メイクレッスン当日となった。
私は洋服ダンスの奥から、めったに着ることのないキレイめの服を引っ張りだす。
服装は自由とのことだったけど、さすがにいつものカジュアル百パーセントの服はどうかなと思ったのだ。
実際に着て軽く動いてみるが、サイズは問題なさそうだった。
化粧はいつもどおりの軽めで。
メイクはいつも通りで、という文言に従ったのだ。
私にとって化粧は、肌を保護し、形を整え、不足分を補えればそれでいいというスタンスだ。
一日の三分の一はシリウスに乗っている上に、防護服を身にまとっているから、しっかり見る人もいない。
だから、休日も含めて気合い入れて化粧しても意味はない、と思っている。
でもアイちゃんは違った。
アイちゃんにとって化粧はオンオフの切り替えであり、気持ちをコントロールするためだと言っていた。
たとえ見てくれる人がいなくても、自分のために着飾るのだとも。
そういうことなら、私はシリウスに乗っているだけでテンション爆上がりだから、問題ないよね、うん。
腕時計を見ると、そろそろでかける時間だった。
私は社宅に住み、アイちゃんは実家暮らしということで、サージュテック本社前駅に集合ということになっている。
靴は前に靴ずれを起こしたものだったが、今日は予防として踵の部分にクッションを貼り付けていた。
靴を履けば抜群のフィット感だ。
よしよし、では出かけよう。
カバンを肩にかけて、私は機嫌良く社宅を出て地下鉄の駅に向かった。
休日ということで、最寄り駅も車内も平日よりも人は少なめだった。
でもそれは田舎路線だからであって、乗り継ぎの大きな駅は人で混んでいた。
というか、何やらスポーツのユニフォームやタオルを肩にかけた人たちが、競技場へ向かう路線へゾロゾロと歩いている。
私はピンときた。
ああ、そう言えば今日はサッカーで大きなダービーマッチが行われるんだっけ。
会社でもちょっと話題になっていたのを思い出した。
この街の休日は、必ず何かしらのイベントが行われていて、人々を飽きさせることはないのだ。
私は地下鉄にまた乗り、アップグルントを通過してサージュテック本社前に到着した。
端末を取り出して連絡をしようとした時、端末が震えた。
アイちゃんからのメッセだ。
「ナナちゃん、いま地下鉄の三号車に乗ってるよー」
「私は今着いたとこ。三号車の辺りで待ってるね」
私は移動し、ベンチで座って待つことにした。
五分を過ぎたあたりで電車が到着し、ゾロゾロと人が降りてくる中にアイちゃんの姿を見つけた。
いつものおさげではなく、大人っぽく一つにまとめている。
向こうも私に気付いたようで、笑顔で手を振った。
「ナナちゃん、ゴメンね。お待たせー」
「そんな待ってないから大丈夫だよ」
私達は無事に合流し、並んで改札に向かった。
「ナナちゃん、いつもと違う感じの服だね。やっぱ意識した?」
「まあね。あ、スカート新しいやつ? 花柄可愛いね」
「最近買ったの。ユーゴに見立ててもらったんだよ」
「ユーゴさんセンスいいねえ」
いいなー、末永く爆ぜて♡
改札を抜け、アイちゃんは壁際に立ち止まった。
端末で場所を確認しているようだ。
「場所は把握してる?」
「うん。地下街にルクスリアのビルに繋がる入り口があるみたい。入り口はいかにもな感じらしいから、わかると思う」
「そっか」
あっ、そうだ。
「ね、アイちゃん。一緒に写真撮らない? グリードがね、レッスン前とレッスン後でどういう変化があるか知りたいって」
「グリちゃん、メイクに興味あるの?」
アイちゃんはグリードのことをグリちゃんと呼ぶ。
私は何となく気恥ずかしくて、そのまま名前呼びだ。
「メイクというより、人に興味があるんだと思う」
「……ふーん。そこまで人に興味を持つAIも珍しいね」
グリードの場合、それが使命から来ているものだけど。
すると、アイちゃんが手を打った。
「じゃあさ、ルクスリアの入口で撮ろ? これから行きまーすって感じで」
「それいいね。そうしよ」
私達は再び歩き出す。
アイちゃんはおっとりのんびり屋さんだけど、そこは大型パワードスーツのパイロット、空間認識能力は優れている。
十分ほど歩いて無事にルクスリアのビルに到着した。
おおー、確かに高級そうな入り口だ。
ルクスリアの金のロゴが眩しい。
ガラス張りの入り口には、よくあるマネキンではなく、カラフルなバックや、いつどこで着るかわからない服が飾られている。
ライトアップされたそれらは、人目を十分に引いた。
私達は店の前で写真を撮り、グリードのメッセに送る。
腕時計を見れば、レッスンの十分前だ。
私達は速やかに店に入った。
店の外からも見えていたけど、並ぶ服も靴も小物も見た目からして高そうだ。
一生ご縁のない世界だな。
眺めていると、身なりの整った女性の店員さんがこちらにやってきた。
「いらっしゃいませ。何かお手伝いできることはございますか?」
「あの、今日、御社のメイクレッスンに当選したタクルと申します」
アイちゃんはそう言って端末を見せると、店員さんが理解をしたように頷いた。
「お話は伺っております。タクル様とカリヤ様でございますね。お待ちしておりました。レッスンは二階の特別室にて行います。ご案内しますね」
そうして案内された部屋は、豪華なパウダールームだった。
部屋の内装は当然オシャレで、白を基調に部分的に色鮮やかな花柄のタイルが施されている。
装飾の凝った白のドレッサーには、グリードに見せてもらった例のキラキラした化粧品がズラリと並べられていた。
作業用のワゴンも、ドレッサーと合わせたデザインだ。
少女の夢とロマンをギュッギュと詰め込んだ世界が展開されていた。
「すごーい!」
感動に声を震わせるアイちゃんの横で、私は空いた口が塞がらないでいた。
ここまでの徹底ぶりとは。
……良かった。
心から思う。
普段のカジュアル百パーセント、パーカーやトレーナーでなくて良かった。
半ズボンかカーゴパンツにスニーカーじゃなくて本当に良かった!
店員さんに促されてドレッサーに座った私達に、奥のドアが開いて黒服のお姉さんとお兄さんたちが現れた。
完璧な接客スマイルを私達に向ける。
「いらっしゃいませ。今日は弊社にお越し頂き、ありがとうございます。本日レッスンを担当させていただきます、店長のクレヴァリーです」
「いらっしゃいませ。コスメ担当のエドワーズです。本日はよろしくお願いいたします」
私達も自己紹介をし、早速メイクレッスンが始まった。
アイちゃんには店長さんが、私にはエドワーズさんが付く。
最初はカウンセリング。
アイちゃんは普段の化粧にマンネリを感じていて、使っている化粧を見直したい、流行りの色とかも使ってみたいという向上心に満ちたものだった。
それに対し、私はとにかく化粧の基礎を教えてほしいというものになった。
で、スキンケアはまあいい、いつもやっている。
ベースメイクはファンデーションはともかく、ハイライトとシェーディングとやらが全くの未知の領域だった。
使ったこと? 一度たりともねーよ。
で、問題のポイントメイクになった。
特に目は鬼門中の鬼門だ。
付けるのも落とすのも面倒くさい。
だが、苦手とする人も多いですよ、という言葉に励まされ私はせっせと手を動かした。
ぬがー! アイラインが! ビューラーが! マスカラが!
私は半分涙目でエドワーズさんを見た。
「これ、科学の力で一発で仕上げる方法ないんでしょうか?」
「ありますよー。これなんですけど」
そう言って、ワゴンから白い仮面を取り出し見せた。
骨格と唇はあるけど目の部分に黒目も穴もない、マネキンの顔だけを切り出したかのようだ。
ただ仮面全体に、六角形の模様が描かれていて、錯覚で凸凹に見えた。
「仮面、ですか?」
「はい。こちらの商品は弊社の商品『フラッシュ・マスカレイド』と言います。ざっくり言うなら、この仮面に化粧データを読み込ませて顔に装着。ここにあるボタンを押して仮面を外すと、顔に化粧データの光学迷彩が施され、最低八時間は化粧をしているように見せることができるんです」
「おお! スッゴ! これが最新の科学の力なんですね!」
「はい。親会社が元々光学関係の会社ですので、この手は得意分野なんです」
私はエドワーズさんが手にした、白い仮面を見つめた。
これさえ手に入れればアイメイクどころか、化粧の苦労の大半は解消されるだろう。
思わずニヤつく私に、エドワーズさんは眉を下げた。
「ただし、お値段が相応にしましてですね、我々庶民の手が手にするには中々難しいんですよ」
「やっぱそうですよねー」
「自分でできるようになれば、下手な機械より早いんですけどね」
そこで! 躓いて! 苦手意識を持って敬遠する人がいるんですよ!
今ここに!
…………。
あーあ、痛くなくて、安くて楽して早くできる方法ねーかなー。
私は黄昏ながら虚空を見つめる。
安くて楽してキレイになりてーな。
もういっそ、化粧の必要のないほどのキレイな顔を手に入れてーな。
ま、無理なんすけどねー。
結局アイメイクはお手本通りにやることができず、店員さんの手を借りることになった。
不器用な方ではないと思うが、少なくとも化粧に関しては不器用だと認めざるをえなかった。
その後の眉毛とチーク、リップについては順調に作業をこなした。
目みたいに繊細なところじゃないから助かった。
そして、メイクレッスンは終わった。
私はアイちゃんの顔を見て思わず声を上げた。
「おお! アイちゃん凄い! 何ていうか垢抜けた!」
「ナナちゃん、眼力めっちゃ上がってる! 可愛い!」
私達が健闘を称えあうのを、店長さんたちが微笑ましく見守っている。
「お疲れ様でした。お飲み物をご用意しますので、そちらのソファにおかけになってお待ちください」
その時、どこからともなくノックの音がした。
「失礼いたします」
鈴を鳴らすようなその一声とともに、奥のドアが開く音がした。
一斉に店員さんたちがそちらを見て、鉄壁の接客にヒビが入る音を私は聞いた。
表情を引きつらせ、そちらを凝視する。
ん? 何だ?
私も店員さんたちの向いてる方を見て息を呑んだ。
……美少女がいた。