多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十六話 看病してもらった 6

聞き慣れた目覚ましの音で目が覚めた。

朝六時のアラームだ。

……何かおかしい。

てか、背中に重量のある気配があるんだが。

寝返りを打とうと体を動かすと、薬が切れた身体が痛みを訴える。

でも昨日ほどじゃない。

だから頑張って寝返りを打った瞬間。

 

「おはよう、ナナミ。現在の時刻は午前六時を回ったところだ」

 

イケオジグリードが寝そべりながら言った。

私は寝起きで頭が働かず、状況が全く理解できなかった。

何でグリードが添い寝してんだ?

……あ! そうか、昨日っていうか今日だけど、真夜中に起きて、そしたらグリードがイミフな理由つけて添い寝してきたんだった。

結局今の今まで添い寝してんか、このロボ。

まあ宣言通り、何もせずにただ側にいただけようだが。

うん! よし! 状況は理解できた!

私は生真面目に応じた。

 

「おはよう、グリード。起きたいから退いてくれる?」

「わかった。洗顔の準備をしよう」

 

グリードはスルリと起き上がると、スタスタと洗面台へと向かった。

私はそれを見送り、体を起こす。

寝そべる姿も起き上がる姿もスマートとは、本当にズルいロボだよ。

イケオジがストライクゾーンじゃなくて本当に良かった。

そうでなきゃ姿形だけで絆されてたからな、絶対に!

私はチョロいのだ。

チクショー、いつか見返す。

私は密かに決意を固めていると、グリード洗顔セットを持って戻ってきた。

ホカホカのタオルは気持ちいいんだけど、ケガした部分はまだ痛い。

顔を拭き終わり、端末で自分の顔を映し出す。

……あー、まだ腫れてんなー。

青あざもハッキリ出てるし、化粧でも消せんぞ、これ。

そもそも、そんな高度な技術も持っていないし。

私がため息をつくと、グリードが私のもとに跪き、顔をのぞき込んだ。

 

「顔の腫れと青あざは、明後日の出勤までには大分引くとのことだ。とにかく安静にするのが一番治りが早い。今日も安静にしていてくれ」

「わかったよ」

 

素直に頷くと、グリードが洗顔セットを回収して立ち上がった。

 

「朝食の準備をしてくる。立てるか?」

「大丈夫だよ。立てる」

 

言って、私もゆっくりと立ち上がった。

そしてテーブルの椅子に腰掛ける。

それを見届けたグリードは無駄のない動きで洗顔セットを片付け、朝食の準備に取りかかった。

と言っても、液体の完全栄養食をお皿に移して温めるだけだけど。

そうしてグリードは完全栄養食とスプーンを持って、私の目の前に置いた。

 

「今日から半固形状のものに切り替えた。味はコンソメ風味だそうだ」

「ふーん。……今更思うんだけどさ」

「何だ?」

「コンソメってなんだろうね」

 

スナック菓子でも定番の味として知られているし、チェーン店のレストランのスープでも置いていない店はない。

美味しいなーで済ませて、正体について深く突っ込むことはなかった。

 

「コンソメ。前時代のとある国の言葉で『完成された』という意味を持つ琥珀色の透明なスープのこと。原材料は肉や香味野菜のエキスを抽出しただし汁『ブイヨン』であり、それをさらに材料を加えて煮詰めたものがコンソメになる」

 

素早く検索したであろうグリードが、スラスラと解説をする。

 

「そっか」

 

黄金色のスープの中に固形物が何個も浮いている。

パンっぽいけど、これが腹持ちを良くする上に栄養の塊なのだろう。

ま、何はともあれ。

 

「いただきます」

 

私はスプーンを持ち、スープとパンらしきものを一緒に食べた。

うん、普通に美味しい。

私は黙々と食べていたが、何か部屋が静かなのが気になって、毎朝見ているネットのニュース番組を立ち上げた。

いつもBGMがわりにしているのだ。

街のニュースは、オリジナルと呼ばれる私のような一般人と、サイバネティクス技術を施した人──機械化、薬物、遺伝子はもちろん、デザインチャイルドも含まれる──との格差問題を取り上げていた。

思わず食べる手が止まる。

今の私に思いっきし関係のある話題だった。

このケガをした事件のもとを辿れば、この問題に突き当たるからだ。

お金をかけたサイバネティクスたちと、特に手を加えていないオリジナルとでは、才能に大きな差が出る。

特に高等教育の分野や大企業(メジャー)への就職、スポーツや芸術の分野への進出などが顕著だ。

だからオリジナルは時間と努力でその差を詰めようとするけど、結局お金と運がなければ選択肢をなくしてしまう。

その選択肢を奇跡的に手に入れたのが私の父であり、手に入れられずに絶望の末に街を捨てようとしたのがケンカ相手の恋人だった。

 

「今の君にピンポイントのニュースだな」

 

無感情にグリードが言う。

 

「うん。でも、オリジナルだろうがサイバネだろうが、幸せになれるかどうかは別問題だと思う。もちろん、自分が望む選択肢を選び取ってその道を進むことができた方がいいけどさ」

「そうだな。仮にこぼれ落ちても、代替となる選択肢を増やすことができれば、多少は救いになると私は予測しているが、なかなか予算が取れず法整備も進んでいないのが現状だ」

「時間、かかりそうだね」

「多様性の弱点だ。多様性を実現するには金と時間という貴重かつ有限の資産が絶対必須なのだ」

「はあ、そっか……ままならないねー」

 

グリードの現実的な結論に、私はため息をついた。

ニュースは既に別の話題に移っており、私は再び食事に専念することにした。

そして食事終了。

すかさずグリードが薬とお水を提供した。

手際がいい。

私は薬を飲み、しばらく芸能ニュースとショートアニメを見てネットを落とした。

私は片付けを終えて待機するグリードを見つめる。

 

「グリード」

「何だ?」

「ここ、座ってください」

 

私は向かいの席を軽く叩いて促した。

 

「わかった」

 

グリードは素直に着席し、私は意識してしかめっ面な表情を作った。

 

「昨日のことでお話があります」

「そうだろうと予測していた」

「昨日ってか今日、グリード謝ってたけど、私からも謝りたいことがあります」

「君に謝罪されることなどないが?」

「あります」

 

私は生真面目な態度を崩さず、グリードの機械の目を見つめた。

 

「グリードに私の意思を押し付けるようなことして、無理を言ってすみませんでした」

 

言って私はペコリと頭を下げた。

 

「ナナミ」

「グリードは悪くないです。私がワガママ言って思い通りにならないからってキレて、あんなことになりました。本当にすみませんでした」

「ナナミ、頭を上げてくれ。君は何一つ悪くない。六時間ほど前にも言ったが、使命を優先するあまり君の気持ちを軽視した私の落ち度だ」

 

私は頭を下げたままグリードの話を聞く。

 

「君が私と対等の友達になりたいという望みがあることを失念していた。あの時の最適解は、君と一緒に食事を取ることだったのだ。私こそすまなかった。どうか許してほしい」

 

私はゆっくりと頭を上げた。

グリードの目は声同様、真摯なものだった。

その目が不意に和む。

 

「グラトニーのプリンは、今日の夕飯のあとに一緒に食べないか?」

「……いいの? 嫌じゃないの?」

「食事に対しては好きも嫌いもない。だが私と一緒に食事をしたいという君の望みを叶えたい。そして君がどんな反応をするのか見てみたい」

 

グリードのその言葉に私は思わず笑った。

やっぱ観察のためじゃん。

本当に使命に真面目で忠実なんだから。

でもそれがグリードだ。

そして人に絶望した人に課せられた使命は、グリードという存在を作る一番大事な要素なのだ。

それを私は軽んじてはいけない。

 

「ナナミ?」

「うん、いいよ。夕飯食べ終わったら一緒に食べよ。だから仲直りしよう」

 

グリードの表情が目に見えて明るくなった。

思わず息をのむ。

演技とは思えないほど、その整った顔に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 

「もちろんだ。私はまだまだ未熟で経験不足のAIだが、これからも仲良くしてくれたら嬉しい。改めてよろしく頼む」

「うん! こちらこそよろしくね!」

 

私は心から笑顔になって右手をグリードに差し出した。

 

「仲直りの握手」

「ああ」

 

私達は笑顔で握手をした。

こうして無事にグリードと仲直りすることができた。

良かった。

心のつっかえが取れた上に軽くなった気がした。

で、塗り薬と貼り薬をグリードに手伝ってもらって交換し、会社に改めて休みを取ることになったことを謝罪した。

会社の総務の人は心配してくれているようで、ケガの理由が理由だけに、心から申し訳なく思った。

連絡を終え、ベッドにゴロリと横になる。

ぼんやりと天井を見上げた。

……暇だ。

どうしようもなく暇だ。

 

「暇」

「それが安静というものだ」

「でも飽きた。つまんない」

「飽きるとかつまらないとかいう話ではない。早くケガを治したいのだろう? なら安静にしていてくれ」

 

グリードは仕事に取り掛かろうとしていて、その端正な顔は無表情だったが、声音には窘める響きがあった。

わかってますよー。

大人しくしているほうがケガの治りは早いって。

でもなー。

私は眉を寄せて、この退屈からの脱出を考える。

再び端末を手にすると、SNSで情報収集を始めることにした。

と、SNSのトレンド上位に上がっていた文字に私は目を見開き声を上げた。

 

「えっ?!」

 

体の痛みを無視して飛び起きる。

胸がドキドキして呼吸が早くなる。

 

「『金波のリュカと銀波のクリスティ』の続きが最終回まで発掘され、漫画愛好家の間で話題に」

 

その文字が輝いて見えた。

あの未完の名作の続きが発掘され、最終回まで読めるというのだ!

 

「おおおおおおっ!!」

 

私は笑顔と共に歓声をあげて端末を掲げた。

リュカとクリスティの物語の続きが読める!!

キタキタキタキタあああああっ!!

SNSで検索すると、私と同じく待ちぼうけをしていた同志諸君が喝采をあげていた。

早速展開の予想や、キャラやストーリーへの愛を語るコメントで溢れていたし、発掘に尽力してくれた傭兵や資源収集員への感謝の言葉に満ちていた。

ああ! ここは暖かく幸せな時間と空間で満ちている!

心がポカポカ温かくなり、体に力が漲るのを感じた。

生きよう!

私は固く決心をする。

そんで、金波銀波の続きを見るために元気になろう!

 

「ナナミ」

 

私の様子を不審に思ったのだろうグリードが声をかけてきた。

 

「どうした? 今の君は安静状態とは程遠い、いわゆる興奮状態になっているようだが」

「金波銀波の続きが発掘された!!」

 

私は端末をグリードにグイッと見せつけながら言った。

 

「発行元の『レトロ・フローラリア』からも連載再開するってコメントが正式にあって、ガセじゃないって! めっちゃ気になる所で終わってたからもどかしくてさあ! その続きが見れるんだよ!? こんなに嬉しいニュース久しぶりすぎ! 生きててマジ良かったあっ!!」

 

興奮し早口でまくしたてる私に、グリードは椅子から立ち上がり空中に画面を展開する。

 

「金波銀波。去年のクリスマスの時に行ったアパテイア深海水族館で教えてくれた未完の漫画の略称。そうか、続きが発掘されたのだな」

「そうだよ! 完結を見届けるまで絶対に死なないからね、私!」

「生きる目的があるのは良いことだ」

 

四角四面に応じるグリード。

その時、私の頭に閃くものがあった。

 

「そうだ! 今日は金波銀波を読み直そっと! 然るべきときに向けて復習しとかないとねっ!」

「安静にしてくれるのなら止めない」

「するする! 大人しく読んでるから!」

「……わかった」

 

こうして謹慎二日目は金波銀波の復習に費やすことになった。

再びベッドにゴロリと横になる。

しばらくは同好同志諸君とSNSで喜びを分かち合い、そして気持ちが落ち着いたところで、金波銀波を最初から読み直すことにした。

 

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