多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十六話 看病してもらった 9

今朝の朝食は固形の完全栄養食となった。

私の目の前に置かれたバー状の栄養食は、液体の栄養食に比べて素っ気なく味気なく感じられるのは何故だろう。

私は袋を破いて、チョコ味のそれにかぶりつく。

咀嚼しても数日前みたいに痛みを感じることはなかった。

 

「どうやら問題はなさそうだな」

 

私の食事の様子を観察していたグリードが言い、私は咀嚼していたものを飲み込むと笑顔で頷いた。

 

「うん。まだちょっぴり違和感あるけど、固形でも問題なく食べられるよ」

「それは良かった」

 

私は栄養食を黙々と食べ続ける。

大好きなチョコ味。

馴染みのある味で安心する。

でもさっきも思ったけど、ちょっと寂しいな、と感じるのは何でかな。

と、私の目の前にマグカップが置かれた。

中身は温められた牛乳だ。

 

「少しでも温かいものを取り入れて元気になってくれ」

 

微笑むグリードに私は心がじんわりと暖かくなるのを感じた。

ただの温められた牛乳なだけなのに、その気遣いがとても嬉しくて私は笑顔で頷いた。

 

「うん。ありがとう、グリード」

 

私が朝食を食べている間に、グリードは空中に大きく画面を展開しネットニュースをつけてくれた。

今朝は特に私の心に引っかかるニュースはなく、いつものショートアニメを見て食事は終了。

薬を飲んでベッドへと戻る。

 

「だいぶ可動域が戻ってきたように見える」

「うん。まだひねりを加えた動きは痛いけど、だいぶ動けるようになってきたよね」

「これなら、明日からの仕事も大きな支障はないだろう」

「そだね。でも明日は様子見でスタートかな」

「そこは会社と相談するといい」

 

私はベッドへと寝転がる。

あー、明日から仕事だ。

あ、でもその前に、今日アイちゃんとユーゴさんが来るんだった。

私は起き上がる。

 

「今日、アイちゃんとユーゴさんが来るんだよね」

「正確な時間は未定だが仕事が終わったあとだと言っていた。その発言から十八時以降、十九時近くに来訪すると予測する」

「少しお部屋のお掃除をしておきたいな。あと、服と体もきれいにしておきたい」

 

するとグリードは生真面目な表情で頷いた。

 

「では少しリハビリを兼ねて部屋の掃除と整理をしよう。その後で清拭と更衣を行うことを提案する」

「わかった」

 

こうして私とグリードはお部屋の掃除と整理をすることにした。

狭い我が家。

一人ならともかく、アンドロイドが手伝ってくれたことで掃除はあっという間に終了した。

そして整理整頓。

部屋で一番目立つものはベッドにあるぬいぐるみたちだ。

でも、ぬいぐるみたちの居場所はここしかないので片付けようがない。

 

「このままナナミにぬいぐるみを与え続けていたら、いつかナナミの寝る場所がなくなってしまうな」

 

私は驚いてグリードを見た。

グリードが、この堅物ロボが軽くとも冗談を言った!

その事実に私は笑顔になる。

 

「ふふ」

「ナナミ、何がおかしい?」

「うん、だってさ、グリードが冗談を言うなんて嬉しくて」

「いや、今の発言は冗談ではなく、近い将来起こるべき未来を予測したものだが」

 

グリードのしゃちほこばった発言に、私の上がったテンションが素に戻った。

 

「私は今後もナナミの欲しいぬいぐるみをプレゼントするだろうし、ナナミ自身が購入することもあるだろう。いつかこのベッドがぬいぐるみたちによって占拠される可能性が高い。今のうちに対応策を考えなければ」

「うーん、まあ、そうね」

 

グリードの言葉に私は頷いた。

確かに今でも枕元にはぬいぐるみがぎっしり詰まっている。

たかがぬいぐるみ、されどぬいぐるみ。

どれもこれも大切な思い出があるものばかりで、できれば大切に取り扱いたい。

 

「ぬいぐるみ、みんなはどうやって保管や管理しているのかな?」

「ぬいぐるみの保管について現在検索中……検索完了」

 

グリードが言うには、ぬいぐるみは湿気が何より大敵なので一体ずつケースやビニールにしまうのが一般的とのことだった。

 

「保管の方法はわかった。でも今は保管よりも可愛くディスプレイする方法を知りたいな」

「了解した。ぬいぐるみのディスプレイについて検索中……検索完了。このような方法があるようだ」

 

そう言って空中に画像を何枚か展開した。

おしゃれなラックに飾る方法。

突っ張り棒を二本使い天井付近のデッドスペースを活用する方法。

そして部屋の角のデッドスペースにハンモックを使う方法。

私はその中でレーシーなハンモックに目を奪われた。

かっ! かわよー! メチャかわよー!

思わず顔がほころぶ。

 

「ハンモック、かわよー! これいいね!」

「ハンモック次第で見栄えが変わるとSNSの評価も高いな。しかし問題がある」

「え? 何?」

「壁に穴を開けることが必要なハンモックは、将来この部屋を退去する時に現状復帰を必須とするこの部屋には適さない」

「ああっ、そうだったああ!」

 

私は声を上げ、そしてがっくりとうなだれた。

そうだ、この部屋は賃貸のようなものだ。

前時代もそうだと思うけど、賃貸のお部屋は退去時の現状復帰は絶対の条件であるのは今の時代も変わらない。

グリードはさらに言葉を続ける。

 

「飾り棚やカラーボックスは、今の部屋にはスペースの余剰がなく現実的とは言えない。そのため私のおすすめは突っ張り棒を使う方法だ。参考になるであろう画像を収集した」

 

展開された画像には、愛想なく二本の突っ張り棒をデッドスペースにわたしてあるものもあるが、ぬいぐるみが可愛いから意外と映える。

だが、ホログラムを使っての飾りがメチャかわよー! なものもあってハンモックに負けない魅力を感じた。

 

「ホロの使い方がみんな上手だねー。真似したい!」

「突っ張り棒はもちろん、部屋の飾り程度のホログラムなら、ナナミの副業の手取りだけでも十分にお釣りが来るものだ」

 

その言葉に私の中にメラメラと燃え盛るものを感じた。

拳を握って宣言する。

 

「稼がねばなっ!」

「ああ。君ならあっという間に稼げる。給料が入って必要な道具を揃えたら飾り付けをしよう。道具は五キロ圏内ですべて揃う」

 

その言葉に私はグリードを見上げる。

 

「グリードも手伝ってくれるの?」

「もちろんだとも。高所の作業は君より今の私のほうが安定感がある。存分に利用してくれ」

 

微笑むグリードにちょっと胸が痛くなった。

存分に利用してくれ。

この言葉が胸にチクチクくる。

いや、グリードはAIで道具みたいなものだから表現としては正しいんだろうけど、利用するって言い方、あまり好きじゃない。

 

「ナナミ?」

「あ……じゃあ、その時はお手伝いお願いするね」

「わかった」

 

チクチクモヤモヤした思いを抱えつつ、こうしてお部屋の掃除と整理整頓を終えた。

そして私自身の身支度。

初挑戦のドライシャンプーから始めることにした。

バスタオルタオルを肩にかけ、椅子に座る。

まずはブラッシングをし、それからグリードがいつの間にか調達したドライシャンプーを手にしようとしたら、グリードがそれを取り上げた。

 

「グリード?」

「今回はわたしがやろう。……やらせてくれ」

 

また切実な表情で私を見つめながら言うグリードに、私は内心でため息をついた。

そんなに人のお世話をしたいのか、このロボ。

まあ、せっかくいるんだし手伝ってもらおう。

 

「じゃあ、地肌に全体に吹きかけてくれる? 全体的にベタついてる感じするから」

「了解した」

 

そうしてグリードは丁寧に地肌にスプレーをした。

私は恐る恐る腕を上げる。

よし! 痛くない!

私はスプレーされたところの地肌を指でマッサージするようになじませた。

最終的に頭皮全体にスプレーされ、グリードも手伝ってくれながらシャンプーを頭皮になじませると、シャンプーのフローラルな香りがちょっと気分を上げてくれた。

そしてしばらく放置。

余分な皮脂や汚れを洗浄成分に吸着させるためらしい。

で、再びブラッシング。

私がやると主張したのに、グリードは頑なに拒否した。

 

「私に学習と体験の機会を与えてほしい」

 

とか言われたら断れない。

なのでグリードにブラッシングを任せることにした。

丁寧に丁寧にブラッシングしてくれて、そのたびに頭がスッキリしていく。

最後にドライヤーをかけて──これもグリードがやると言い出して聞かないので任せた──無事洗髪終了。

私は髪の毛に手をやる。

 

「おおー、さっぱりした上にサラサラだ! 正直ナメてたわドライシャンプー。すごいじゃん!」

「良かったな、ナナミ」

 

私の喜びの声に、グリードは小さく微笑んだ。

で、体を清拭し、薬を塗り貼りして新しい部屋着に着替えた。

 

「これで、アイちゃんたちが来ても問題ないね」

「ああ、問題ない。今まで来ていた服を洗濯してくる」

 

私が止めるまもなく、グリードは私が今まで来ていた服、下着も含めて洗面ルームへ持って行ってしまった。

洗面ルーム内のシャワー室の隣に全自動の洗濯機があるのだ。

手際良すぎ。

私も少しは体を動かさないと鈍るってーの。

……こういう時こそ検索ですよ、文明の利器ですよ。

私は急いで画面を立ち上げ、リハビリを兼ねたストレッチを検索した。

私の症状と現状から検索した結果が画面に展開される。

全部動画だ。

しかもシルバー世代の本当に簡単なものだった。

物足りない気もしたが、ひとまずやってみることにしよう。

かわいいサムネの動画を再生っと。

で、一通りやった結果、軽く息が上がったことに驚き、危機感を覚えた。

やべえ……たった三日なのに衰えまくっている。

うなだれる私に、途中から黙ってストレッチを見ていたグリードが声をかけた。

 

「ナナミ、どうした? ストレッチは一通りこなせたようだが」

「こんな簡単な動きなのに、息上がってる。こんなんで明日の仕事、大丈夫かなって」

「問題はない。君が病み上がりなのはことは社内で周知されているはずだ。再出勤初日からいきなり負荷の高い仕事は任せないだろう」

「だと良いけど」

「心配ならアイラに話してみてはどうだ? ついでに君の明日の予定も聞いてみるといい」

 

グリードの冷静な提案に、私は素直に頷いた。

 

「そうする」

 

ふと、ネットの番組で十五時頃に体操の番組をやっていることを思い出した。

よし、それもやってみよう。

少しずつでも体を動かさないと。

そうしてお昼ご飯の時間になった。

固形の完全栄養食、お昼のお味はバニラ味。

アクセントに入っているチョコチップが嬉しい。

歯ごたえに違いがあって、食べていて楽しいのだ。

グリードが朝同様、温めた牛乳を出してくれた。

バニラとチョコとのマリアージュ? がとても美味しい。

 

「毎日牛乳飲めたらいいのにな」

 

思わず言ってしまった言葉に、グリードが隙なく目を光らせた。

 

「君が望むなら、私が毎日買って発送してやるが」

「いい! いらない大丈夫! 気持ちだけ受け取っておくから!」

「……そうか、わかった」

 

私が即座に早口で断ると、グリードはしょんぼりした様子で、それでも頷いてくれた。

牛乳は基本、高い飲み物だ。

乳牛の飼育の費用が高いのが主な理由で、本当の牛乳は庶民には手が出せない。

庶民用の調整牛乳もあるのだが、私の口には合わなかった。

この謹慎期間だけに飲める贅沢な飲み物だ。

大切に味わって飲もう。

お昼のバラエティ番組を見つつ食事をし、問題なく完食。

 

「ごちそうさまでした」

 

その後、ベッドに戻って横になるとグリードがやってきた。

 

「昼寝をするのか?」

「そだよ。あ、でも、お昼の体操をしたいからその時間に起こしてほしいな」

「お昼の体操。ネット番組の『ゴールデン体操』のことか」

「そう。リハビリに体動かしときたい」

「わかった」

 

グリードは頷くと、もう自然と、そうするのが当たり前のように私の横に寝そべった。

私は呆れ、目を閉じる。

 

「グリードさん、仕事はいいんですか」

「今日の午後は会議はなく、どんな格好でもできる仕事ばかりだから問題はない」

 

なんかとっても楽な仕事のように聞こえるんだけど、そもそもグリードはAIで特定の形を持たない。

しいて言うなら光る四角い箱なのだと思う。

だから、いいのか。

……いいのか?

 

「ナナミ、どうした? やはり私がそばにいては不快か?」

「その言葉選びは卑怯だよ。やめてよね。……グリードの本当の姿ってどうなのかなって、思ってただけ」

「私の本当の姿を見たいのか? 端的に言えば四角い筐体が並んでいるだけで君にとっては面白みもなにもない姿だと予想するが」

「そうかもだけどさ。……あ、でも一鍔さんにとってはメッチャ大切な場所だもんね。部外者は見せられないか」

 

言って納得した。

一鍔重機というメジャーな会社で働くたくさんのモノとヒトを管理する、極めて重要な心臓部のような場所だ。

きっとすんごい機密で守られているんだろう。

私とグリードは友達だけど、やっぱそこは弁えないと。

そう思っていたら、グリードが半身を起こして私の顔を覗き込んだ。

 

「ナナミと私は友達であり、君は部外者ではない」

 

見上げたそのイケオジの表情は真剣で、でもこころなしか悲しげだった。

だからー、いろいろズルいんだよ、このロボオジ。

何でか顔が火照るのを感じつつ口を開く。

 

「や、部外者だよ。私、一鍔重機さんの関係者じゃないもん」

「私の中では君は大切な存在であり部外者などではない。君が望むなら、私の姿を見せてもいいが」

「いいよ、無理しなくて」

 

私は笑って答えた。

 

「私は今のままで十分満足しているよ。特に四脚の姿、大好きだよ。謹慎が解けたらまた見せてね」

 

私の言葉に、グリードはやっぱり少し悲しげな表情をしたように見えたけど、すぐに静かに微笑んで頷いた。

 

「わかった。さあ、ゆっくり休むといい。時間になったら起こす」

「うん」

 

私は素直に目を閉じた。

火照っていた顔も落ち着きを取り戻し、お腹が満たされていたこともあってすぐに眠りについた。

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