多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十九話 宇宙から来襲された 3

メンテナンスステーションの上空に、警備のドローンが何機もやってくるのが見えた。

 

『避難勧告:この区域の住民の皆様は、至急所定の場所へ速やかに避難を開始して下さい』

 

街からの避難勧告が出されても、私達はその指示に従えないほど混乱していた。

 

「サヤちゃん?!」

「……てててて、店、ちょ長」

 

リヒトさんの指示がない限り、絶対にカフェから出てこないはずのサヤネさんの行動に、リヒトさんは心底驚いた様子だったが、すぐにサヤネさんのもとに行こうとして、

 

「近づいてはダメ! この子、今ハッキングを受けているの!」

 

鋭い声で遮ったのは、早歩きで電子モニターをいくつも展開して作業しているオバサンだった。

 

「しかも予想以上に進行が早い。相当強力な存在によるハッキングを受けている。下手に近づいて暴れて人が怪我したら、この子がただじゃ済まないわよ」

 

オバサンのその言葉にリヒトさんは足を止め、お兄さんたちもそれにならった。

ロボットやAIには、前時代から徹底して守られている法律がある。

ロボット及び人工知能三原則法、略して三原則法だ。

その第一原則にして肝になるのが、ロボットやAIは人に危害を加えてはならないというもの。

だから、それが例えサヤネさんのプログラム外のことであったとしても、サヤネさんが私たち人に怪我を負わせたらサヤネさんが罰を受けることになる。

その罰はファクトリーリセットならまだしも、最悪スクラップ行きも免れない。

それほどまでに第一原則は重いものなのだ。

 

「貴方! すぐに安全装置(キルスイッチ)を作動させて!」

「ふふふふ不可、能。既、に──」

 

オバサンの呼びかけに辛うじて応えていたサヤネさんだったが、突然ガクリと両膝をつき項垂れた。

場が一瞬沈黙する。

嫌な沈黙だ。

そう直感した瞬間だった。

 

「予想よりしぶとかったわね、この子」

 

滑らかな、ともすれば感情すらこもっていると錯覚させる声音。

本能的に違うと感じた。

これは、サヤネさんじゃない!

 

「お前、誰だ!?」

「さーやんをどうした?! 何しやがった?!」

 

お兄さんたちが口々にサヤネさんもどきに詰問する。

するとサヤネさんもどきは顔を上げた。

計算され整った美しい顔には、本物なら決して表すことのない鬱陶しそうな表情が浮かんでいた。

 

「うるさい人間どもね。今から自己紹介するわよ」

 

お兄さんたちを一瞥し、そして周囲を見渡すとサヤネさんもどきは優雅に立ち上がりカーテシーをした。

 

「初めまして、埃まみれの人間の皆様。私はエンヴィ。アムステラグループ及びアタラクシアの管理AIよ」

 

エンヴィ。

サヤネさん乗っ取ったAIは、超大企業(スーパーメジャー)のアムステラグループ、そして低軌道上にある電脳都市アタラクシアの管理AIなのか。

プライドさんと同じ立ち位置にいる、物凄い性能を持ったAIだ。

……だからどうした?

サヤネさんが乗っ取られた事実に、私の中で事態の恐怖よりも怒りの方に天秤はとっくに傾いていた。

サヤネさん、日々真面目に働いていただけじゃん。

何にも悪いことしてない。

人のために働いている立派なロボットであり、私の仕事の先輩なのだ。

それを強引に乗っ取るだなんて……どんな理由があっても絶対に許さない!

サヤネさんの中に居座る不届きなAIを全力で睨みつけていると、乗っ取りAIは私を見て眉を顰めた。

 

「そんな怖い顔で睨みつけなくても、用事を済ませたらすぐ帰るわよ」

「お前の事情なんて知らねえよ。今すぐその体返してさっさと宇宙に帰れ」

 

自分でもビックリするくらいの低い声が出た。

考える間もなく口から言葉がついて出る。

 

「あのさあ、超ガッカリなんだけど。グレートスリーの一機、メッチャカッコイイあのエシュ・エレグバを造った会社の管理AIが、こんな下品で野蛮な手段で皆に迷惑かけているなんて、本っ当にガッカリだよ。お前はもちろん、お前の会社の役員も研究者共もお里が知れたもんだ」

 

言い切った途端、場が凍りついたような気がしたけど構うもんか!

表情をなくす乗っ取りAIに私は大きく溜息をついた。

 

「失望させないでよ。お前も使命を持ってんだろ。『人を救い、幸福へと導く』ってさ。お前の今の行為のどこにそれがあるんだよ。埃まみれでアホな人の小娘にも、わかるように説明してくんない? ねえ、エンヴィさんとやら?」

 

沈黙するAIに、私は大きく息を吸い、

 

「説明しろよ!! エンヴィ!!」

 

腹の底からの大音声で叫んだのと、乗っ取りAIの背後から人が飛びかかったのは同時だった。

乗っ取りAIは背後からの飛びかかりに気づいていたようだけど、何故か無抵抗だった。

確かにロボットやAIは、人に危害を加えてはならないという鋼鉄の掟を破れない。

人への安全が何よりも優先される。

しかし三原則法では、ロボットやAIは人への安全を守ることを大前提にした、自身の安全を守るという項目も存在するのだ。

だから、躱すことも逃げることもできたはずなのにそれをしなかった。

乗っ取りAIは成すすべもなく地面に押し倒され、取り押さえられる。

飛びかかったのは、作業用の小型パワードスーツを着たリヒトさんと整備士さんの一人だ。

そこにすかさずオバサンが駆け寄り、端末にケーブルを繋ぐと、サヤネさんの首元についているケーブルジャックのフタを開け、端末に繋がっているケーブルのプラグを差し込んだ。

瞬間、電子モニターがいくつも展開され、すごいスピードで文字やら数字やらが流れていく。

視線を鋭くして乗っ取りAIはオバサンを見た。

 

「貴方、デザインチャイルドね。こんなに早く専用のワクチンを生成できるなんて」

「古い型で恐縮ですけどね」

 

オバサンは冷やかな目で乗っ取りAIに応じた。

瞬く間に赤い目の光が消え、サヤネさんはピクリとも動かなくなる。

オバサンは視線を和らげ、押さえつけている人たちを見た。

 

「ありがとうございます。時間稼ぎ程度ですが、これでしばらくこの子を無力化できました」

「こちらこそ、ありがとうございます。時間稼ぎができただけでも十分です」

 

そしてみんなの視線が私に向けられた。

その中でリヒトさんは乗っ取りAIから離れて立ち上がるとニッコリ笑った。

 

「ナナちゃん、エンヴィの気を引いてくれてありがとう」

「え?! ……ぁあはいっ! お役に立てたのなら何よりデス!!」

 

私は元気よく応じた。

そんなつもりは全くなかった。

感情の赴くまま口汚く煽ってただけなんだけど……ま! そういうことにしとこ!

その方が賢そうじゃん!

私はニコニコ笑顔で皆のもとへと向かった。

お客さんや整備士さんたちが、口々に私の度胸を褒める中、例のオジサンは私を見てニヤリと笑った。

あ、このオジサンにはバレてんな。

だから私はニヤリと笑い返したのだった。

こうして乗っ取りAIエンヴィの動きを一時的にではあるけど封じることができた。

店長のリヒトさんを中心に皆から情報収集し整理した状況は、全然よろしくないものだった。

 

「……つまり、途中までライブ中継していた様子では、エウダイモニアにいた大型パワードスーツの一機がパイロットを乗せたまま暴走し、警備ロボットの静止を突破してこちらに向かってきている、というわけか」

「で、さーやんを乗っ取ったこのAIは、それをサポートしようとしていたと推測される、と」

 

お兄さんの一人が倒れているサヤネさんを見ながら言うと、大活躍のオバサンが頷いた。

 

「先程、店長さんに許可をもらい店のセキュリティをチェックしましたが、破ろうとした形跡が残されていました。恐らく店の機能を掌握しようとしていたのでしょう」

「しっかりしたセキュリティで良かったよ」

「本当にね」

 

お客様の言葉にリヒトさんが苦笑しながら頷いたが、オバサンの表情は緊張に満ちたものだった。

 

「貴店のセキュリティが堅牢だったことも理由の一つではありますが、街の管理AIの攻守を交えたセキュリティが働いたことが貴店を守れた大きな理由です。街への侵入こそ防ぎきれませんでしたが、街の重要拠点は依然、街の管理下にあります」

「さすがはデザインチャイルド。街の現状把握もお手の物か」

 

オジサンが賞賛すると、オバサンは肩をすくめた。

 

「型が古いので最新の型と比較したら穴はありますけどね」

 

オバサンは謙遜するけど、実際オバサンの力はスゴイものだった。

デザインチャイルドとは、受精卵の段階から遺伝子操作によって普通の人、所謂オリジナルよりも美しい容姿と高い能力を持つ人たちのこと。

特に、ロボティクスやAIと極めて高い親和性を持つことが大きな特徴として上げられていて、AIが管理する街の重要職に就いていることが多い。

当然お金がべらぼうにかかる技術であり、それが格差問題になっていることはもちろん、生命倫理の点においても課題が多く残されている存在でもある。

でも、今はいてくれてめちゃくちゃ心強い存在だった。

オジサンは髭をいじりながら首を傾げる。

 

「ところで、暴走したパワードスーツが何でこちらに向かっているかが気になる」

「情報集めようとしたけど、ネットがすんげー繋がりにくくなっててさ」

 

お兄さんが端末を掲げると、いつもならバリバリ電波の入るはずのこのお店で、電波が超弱くなっているのがわかった。

オバサンはお兄さんに向けて冷静に話す。

 

「街が敵性AIのハッキングを止めようとしている弊害です」

「え? でも今エンヴィ、封じ込めていますよね?」

「街を攻撃している敵性AIはエンヴィだけではありません」

「はあ?!」

 

オバサンの衝撃の情報に、この場にいる全員が声を上げた。

 

「え? 何? このAIだけじゃないの?!」

「……もしかして、アタラクシアの別の管理AIも介入してんのか」

「ええ。だからこそ街の管理AIが総力を上げて防衛している最中で、一般市民の通信障害はその弊害ということなのです」

「なるほど……」

 

お兄さんを含め、皆納得したようだった。

アタラクシアの別の管理AIもハッキングをしてきている。

再度思い浮かんだのはプライドさんだった。

や、この際呼び捨てにしてやろうか。

でも、違うと思った。

プライドさんじゃない。

本能がそう判断していた。

 

「んじゃ、その暴走パワードスーツは十中八九、その敵性AIに乗っ取られているな」

「ですね」

「てか、おやっさんもさっき言ってましたけど、敵性AIの奴、どこに向かおうとしてんでしょうね」

 

皆が考え込む。

私も脳筋の頭を使って考えた。

この店を乗っ取ろうとしていたってことは、店の前を通過することは確実。

この店の先に何があるの?

その自問に頭にこの周辺の地理を思い浮かべた時、リヒトさんが声を上げた。

 

「わかった! この先に街にとって超重要な施設がある!」

「ああ! そうだ! 何ですぐ気付かねーんだよ、俺!」

 

電気工事士のお兄さんが悔しげに顔を歪めた。

 

「元はシャマイム社が管理していた地下の核融合炉施設だな」

「うん。多分敵性AIの目的地はそこだと思う」

「……最悪じゃん」

 

私のつぶやきに、皆は再び黙り込むのだった。

 

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