽くす。
私はエリちゃんに何も悪いこと、していないのに。
だが良いこともしていなかった。
エリちゃんが苦しい時に力になってあげられなかった。
支えてあげられなかった。
これは、その報いなのか。
アイちゃんは悲しげな表情をしていたが、やがてエリちゃんにまた一歩近づいた。
「エリちゃん、街に戻ろう? 今までの良いことも悪いことも全部話して、体と心を立て直そう。私も一緒についていくから。ね?」
そう言ってアイちゃんがエリちゃんに手を伸ばそうとして、
「触らないで!!」
強く拒絶された。
「嫌だ! 絶対に嫌!! 私なんて何の価値もない! それでもシンヤが認めてくれて嬉しくて、ここまでやってきたのに、それを無しにするなんて、絶っ対に嫌!! 街に頭を下げるのも嫌!! 私は街に戻らない!!」
エリちゃんが部屋から飛び出そうとするのを見抜き、私は反射的に扉の前に立って両手を広げた。
「ダメだよ! 話し合いは終わってない!」
「うるさい!! どけよ!!」
エリちゃんの神速の平手が私の頬を打った。
その痛みに、思うより先に私はエリちゃんの頬を平手で打ち返した。
エリちゃんはとっさに間合いをとる。
エリちゃんは叩かれたことに一瞬驚いた表情を見せたが、やがて私を睨みつけた。
私も負けじと睨み返す。
やはりこうなるんだな。
私は苦い思いで口を開いた。
「私、あんたに何もしてあげられなかった。ここまで苦しんでいたことも知らずに、のうのうと街で平和に生きてきた。私を妬んでも憎んでもいい。だけど! あんたには絶対に街に戻ってもらう! そのために私達は来たんだ!」
私はポケットからグローブを取り出して装着。
構えを取る。
「ここを出たかったら、私を倒してからにしてもらおうか!」
するとエリちゃんも構えを取った。
そして凄みを帯びた笑みを浮かべる。
「上等だよ! ナナミイッ!!」
こうして私の予想通り、エリちゃんと拳での話し合いが始まってしまった。
そして、第一形態は何とかダウンを取れたものの、薬の副作用で凶暴化した第二形態のエリちゃんと私は対峙することになったのだった。
──私は再び流れてきた鼻血を拭いながら、第二形態のエリちゃんを観察する。
この雰囲気、ロスタムのプレッシャーに似ている。
完全にストッパーが外れて本当に全力でのエリちゃんと戦うことになると予感した。
同時に目の端に、部屋の隅で避難しているアイちゃんとシンヤさん、スロウスさんがいるのを見た。
今のエリちゃんの攻撃の巻き添えになる可能性がある。
私はエリちゃんから目を離さず声を上げた。
「スロウスさん! アイちゃんたちを隣の部屋に避難させてください! コイツ、ホントにヤバイ!!」
「わかった」
スロウスさんは私の提案をすぐに受け入れ、すぐさま二人を避難させようとドアへと誘導をする。
「行カセナイ!!」
「だから! お前の相手は私だあっ!!」
私はエリちゃんの顔面にパンチを浴びせた。
あっ、さっきより手応えが薄い!
鬼のような形相のエリちゃんが私に向かって右フックを浴びせた。
間一髪、両腕でガードするが、その威力たるや、私を吹き飛ばした。
受け身を取った瞬間、ロッカーに叩きつけられる。
痛ぇよ! クソが!!
「ナナちゃん!!」
「ここは任せて早く逃げて!!」
更なるパンチの連打を躱しながら、私はエリちゃんたちに向かって叫んだ。
「エリィ!」
「ナナちゃん! エリちゃん!」
「君たち早く!」
スロウスさんが珍しく強い口調でアイちゃんたちを促し、二人と一機は部屋を出ていった。
あとはロックをかければ、って!
「グリード!」
「私はここにいる」
言ってグリードは部屋のロックをかけた。
「私は君たちの側にいる。そして君たちの未来を守る」
「この、頑固ロボ!」
「なんとでも言うがいい。これが私の使命だ。存在意義だ」
「ソラ! 隙ダラケダアッ!!」
エリちゃんの鋭く重い蹴りを再び両腕でガードして受け止めたけど、やはり威力が凄まじく、私は再び吹き飛ばされて床に転がった。
プロテクターの防御力は頼もしい限りだが、衝撃を完全に吸収するには至らず、腕が痛みを訴え始めた。
だが、それを気にする暇などなかった。
猛烈なエリちゃんの攻撃に、私は完全に翻弄された。
エリちゃんのパンチと蹴りを受けた備品がまたたく間に形を崩して壊れていく様を、私は逃げ回りながら観察する。
スキが全く無い。
ならば今は逃げの一手だ。
薬の副作用と体力が永久に続くとは思えない。
それまで、耐え抜け! 私!
永遠に続くような嵐のような猛攻を、私は辛抱強く耐え続ける。
そして逃げ回る私の手に何かが当たった。
折りたたみ椅子だ。
瞬間、私はそれをエリちゃんに向かって投げつけた。
当然あっけなく腕で弾かれたが、ここにスキができた。
無謀とも言える一歩を素早く、そして力強く踏み出す。
狙うは急所、鳩尾だ。
下半身の力を振り絞り、体重を最大限に乗せた右手のパンチは鳩尾にしっかりと当たった!
だが、やはり手応えが想像より薄い!
一瞬動きを止めた程度だ。
私は反射的に相手の背後へと回り込みながら、エリちゃんのパンチを躱す。
ならば背後の急所、狙うは腎臓!
遠心力を利用して左手の拳で腎臓部分を強打した。
立て続けの急所の攻撃に、エリちゃんの攻撃が止まる。
だが、振り向きざまに、エリちゃんの全てを乗せたパンチが私を襲った。
再び両腕でガードするが、その時、激しい痛みとともに嫌な音が聞こえた。
私はここに来て初めて恐怖を覚えた。
プロテクターが……両腕のプロテクターが壊れた!!
これで防御できるものは足のプロテクターだけだ。
袖の中でわだかまる壊れたプロテクターの残骸を外に出してる間にも、エリちゃんの容赦ない攻撃は続く。
もう、絶対にスキを見せることはできない。
すると、エリちゃんが目にも止まらぬ速さで、折りたたみ椅子を投げつけてきた。
躱す!
激しい音を立ててひしゃげた椅子に、自分の未来を見たような気がした。
怯む私にエリちゃんの激烈な多段キックが襲いかかった。
見きれない!
躱せない!!
両腕が使い物にならなくなるのを覚悟でガードするのと、私の前に立ちはだかるモノが現れたのは同時だった。
「グリード!」
私の前に立ち、シールドを掲げてエリちゃんの攻撃を防いでいる多脚ロボット。
私の友達、グリードだった。
「ドケヨ! コノクソロボットガ!!」
「それは聞けない。私の性格設定の最上位に使命が存在する限り」
グリードは淡々とした態度でエリちゃんの攻撃を受け止め続ける。
「先日会ったときにも言った。私の使命は『人を救い、幸福へと導く』だ」
四角四面のこの多脚ロボットは、忠実に使命のために動いていた。
「ドケ! ドケエエエエエ!!」
「退かない。今のナナミが君の攻撃を受けたら間違いなく重傷を負う。そして君たちに罪が追加される。それだけはさせない」
エリちゃんは狂ったようにグリードのシールドに蹴りを浴びせるが、レールガンすら耐えると言われる
「私は君たちの未来を守り幸福へと導く。それが私の使命だ。存在意義だ。私を動かすものだ。問おう、猛るエリザベート。今、君を動かすものは何だ?」
たくみなシールド使いで攻撃をいなしながらグリードは問いかける。
私はその答えを知っている。
エリちゃんの心を蝕み、破滅へと追いやる猛毒。
怒りだ。
ままならないこの世界とヒトとモノに対する怒りだ。
エリちゃんは大声で吠えた。
「オマエ二答エル義理ハナイ!!」
「そうか。それは残念だ」
グリードはいつもの調子で答えた。
全然残念そうに聞こえなかった。
と、エリちゃんの攻撃スピードと威力が落ちていることに気づいた。
疲れてきている!!
第二形態のエリちゃんの攻撃は力任せで戦術というものがない。
結果、スタミナ切れを起こし始めているのだ。
チャンスだ!
私は飛び出す構えを取った。
もう両腕は使えない。
だけど、パンチよりも高い攻撃力のある手段はある。
そしてついにその時がきた。
スタミナ切れを起こしたエリちゃんがよろめき、後ろへと下がるのを見逃さなかった。
「おおおおおおおおおお!!」
私は雄叫びを上げて地面を蹴り、グリードのシールドを押しのけて、エリちゃんへと突進した。
低い体勢のまま、私はエリちゃんの鳩尾に勢い良く頭をめり込ませた。
「ナナミ!」
渾身の頭突きによるタックルに、床を滑って転がるエリちゃん。
私は飛びかかって馬乗りになると、そのままエリちゃんの頭、眉間に頭突きを食らわした。
私は衝動に突き動かされ、何度もエリちゃんの頭に頭突きを食らわす。
途中、何かを潰した感触とともに、視界が赤黒く染まった。
「ガッ! アッ! ナナ、ミイッ!!」
鼻を潰されたエリちゃんが私を退かそうとデタラメに両腕を振るった。
頭の急所に相当ダメージを入れたはずなのに、それでも起き上がってくるか!
このバケモノめっ!
私は跳ね起きて、距離を取る。
だけど、これで最後だ!!
私は起き上がろうとするエリちゃんの頭に、渾身の蹴りを食らわした。
勢い良く転がり、壁に叩きつけられるエリちゃん。
「ナナミ、ストップだ!」
グリードがすかさず私の体を押さえる。
私は呼吸を整えながら、壁に叩きつけられたエリちゃんを見守った。
「あ、あ、ぐっ! うううううあああああっ!」
エリちゃんは立ち上がろうともがいている。
……マジかよ、まだやろうとしてんのかよ。
私はエリちゃんの執念に内心怖気づいていた。
お願いだよ、エリちゃん。
立ち上がらないでくれ。
お願いだから。
これ以上は、本当に洒落にならない罪をお互いに背負うことになる。
「私は……、私は!」
上半身を起こしたエリちゃんの顔は、青タンと鼻血で酷いことになっていたが、鬼気迫る凶暴性は消えていた。
そして痛みに耐えながら口を開く。
「このまま死んでも十分幸せだったのにいっ!」
悲鳴のようなエリちゃんの叫び。
それは紛れもないエリちゃんの心からの望みだ。
でも、あまりに幼稚な甘えであり、そんな身勝手、見逃すことも許すこともできない。
私は最後の力と勇気を振り絞って凄んだ。
「まだそんなこと言える余裕あんの? あんだけ頭突きかましたのに、どこまで脳みそにお花咲いちゃってんの?」
私は激しく痛む両腕を持ち上げ、構えを取った。
「いいよ。ほら立てよ。早くかかってこいよ! でも殺してなんてやらない! あんたの望みは絶対に叶えてやらない! 苦しみ悶えながら生きて幸せになるんだよ!!」
と、ドアのロックが開く音がした。
え? 何で勝手に?
だが、そう思う間もなく、アイちゃんとシンヤさんが部屋に駆け込んできた。
「ナナちゃん、エリちゃん!」
「エリィ! エリィ!」
私達と部屋の惨状に、口を押さえて立ち尽くすアイちゃんの横をシンヤさんは通り過ぎると、エリちゃんを抱きしめた。
「エリィ、ありがとう。俺のために、今まで本当にありがとう。……でもゴメンな。もういいんだ。これ以上、エリィ一人で抱え込まなくてもいいんだ」
癇癪を起こす子どもを宥めるように、頭や背中を優しく撫でながら、シンヤさんは涙を浮かべてエリちゃんを抱きしめ続ける。
「……やり直そう。今度は二人で幸せになるために、俺達のすべてを持って街へ戻ろう。エリィ」
「ううううう、シンヤあ、シンヤあああああ!」
エリちゃんはシンヤさんの身体に腕を回すと抱きつき、子どものように大声で泣き始めた。
シンヤさんも歯を食いしばり、静かに涙を流している。
私は、その姿に二人のわだかまりが解けて流れ落ちていくのを感じた。
辛いだろう。
悔しいだろう。
無念だろう。
どれだけ心に大きな穴が空いたことだろう。
それでも、エリちゃんの望みは何一つとして叶えてやらない。
私が今でもそうであるように、エリちゃんも時間をかけてその穴と向き合い続けるのだ。
でも、エリちゃんにはシンヤさんというかけがえのないパートナーがいる。
一人じゃない。
ならば心についた傷も穴も、私より早く塞がるのかもしれない。
それって、幸せなことじゃん?
あんたの方が羨ましいわ、バーカ。
今すぐ爆ぜろ。
内心毒づく私だが、アイちゃんとグリード、スロウスさんは、そんな二人を静かに見守っていた。
こうしてエリちゃんとの拳による話し合いは、やっと終わったのだった。
<元友人とケンカをした 完>