グリードのスケジュールを元にして、私はゲーム内でお店を開くという目標に向かって頑張った。
調理のスキルレベルを上げるため、ひたすらドーナツを作り続けた。
その合間にアイちゃんにも事情を話し、ハンナちゃんと三人でお店の内装と外観を一緒に考えた。
私はドーナツを作る。
金策をしてくれたグリードが、土地と建物の管理者と交渉して、一ヶ月更新で賃貸契約を結んでくれた。
私はとにかくドーナツを作る。
そしてグリードやハンナちゃん、ハンナちゃんのお仲間さんたちも手伝ってくれて、お店の外観を作っていった。
私はとことんドーナツを作る。
星三つのグレードは今のレベルではとても難しい。
たまに運良くできるくらいだ。
ならばたくさん作ってレベルアップをし、安定して星三つのグレードを作れるようになりたかった。
「ナナミ先輩、生産職向けにドーナツを作ることにしたんでっすよね」
「そうだよ」
私はドーナツを作りながら、休憩中のハンナちゃんとお話をした。
「どれくらいの種類のドーナツを作るんでっすか?」
「十種類」
「十?! もしかしてゲーム内の生産職、ほぼ網羅するつもりでっすか?!」
「うん。それぞれフレーバーが違うんだよ」
私は揚げ上がったドーナツにトッピングを施しながら話を続ける。
「オールドファッション、プレーン、シュガー、ミルクチョコ、キャラメル、ヘーゼルナッツ、ストロベリー、紅茶、ピスタチオ、それからミニカップ」
「ミニカップ?」
「味の違う一口サイズのドーナツの詰め合わせだよ。星三つのグレードなら、生産職に必要なスキルを一時間すべて向上させんの」
「一時間でっすかー」
ハンナちゃんは顎に手をやる。
「かなり絶妙な時間でっすね」
「これはかなり重宝がられそうだな」
ひょっこりとハンナちゃんのお仲間さんで狼顔の獣人さんが顔を出す。
「でも嵩張るから、普通のドーナツよりも数を持てないんだよ。そんなに数を作るつもりもないし。というか作る時間がない」
「そこもまたゲーマー心をくすぐるでっすねー」
「だが心配もある」
「え?」
私とハンナちゃんは、狼さんの方を向いた。
狼さんは腕を組み顔をしかめた。
「転売の対象になりそうでな」
「あー! それありえるでっすね!」
「転売?」
私は首を傾げた。
「何でミニカップが転売の対象になるの?」
「数が限られるからだ」
狼さんに続いて、竜人グリードが店舗に入ってきた。
「ミニカップは全ての生産スキルを上げる便利アイテムだ。しかも君も言ったように、数に限りがあるため希少価値が出る。故に、ここで定価で買い占め、市場で高値で売るようなことが起こり得る、ということだ」
「えええええ?!」
私は思わず手を止めて声を上げた。
「やだよそんなの。ちゃんとこのお店に来て、本当に必要としている人に売りたいよ!」
「その気持ちはわかるんだがなあ」
「転売に規制をかけられないでっすからね」
狼さんは頭を掻き、ハンナちゃんも考え込む仕草を見せる。
「転売って規制をかけられないの?」
「前にも触れたが、この世界の経済は資本主義をもとにしている。資本主義において転売イコール悪ではない。むしろ健全な市場の動きなのだ」
「えー、そんなあ……」
私はガックリとうなだれる。
モチベーションがガタ落ちするのを感じた。
「ミニカップ、作るのやめようかな……」
「先輩、それはもったいないでっすよ!」
「ああ、目玉商品になること間違いなしだ。転売ヤーのせいでお蔵入りは正規の客の購入機会をなくすことになる。まずは出してみるべきだ」
ハンナちゃんと狼さんが励ましてくれる。
グリードが屈んで私の肩に手をおいた。
「ひとまずミニカップについては、一人あたりの販売個数を制限して様子を見ることにしよう。今は開店に向けて準備を進める時だ」
「……そうだね」
私は顔を上げた。
「開店までに星三つの商品を作れるように頑張る!」
「それでこそ先輩でっす!」
「俺らも時間あったら手伝うからな」
「ありがとうございます!」
私は改めてやる気を出してドーナツを作り続けた。
「あ! 先輩、大事なこと聞き忘れていたでっす」
「何?」
「お店の名前!」
私は再び手を止めると、ハンナちゃんにニッコリと笑ってみせた。
「まだ考えてなーい」
「ええっ?!」
声を上げるハンナちゃんと狼さん。
「それ、先に考えなきゃだろ?!」
「そうでっすよ! 私達、先輩のお店、SNSで宣伝しようとしているのに、ドーナツ作ってる場合じゃないでっす!」
「正しくは、ドーナツを作りつつ店名を早急に考える必要がある」
グリードにも言われ、この場で考えることにした。
だが、いざとなるとアイデアが出てこない。
「うーん、グランシュタット・ドーナツとか」
「普通でっすね」
「他には?」
「えーと……タヌキドーナツ?」
「何故にタヌキ?」
「私の中で今きている動物だから」
「そういえば、最近先輩のメッセスタンプ、タヌキキャラでしたね」
「ね! タヌキかわいい!」
思わず笑顔になったが、他の三人の表情は至極真面目だった。
私は笑顔を引っ込め、出来上がったドーナツを倉庫に保管しながら考えた。
倉庫には色とりどりのドーナツが保管されている。
これらは後で市場へ売り出すものだ。
私はそれを見て、思わずつぶやいた。
「何か『共存』にちなんだ名前がいいな」
「その理由は?」
グリードの問いかけに、私は三人に倉庫を見せて言った。
「こんなふうに、いろんなドーナツが置いてあるお店って意味で。それと、グランシュタットっていろんな種族の人がいて共存してるじゃん。そんでいろんな職業についている。いろんなものが大きな対立をせずに混ざっている。それがいいなって思って」
「なるほど」
三人が神妙な表情になり、私の中に急に照れが襲いかかってきた。
顔を赤くしつつ、倉庫を閉めて満面の笑顔を作った。
「あ! やっぱ、タヌキドーナツで! ほら、ロゴも作りやすいじゃん!」
「グリードさん、共存って意味で何か良い言葉ってないんすか?」
私の意見を無視し、狼さんがグリードにたずねると、グリードは目線を下げてポツリと言った。
「アンサンブル」
「アンサンブルって、音楽の?」
首を傾げるハンナちゃんに、グリードは頷いた。
「そうだ。前時代の言葉で、一緒に、共に、という意味がある。音楽の合奏のように互いに調和して共存するイメージだ」
「なるほど、悪くない」
「アンサンブルドーナツ。略してアンドーなんてどうでしょ?」
「あ、それ可愛い!」
私は手を合わせて声を上げた。
「アンサンブルドーナツ。略してアンドー。うん! これでいく!」
「お、あっさり決まったな」
「じゃ、ロゴを考えないとでっすねー」
店の名前が決まったことで、急速に店のイメージが固まり始めた。
しかし現実を疎かにはできない。
本業と副業を頑張りつつ、お金と時間が許す限りゲームでのお店開店まで忙しい日々が続いた。
会社の昼休みと終わったあとにアイちゃんとハンナちゃんとでロゴを考えて作ったり、お店の外観をスクショで撮ってアイちゃんに見せてアドバイスをもらったりした。
アイちゃんの美的センスは疑いようがないからね。
グリードが仕事の合間に淡々と金策をしてくれたおかげで、お店の外観と内装は周囲のお店に調和する、シックでありながらオシャレなものになった。
周囲のお店へのご挨拶も忘れない。
そして正式なお店のオープンの日が決まった。
「バージョンアップの一週間前、次の日曜日にオープンすることにします!」
ハンナちゃんとお仲間さんたちが笑顔で拍手をした。
「ついにオープンでっすね!」
「感慨深いものがあるなー」
「ここまで手伝ってきたからな」
「皆さんのおかげです! ありがとうございます!」
私はペコリとお辞儀をした。
「ナナミの夢のために時間を割いてくれて、私からも君たちにお礼を言いたい。本当にありがとう。そしてもうしばし力を貸してほしい」
私の後ろにいたグリードが皆に声をかけると、狼さんが犬歯をむき出しにして笑顔を見せた。
「広報だな」
「普通にSNSにアップでいいの?」
「それで構わない。店の名前と情報はもちろん、店舗と商品のスクリーンショットは常識の範囲内でいくらでも使用してほしい」
「あいよー」
「謝礼は星三のミニカップ二つだが、それで構わないか?」
「充分だぜ」
グリードと皆で話がドンドコ進んでいく。
やっぱりグリード、経営には慣れてるんだなあ。
と、グリードが屈んで私の顔をのぞき込んだ。
「ナナミ、君は市場で今まで作ってきたドーナツをこれから売り出してほしい。オープンまでの期間限定だ。そこでの売上を見て、生産の方向性と転売対策を検討しよう」
「おけーい!」
私は手を上げて了承すると、倉庫から持てるだけのドーナツを持って市場へと駆け出した。
カウンターの前でドーナツをどっさりと売り出す。
新商品として市場の看板に、私の作ったドーナツが表示されていく。
わはー! 売れるかな? どうかな?
ドキドキ半分、不安半分で数字を見守る。
…………売れないね?
ちょっと拍子抜け。
私は店に戻り、グリードたちにこのことを報告した。
「まあさすがに広報せずにいきなり売り出しても売れんだろう」
苦笑する狼さんだが、グリードの視線は気のせいか鋭かった。
「しかし市場の動きに目敏いものならすぐに目をつけるはずだ。ナナミ、残りのドーナツも売り出してきてくれるか」
「りょー!」
私は倉庫にあった残り全部のドーナツを持ち出し、再び市場へ向かった。
そしてドーナツを大量放出する。
これでよし!
満足して一息ついたとき、軽いチャイムと共にインフォメーションが現れた。
あ、ドーナツ、売れたんだ!
何かなー? 何個売れたかなー?
……星二つのミニカップだ。
しかも十個単位で全部買ってる!
私の手元にお金がジャラジャラと入ってきた。
ふおおおお! こんな大金、持ったことないぞ!
私は慌ててお店へと戻った。
「グリード、みんな、売れたよ! ミニカップ! しかも全部!」
「は?! もう?!」
ハンナちゃんとお仲間さんたちが驚きの声を上げる中、グリードだけは冷静だった。
「やはりミニカップが先に売れたか。ナナミ、売上データを見せてくれ」
「う、うん」
私は背伸びをしてグリードに売上データを見せた。
「やはり手を出してきたか。スロウス」
「……へ?」
表情なく言うグリードに、私も慌てて売上データを見ると、購入者の名前にスロウスという名前があった。
……どういうこと?
スロウスさんって、あのスロウスさんだよね?
私の商品に何が起こっているの?
私はグリードを見つめることしかできなかった。