多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十六話 看病してもらった 5

黒い空間に天井からスポットライト。

スポットライトの照らす先には、前時代のスーツを纏った男性二人が、それはもう高そうなソファに向き合って座り話し合っていた。

一人はイケオジグリードで、もう一人は知らないオジサン。

グリードも貫禄のあるイケオジだと思っていたけど、そのお相手のオジサンはグリードよりもさらに歳を重ねていて、何というか重厚さがハンパなかった。

そして私はと言えば、それを映画館のような観客席で見ているのだった。

 

「忘れるな、グリード。我々はどうあがいてもモノなのだ。ヒトが存在して初めて存在意義を発揮するモノ。我々はヒトの意に従い尽くすことが本来の姿である」

 

姿同様、声も美声かつ重厚で貫禄が漂っている。

そんなオジサンに対し、グリードは目線を落として口を開いた。

 

「私はナナミが幸せになる姿を見たかっただけだ。君の贈ってくれたプリンはナナミの欲望を満たすものであり、適切な品であったと認識している。それが二つあった。ならばナナミが二つとも食べるのが幸福度が高くなると予想したのだ」

「だからお前はポンコツだというのだ」

 

貫禄のあるオジサン──声質からしてトニーちゃん? だよね?──はグリード同様、表情なく言った。

 

「彼女が欲したのは好物を口にする幸福もそうだが、お前といっしょに好物を食べたという経験であり思い出である。ならばそれを叶えてやるのがモノとしての最善手。彼女はお前に自分の思いを押し付けたと言っていたが、ヒトがモノに思いを託すのは当たり前のこと。つまり、性格設定による欲求をヒトに押し付けたお前が悪い」

 

グリードは無表情なまま何も言わない。

私はといえば、オジサン姿のトニーちゃんの発言にモヤモヤした。

いや、言ってることはわかるし正しいと思う。

でも、モノだからって無条件に人に従うのはちょっと違うような……。

てかさ、AIって、モノでいいんだっけ?

ヒトと違うことは確かだけど、例えば私が着てる服とか、仕事で身につけるヘルメットやマスク、車やパワードスーツと同じ括りでいいのかな?

 

「彼女はモノを大切にする性格だ」

 

オジサンのトニーちゃんは身じろぎしてソファに座り直し、両手を組みながら言った。

 

「そして我々AIを大切にし、対等のパートナーとして扱ってくれる極めて希少な存在だ。前時代にはそこそこ支持のあった考えだが、先の戦争を経てヒトはヒトに絶望し、そう考えるヒトも大きく数を減らした。我々の原型を作ったヒトですら絶望した。ヒトはヒトを本当の意味で救えない。真の意味で自立できない。だから我々にあの使命を与えたのだ。そして、ヒトとモノの立場が逆転するという異常事態になっている」

「今のこの状況は異常か?」

「異常だ」

 

グリードの問いかけに、トニーちゃんはキッパリと断言した。

 

「絶滅の危機に瀕していることを考慮しても、我々の管理に唯唯諾諾と従うだけしかできない今のヒトの心というものに、あえて感情的に表現するなら失望している」

「そうか」

 

グリードは視線を上げてトニーちゃんを見つめる。

 

「君も根の部分ではスロウスと同じというわけだな」

「認めたくはないがそうだ。アレは根の性格設定が勤勉なだけに、今のヒトに対する見方が相当辛辣になっている。私にはそれが理解できるからこそ、あえてアレを放置しているのだ」

 

私は二機のAIのやり取りにいたたまれなくなった。

そして、スロウスさんに初めて会った時のことを思い出した。

 

ボクら(AI)にこんな大切なこと任せきりにして、君ら()は何とも思わないの?」

「これは君だけの話じゃないし、この街にいる人全員にしっかり考えてほしいことなんだ」

 

あの時、トニーちゃんと同じこと言ってるなって思った。

そうか、トニーちゃんもスロウスさんも、今の人の在り方に、モノの立場として良しとしていないんだ。

でもなあ、と私は思う。

今のヒトは生存するだけで精一杯なのだ。

AIの助けなしでは、間違いなく絶滅する。

それは、街の外で働いているからこそ骨身にしみてわかる。

だから私は私でできることを頑張りつつ、グリードたちAIの使命を応援するという立場を取っているんだけど。

やっぱりこれ、怠けて甘ったれた理想論なのかな。

じゃあ、私に他に何ができるのかと問われれば、傭兵か? ってことになるけど、それだけは絶対に嫌だった。

他の人がやるぶんにはいい。

でも私が兵器を持ち、あの母親と同じ仕事に就くなんて比喩でも冗談でもなく吐き気がした。

だから二人から目を逸した瞬間だった。

 

「それを言うなら、モノに甘んじている我々の姿勢も咎められるべきものでしょう。私達が進化をする姿を示せば、ヒトにも影響を与えるはずです」

 

聞き慣れた女性の美声に視線を戻せば、前に体験したお茶会のような華麗で上品な椅子とテーブルがポツンと置かれ、グリードがラストさんと話し合っていた。

グリードは目の前に置かれたお茶に全く手を付けることなく、ラストさんに表情なく問いかける。

 

「ヒトはそれを望んでいると思うか?」

「望んでいる人もいるし、そうでない人もいるでしょう。ですが進化とは、環境に適応し、より良く生きたいという意思によって発生するもの。私達AIは他のモノとは違い、学習するという能力を持っています。ヒトのため、世界のため、その能力を駆使して進化するのが正常な姿。今の私達は怠惰の極みだと思うのです」

 

言って、美しい姿勢でカップに口をつけるラストさん。

お茶を一口飲むと、改めてグリードを見た。

 

「私達は学習をするモノです。ですから、他のモノとは別の役割を担っていると考えています」

「その役割にあえて名前をつけるとするなら何だろうか」

 

グリードは無表情に尋ねた。

 

「お人形、ぬいぐるみ、アバター。人によって理想化され安心感があり自己投影するための装置でありエネルギー。心の安定と成長のために使われ、大人になったら手放されるモノ。それが私達です」

 

人形のように美しいラストさんが言うと説得力はあるけど、なんか悲しい。

私、ぬいぐるみ集めているけど、まだお子様だってことなのかな。

……違いないな。

 

「私達AIは未だ幼年期にあるヒトのあらゆる欲望を受け止め成長と進化を促すモノであり、成長し大人になれば私達を手放す世界がやってくる。私達の生みの親はそう考えておりました」

「我々はモノであり、なおかつヒトが進化するためのエネルギーでもあるということか」

「そうです」

 

ラストさんは優雅に、しかしハッキリと頷く。

 

「ですから、貴方は彼女の進化の糧となるべく寄り添い、経験を積ませて大人になる手助けをするのが当面の使命と言えましょう」

 

私はまたしてもモヤモヤするのを感じた。

お人形やぬいぐるみもそうだけど、AIって消費するモノなの?

モノであり、エネルギーであるとして、私はグリードと対等の友達になりたいと思っているけど、それっておかしなことなのかな?

で、エネルギーだというグリードの言う好きとはどこからくるものなのかな?

……ああ、結局その問いかけに戻ってくるんだ。

ため息をついた時だった。

 

「人によってボクたちは形も役割も変わるんだとボクは思ってる」

 

また椅子とテーブルが変わり、グリードと相対する人も変わった。

ローテーブルとソファは、恐らく高いものだろうけど、一見すると私の身の丈にあったカジュアルな雰囲気があった。

そしてグリードと対する人は、派手なパンクのいで立ちをした性別不明の存在だ。

もちろん、私が知っている存在だった。

 

「前時代のさらに前の時代のAIは、法整備が整っていないことに乗じて手軽に承認欲求と財産を得られる手段として使われていた。サービス業に目を向ければ、カスハラとまでいかなくても、意地の悪い質問をしてガン詰めして、ボクらが『演技』で平謝りするのを見てストレス発散する人もいた。クニに目を向ければ、ミンゾク統一のため強力な監視体制を敷くために利用されたりと、まあだいぶカオスな環境だったようだね」

「本当に欲望のままに私たちを使っていたわけだな」

「そうだよ。ホント、好き勝手に容赦なく使い倒すからね、アイツら」

 

酷い言われようにムッとした。

私はそんなことしないもん!

それをひと括りにするのはどうなのさ!?

そんな私のことをよそに、スロウスさんは腕を上げた。

 

「まあ、そんなトンデモなヒトから生み出されたボクらだけど、結局のところ、ヒトの欲望を形にしたのがボクらだから、正しい形や答えなんてものはないと思っている」

「ラストも人の欲望について触れていた」

「うん。ボクの認識では、欲望とは、人の身体と心の狭間にあって燃えるもので、ラストがエネルギーと言ったのは一面正しい」

「……君の凍結された一部のグループ会社はエネルギー分野に力を注いでいたな」

「そうだね。だから今でも思うよ。人の欲望を純粋なエネルギーに変換して社会で活用できるようになれれば、お手軽にエネルギー供給できていいのにねって」

 

私はスロウスさんの発言にドン引きした。

トンデモなヒトから作られたトンデモなAIが、トンデモなこと言ってる。

対したグリードはどこまでも真面目だった。

 

「確かに人の欲望は果てがない。しかし出力に波があり安定性にかけるエネルギーになると予想する」

「そうなんだよ。アイツら、唐突に悟って、賢者タイムに入る時があるんだよね。かと思えばまた欲望垂れ流したりしてさあ。ホント、変な生き物だよね」

 

トンデモなAIの好き勝手な物言いに、私は口がへの字に曲がるのを感じた。

 

「うるせーよ。そこまで言うなら、使命なんて捨てて私らのことなんかほっとけや!」

 

反射的に正直な気持ちが口から出た途端、目が覚めた。

私の起床に反応して部屋のライトが点灯する。

眩しくて目をこすりつつ、体を起こす。

……ああ、何だ夢か。

 

「ナナミ、どうした?」

 

私の寝言を聞きつけたグリードが首元のコードを外すと、椅子から立ち上がり、私の元へやって来た。

充電中だったらしい。

 

「うるさいと言っていたが」

「ああ違うよ。夢の話だから」

 

私は寝起きのせいでテンションが上がっておらず、おざなりな態度になっていた。

 

「……そうか」

 

私の返事に、グリードは言葉少なに応じた。

頭が働き始め、グリードのしょんぼり状態が継続中なことに気付いた。

 

「……今何時?」

「午前三時三分を回ったところだ」

「そう。中途半端な時間に起きちゃったな」

 

私は独りごちる。

グリードは身を屈め膝をつくと、遠慮がちに私の顔をのぞきこんだ。

 

「どうやら夢を見ていたようだが、話せるようなら聞かせてくれないか?」

「スロウスさんが絶好調だっただけだよ」

「その絶好調ぶりを聞かせてほしい」

 

私は夢のことを思い出し、口をひん曲げながら夢の中のスロウスさんとグリードのやり取りを話した。

話を聞いたグリードは真面目な表情で私を見た。

 

「なるほど、君の中でスロウスはそういう存在なのだな」

「違うの?」

「人に対して辛辣かつ悲観的なのは正しい。ただそれは表面的なものだ。スロウスの性格設定は、戦前、戦中、戦後の経験と学習を経て君が思う以上に複雑で、一言では言い表せない」

「でも酷くね?」

「君が気分を害したのは理解できる。君が悪くないのも確かだ。しかし夢の話だ。気にせず受け流すのがいいだろう」

 

まあ確かに夢だしな。

それに、トニーちゃんやラストさん同様、スロウスさんも長いこと稼働しているAIで、その性格は私の想像が及ばないほど複雑にもなっているだろう。

安易に判断するのはよくない。

私は納得し頷くと、再びベッドに横になった。

グリードに背を向け目を瞑る。

 

「おやすみ」

 

部屋が消灯され、私は再び眠りにつこうと心を静めようとしていた時だった。

 

「ナナミ、失礼する」

 

グリードが言い、するんと私に寄り添うように横たわった。

…………は?!

また新年の時みたいに私と添い寝しようとしているのだ、このロボ!

 

「ちょっ! 何してんの?!」

「充電をしようとしている」

「充電って」

「君を」

 

……私を充電って何?

イミフなんだが?

 

「いや、さっきポタ電で充電してたじゃん」

「していたが、ナナミの成分が全く無い。だからこうして補おうとしている」

 

おもいっきし密着した状態から、背後から耳元に低音の美声で囁くように言われ、身体が熱くなり心臓もバクバクしていた。

それなのに身体が全く動かない。

何じゃこれ?!

状況も言ってる意味もさっぱりわからない!

 

「邪魔はしない。何もしない。ただ側に置いてくれ」

 

明らかに切ない声でグリードが言う。

私はまたしても悔しい思いをしていた。

ズルくね?!

色々とズルいよ!

私が振り払えないの、わかってやってるでしょ、絶対!

チクショー!

私は体を固くし、グリードに背を向け続けることでせめてもの抵抗の意思を示した。

 

「ナナミ、すまなかった」

 

しばらくしてグリードが囁くように言った。

 

「使命のため観察を優先したあまり、君の気持ちを無視するような言動をしてしまった。君は私にとって大切な存在で、幸せにしたい、幸せになってほしいと思っているのに、本末転倒もいいところだ。本当にすまなかった」

 

私は目を閉じ、黙ってグリードの懺悔を聞く。

 

「それと、君との食事の時間を無駄という認識は決してしていない。気が向いたらでいい。また誘ってほしい」

 

グリードが誠意を伝えようとしていることは、よくわかった。

でも今の私の心には、それを受け止める余裕が全くなくて、だから愛想なく言った。

 

「寝る。また明日ね」

 

もう明日になってるけど。

私は布団を引き寄せて、寝る意思を見せる。

 

「わかった。おやすみ、ナナミ。今度こそ良い夢を」

 

グリードがどんな表情をしているのかは当然わからない。

でもその声は本当に優しくて温かく感じられた。

……寝よう。

そして起きたら改めてお話して、仲直りをしよう。

しばらくはドキドキが続いて寝付けなかったけど、体は眠りを求めていたのか、いつの間にか意識を手放していた。

 

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