私のドーナツ屋は、私自身がびっくりの繁盛店となった。
お客さんが口々に言う。
「星三装備を作ってみんなに喜んでほしいんだ」
「ここが稼ぎどころ! 俺の木工スキルが輝く時!」
「錬金術の必須アイテムだよー。運のパラメータを気軽に上げられるの、ここのドーナツ屋さんしかないからねー」
みんな、この夏休み期間でさらにダンジョン攻略に熱が入っているのを知った。
だから私も心を込めて作った。
みんなの夢を応援したかったから。
怒涛の夏休み期間が終わっても、ダンジョン攻略ブームは続いていた。
この頃になると、ポツポツと討伐したプレイヤーたちが増え始め、頑張れば攻略可能なのだということを知らしめた。
私は相変わらずドーナツを作り続けていたけど、それとは別のお仕事にも手を付け始めた。
このお店のことだ。
私はあともう少しでこのゲームから去ることになる。
その後残された店をどうするか。
完全に畳んでしまうか、誰かがあとを引き継いでくれるのか。
そこで手を上げてくれたのはハンナちゃんのお仲間の狼さんだった。
「俺も調理スキルは持っていて店も出せるレベルだ。良ければ、俺が店を引き継ごう」
「そう言ってくれるのはありがたい」
グリードと狼さんは暇を見つけては経営と契約とお金の話で盛り上がり、トントン拍子に店の移譲が決まった。
アンサンブルドーナツは、ハンナちゃんのお仲間さんたちのお店となり、このゲーム世界に残り続けることになったのだ。
様々な契約を取り交わし、その度に私は目を白黒させていたけど、グリードと狼さんが懇切丁寧に教えてくれて、安心してサインをすることができた。
「この店で、竜人とホビットの凸凹コンビが活躍するのも残りわずかか。残念だな」
「ありがとうございます。私の後継者の皆さんのことも良くしてあげて下さい」
すっかり常連になっていた男ホビットさんの言葉が嬉しかった。
そしてあっという間にゲームのログイン最終日を迎えた。
これでこのゲーム世界ともお別れだ。
噴水広場の賑わいをしみじみと眺めてから、のんびりと店へ向かった。
この大通りの通勤路を歩くのも今日で最後かと思うと、特別な風景のように感じられる。
店が見えてくる頃、店の前に人が数名並んでいた。
あ! 今日も待ちの人がいるんか!
私は駆け足で店へと向かった。
「あ! 店長さん、こんばんは!」
「今日、店長さん最終日でしょ? 餞別がてら買いに来たよー」
「ありがとうございます! すぐ準備しますね」
私は笑顔でこたえて店に入ると開店準備を始めた。
SNSでいつものように開店することを伝えてから開店した。
ここ最近の怒涛の客足に対応してきたおかげで、この程度の人並みならバッチリ対応可能ですよ。
「現実世界でも元気でな」
「また気が向いたら遊びにきなよ」
お客さんが次々と温かい言葉をかけてくれるのか本当に嬉しかった。
しばらくは一人で接客していたけど、程なくして竜人グリードが駆け足で出勤してきた。
「こんばんは、ナナミ。今日がお互い最終出勤日だな。悔いのない商いをしよう」
「うん!」
このイケメン竜人グリードを見るのもこれが最後になる。
「あのさ、閉店したら一緒に店の前で写真撮ろうね」
「君の望みならばいくらでも」
グリードのこの魂を消し飛ばす微笑みも見納めだ。
さ、見惚れる前に仕事仕事!
客足は途切れることなく続き、結局ログアウト三十分前で在庫を全て売り切ることができた。
SNSで完売御礼と、明日以降のお店の状況をSNSで伝えた。
このアカウントも狼さんが引き継ぐことになり、その手続きもすでに終えている。
私は椅子から飛び降りると、グリードを見上げて笑顔で言った。
「じゃ、写真撮ろうか」
「了解した」
私達が写真を撮っていると、近所のお店の人たちやハンナちゃん、そのお仲間さんたちもいつの間にかやって来て、皆で賑やかに写真を撮った。
そしてログアウトの時間ギリギリまで皆と和気あいあいと過ごし、いよいよこの世界とお別れの時がやってきた。
「みんな、どうもありがとうございました!」
「ナナミの夢に付き合ってくれてありがとう。ここにいる皆の日々が、ゲームを通してより豊かで幸せなものになりますように」
私とグリードは揃って頭を下げた瞬間、グランシュタットの町並みが滲んで消え、VRカフェの個室の風景が唐突に現れた。
ああ、終わっちゃった。
嬉しさと寂しさ、やり遂げた達成感がごちゃまぜになった気持ちを抱え、私は支度をするとVRカフェを出た。
バカンスはできなかったけど、めったにない経験ができた。
有意義な夏休みだったと言えるんじゃないかな。
自然と笑みが浮かぶ。
さ、お家に帰ったら改めてお別れと引き継ぎのご挨拶をして、明日の仕事に備えよう。
私は足取りも軽く地下鉄へと向かうのだった。
リアルでもゲームでも仕事に明け暮れた八月が終わり、九月の一週目に移動制限が解除になったことを街から告げられた。
「今後はこのようなことが起きないように、命と健康第一で行動してほしいお」
「はい! それはもうもちろんです!」
街の管理AIのグラトニーさんこと、トニーちゃんに厳かに言われ、私はもうニッコニコしながら頷いた。
「……ナナちゃん、よっぽど移動制限が効いたようだおね。くれぐれも張り切りすぎないようにね」
トニーちゃんの声にははっきりと苦笑が表現されていた。
さすがは街の管理AI。
今日も感情豊かで演技力がバツグンだ。
そして外出した私は、いつものカフェで四脚のグリードとお茶をしていた。
「ナナミ、移動制限の解除、おめでとう。お疲れ様だった。そこで聞きたいことがある」
「何?」
グリードは複眼の光をまっすぐに私に向けた。
「ゲームでの店の経営はどうだった? 楽しかったか?」
「ゲームの中のごっこ遊びだったけど、すごくいい経験になったよ。現実の私じゃ絶対にできないしやらないからね」
「そうか」
グリードのお固い口調が柔らかなものになった。
「店の経営だけで、今年の夏が終わってしまったことを後悔しているのではないかと推測していたのだ。だがそう言ってくれて良かった」
「グリードは楽しかった?」
「楽しいという感情は、私の中では未だ理解できないものだ。しかし、君と二人で店を経営をした時間は有意義だった。私としてはもうしばらく続けて経験値を貯め続けたかった。私の能力の全てが活性化したからな」
「楽しんでいたってことだね」
「……答えは控えさせてもらおう」
「慎重だなあ」
「大切なことだ。しっかり熟考したい」
うん、実に堅物グリードらしい反応だ。
でもそれでいい。
グリードが感情を理解し習得できるのか。
この出来事が、小さくとも大切な一歩になればいいと思う。
私はコーヒーを飲んだ。
「ところでナナミ、ドーナツはいいのか? オールドファッションを随分と好んで食べていたようだが」
グリードの問いかけに力なく首を横に振った。
「しばらくドーナツはいいや。ゲームの世界とはいえさんざん作ってちょっと飽きたよ。別のもの食べたい」
「そうか。それでは、ホットケーキかシュークリームを食べに行くことを提案する」
「わーい! いいね!」
「どちらを食べたい?」
「うーん、……ホットケーキ!」
「では、早速調べて食べに行こう」
「うん!」
私たちはホットケーキ屋さんを検索し、四脚グリードでも入れそうなお店をチョイスした。
そして久しぶりに半径五キロ以上のエリアに足を踏み入れたのだった。
<ごっこ遊びをした 完>