多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十六話 看病してもらった 7

『金波のリュカと銀波のクリスティ』、略して金波銀波は、前時代に制作された海洋ラブロマンスの少女漫画だ。

星の殆どが海水で覆われ陸上がほぼない世界で、水上で生活をする金波の一族の少年、リュカ。

狭い陸上で細々と暮らす銀波の一族の少女、クリスティ。

種族の違う二人が嵐に巻き込まれてとある島に漂着。

二人は出会い、協力して発見した洞窟を探索することになった。その最深部で二人は二つの宝石を見つける。

嫌な予感がした二人だが、その宝石は指輪となって二人の指に嵌ってしまった。

取ることができず、仕方なく二人は指輪を持ち帰り、仲良くなった二人は、また会うことを約束してそれぞれの日常に戻っていった。

しかし! 二人は予期せぬ形で再会する!

領海と深海に眠る海洋資源を巡って、二つの種族で戦争がおこったのだ!

二人は敵対し一度は戦うものの、お互いにとどめを刺すに至らず撤退。

二人はその時に恋心に気付き、もう一度会って話し合いたいと願うようになる。

様々な妨害にあうものの、恋する二人は知恵と勇気を振り絞って秘密裏に再会することができたのだった!

 

というところで終わっていた。

考察勢のストーリー予想も気になるが、私は純粋にリュカとクリスティの恋の行方の方がずっとずっと気になっていた。

二人の軽妙なやり取りが面白い上に心地よくて、お似合いのカップルだなって思っていて、是が非でも結ばれて幸せになってほしいと思っているのだ。

……でも久しぶりに読み返してみると、結構忘れているところが多いし謎が満載だな?

 

「ナナミ、昼食の時間だ」

 

私の思考を断ち切る事務的な声の主を見る。

 

「もうそんな時間?」

「そんな時間だ。空腹でないなら時間をずらすか?」

「や、食べるよ。同じ姿勢でずっといたから疲れた」

「わかった。準備するから待っていてくれ」

 

私は電子本を閉じベッドから降りると、グリードが昼食を持ってやってきた。

テーブルの上に置いたそれは、液体完全栄養食コンポタ風味だった。

トウモロコシの芳しい香りを堪能する。

 

「さあ昼食をどうぞ」

「うん。いただきます」

 

私はスプーンを手に取り、コンポタ風味の完全栄養食に挑んだ。

結果は圧勝!

あっという間に食べ終わりました。

普通に美味しかったです。

 

「ごちそうさまでした、と」

「では薬をどうぞ」

 

流れるようにグリードが薬と水を提供する。

私は薬を飲み、塗り薬をつけ直して再びベッドに戻った。

 

「午後も金波銀波三昧で過ごすのか?」

「うん。でも少しお昼寝する」

 

読むのに集中して少し疲れたのだ。

 

「そうか」

 

私がベッドに横になると、グリードがベッドにやって来て私の隣に自然と腰掛けた。

私はわずかに眉を寄せる。

 

「グリードさん?」

「何だ? 寝ないのか?」

「寝るよ。でも何でグリードがここに来てるの?」

「私も昼寝をするからだ」

 

しれっと言うグリードに私は眉をはっきり寄せた。

 

「ロボに昼寝は必要ないよね?」

「君に付き添いたいと思っている。昨夜のような不愉快な夢を見た時に、すぐにサポートをしたいのだ。……嫌か? 私の存在は不快か?」

「またそういう言い方するう」

 

悲しそうに言うグリードに私は罪悪感に苛まれた。

するとグリードが右手をベッドにいるぬいぐるみたちに向けた。

 

「私はこのぬいぐるみと同じ存在だと思ってほしい。眠る君の側にいて君を見守りたいのだ」

「このぬいぐるみたちにそんな使命はないよ。ただそこにいるだけだよ」

「ぬいぐるみの偉大なところはそこだ。ただいるだけで君に安心をもたらし癒すことができる。私もナナミにとってそういう存在になりたい」

 

真摯な姿勢で言われて私は口を噤んだ。

グリードに他意はない。

何度も言うが、グリードはロボでAIだ。

ロボやAIに繁殖というしがらみはない。

好きも嫌いもない。

本当に私のそばにいて、私を幸せにしたいという使命によって動いているに過ぎない。

そのことに安心感を持つと同時に寂しさも感じた。

……いや、寂しいって何さ。

安心。

大いに結構なことじゃないか。

今の私に必要なのは、安心、安全、安静だ。

それよりも。

 

「グリードが添い寝するとベッドが狭くなるんだよ」

「だからいいのではないか。人は温かいものに接していると心が安らぐという。私のボディも人ほどではないが放熱をしており、ナナミに安心感をもたらす手助けとなるはずだ」

 

アンドロイドのボディは、お金をかけて高性能になればなるほど人に近くなる。

グリードは、大企業である一鍔重機の重役にして管理AI、つまりとんでもなくお金持ちだ。

ましてや変態企業と名高い企業さんが製造したボディは、市販のアンドロイドとは性能のレベルが段違いだろう。

グリードは寝そべると、私の顔をのぞき込んだ。

たまらず言う。

 

「だから! これって友達の距離感じゃないんだってば!」

「承知している。だからこのまま何もしない。頼むから君のそばに置いてくれ」

 

切実な表情と声で言われて、心が軋む音を聞いた。

……ああー! もおー!

仕方ない、本っ当に仕方ないっ!

私は大きくため息をつき、体ごとグリードにそっぽを向いた。

 

「わかったよ。でもこれ、本当に友達の距離感じゃないからね! こんなことするのは謹慎中だけだよ! わかった?!」

「わかった」

 

グリードが真面目に応えるのを聞き、私は目を閉じた。

 

「三時頃になったら起こして」

「了解した」

 

こうして私はまたしても、なし崩し的にグリードに添い寝を許すことになったのだった。

そして宣言通り、グリードは特に何もせず約束の時間に起こしてくれた。

グリードが用意してくれたお水を飲み、私は金波銀波を読み返し、グリードは仕事を再開して夕飯まで過ごした。

昨日に比べて時間があっという間に過ぎ去っていった感じがする。

そして夕飯の時間。

きのこのスープで、独特の出汁が美味しかった。

グリードはすかさず食器を片付け、冷蔵庫の扉を開けるとプリンの入った箱を取り出し、私を見て微笑んだ。

 

「では朝の約束を果たそう」

「うん!」

 

私は元気よく頷いた。

プリンだ!

カイザークランツのプリンだ!

グリードは箱からガラスの器に入ったプリンを取り出し私の前に差し出す。

そしてもう一つは自分の前に置いた。

スプーンを受け取り、グリードも向かいの席に着席していただきます。

一口掬って食べる。

んー!

んまい!!

完全栄養食に慣れていた舌から感動が押し寄せる。

 

「ナナミ、美味いか?」

「うん! 美味しい!」

 

微笑みながらたずねるグリードに、私は子どものように喜びながら答える。

それを見て、グリードもプリンをスプーンで掬うと一口食べた。

……わかる。

味や食感の解析をしている。

でも私のような美味しい、不味いの判断はできない。

だから私は控えめにたずねる。

 

「やっぱ美味しいかわかんない?」

「ああ。残念ながらわからない」

 

だよねー。

わかってたよ。

 

「市販で売っているプリンと比較して、原材料も製造法も段違いのレベルであることは間違いない。さすがは食のアップグルントが力を入れている店の名品。高額にも関わらず、人々の満足度が非常に高いことは理解できた」

「好きか嫌いかで言ったら?」

「難しい質問だ」

 

グリードは首を傾げる。

 

「顧客の満足度を上げるための企業努力には敬意を表するが、それだけで好きか嫌いかを判断することはできない」

「そっかー」

「すまない。君と食への喜びを共有したいとは思うのだが、やはり今の私には無理だと結論せざるを得ない」

「いいよ」

 

私はにっこり笑った。

 

「無理を聞いてくれてありがとう。嘘ついて美味しいって言うこともできたのに、ちゃんと本当のこと言うのグリードらしいよね」

「嘘をついても真実を知った時の君の落胆を予想すれば、最初から真実を語ったほうが君のためになると判断した」

「うん、それは正しいよ。これからもそうしてほしい」

「わかった」

 

私はプリンを食べる。

うんまい!

グリードとそれを共有できないのは寂しかったけど、付き合ってくれただけでも充分だ。

グリードは私を観察しつつ、機械的にプリンを食べていたが、ふとその手を止めた。

 

「話は変わるが、遅まきながら金波銀波を読破した」

「え」

 

ということは。

 

「仕事と並行して読んでたってこと?」

「それもあるが、君が昼寝中にも読んでいた」

「それにしても早いよ」

「読むだけなら大したことはないが、物語の解析や考察にはまだ至っていない。まずは読み切ることを目標にした」

「大作だからねー」

 

残されている奥付によれば、判明している連載期間は二十年を軽く超えるとされ、結構な量になる。

なのに話は面白いし絵もハイクオリティ。

そう、金波銀波は少女漫画界でもバケモノ作品として名高いのだ。

私達は感想を話し合いながらプリンを食べ、デザートタイムは終了。

グリードが片付けをしている間に、私は薬を飲んで歯磨きをした。

その後はベッドに移動し、グリードに手伝ってもらって清拭をして薬を塗り貼りした。

体はさっぱりしたけど、頭と髪が心なしかベタついていて気になる。

 

「頭洗いたい」

「明日、頭のケガの様子を見てドライシャンプーをしよう」

「うん」

 

頷いた時、端末が震えてメッセの着信を告げた。

誰でしょね?

端末を操作してメッセを立ち上げる。

 

「アイラからメッセが届いているな」

「何だろ」

 

アイちゃんのアイコンをクリックすると、テキストが表示された。

 

「こんばんは、ナナちゃん。

あのね、ナナちゃんの調子が良ければ、明日の仕事帰りにユーゴと一緒にお見舞いに行こうと思ってるんだけど、大丈夫かな?」

 

そして犬のアニメキャラが、首を傾げてうかがいを立てている姿のスタンプが表示されていた。

ちなみにユーゴとは、アイちゃんのかれぴのことだ。

私はグリードを見た。

 

「これって特に問題ないよね?」

「問題はない。君の体調ももちろんだが、謹慎中に見舞いを受け入れてはいけないという決まりもない」

「おけー。じゃ、アイちゃんに連絡すんね」

 

私は素早くお見舞いOKのテキストを打ち込み、はしゃいでいるカワウソさんのスタンプもくっつける。

送信するとすぐに既読マークがついた。

 

「それとね、ユーゴがお見舞いを持ってくんだけど、ナナちゃん、きっと喜ぶから期待しててね!」

 

え? 何?

 

「私が喜ぶもの?」

「明日までの内緒だよー。私、内容教えてもらったけど納得のチョイスだった! 期待値高くして大丈夫だから!」

「随分と自信のあるコメントだ」

 

テキストを目にしたグリードが表情なく言う。

私はそんなグリードに冗談交じりに笑ってみせた。

 

「またカイザークランツのプリンだったりして」

「可能性は否定できない。ナナミを手っ取り早く喜ばせ、かつ邪魔にならない見舞いの品と言えば、デザート系が一番無難だからな」

 

顎に手をやり考え込むグリード。

 

「ただアイラではなく、ユーゴがチョイスした内容だというのが気になる」

「それな。でもアイちゃんもOK出してるし……気になるねー」

「とは言え、これ以上アイラから聞き出すのは難しいと推測する。明日の楽しみにしておこう」

「うん」

 

私はメッセに期待値爆上げして待ってることを告げると、アイちゃんから任せてのスタンプが送られてきた。

そしてお互いのお気に入りキャラの、おやすみスタンプが表示されメッセを落とした。

私は笑顔になる。

謹慎最終日に楽しみができた。

と、グリードを見ると無表情のまま動かない。

 

「グリード?」

 

声をかけると、グリードはこちらを向いた。

 

「どうした?」

「それはこっちのセリフだよ。何か考えごと?」

「ああ」

 

グリードは深く頷く。

 

「明日、君へデザートをご馳走しようと思っていたのだが」

「うん、あの、グリード、私は看病してくれているだけでも──」

「昨日も言ったが、私はこの看病イベントで」

「イベント言うな」

「看病イベントでナナミの好感度を大きく稼ぎたいのだ。見舞いの品はそれを後押しする重要アイテム。絶対に外せない」

 

グリードの表情が真剣そのものになった。

 

「ユーゴとアイラの見舞いの品を上回るものでなければ好感度の大幅な上昇は見込めない。ここはグラトニー、いや、ラストの知恵を借りるべきだろうか」

「あのさ、お見舞いの品で勝負しないでよ」

 

私は半分呆れ、半分引いた気持ちでグリードに言った。

まだ考え込むグリードは放置し、私はベッドに横になると再びSNSに目を通す。

トレンド情報の中に、気になるトピックスがあった。

 

「ジェネラル・ワールドワイド社、新たに浄化地域の拡大に成功。遺物の発掘に期待が集まる」

 

確かこの会社、ユーゴさんの勤め先だよね。

顔を合わせるたびにスカウトされるから、会社名を覚えちゃったのだ。

どれどれ、ポチッとな。

タイムラインを追ってみると、街の外、前時代ではラインアトラス社の占領地域だった場所の一部を浄化し、そこで数多くの遺物を発掘したとのことだった。

浄化地域とは、傭兵によって危険物が排除され、資源調達員を始めとした一般人が仕事をできる状態になった場所のことを言う。

もちろん、この星全域に蔓延している放射線や暴走ナノマシンの排除は無理だけど、防護服やLSSを装備した産業パワードスーツで作業ができる状態になったのはとても大きい進歩なのだ。

これは、資源調達員(私達)も忙しくなるなー。

でも新しい場所で作業ができるのは楽しみでもある。

職場復帰したら、じゃんじゃか資源をかき集めてやりますよ。

そんで、むしり取られたお金を取り戻してみせますよ!

私は決意とともに拳を握りしめた。

それに目ざとく気付いたグリードが、私の顔をのぞき込む。

 

「ナナミ、どうした? 脳波が急にテンションが上がった状態になったようだが」

「これを見て仕事への復帰の意欲が湧いたんだよ」

 

私は例のトピックスをグリードに見せた。

グリードは無表情でそれを見つめる。

 

「なるほど。浄化地域が拡大したのか。君の仕事は稼ぎ時だな」

「そうだよ。明後日からバリバリ仕事して、お金を稼いでやるんだから!」

「仕事に意欲を燃やすのはいいことだ」

 

グリードは私の前に跪き微笑んだ。

 

「君の頑張りが君の稼ぎとなり、街の繁栄へと繋がる。街の繁栄は人類の繁栄と同義だ。ナナミが良い循環に乗れるよう、私は協力は惜しまない」

「ありがとう! とりあえず今日は寝るね」

「わかった」

 

グリードは頷き、微笑みを深くした。

 

「おやすみ、ナナミ。今晩は良い夢を」

「ありがとう。電気消していい?」

「ああ。私は今日の報告を社へ送ってから充電モードに入る」

「わかった。じゃ、おやすみなさーい」

 

私の言葉に反応して、部屋の電気が一斉に消えた。

私は目を閉じる。

しばらくは寝付けなかったけど、本当にいつの間にか意識を手放していた。

 

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