アディス熱帯植物園に到着した私達は、足を止めて建物を見つめる。
鉄骨とガラスを組み合わせたドーム型の建物が三つ並んでおり、しかもかなり大規模だ。
「言葉が追いつかないんだけどさ、キレイな建物だねー」
「全面ガラス張りの鉄骨造だ。その造形の美しさから、アパテイアの水晶宮と呼ばれ建築ファンからも評価が高い」
「水晶宮かー」
ふと周囲を見ると、建物の写真を撮っている人たちがいる。
あ! 私も! 私も撮る!
端末を手にし、早速温室を撮った。
……うーん、何か現実よりもキレイに撮れない。
いつも思っているんだけど、私、カメラの才能ないよね。
もっと上手く撮れるようになりたいな。
内心ため息をつきつつ、端末をポケットに閉まった。
「グリード、お待たせ。じゃ、早速中に入ろうか」
「了解した」
グリードがすいーっと券売機のもとへ向かう、って、ちょっと待って!
だが引き止める間もなく、グリードは一瞬で入園料を払って私のもとへ戻ってきた。
「君の入園コードだ。受け取ってくれ」
「待って! その前にお金払うよ」
「その必要はない。さあ受け取ってくれ」
グリードが空中にコードを展開すると、私の端末が自動的にそれを探知し、呆気なく入園コードを受け取ってしまった。
くっ! 端末の主電源を切るべきだった!
「グリード!」
「今日は君に一銭も払わせる気はない。覚悟してくれ」
「そんな覚悟したくないよ! 割り勘! 私は明るく朗らか、後腐れない割り勘を希望します!」
「その希望は却下する。さあ、行こう」
グリードは言って私の手を取ると、ゲートへと導いた。
このロボおおおっ!
入園コードに反応してゲートが開き、私達は敷地内へ足を踏み入れた。
してやられた私は思い切り顔をしかめていたが、入り口に置かれている動物の形をしたホログラムじゃない、本物の鉢植えに目を奪われた。
かわよー!
植えている花も可愛いけど、鉢植えかわよー。
アヒル、ゾウ、カバ、ブタ、ウサギ。
写真撮りたかったけど、グリードをこれ以上待たせるわけにはいかない。
帰りに時間があったら撮ろうっと。
そしていよいよ温室に入った。
うわっ、暑いし湿気がすごい。
「このアディス熱帯植物園は大きく三つのエリア、熱帯、亜熱帯、乾燥帯と分かれている」
それぞれのエリアで植生が全然違っており、どれもが普段アパティアでは見ることのないものばかりだとグリードは語った。
てか、初っ端の熱帯の植物からして絶対に見ることのない植物ばかりだ。
葉っぱ大きいし、背丈も高いし、なのに花は小さくて群れている。
そして気付いた。
うわー、天井のフレームがキレイ!
教会の天井みたい!
教会、実際に見たことないけど、漫画で見た! こんな感じだった!
これは撮らねば!
私は植物そっちのけで天井を撮りまくった。
「ナナミ、天井ばかり見ているようだが、足元に気をつけてくれ」
「……うん」
注意されてしまった。
気をつけねば。
通路は平坦かと思っていたけど結構起伏があって、なおかつ段差もある。
だがそこは多脚ロボットのグリード、そのクモのような足で段差も難なく乗り越えていく。
そんなグリードが目立たないわけがなく、お客さんの視線を集めてしまっていた。
特に子どもは興味津々でグリードの挙動を見守っている。
私も人のこと言えんけど、植物見ようぜ。
当のグリードは、そんな周囲を全く気にすることなく植物をじっくり観察していた。
その姿を見て私は嬉しかった。
やっぱグリードの関心の高いことだったんだ。
この調子で好きなものに昇格してほしい。
そう願いつつ次のドームへ移動。
休憩するスペースがあって、そこには色鮮やかな花々が咲いていた。
真っ赤なお花、まるで燃えているみたい。
それと青緑色のお花? 色が好き!
私が写真を撮る横でグリードが観察している。
「キレイなお花だね」
「トーチジンジャーとヒスイカズラのことだろうか。どちらも造形と色の美しさから人気の高い花とのことだ」
「だろうね」
他にもバナナやカカオ、ココヤシなどの食用になる植物も元気よく枝葉を伸ばしている。
そしてこのエリアの植物は、前時代の人の生活に馴染みのある植物が展示されていると気づいた。
そっか、これが本物なんだ。
普段私達が食べているものは、ほとんどが科学的に再現されたもので、本物を食べる機会はほぼない。
だって本物たちは絶滅危惧種だから、食べられるのは一部の裕福層に限られる。
絶滅危惧種か。
天井につっかえている巨大なヤシの木を見つめる。
こんなに元気なのにね。
もっともっと大きくなりたいよね。
なれるよね。
でも、街の外では確実に生きていけない命であることに変わりはない。
私もそうだ。
この街なくして私は生きていけない。
「ナナミ、どうした? 何か気になる植物があったのか?」
ひとしきり観察をしたのだろうグリードが、私に声をかけてきた。
私はしばしグリードを見つめ、笑顔を作るとヤシを指さし言った。
「あのヤシの木凄いなって」
「ダイオウヤシだ。樹高は十五メートルから二十五メートルに達し、前時代では熱帯や亜熱帯の地域で植育されていた。果実は油脂を採取するのに使われ、幹は材木として利用されていたそうだ」
「さっすが詳しいね」
「検索した知識を披露したに過ぎない」
……さ、おセンチな気持ちは横において、グリードの好きを作るための探求を続けよう。
私達は再びドーム内を歩き出した。
ドーム内を隅々まで見て回った私達は、いよいよ本日のメインエリアへとやって来た。
その名も食虫植物温室!
私は温室を前に腕を組んだ。
「いよいよだね」
「何がだ?」
「こっちの話だよ」
去年の植物園探索で、グリードの興味を特に引いていたのが食虫植物だ。
ぜひここで、好きな食虫植物を見つけてほしい!
私はドアを開けた。
そこは未知の世界だった。
天井に釣り下がるウツボカズラ。
これでもかと鉢植えされているハエトリグサ。
一見スマートなんだけど、葉脈が赤くて血管のように見える不気味なサラセニア。
これも一見お花っぽいけど、ネバネバした液体でしっとり不気味なモウセンゴケ。
そして甘酸っぱい匂いを放ち、私の腰の高さほどある大型の粘着式食虫植物、ドロソフィルム。
「実に興味深い」
グリードの観察に力が入ったのがわかり、私は顔を引きつらせた。
食虫植物か?
やっぱ食虫植物なのか?!
私にはよくわからん世界だよ、グリード!
とはいえ、ドン引いているのもあれだ、私もひとまず観察しよう。
てかさ、なんでこう、緑と赤の組み合わせが多いんだろうね。
クリスマスカラーのはずなのに、こんなに不気味になるなんて、逆にすごいじゃん?
造形のせいかな。
私は一通り実物と映像を見て回り、入り口まで戻ってきた。
さて、私の好みの食虫植物は……ウツボカズラかなあ。
トラップはエグいけど形はキュートだ。
ドアの前にウツボカズラをキャラクター化したぬいぐるみが置かれているけど、その理由もわかるような気がした。
ちなみに名前はカズラちゃんというらしい。
と、そのカズラちゃんと目があった。
……しゃーねーなー、撮ってやんよ。
私が端末でカズラちゃんを撮った時だった。
「ナナミ、そのぬいぐるみが気に入ったのか? 良ければ一緒に撮ってやるが」
「ううん、遠慮しとく。グリードが一緒に撮りなよ。気に入っているでしょ、ここの植物たち」
「他の植物たちと比較して植生が特異なこともあり、興味深いだけであって気に入っているかの判断はまだできかねる」
その発言に私は呆れた感情を隠さず言うことにした。
「あのさあ、もう認めようよ。食虫植物がお気に入りなんでしょ。明らかに他の植物より入れ込んでんじゃん」
「先程も触れたが、他の植物たちと比較して植生が特異で──」
「だ、か、ら、それか気に入っているってーの!」
「その判断は今はできかねる」
「この、頑固ロボ」
私とグリードの間に火花が散ったような気がした。
「あのう」
声のした方を見れば、一組の親子が立っていた。
小さな女の子がお母さんの腰にくっついて私達、というかグリードを見ている。
そしてお父さんとお母さんは、女の子の肩に手を置きながら愛想笑いを浮かべていた。
「すみません。この子、カズラちゃんを気に入ったらしくて、写真を撮りたいんですが」
「すみません! どーぞどーぞ!」
「気付かず申し訳ありません」
私とグリードはすぐにカズラちゃんの元を離れ、食虫植物の温室を出た。
私は軽くグリードを睨んだ。
「グリードがさっさと認めないから迷惑かけちゃったじゃんよ」
「親子に気付くのが遅れたことは非があったと認めよう。しかし、全て私のせいかと問われるとそれは否であると」
「いいの! 潔く認めないグリードが悪いの!」
私が言い切ると、グリードは複眼の光を私から逸した。
「私は今初めて、理不尽という言葉を真に理解した」
「なんか知らないけど、学習が進んで良かったね」
「……そうだな」
私達は食虫植物の温室を背にし、経路に沿って歩き出した。
温室エリアは全て見終わった。
次で決着をつける!
私は内心で拳を握りしめて誓うのだった。