多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十六話 看病してもらった 3

朝の通勤ラッシュの時間帯だが、そこも街の管理によって交通量が絶妙に調整されている。

なので渋滞になることはなく、道中は実にスムーズな進行だった。

いつもは地下鉄を利用する私にとっては物珍しい光景で、私は窓の外を飽きることなく眺め続ける。

大通りの道路にはいろんな車やトラック、バイクを見ることができて楽しい。

 

「ナナミはパワードスーツ以外の乗り物にも興味があるのだな」

 

私の様子を見ていたらしいグリードが声をかけてきた。

 

「うん。傭兵特殊と二種以外の免許、父の遺産を使って全部取ったよ。ほら」

 

私はそれぞれの免許証や資格証を空中に展開しグリードに見せた。

全部パイロット養成学校時代に取ったものだ。

就職に有利になるからじゃない。

単純に乗りたかったからだ。

ちなみに傭兵特殊とは兵装を搭載した乗り物のことを指し、一般特殊であるクレーン車やブルドーザー、重機とはまた違う。

二種は旅客用の免許だ。

 

「それでも今の会社に就いたのは、父君の形見、シリウスの存在があったからだと推察するが」

「そうだよ。他の免許は趣味に近いね。座学も実技も楽しかったなー」

「君が楽しめたのなら何よりだ。しかし牽引と危険物、高圧ガスと毒物劇物の資格は何を目的に取ったのだ?」

「タンクトレーラーを運転するのに必要だったからだよ。かっこいいじゃん、タンクローリーや大型のトレーラー車。運転してみたいじゃん」

「そうか」

 

ケガを忘れてニコニコする私に、グリードは生真面目に頷いた。

前半は荒れ放題だった養成学校時代だが、後半は普通の学生生活を送ることができた。

まあ悪名はなかなか消えず、腫れ物扱いだったけど、アイちゃんとエリちゃんがいて私は楽しく満足な日常を送っていたのだ。

まさか将来、こんなことになるとは思ってもいなかった。

沈みそうになる気持ちを振り払うように、私はグリードに笑顔を作った。

 

「そうだ! 私が元気になったらドライブしない?」

「良い提案だが、タンクローリーでか?」

「さすがにそれはないよ」

 

思わず真顔で言う。

どんなドライブだよ、それ。

何運ぶんだよ。

私はふと気付く。

 

「あ、でもグリードが四脚かアンドロイドかで借りる車が変わってくるなー」

「ナナミの乗りたい車に合わせた姿になろう」

「うーん、……行く場所も含めて考えとく!」

 

将来に楽しみを作って今の苦境を乗り越えるのだ。

私は再び窓の外を眺めた。

私の横を貨物を載せたトレーラー車が走っている。

ああ、働く車はかっこいいな。

パワードスーツとはまた違ったかっこよさがある。

ただ、こういった働く車は、AIによる自動運転であることがほとんどだ。

でも、補給や緊急時の対応に人のドライバーは必要になるので、仕事がなくなることはない。

完全にAI任せでなく、仕事のパートナーくらいの付き合いが丁度良いと思う。

私としては、マニュアルで全部私にやらせろって話だけど、そんな車、今は博物館くらいしかないのだった。

飽きることなく働く車を観察していたら、いつの間にか病院へ到着した。

定刻通りだ。

病院。

人という種の健康と保全を優先する街の法律によって存在し、大半の人は心ならずもお世話になることが生涯で幾度か発生する。

そして、傷病の理由によっては罪人になっちゃう人もいて、私が今まさにそれにリーチをかけている状態なのだった。

車が駐車場に止まると、またお姫様抱っこしようとするグリードを制し、普通の歩行介助を求めた。

グリードは一瞬しょんぼりしたように見えたが、素直に私の要望を叶えてくれた。

右手を繋いで、繋いだ反対の手で骨盤周辺を支える。

そう! こういうのでいいんですよ! こういうので!

グリードに介助してもらいながら病院内へ入り、受付完了。

待合所で待つこと三十分ほど、私は脳外科に案内された。

私は思わず呟く。

 

「何で脳外科なの? 整形外科じゃないの?」

「君は今、全身打撲の状態だと推察される。顔と頭にも打撲があり脳に障害がある可能性も否定できない。そのため検査をしようという意図があるのだ」

 

グリードの説明を受け、私は納得して指示に従った。

こうして科をまたいでの病院巡りが始まった。

ニ十代以上の人が年に一回行く定期健康診断とは、こんな感じだろうか。

あ、私も来年からその対象になるのか。

しかし検査の項目が多く、自業自得とはわかっていてもうんざりした。

理由はわかる。

顔だ。

顔は急所が集中している場所であり、そこをやられているのだから、検査項目が多くなるのは仕方がないのだった。

待ち時間も含めて検査と処置が全て終わった頃にはお昼を過ぎていた。

お腹が鳴り、空腹を訴えている。

 

「お腹空いた……」

「あとは結果を待つのみだ。全て終わったら食事を摂ろう」

「美味しいもの、ガッツリ食べたい」

「それも結果次第だ」

 

で、結果。

ラストさんがホロで現れて、私に赤い電子書類を見せながら事務的に判決を言い渡す。

全身打撲と筋肉痛だけで、脳や臓器、骨を含めた各所に異常はなかったけど、怪我した理由が理由だったんで、問答無用で罰則の対象となりました!

やっぱね! わかってたよ!

……凹むわぁ。

 

「今日から三日間自宅謹慎。そして九十日間、自宅から半径五キロ以内の移動制限か。例外は就労時と通院時のみ。……移動制限だけで済んだのは、街にも非があることも加味してのものだろう」

 

顎に手を当てながら無感情に言うグリードに、私は凹みながらたずねる。

 

「ねえ」

「何だ?」

「自宅から半径五キロって、職場は余裕なのはわかるけど、どれくらいの場所までかわかる?」

「現在算出中。……算出完了。君の副業先はギリギリ五キロだ。いつも行っているカフェも問題はない。しかし、通っているジムや商業区画、興行区画、学術区画等は五キロを超えるため行くことはできない」

「えっ?! じゃ、ドライブは?!」

「九十日間は行けない」

 

何それ、出かける楽しみが全然なくなるってことじゃん!

ますます凹むわぁ……。

グリードが優しく私の肩に手を置いた。

 

「九十日間の辛抱だ」

「そなんだけどさー」

 

自業自得なんだけどさー。

私は重い足取りで会計へと向かう。

そして、その衝撃の値段に絶句した。

た、たたたたたたたたっか!

お値段、高っ!!

 

「えっ、えええええ?! 何で、何でこんなにお高くなってんの?!」

「ケガの理由が理由だからな。保険が適用されず十割負担になっているのだ」

「そ、そんなあ……」

 

私は呆然としたが、すぐに我に返り慌てて端末を取り出し貯金を確認する。

あっ! ああああああ!!

私のなけなしの貯金が!

地道に貯めたお金たちが!

私の貯金は問答無用で街に徴収され、残高は三分の一以下になっていた。

私は端末を両手で抱え込み、涙目で会計前でへたり込む。

あははー、ガチで凹むわぁ…………。

 

「ナナミ」

 

グリードが私の体を支えて立ち上がらせた。

見上げれば、グリードは悲しげに私を見ていた。

いや、これは哀れみだろうか。

新しい表情だな。

現実逃避気味に思う私に、グリードは口を開いた。

 

「追い打ちをかけるつもりはないが、薬局の調剤も同じ理由で十割負担になる」

「…………は?」

 

血の気が引く音をはっきりと聞いた。

いや、ここまでの流れからそうなることはわかるんだけど。

 

「……待って。待って待って待って。覚悟決めさせて」

 

これで貯金はゼロになるどころか、下手したらマイナスになる可能性もある。

父の残してくれた遺産があるけど、父が命を削って残してくれたお金、こんなことで使いたくない。

だから借金することになるかもだけど、でも、でも、受け入れなくちゃ。

私は呼吸を整え、お腹に力を入れて覚悟を決める。

よし! 怖いけど行くぞ!

グリードに支えられながら私は薬局に立ち寄った。

山のような薬を受け取りお会計をする。

……私の貯金は限りなくゼロに近くなった。

借金しなかっただけマシと思うべきか。

 

「これはもはや罰金だ。コツコツと地道に貯金してきた君にとっては、何より手痛い罰になったと推察する。……さあ帰ろう」

 

言葉も出ず、頭もフリーズ状態で立ち尽くす私は、グリードに優しく促されて病院を出た。

家に帰るまでの記憶はほぼない。

気付いたら家にいて、テーブルの前に座っていた。

グリードは狭いキッチンに立って深皿に液体の完全栄養食を準備している。

いつの間に買ったんだ?

病院に行っている間に並行作業で買ってくれていたのだろうか。

 

「グリード、その液体完全栄養食のお金──」

「これは私が君を守れなかった詫びのものだ。気にせずに食べてくれ」

 

私は半べそになりつつ言葉を続ける。

 

「でも、グリードは私を守ってくれたよ。できる限りのこと、してくれてたよ」

 

するとグリードは私に体ごと向いた。

 

「もし私にすまないと思うのなら、この三日間、しっかり静養をして元気になってくれ。そして九十日後に移動制限が解除されたら、一緒にドライブに行こう」

「……うん、わかった」

 

手持ちのお金しか無くなった私は、借金するかグリードの厚意に甘えるしか選択肢がない。

私は涙を拭って頷いた。

温められて提供された液体の完全栄養食は、心なしか塩味が強かった。

私が食事をしている間に、グリードはベランダに立ち配送用ドローンから荷物をいくつか受け取っていた。

そのうちの一つを荷解きをすると、それは黒くて四角い機械だった。

……ああ、ポタ電かな?

私の視線を受け、グリードは口を開く。

 

「今日から三日間、私が君の面倒を見る。そのための電源だ。君の世話をする程度だから、このボディのバッテリー消費はたかが知れているが、念のためだ」

 

グリード、私のためにちゃんと準備をしてくれているんだな。

本当にありがたい。

だから素直に気持ちを口にすることにした。

 

「ありがとう」

「礼はいらない。私が勝手にやることだ」

「うん。でも助かる。だからありがとう」

「ああ。さあ食事の続きをするといい」

 

私は頷き、食事を再開した。

あれだけお腹が空いていたけど、十割負担のショックで食欲は全くなくなっていた。

それでも食べて元気になるんだ。

私はしっかり処置が施された腕を動かして食事を完食。

意外にお腹いっぱいになった。

で、お薬。

痛み止めと抗生物質を飲む。

そして自力でベッドに戻った。

グリードはベッドのそばで片膝をついて私を見つめた。

 

「診察お疲れ様だ。移動制限よりも十割負担のショックの方が大きかったようだが心配はいらない。元気になった君なら必ずすぐに取り戻せる。だから今はしっかり休んでくれ」

「……わかった。早速だけど寝てもいい?」

「もちろんだ」

 

グリードは優しく微笑み頷くと、手を伸ばし私の額に手を置いた。

 

「おやすみ、ナナミ」

「うん、おやすみ」

 

私は素直に目を閉じた。

薬の力か、それ以外の理由か。

私はすぐに意識を手放した。

夢も見ずに寝て起きたら、窓からオレンジ色の光が横に射し込んでいた。

……夕方かな?

テーブルで仕事をしていたらしいグリードが声をかけてきた。

 

「起きたか、ナナミ」

「……うん。今何時だろ」

「十七時四十七分を過ぎたところだ。十八時になったら起こす予定だった」

「そっか」

 

私が上半身をゆっくりと起こすと、グリードは立ち上がり私のもとにやって来て身を屈めた。

 

「気分はどうだ? 痛みはないか?」

「うん。朝よりはずっと楽になったよ」

 

遺伝子レベルで私に処方された薬の効果は覿面で、朝に比べたら体調は雲泥の差だった。

調子に乗って伸びをしようとしたら、身体が痛みを訴えて悶える私を、グリードは眉間にシワを寄せて見ていた。

 

「君の無茶はなかなか治らないようだな。……会社と副業先には私が状況を改めて説明し、今日を含めて三日間の休暇の許可をもらった。他に連絡したい場所があるなら教えてくれ。私が連絡をしよう」

 

えっ?! 私がしなくちゃいけないことなのに?!

 

「そこまでしてくれれば十分だよ。会社への連絡だって本来なら私がしなくちゃいけなかったのに」

「急ぎ連絡する必要があったから私がやった。街からも連絡はいっているだろう。君の会社はそろそろ終業時間だ。連絡するなら明日改めてするといい」

「うん。……ありがとう。ごめんね」

「謝る必要はない」

 

グリードは小さく微笑む。

グリードは私に優しいというより甘いと思う。

グリード、私のことを好きだって言ってくれた。

好きだと言わずとも、好意を持っていることを周囲に隠そうとしない。

でも、それがどんな種類の好きなのかはわからない。

人ですら好きにはいろんな種類があり、グラデーションがあると思う。

じゃあ、心がないはずのAIの言う好きとは何なのか。

ここ一年以上、ずっと考えているけど明確な答えは未だに出ない。

 

「ナナミ?」

「あ、ゴメン、連絡先のこと考えてた。ジムには休会の連絡しなきゃだし、アイちゃんとロイさん、ハンナちゃんにも直接お話したいし」

 

私は誤魔化して微笑む。

 

「少し早いが夕食をとってから連絡してみてはどうだ?」

「そうだね」

 

グリードの提案を受け入れつつ、私は考える。

自宅謹慎という暇になるだろう時間を得た。

今までわからないと流してきたけど、いい機会だからしっかり向き合って考えることにしよう。

それは無駄な時間じゃないはずだ。

私が一人考えている間にも、グリードが夕飯を用意してくれた。

もちろん液体の完全栄養食だ。

グリード曰く、味はホウレン草のポタージュ風味だという。

優しい緑色をしたトロトロの液体を、私はためらうことなく口に運ぶ。

うん、普通に美味しい。

野菜っぽい味もするけど、コクがあってクリーミーなのは牛乳やチーズが入っているせいかな?

私が黙々とそれを食べていると、端末が振動した。

ん? 何ぞ?

食事を中断し、空中に端末画面を展開する。

メールが届いていた。

グリードが空中の画面を操作する。

 

「グラトニーのビデオメールだ」

「トニーちゃんから?」

 

ラストさんと並ぶ街の管理AIの一機だけど、え? 何かあんの? まさか罰が増えるとか?

顔が思わず引きつる私に構わず、グリードはメールを展開した。

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