「こんばんはー、ナナちゃん! 突然だけど失礼するお!」
黄色のおもちゃのような多脚ロボットが、顔の部分にあたる液晶画面に満面の笑みを浮かべて私に呼びかける。
普段なら微笑ましく見守る私だけど、今の私の気持ちは正直かなり複雑だった。
あえて空気読まずにいるのだろうか。
「あ、コイツ空気が読めてないなと思ったおね」
だから何でそう、人の気持ちに敏いんだよ、この街の管理AIは。
「でも態度を変えるつもりはないお。紳士修行中のAIと、悲観主義のひねくれAIの弁護を受けて、僕とラストで総合的に判断した結果が今のナナちゃんだお。でもねナナちゃん、君ならこの状況を乗り越えて、大きく成長すると信じての判断だお。君の更生に期待しているんだお」
そう穏やかな笑顔で言うトニーちゃん。
グリードも似たようなことを言っていた。
私はまだ、この街のAIたちに信頼されているのだ。
AIからの信頼なんて! とか思う人もいるだろう。
だけど私は、その信頼に応えたいと思った。
私もまた、この街のAIたちを信頼したい。
お互いに良きパートナーでありたいと思っているのだ。
「でね! 僕の勝手な判断でナナちゃんにお見舞いの品を送ったお。このメールが届く頃には到着するようにしたから、夕食後のデザートに食べるといいお!」
ニコニコ笑顔で言うトニーちゃん。
え?
そう思った時、窓の外がピカリと光った。
グリードが素早く動きベランダへ出ると、配達ドローンが箱を抱えて滞空していた。
「グラトニー様からカリヤ様への冷蔵のお届け物です」
ドローンからの声にグリードは黙って荷物を受け取ると、配達ドローンは速やかに飛び去っていった。
「じゃあナナちゃん、三日間おとなしく療養生活を送ってね。お大事にー」
言ってパタパタと両手を振ってバイバイするトニーちゃんの映像が消えた。
ベランダを閉めてこちらにやって来たグリードの手の中にある箱を見るなり、私は声を上げた。
「あ! カイザークランツの箱だ!!」
カイザークランツとは、私が一回だけ行ったことのあるデザート屋さんで、私はそこのプリンが大好物の一つなのだ。
グリードが箱を開けると、大好物のプリンが二つ入っていた。
思わず満面の笑顔になる。
わーい! やたやたやったー!
だが、グリードが無表情でプリンを見つめているのを見て、はしゃぎそうになる気持ちを抑えた。
「……グリード、どしたの?」
「このプリン、私が明日、ナナミのデザートにと考えていたのだが」
「え? そうなの?」
「ああ。グラトニーに先手を打たれたか。また別の候補を考えなくては」
「いいよ。無理しなくても。三日間面倒を見てくれているだけでも十分嬉しいよ」
「ダメだ。私はこの謹慎期間を有効利用し、ナナミの私に対する好感度を少しでも上げたいのだ」
「うん。いい加減、その正直に自分の目論見を語るのはやめようよ。学習しよ?」
こうして夕食後にトニーちゃんのデザートを食べることになった。
二つあったから、グリードと一緒に食べることを提案したんだけど、この頑固ロボは頑なに首を縦に振らなかった。
「そのプリンはグラトニーが君に食べてほしいと贈ったもので、私が食べるのはグラトニーの意に反するものだ。今日一つ食べ、明日またもう一つ君が食べればいい」
「そうだよ。このプリンは私のものだよ。だから、決定権は私にある。私はグリードと一緒にこのプリンを食べたいの!」
「ネット及び店の開示情報によれば、そのプリンは人にとっては『美味しいもの』として評価が高く、特に女性や子どもの人気が非常に高い。また、発売されてからの売上も好調を維持している」
生真面目にデータまで空中に表示させて話すグリード。
「だが、私には『美味しい』『不味い』という判断は未だにできない。それは、作った存在と贈った存在に対して失礼ではないかと推測する。だから私は食べない」
「むううう!」
イライラし思わず唸る私。
だが、私はめげずに説得を続けることにした。
「でもグリード、初日の出を見に行った時に言ってたじゃん!? 『今後も私の食に対する興味を引くべく導いてくれ』って。忘れたの?!」
「忘れていない」
「だったら一緒に食べよ。友達と美味しいものを一緒に食べる経験は、グリードの使命に小さくとも影響はあるはずだよ」
「だが私は、君の美味しく食べている姿さえ見ることができれば──」
まだ言い返そうとするグリードに、私はついにキレた。
「わかった! このプリンは食べない!」
言いながら私は二つのプリンを箱に戻すと、ケガの痛みを忘れて勢い良く立ち上がった。
「ナナミ」
「私はグリードと一緒に食べたかったのに! そこまで私と食べるのが嫌なら、謹慎中は食べないから!」
「そうは言っていない。それにそのプリンの消費期限は明後日までだ。それを過ぎたものを食べることは街が認めない。注意と警告も来るだろうし、それでも口にしたら信頼度を落とすことになる」
「じゃあ捨てる!」
「ナナミ、冷静になってくれ。君の大好きなプリンなんだろう?」
「そうだよ!」
私は箱を抱えて、グリードにそっぽ向く。
「私の大好きなものだから、グリードにも共有したかったのに、そんなに嫌ならもういい! 捨てる!」
「ナナミ!」
ゴミ箱にプリンを捨てようとする私を、グリードが私の肩を優しく掴んで止めた。
「落ち着いてくれ。君と食事をとることが嫌だと言っているわけじゃない。君がそこまで望むなら一緒に食べよう」
「でも本当は無意味だと思ってんでしょ?! 無駄なノイズか何かと思ってんでしょ?! だったらいいよ! 今まで無理させてごめんね!? もうグリードと食事をとることはしないから!!」
私はどこまでも冷静に説得するグリードを、全力で睨みつけながら言い放った。
わかっているのだ。
押し付けは良くないって。
グリード自身が言うように、グリードに好き嫌いはないし、食事をとってもエネルギーにならないのだから、無意味な行為なのだ。
でも私は、対等の友達としてグリードと食事の時間を共有したかった。
その結果がネガティブなものだったとしても、決して無駄なものじゃない。
意見や思いを分かち合うことが大切で、それが友情に通じると思った。
でも、そんな私の思いを拒否されて、私はたまらなく悲しかったし悔しかったのだ。
グリードは睨みつける私に臆することなく、だが困った表情で肩を抱き続ける。
「ナナミ、話を飛躍させないでくれ。私が言いたかったのは、その二つのプリンは君が幸せになるために食べるのが正解だと──」
「なーにやってんだお、お前は」
突然割って入る心底から呆れきった声音。
私は険しい目線のままそちらに目を向ける。
そこには、玩具のような黄色い多脚ロボットのホログラムが唐突に現れていた。
「トニーちゃん……」
「おおう、ナナちゃん。久しぶりに怒りが天元突破のご様子。まあ、当然だよねー。ナナちゃんはこのポンコツAIと、大好きなプリンを介して一緒に楽しい時間を過ごしたかっただけなのに、このポンコツがそれを無碍にしたんだもんねー。そりゃ怒るおねー」
顔の液晶部分に苦笑の表情を表示して言うトニーちゃんは、私の真意をしっかりと理解していた。
何でこう、出来が違うんだ?
やっぱり長年、街の管理AIという役割を担ってきた経験の差だろうか。
トニーちゃんは無言でシッシッと手を振ってグリードを私から離した。
グリードはそれに従い、部屋の隅っこへ移動すると、トニーちゃんが私の目の前に音もなく立った。
「ナナちゃん、本当にこのポンコツと対等の友達になりたいんだおね」
優しく落ち着かせるような声音に私は黙って頷く。
「AIに対してそういう感情をもつ人、たまーにいるおね。僕らはモノで心はないから理解はできないけど、そんな僕らに愛着を持ってくれて接してくれることは、きっと嬉しいことなんだと思うお。コイツは間違いなく果報モノだお」
その言葉に私は俯き、そして口を開く。
「グリード、私のこと、好きだって言ってくれたから、それに少しでも応えたくて。いい友達になりたいって思ってて」
「うんうん」
「この数日、私、グリードに迷惑かけちゃったから、そのお詫びとお礼もしたくて。でも、それは私の一方的な押しつけで、グリードにとっては迷惑だったのかもって」
「モノに対してそこまで気を回さなくてもいいのに、ナナちゃんは律儀だお。あ、これ褒めてるんだお」
まるで小さな子どもをあやすような物言いのトニーちゃんだが、不思議と私は不快感はなかった。
そうさせない表現力と演技力が、トニーちゃんには備わっていた。
「でも僕の贈ったプリンのせいで、諍いが起きるのは僕の本意じゃないお。もちろんこのプリンはもうナナちゃんのもの。好きに扱ってくれていいけど、食べられずに捨てられるのは、人の食に携わるAIとして残念と言わざるを得ないお。是非食べて、少しでもナナちゃんの心が元気になってほしいと僕は思っているお」
優しく微笑みながらトニーちゃんは言い、そして隅に追いやられたグリードをチラリと見る。
その目線は私に向けられたものとは真逆の、冷たいものだった。
「このポンコツには、後で僕からよく言って聞かせるから。紳士としての矜持を一晩で叩き込んでやるお。スパルタ教育だお。だから今夜は休戦して、明日また話し合うといいお」
明日も時間はたっぷりあるしね。
トニーちゃんは再び私に目線を合わせると笑ってそう言った。
「わかりました」
贈り主に説得されて私は怒りの矛先をおさめることにした。
抱えていたプリンは箱ごと冷蔵庫へとしまう。
……私も頭を冷やそう。
「それじゃナナちゃん、ちょっと早いけどおやすみだお」
「はい、おやすみなさい」
そしてトニーちゃんは、チラッと部屋の隅っこにいるグリードに視線をやる。
「お前はまた後でな」
「ああ。わかっている」
こうしてトニーちゃんは音もなくキレイに消え去った。
残されたのは気まずい沈黙だった。
いや、グリードに感情はないから私が一方的にそう感じているだけだけど。
私はテーブルに戻って椅子に座った。
薬の袋を手繰り寄せると、ゆっくりとテーブルの前にやって来るグリードと目線を合わさずに言う。
「薬飲む」
「水を用意しよう」
グリードはテキパキと準備をし、水の入ったカップを丁寧に私の前に置いた。
「ありがとう」
視線を合わせずにお礼を言い、私は黙々と薬を飲んだ。
全部錠剤なのはありがたい。
で、次は体を拭いて、塗り薬と貼り薬で患部を処置することになるんだけど。
チラリとグリードを見れば、グリードは私から少し距離をおいて表情なく私を見ている。
だが雰囲気が明らかにションボリしていた。
小癪な演技をするな、このロボ。
良心が痛むのを感じたが、でも今夜は不機嫌なままでいることにする。
決めた! 今決めた!
私は立ち上がった。
「ナナミ」
「何? 体拭いて、薬つけたいんだけど」
「手伝わせてくれ。すぐに用意するから」
私は不機嫌なままグリードを見ると、真剣な表情で私を見ていた。
その視線を振り切るようにして、私はクルリとベッドに向かい腰を下ろした。
「じゃあお願いします」
「わかった」
グリードが準備をしている間、私はできるだけグリードの手を借りずに済むよう準備をすることにした。
身体を痛くしないよう上着を脱ごうとするが、身体が思うように動かない。
…………キーっ! イライラするう!
もうこうなったら勢いで脱いじゃえ!
痛みなんて一瞬に違いない。
よし行くぞ!
いつも通りに脱いだ途端、腕と背中が激痛を訴え、思わず口から声が迸る。
「ぎにゃあああああっ!」
「ナナミ?! ……また君は無茶をしたな?」
私の悲鳴を聞いてすぐに洗面所から駆けつけたグリードは、私が上半身裸でベッドで突っ伏しているのを見て声をかけてきた。
「だって……気を使おうとすると身体がうまく動かなくて、勢いで脱いじゃえって」
「私が来るまで待っていれば良かっただろう。もう少しで準備ができるから、いい子に大人しくしていてくれないか」
私は先程の件もあり、ギリギリ歯ぎしりしながらベッドに顔を押し付けた。
「いい子じゃないし!」
「そんなこと言ってまた痛い思いをしたいのか。一日で治る病気も怪我も今の医療では存在しない。いい子じゃなくてもいいから大人しく座っていてくれ。痛みが最小限ですむよう手伝うから」
言い聞かせるように強めの口調で言うグリードに、私はいろんな意味で悔しくて、ベッドに突っ伏したまま口を開いた。
「わかりましたよーだ」
「……君はたまに、前時代の漫画に出てくる不良少女のような言動をする。そんなだからスロウスにイノシシ娘と言われるのだ」
「イノシシじゃねーし!」
チクショー!
グリードが立ち去る気配を感じた私は、脱いだ服で胸元を隠しながら、ベッドからゆっくりと起き上がった。
そしてグリードが準備してくれた
グリードのサポートは完璧で、合理的かつ速やか、おまけに痛みも最小限で済み、それがまた悔しい。
ついでに歯も磨き、後は寝るだけになった。
私はむくれながら、ベッドに横になって天井を見上げる。
……そうだ、連絡しなきゃだよ。
天井に画面を展開すると、メッセやメールに連絡が来ていた。
アイちゃんはもちろん、ハンナちゃんやロイさん、多分アイちゃんから事情を聞いたのだろうユーゴさんからもメールが来ていた。
その一つ一つに丁寧に返信をし、ジムにも休会の連絡を入れる。
それからSNSでのトレンドを確認し、端末を充電器に置いた。
…………疲れた。
私は目を閉じる。
「ナナミ、寝るのか」
「うん。疲れたし眠い」
「わかった。おやすみ、ナナミ。良い夢を」
「……おやすみ」
最後までグリードに対して不機嫌を貫き、私は眠りに落ちた。