世間は夏休み期間に入り、私の勤め先も夏休みになった。
私は有休を利用して一週間の休みを取った。
だけど私は、現実世界では副業のメンテナンスステーションのバイト、ゲーム世界ではドーナツ屋さんの経営ごっこ。
つまりずーっと働いている状態だった。
現実もゲームの世界も夏休み期間ということでお客さんのかき入れ時なのだ。
ここがふんばりどころなのはわかってるし、働いている時は楽しい。
しかしふとした時、そうまさに今なんだけど、虚しさに襲われる時がある。
「私の今年の夏休みは労働で終わるのかな」
ゲーム世界にログインした私は、今日も今日とてドーナツを作りまくって疲れたため一休みすることにした。
ログインしたまま、VRゴーグルを始めとした装置を外し、防音設備の整った壁を眺めながらアイスコーヒーを飲んだ。
そして呟く。
「バカンスしたい」
心からの欲求だった。
海やプールに行って泳いで、美味しいご飯食べてはしゃぎたい。
山に行って見晴らしのいい景色を見て気分転換したい。
夜景や星空を時間を気にせずに眺めたい。
動物や植物を見て心癒やされたい。
自業自得のこの状況になってから二ヶ月半、今が一番苦しい時なのだと理解した。
だがあと二週間だ。
あと二週間で移動距離の制限が解除される。
そうすれば、また私の行きたいところに自由に行けるようになるのだ。
ちょっと時期がずれちゃうけど、バカンスを楽しみ、美味しいデザートもモリモリ食べてやるからな!
アイスコーヒーを音を立てて啜り、力強くテーブルに置いた。
よし! 休憩終了! 戻って働くぞ!
私はVR機器を装着し、再び私が望んで作り上げたお店へと戻ってきた。
と、目の前にイケメンの竜人が私の前に膝まずき、顔をのぞき込んでいた。
「うおっ!」
思わず声を上げて仰け反る私に、竜人グリードがその体を支えた。
「大丈夫か?」
「あ、うん。でも、いきなりでビックリしたよ」
「すまなかった。君が何か呟いたようなのでそれを聞き取ろうとしたのだ」
あ! マイクを切るのを忘れていたのか。
「……何呟いているのか聞いた?」
「いや、聞こえなかった。何を言っていたのだ?」
「アイスコーヒー、美味しいなって」
「そうか」
セーフ!
私は心から安堵した。
どうやらグリードには気づかれなかったようだ。
グリードは、私がこのゲーム世界にお店を作ることに積極的に協力してくれた存在。
そんなグリードに弱気になっているところなど見せたくなかった。
グリードは私の肩に手をおいた。
「しばらくこの世界ではかきいれ時が続く。それはリアルでもそうだろう。辛くなったら遠慮なく言ってくれ。君が楽しめないのなら意味がないからな」
「うん。そん時はちゃんと言うよ。心配しないでね」
私が笑顔で言った時だった。
大きな鐘の音が町中、いや、このゲーム世界に響きわたった。
運営からのインフォメーションだ。
『先程、最新のダンジョンのボスが討伐され、ダンジョンをクリアしたプレイヤーたちがでました。おめでとうございます!』
「おお! クリアした人出たんだ」
「そのようだな。これで攻略法が確立されれば、更に多くのプレイヤーがボスに挑むために準備を進めるだろう。生産職はさらに忙しくなると予想する」
「そうだね」
グリードの言葉に頷き、私は椅子から飛び降りると、レジ前の足場に立った。
「じゃあ、残り一時間半、がんばるぞ!」
「了解した」
グリードもニッコリ笑って頷くと、私の横に並び立った。
ダンジョンをクリアしたことで、すぐに客足に変化はなかったけど、世界全体の雰囲気が熱気と興奮に満ちたように感じた。
結局この日は予想通りの売上にとどまり、グリードは市場の様子を見てくるとのことで、そのまま私はログアウトすることにした。
帰りの電車を待ちながらSNSを確認する。
トレンドにボス討伐、ダンジョンクリアが入っていた。
バージョンアップして二週間。
ようやく討伐出来たんだもんね。
そりゃ盛り上がるわな。
と、タイムラインにハンナちゃんのコメントが上がった。
「討伐動画を見た。メッチャためになる! これ見て研究して絶対に今月中にボスをやっつける!!」
おー! がんばってね、ハンナちゃん!
私はすぐにイイねボタンを押した。
ハンナちゃんはもちろんだけど、そのお仲間さんや他のプレイヤーも早速のボス討伐の研究に取り組んでいるようだ。
本当に熱心だ。
本気で遊びに取り組めるって、とても良いことだと思う。
まあ私はね、裏方としてあと二週間ドーナツを作り続けますよ。
家に戻ると一通りのことを済ませてからゲームアカウントを立ち上げる。
ボス討伐のお祝いコメントをし、さりげなーく店の商品をPRした。
生産職の皆さん、ぜひアンドーにお立ち寄りくださいね!
送信! ……これで良し!
満足して寝ようとした時だった。
ポンとダイレクトメールが一通着信した。
ん? グリードかな?
メールを開くと、そこには今日ボスを討伐したという人からお礼が綴られていた。
信じてもらえなくてもいい。
あなたのお店で買ったドーナツを食べまくって、装備を完璧なものに仕上げた。
そのおかげでボスを討伐できた。
ありがとう、という内容のものだった。
続いて画像が送信されてくる。
何やらおどろおどろしい怪物を討伐した瞬間と、装備の内容をスクショしたものだった。
……え? これ、本当かな?
グリードに共有して、それからコメントしよう。
早速グリードにメッセで連絡を取り、コメントと画像を共有した。
「コメント先のアカウントの確認と、画像を解析した結果、ほぼ間違いなく今日ボスを討伐した人物のものだと判断した」
「おお! そうなんだ!」
うわあああっ! めでたいし嬉しいねっ!!
私はニコニコ笑顔になった。
私の作ったドーナツがダンジョン攻略に少しでも役に立った!
その事実が大きな力となって体中に漲った。
「そっかそっかー! わざわざお礼のメッセージを送ってくれるなんて、丁寧な人だなあ。こっちも負けじとちゃんとしたメッセージ送らないとね!」
「そうだな。しかしナナミ、君は攻略動画を見ていないのか?」
「ん? 見てないよ? 何で?」
だって私には関係ないじゃん?
お店の経営や、金策、調理スキルアップ絡みの動画ならともかく、ねえ。
「攻略動画のコメント欄で、装備について触れられていて、そこで君の店の商品を利用した旨が書かれていた」
「……ふーん?」
だから何だろう?
「どうやら事態を把握していないようだ。新ダンジョンを一番最初に攻略した人物、つまりインフルエンサーが君の店を宣伝したのだ。店は明日は定休日。恐らく、明後日の開店時に客が殺到すると予想する」
「えー、そうなの?」
「あくまで予想だが、攻略には装備がやはり重要なのを改めて知らしめたのだ。生産職は星三の装備やアイテムを作るのに躍起になる。そして成功の確率を上げるために君の作るドーナツを欲しがるはずだ。覚悟をしておいたほうがいいだろう」
「……わかったよ」
私は未だにピンときてなかったけど、とりあえず頷いた。
グリードの会話を切り上げ、私はメッセージをくれたプレイヤーさんに丁寧にお返事を書いて送った。
これで良し! バッチリじゃんね!
私は満足し、今度こそ寝る支度を始めるのだった。
そして次の次の日。
ログインした瞬間、先にログインしていたグリードから音声チャットが届いた。
「ナナミ、急いで店に来てくれ。店の前に行列ができている」
「え?!」
え? 何で?!
とにかく私は急いで店に向かうと、店の前に列がきれいに形成されていて、グリードが誘導をしていた。
「グリード!」
「ナナミ、開店の準備をしてくれ。定刻より早くなるが、このままでは近隣の店に迷惑をかけかねない」
「うん! わかった!」
私達のやり取りを聞いた列のお客さんから拍手がおこった。
いったいいつから待ってたんだ? この人たち。
私は急いで店に入ると、開店準備を急いで進めた。
最終チェックをして、よしやるぞ!
私は台の上に立つとカウンターから両手を振った。
「お待たせしました! アンサンブルドーナツ、開店しまーす!!」
大きな声で告げると、再び大きな拍手が巻き起こった。
……何だこれ。
内心呆気にとられつつ、私はドーナツを売り始めた。
やはり売れるのは、鉄鋼、革、木工、服飾関連といった武器や装備に繋がるものだ。
グリードが列の形成をしてくれるから、接客と、品出しと、レジを全部担当しなくてはならない。
うおおおおお!
負けんぞおおおおお!
無我夢中で働き、およそ一時間後には全てのドーナツが完売となって閉店となった。
あんなに在庫作ったのに、すっからかんだ。
「辛うじて待っていた人たち全員の手に商品が渡ったようだが、私の予想を超える集客だった。インフルエンサーの拡散力と影響力を改めて学ぶことができたのは僥倖だ」
「そっかー」
グリードが平然として言うのを、私はぐったり椅子に座って聞いていたけど、気を取り直してグリードを見上げた。
「残り二時間、またドーナツ作りに専念するよ。でもどれくらい作ったらいいかな?」
「倉庫に格納できるギリギリまで作っても、恐らく三時間以内には売り切れると予測する」
「うーん、だとしたら、開店中も私はドーナツ作りに専念して、グリードが接客に回ったほうが良い感じ?」
「それがいいだろう。アルバイトを雇えればいいが、教育する時間がないのが悩みどころだ」
「期間もあと二週間足らずだもんね」
私がため息をつくと、グリードは跪いて私に視線を合わせた。
「ナナミ、無理はしていないか? これはゲームだ。子どものごっこ遊びの延長だ。真剣にやるのはいいが楽しめなければ意味がない。本当に大丈夫か?」
その視線は真剣に私を案じてくれているのがわかった。
だから私はグリードの端正な顔に手を触れた。
「大丈夫だよ。さっきも言ったけどあと二週間足らずでこのごっこ遊びも終わり。だから全力で駆け抜けるよ。だから私に力を貸して欲しい」
そう言うとグリードは嬉しそうに微笑み、私の手に大きな手を重ねた。
「もちろんだ。君の望みを叶えるために私はこのゲームに参加をしている。最後の瞬間まで君の夢を支えよう」
私達は笑い合い、私はグリードから手を離すと椅子から飛び降りた。
「よし! 私はドーナツ作ってるから、グリードは好きなように動いていて!」
「了解した。まずは近隣の店にお詫びをし、それから市場調査へ行ってくる」
「あ! お詫びなら私も一緒に──」
「大丈夫だ。君は在庫の補充に専念してくれ」
「……うん」
こうしてこの日はドーナツを作りまくってログアウトした。