「本日はライブ中継をされているということで、中継をご覧になっている皆さんは、少なからずこの街の在り方に疑問を持っている方々でしょう。そして、不満や怒り、危機感を持つ方々がここに集まっているのだと確信しています」
そんなふうにソレンヌさんは話し始めた。
「その疑問や不満や怒り、危機感こそが、私達が人であるという証なのです! 私達は断じて機械の奴隷ではありません! この街を支えるだけの鉄の歯車ではないのです!」
マイクに向かって声を張り上げるソレンヌさんの言葉に、エウダイモニアに集まった人々から割れんばかりの拍手が沸き起こった。
「今から八十年前、絶望に満ちた戦後の混乱の中、管理AIたちは私達に平和で安全で、誰もが健康に暮らせる安らぎと幸福に満ちた生活を約束しました。しかし、その代償として私達は大切なものを手放してしまったのです。それは私達の仕事です。私達のプライバシーです。そして私達の感情、心、つまり魂そのものです!」
呼応をする多くの人々。
その熱狂ぶりに、私は逆に冷静になるのを感じた。
何だろうね、この現象。
名前あんのかな?
「仕事欲しいなら俺んとこの業界来いよ。大歓迎だぞ。求人バカスカ出してんぞ」
電気工事のお仕事をしているお兄さんがボソリと言う。
「仕事、選ばなきゃいくらでもあるんだけどね」
「まあ人それぞれ適正と事情、相性があるからな」
冷めた調子で言うお兄さんとオジサン。
テーブル席に座っているオバサンは、デモに全く関心はなさそうで、端末を見ながらカフェオレを飲んでいた。
エウダイモニアとこことで温度差がすごいことになっている。
風邪ひいちゃいそう。
その間も演説は続いていた。
「ロボットやAIに心はない。この街の常識です。温かい血も涙も流せないことがわかっているのに、これから先も私達の大切なものを、冷たいアルゴリズムの存在に委ね続けていいのでしょうか? 断じて否です! 私達は今こそ管理AIたちから人間性を取り戻すときがきているのです!」
熱狂する人々の声を遮るように自動ドアの開く音がして、店長のリヒトさんがやって来た。
「ナナちゃーん、不具合を起こしている大型が来たから手伝ってくれる?」
「はーい!」
返事をしたと同時に、休憩していたサヤネさんがカウンターへやって来た。
青みがかった銀のサラサラヘアに紫色の目。
計算された美の結晶とも言える姿に、お兄さんたちが色めき立つ。
「さーやんだ!」
「さーやん、こんばんは! また来たよ!」
「いらっしゃいませ、皆様」
超クールに応じるサヤネさんに、ファンのお兄さんたちは感極まったように身体を震わせた。
「くううう! この塩な接客よ!」
「疲れた体にしみるわあ。最っ高&高!」
で、毎度思ってんだけどさ、大丈夫かな、この人たち。
「サヤちゃん、ナナちゃんをしばらく借りるね」
「承知しました」
リヒトさんの言葉にサヤネさんは頷いた。
私は事務所へと向かい、更衣室でエプロンを外してステーションのジャケットを羽織る。
外の仕事でも使っているヘルメットを手にして事務所を出て、カフェに顔を出した。
「それじゃサヤネさん、後お願いします!」
「はい。ナナミさん、お気をつけて」
その語尾に、またしてもデモに熱狂する人たちの声が聞こえてきた。
「人間万歳!」
「人間万歳!」
……私達、万歳と言うほど上等な生き物だったかな?
何となくそんなことを思ったけど、リヒトさんに再び呼ばれて、不具合を起こして座り込んでいるパワードスーツのもとへ向かった。
敷地で片膝をついてしゃがんでいる大型パワードスーツ。
お! AHIのタイプDゼクスだ!
街中仕様だから装甲は薄いけど、それでも全体の造りはゴツい印象を与える。
イイねー。
ゴツゴツゴリゴリの硬派なデザイン、好きだよ!
これに乗れるんだ、ヒャッフゥ!
「パッと見、リンケージの不具合だから、マニュアルで整備エリアまで動かしてくれる?」
「かしこまりました!」
リヒトさんの指示に私は笑顔で頷く。
若くてしかも女のパイロットに、持ち主のオジサンは不安そうにしていたけど、私は内心でオジサンにサムズアップした。
ふふふ、安心してよ、オジサン!
良いようにしかしないから!
私はヘルメットを被りコクピットに飛び乗った。
お、ちょっと年式が古いタイプだな。
でも、コクピット内も操縦パネルといった機器も使い込まれているにも関わらず、とてもキレイだった。
大切に使われているんだね。
いいパイロットさんに出会えたんだね。
大丈夫だよ、すぐに直したげるからね。
私はコクピットを閉め、操縦席を調整するとエンジンをスタートさせた。
マイクをオンにする。
「では立ちまーす!」
「OK!」
私はフットペダルを操作して機体を立ち上がらせた。
ペダル、ちょい重いけど大丈夫。
許容範囲だ。
スムーズに起立成功。
「整備エリアに行きまーす」
「誘導灯に従って移動させてね」
「かしこまりました!」
そして整備エリアに向けて一歩を踏み出す。
うん! いける!
手応えを感じ、私は笑顔になった。
そしてゆっくりと誘導灯に従って歩を進め、難なく整備エリアに到着した。
整備士さんの指示に従って機体をハンガーに停める。
心配そうにしていた持ち主のオジサンが安堵の笑顔を機体に向けているのを見て、私は再び笑顔になった。
良かった。
君も良かったね、すぐに良くなるよ。
私は操縦桿を軽くポンポンと叩いた。
それからコクピットを開けると、ハンガーの横に付いている梯子から地上に降り立つ。
持ち主のオジサンが駆け寄って頭を下げた。
「どうもありがとう。その若さでマニュアル操縦ができるなんて凄いね」
「いえ、まだまだ修行中の身です。それよりもすぐに不具合が直るといいですね」
私はニッコリ笑う。
「お待ちの間、カフェでお休みもできますから是非ご利用くださいませ」
カフェの宣伝をし、私は一礼をするとリヒトさんのもとへ向かった。
「ありがとう、ナナちゃん。このまま誘導を手伝ってくれる?」
「承知しました!」
こうして私は外で車やパワードスーツの誘導を行うことになった。
しばらくは普通に充電や休憩のお客様が来てたけど、何故か少しずつ客足が減りパッタリと来なくなった。
……何? 今ピークタイムのはずじゃん?
ふと横を見れば、少し距離をおいてリヒトさんが空中モニターを展開し誰かと通話をしていた。
私の視線に気付いたのだろう、リヒトさんは目線でちょっと待っててと伝えていた。
はい、承知しましたー。
私はその場を離れ、出入り口に向かう。
右に左にと視線を向けるが、道路を走る車両の数が明らかにいつもより少ない。
何かあったのかな?
首を傾げていると背後から声がした。
「ナナちゃん、ちょっと来て」
「はい!」
リヒトさんの元に駆けつけると、リヒトさんは困ったように眉を下げ私を見た。
「デモでエウダイモニア付近の道路に交通規制がかかっているそうだ」
「そうでしたか」
そうか、デモ活動でみんなで行進はつきものだもんね。
最近知ったんだけどさ。
でもその影響がこのお店に来るとは思わなかった。
「規制解除したらお客さんが押し寄せる可能性があるなあ」
「規制解除はいつですか?」
「あと三十分後の予定だよ」
「予定ですか」
「ライブ中継を見て、面白がって駆けつけている野次馬な人たちもいるようで、人が増えているらしいんだ」
「そうですか……」
当事者にとっては真剣でも、新しい娯楽とばかりに集まる人たちもいるってことかー。
それってデモをやる人たちにとっては嬉しいことなのかな?
「ひとまず定時に上がれるようにはするけど、もしかしたら延長をお願いするかもしれないから」
「OKですよ」
リヒトさんの言葉に笑顔で頷いたときだった。
大きく警報が鳴り響き、その音に反射的に小さく飛び跳ねる。
何事?!
思わずリヒトさんを見ると、リヒトさんは周囲に視線を走らせていた。
『警告:街の一部で異常を探知し現在調査中。該当区域への立ち入りを禁止します』
『避難勧告:該当区域の住民の皆様は、至急所定の場所へ速やかに避難を開始して下さい』
自動AIによるアナウンスが流れる中、私は視線を空へと移す。
ドームに映し出された空はいつもの星空ではない。
黒地に赤と黄色文字で警告文が表示され、どこから現れたのか、警備用ドローンが警告を発しながら空を飛んでいた。
……これ、前に見たことがある。
去年大型パワードスーツの試乗に行ったとき、ラインアトラス社の監理AI、プライドさんが街にハッキングをしてきたときと似ている。
まさか、またプライドさんがハッキング仕掛けてきたとか?
「ナナちゃん、ちょっと」
「はい!」
リヒトさんの真剣な声に私はリヒトさんの方を向く。
リヒトさんは端末の情報を空中へ展開した。
それはこの街の道路状況だった。
よく見ればその一部が真っ赤に染まっている。
「エウダイモニア周辺の道路が一斉に封鎖されている。本部の情報ではエウダイモニアのデモ活動で何かあったんだろうって」
「何かって」
「調査しているけど、情報統制が敷かれているようで詳細は不明だ。でもこんなに大規模な封鎖は初めてのことだよ」
私はマジマジと道路状況を見つめる。
エウダイモニア周辺の道路はとても交通量の多い道路が集まっている上に、高速道路の出入り口もある。
これは……混乱が大きくなりそう。
リヒトさんは画面を閉じると、いつもの温和な表情はどこへやら、厳しい表情で私を見た。
「僕は皆に状況の説明に行ってくる。ナナちゃんはここで待機してて。お客様、来るかもしれないから」
「かしこまりました!」
リヒトさんは私に背を向け、整備エリアに向かって走っていった。
それを見送りながら、嫌な予感が胸と頭の奥からモクモクと湧き上がってきていた。
ここは該当区域外だ。
だから不安に思うなんてビビり過ぎ。
小心過ぎじゃん、私。
一人じゃないし、大丈夫大丈夫。
きっと監理AIのトニーちゃんとラストさんが頑張っているから。
と、また警報が鳴り響き、メンテナンスステーション全体が赤く煌々と照らされた。
『警告:この区域で異常を探知し現在調査中。該当区域への立ち入りを禁止します』
「…………は?」
思わず声が漏れた。
こ、ここも何か起こっているの?!
「さーやん!?」
「さーやん、どうしたの?! どこ行くの?!」
「危険よ! 今その子に触ってはダメ!!」
お兄さんたちの声にそちらに身体を向けると、カフェから出てこないはずのサヤネさんが、頭を抱えてヨロヨロと外に出てきていた。
その表情はいつも通りの無表情だが、紫色の両目が周囲の赤に負けないくらいに真っ赤に光っている。
サヤネさんに異常が起こっているんだ!
続いてお兄さんたちと、周囲にモニターを展開しているオバサンがサヤネさんを追いかけていた。
あのオバサン、危険だって言ってたけど、エウダイモニアといい、サヤネさんといい、何が起こっているんだ?!
本業ならともかく、ここではただのアルバイトでしかない私は、呆然と成り行きを見届けることしかできなかった。