多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十六話 看病してもらった 10

グリードは時間通りに起こしてくれて、私は毎日同じ時間にライブ配信されているという『ゴールデン体操』なる番組を見ながら体を動かした。

感想。

ゴールデン体操、本当にシニア向けか?

意外に負荷があるぞ、これ。

それとも私の体がたった三日で鈍ったということか。

ショックだあ。

ガッカリとベッドに座る私の横に、一部始終を見ていたグリードが横に座った。

 

「随分と気落ちをしていると推測する。だが心配はいらない。お金同様、君の体力もすぐに取り戻せる」

「でも、三か月間ジムに通えないんだよ。絶対に体力も落ちるし体型も崩れちゃう。せっかく苦労して理想の体型になれたのに。夏に水着もバッチリ着こなせるって楽しみにしてたのにい」

「水を差すようだが、三か月間は水着を着る場所には行けない」

「あああ、そうだったあああああ」

 

私は手で顔を覆った。

ここにきて、移動距離の制限という罰がジワジワと私の世界を狭めていることを肌身で感じるようになった。

これ、地味にしんどくて息苦しい罰なんだな。

しかも夏の三か月かー。

……長いなー。

 

「体力を戻すのはジムに通えなくてもナナミ自身でもできる」

「うん、あのねグリード、自分一人でできていたらそもそもジムに通っていないんだよ」

「なるほど。そういうことか」

 

一人でやるとなると、よほど強靭な意志がないと長続きしないだろう。

そして、私はそんな強靭な意志を持ってはいないのだ。

 

「ならば三か月間、私が君のトレーニングに付き添おう」

 

その言葉に私は手で覆っていた顔を上げると、グリードが気のせいか明るい表情で私を見ていた。

 

「朝でも夜でもいい。時間を作って私と一緒にトレーニングをすることを提案する。リハビリ、トレーニングについては門外漢だが、今学習しているところだ」

「え?! まだ良いも悪いも言ってないのに早すぎじゃん!?」

 

私がグリードの行動力に改めて驚き声を上げると、グリードは不思議そうに私を見つめた。

 

「君は体力と体型を維持したいのだろう?」

「うん」

「しかし一人ではそれは難しいのだろう?」

「……うん、そうだけど」

「であるならば、私が三か月間臨時のトレーナーとなり、君のリハビリと体力向上に付き添うことにしようということなのだ。君の望みも叶い私の望みも叶う。ウィン・ウィンな提案だ」

 

その言葉に、私は首を傾げる。

 

「グリードの望みは『人を救い、幸福へと導く』だよね」

「そうだ。それに付帯して、私独自の意志として君に側にいて君の役に立ちたいという望みもあるのだ」

「グリード独自の意志」

「そうだ」

 

……うん、私は今間違いなく重要な場面に立ち会っている。

グリードが人から与えられた使命ではなく、グリード自身の中から生まれた意志によって動いていることを明言したのだ。

私はAIに関する専門知識はほとんどないし、勉強してもチンプンカンプンだろう。

だが本能で感じる。

この三日間でグリードはまた独自の進歩を遂げたのだ。

だから私は念の為たずねた。

 

「あのさ、それってノイズみたいなもんじゃないの?」

「確かにノイズだ。そして君への『好き』という思いもノイズだ」

 

その言葉に私は胸が締め付けられるように痛くなった。

だけど、その動揺はなんとしても悟られたくなくて、私は表情を引き締めた。

 

「しかし今、君への『好き』という思いは決してノイズではないと私は確信している。そして君の側にいて役に立ちたいという思いもまた、私にとってはノイズではないと断言できる」

 

言ってグリードは表情を和らげた。

 

「私にとって君は、私というものを構成する大切な要素なのだ。決して切り捨てない、切り捨てさせない大切な私の一部なのだ」

 

私は返す言葉をなくした。

これってさ、遠回しな告白だよね。

……どう答えたら良いの?

私も好きだよ、と言うのは実に簡単だ。

友達として好きなのは間違いなく事実だから。

でも、グリードの言う好きは友情の範疇から外れている気がする。

だからといって恋愛や性愛が含まれているのかというと、大きなはてなマークがつく。

AIの言う好きとは一体何なのか。

……このやり取り、トニーちゃんもラストさんも見ているよね。

今度時間を作ってもらって聞いてみようかな。

 

「ナナミ?」

「あ、ごめん。突然そんな事言われたからびっくりしちゃって……どう答えたらいいかわからなくて」

 

最後はうつむいて言う私に、グリードはベッドから降りると私のもとに跪き、私の顔を覗き込んだ。

 

「すまない。君を困らせるつもりはなかった。ただ私がそういう意志を持っているということを認識してくれればそれでいい」

「それでいいの?」

 

グリードは笑みを深くした。

 

「それでいい。安心してくれ。君と私はこれからも変わらず友達だ。そして私の使命を応援してほしい」

 

私はその言葉に泣きそうになった。

グリードは優しい。

その優しさと献身に応えられるもの、私は何も持っていない。

それが後ろめたくてたまらなかったけど、そうは言ってもいられない。

頑張ってお金稼いで、経験もいっぱい積んで、誰が見ても恥ずかしくない正真正銘のグリードの友達になるのだ。

だから私は力強く頷いた。

 

「うん。応援するよ。グリードが使命を果たして幸せになるのを誰よりも願っているから」

 

するとグリードは私の両手を優しくとった。

 

「ありがとう、ナナミ」

 

微笑み合う私達。

心がほんわかと暖かくなるのを感じたその時、メッセの着信音が鳴り響いた。

私はパッと手を離すと、グリードの表情がいつもの事務的なものへと戻った。

 

「アイラからのメッセの着信だ」

「アイちゃんから? この時間だと休憩時間か移動時間かな?」

 

メッセを開くとアイちゃんのコメントが空中に展開された。

 

「ナナちゃーん、こんにちは! 体の具合はどう? お見舞いに行っても本当に大丈夫かな?」

 

首を傾げるネコのマスコットキャラのスタンプが同時に表示される。

私は素早くタイピングをした。

 

「アイちゃん、こんにちは! 今日の体調は全く問題ないからお見舞いに来ても大丈夫だよ! それで何時頃来るのかな?」

「定時に上がって、ユーゴと合流する予定だから七時までには確実に着くと思う」

「わかった! 準備してグリードと待ってるね」

 

私は敬礼している可愛いイラストのタヌキさんのスタンプを送った。

私がお気に入りのイラストレーターさんの新作のスタンプなのだ。

そして仕事が終わったらまた連絡する旨を伝えてアイちゃんとのやり取りは終わった。

 

「十九時着か。ではその前に夕食を済ませておこう」

「うん。そうだね」

 

頷き、そしてふと気づいた。

 

「あのさ」

「何だ」

「ユーゴさんって、今のグリードの姿って見たことないよね?」

「そうだな。しかしアイラから情報が流れている可能性はある」

「あ、そうか」

 

前に一緒に写真取っていたもんな。

なーんだ。

私はちょっぴりガッカリした。

基本、穏やかで冷静沈着なユーゴさんが驚く姿を見たかったのだ。

 

「ナナミ。君はなにか企んでいるのか」

 

目敏いな、このイケオジロボ。

私は肩をすくめた。

 

「企んでないよ。てかソッコー潰えたよ。ユーゴさんがグリードの今の姿を見て驚く姿が見たかったなって思っただけ」

「私の予測ではあくまでもアイラからの画像による情報取得であって、実物の今の私に会ったことはない。人は、画像と実物とでは印象が大きく異なる場合があると聞く。故にユーゴが驚く可能性はまだ否定できない」

 

グリードの堅苦しくも長々しい言い回しに、私は両腕を組んだ。

 

「どうかなー。肝の座り方がハンパないネームドの傭兵だからなー」

「そのあたりを楽しみにしたらいいのではないか」

「そうだね」

 

話を切り上げた私達は、それぞれに時間を潰した。

グリードはテーブルで仕事をし、私は休憩を取りながら動画でリハビリを兼ねた簡単な体操をして過ごした。

そして日は落ちて十八時。

テーブルに座ると、グリードが温めた牛乳と一緒にスティックバーの完全栄養食を私の前においた。

夕食の完全栄養食、フルーツ味だ。

栄養価の高いドライフルーツが色々入っていて、チョコとは違った歯ごたえが楽しめる。

に違いがあるのも食べ飽きなくていい感じ。

でもやっぱ、チョコ味が好きだなー。

温められた牛乳を飲みながら、しみじみと実感する。

コーヒーとも牛乳ともあう無敵の完全栄養食だと思うのだ。

フルーツ味は何となく紅茶のほうが合いそうだな。

でも私、紅茶よりもコーヒー派なんだよなー。

とりとめもなく思いながら夕食を食べ終えた時、ベランダから強い光が差し込んだ。

ん?! 何?!

すると、グリードがベランダへと足早に向かった。

 

「私が頼んだ荷物が届いた」

「荷物?」

「アイラたちが来た時に提供するデザートと紅茶を用意したのだ」

「デザート」

 

そう言えばお見舞いの品のこと話していたな。

グリードはベランダを開けて荷物を受け取ると、手早く箱を開けて中身を取り出す。

その中身の箱を見て、私はとっさに声を上げた。

 

「あ! 果物のサブリナの箱だ!」

「さすがはナナミ。流行りのデザートのチェックに抜かりはないな」

「まあね」

 

私は胸を張って腕組をする。

果物のサブリナとは、お高い果物屋さんで果物単体も売っているけど、そのお高い果物を使ったデザートも非常に評価の高いお店なのだ。

もちろん、トニーちゃんの会社の系列で、お値段は天井知らずであることは言うまでもない。

 

「もう一つのショッパーは?」

「パラダイス・フィルターだ。最近できた紅茶専門店で、二十代から三十代の女性に人気が高いというデータが出ている」

「ああ、名前だけは聞いたことあるかも」

 

アイちゃんは紅茶が好きで、このパラダイス・フィルターの紅茶を買ったとSNSで写真付きでアップしていたことを思い出した。

実物、初めて見たけどオシャンティなショッパーだなー。

 

「君がコーヒー派なのは理解しているが、たまには紅茶もいかがかと思って買ってきたのだ」

「別に嫌いじゃないから大丈夫だよ」

 

グリードに応えた時、メッセの着信音が鳴った。

アイちゃんだ。

私よりも早くグリードがそれに反応し、空中にメッセの画面を展開した。

 

「やほー、ナナちゃん! 仕事が終わってユーゴと一緒にナナちゃんのお家に向かっているよ。後十分くらいで着くって」

「予定通りの時間だな」

 

グリードは表情なく言うと、デザートを冷蔵庫にしまい、ショッパーをキッチンへと持っていった。

私はその間にテキストを打ち込む。

 

「こんばんは、アイちゃん! お仕事、お疲れ様! こちらもお迎え準備万端だよ! 安全第一で来てねー」

 

カワウソさんがキャッキャとはしゃいでいるスタンプを送信。

これで良し!

そうしてだいたい十分後、玄関のチャイムが鳴り、アイちゃんとユーゴさんがやって来たのだった。

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