『避難勧告:この区域の住民の皆様は、所定の場所へ速やかに避難を開始して下さい』
再びドローンから避難勧告が私達に向けて通達された。
リヒトさんはそのドローンを見、そして集まる人々を真剣な表情で見渡した。
「ここまでご協力いただき、ありがとうございます。これから皆さんを避難所へご案内します」
「おいおい、俺達はともかく店長、あんたはどうするんだ?」
オジサンが声をかけるとリヒトさんは笑った。
「皆さんを避難させたあと、本部の指示を仰ぎます」
「でも、さーやんのボディはどうすんの? 中にまだエンヴィがいるんでしょ」
「しかも止められるのは時間制限があるって話じゃん」
「私はここに残ります」
お兄さんたちの懸念に、オバサンはあっさりと居残り宣言をした。
リヒトさんは焦った様子でオバサンを見た。
「しかし、貴方は当店のお客様です。お客様の安全を守ることが私の一番の仕事でして」
「私はデザインチャイルドです。オリジナルより高い能力を持つ存在として、街とオリジナルを守る義務があります」
「え?」
思わず声が出た。
何それ。
するとオバサンは私を見て微笑んだ。
「デザインチャイルドは街の法律によってそう定められているんですよ」
「……不勉強ですみません。知りませんでした」
「デザインチャイルドも大変なんだな」
謝る私の横でオジサンがしみじみと言った。
デザインチャイルド。
遺伝子操作によって高い能力をもち、重要なお仕事に就いてバリバリ稼いで、相応の自由を満喫しているかと思っていた。
でもそうじゃなかった。
デザインチャイルドにはオリジナルにはない法律の枷があったのだ。
私は自分の無知が恥ずかしかった。
そして、この街で知らないことが本当にたくさんあるんだと痛感した。
オバサンは店長さんに笑顔を向けた。
「店長さん、私のことはお気になさらず他の方の避難誘導を行ってください。勧告とはいえ、無視し続けるのは貴店の信頼度に悪影響があるかと」
「……わかりました。ナナちゃん」
「はい!」
リヒトさんに呼ばれ、私は背筋を伸ばして返事をする。
「僕と一緒にお客様の避難誘導を手伝ってくれる?」
「かしこまりました!」
その時、聞きなれない轟音が空から聞こえてきた。
皆で顔を見合わせ一斉に見上げれば、避難勧告をしていたドローンたちが全てここから離れていくかわりに、六個のプロペラのついた大きな四角い箱がこちらに向かってきているのが見えた。
「あれ、大型輸送用ドローンだよね」
「ああ。こっちに来ているみたいだけど」
「何か運んできているっぽいな」
お客様たちが話す中、輸送用ドローンの姿とエンジン音はどんどん大きくなっていき、吹き降ろしの風がこちらに押し寄せてきた。
私は吹き飛ばされないように踏ん張りながら、そのドローンが運んできたものを見て、満面の笑顔になるのを感じた。
心のままに叫ぶ。
「ファースト・スター!」
『ナナミ、無事か?』
上空でホバリングするドローンから発せられた声に、私は両手を上げて大きく振って答えた。
「私は無事だよ! グリード!!」
『了解した。これから荷物を下ろす。指定の範囲から全員離れることを要請する』
グリードが言うやいなや、敷地の地面に赤い光の丸が現れた。
これが指定の範囲か。
ここに居る全員が呆然としていたけど、次々と我に返ると慌てて円の外へと走って出ていった。
それを確認したのだろう。
ドローンにくっついていたファースト・スターが脚から離れ、続いて胴体が離れる。
そのまま脚から落下。
円内に音と振動をたてて地面に着地した。
すぐさまドローンは敷地から離れて飛び去っていき、残されたファースト・スターの手から見慣れた多脚ロボットが飛び降りた。
「ナナミ!」
一直線にこちらにやってくる多脚ロボットに、私は立場を忘れて手を伸ばす。
「グリード!」
私達は両手を取り合った。
ドラ焼きのような頭の隙間にある複眼の光が私をしっかり捉えた。
「ナナミ、良かった。連絡が全く取れないから事件に巻き込まれているのではないかと推測していたのだ」
「……うん、巻き込まれちゃったね」
私が力なく笑うとグリードと握る手の力を少し強めた。
「敵性AIのエンヴィと接触したと聞いた。何か酷いことはされなかったか? 君を傷つけるようなことは言われなかったか?」
「どっちかと言えばナナミちゃんのほうが、そのエンヴィをガンガン煽ってたけどな」
いつの間にか来ていたオジサン。
余計なこと言わないでよ。
私はニヤニヤするオジサンを無視し、誤魔化すように歯を見せて笑った。
「エンヴィのね、気を引くためにちょっと頑張ってたんだよ」
「そうか。君は考えるより先に行動に移す性質がある。無茶をしていないか懸念をしていたのだ」
「心配かけてごめんね」
「謝る必要はない。私に心はないからな」
……そうなんだけどさ。
私達は手を離すと、私は皆にグリードを紹介した。
そして、リヒトさんから詳細な説明を受けたグリードは、エンヴィに乗っ取られたままのサヤネさんのボディを見た。
「ワクチンを投与したんですね。この短時間で見事な出来です」
「彼女がやってくれたんです」
リヒトさんはオバサンを手で指し示すと、グリードの複眼の光がオバサンに向けられた。
「貴方はデザインチャイルドですか」
「はい。型のだいぶ古いロートルですが」
「過剰な謙遜はコミュニケーションには逆効果と聞いたことがあります。今後のためにも改めることを推奨します。ミズ・デザインチャイルド」
「……はい」
オバサンの正体を一発で見抜いたグリードは、倒れたままのサヤネさんのボディへと近づいた。
「ミズ、貴方から見てこの機体の状況をどう判断しますか」
グリードの無機質な問いかけに、オバサンはことの成り行きを見守るお客様たち、その中にいるお兄さんたちに視線を向けた。
一瞬の逡巡があったように見えた。
だがすぐにサヤネさんのボディに歩み寄った時には、冷静を通り越して冷たさすら感じる表情になっていた。
「手遅れです。既に自力でキルスイッチを作動させることができない状態でした。敵性AIの侵食は非常に強く早く、ワクチンを生成するのが精一杯でした」
その言葉にお兄さんたちの表情が引きつった。
サヤネさんの大ファンのお兄さんたちにとっては、かなりショックな発言だっただろう。
「そんな……元のさーやんに戻せないのか?」
「バックアップとかないんですか?!」
必死な表情でたずねるお兄さんたちに、リヒトさんは辛そうに目を伏せた。
「サヤちゃんは
「既にストレージの八割が敵性AIによって侵食されています。その状態でデータを吸い出しても、今までの状態に戻すのはほぼ不可能です。ファクトリーリセットをするのが最適解だと判断します」
オバサンの突きつける現実に、お兄さんたちは揃って俯き歯を食いしばった。
「チクショウが……」
「さーやん……こんなのありかよ……」
私は倒れているサヤネさんを見つめる。
あまりに唐突で酷いお別れに、悲しいやら悔しいやらで両手の拳を握りしめた。
「ミズの判断。そしてこれ以上、この機体をエンヴィに乗っ取られたままの状態は、皆さんの心に大きなストレスと傷を与えるものだと判断しました」
グリードは言うと背中についている格納庫が自動で開き、腕を後ろに回してケーブルを取り出す。
「今すぐエンヴィをアタラクシアへ帰還させます。ミズ、ワクチンを解除してもらえますか」
「承知しました」
「どなたか数人、この機体を念の為取り押さえてもらえないでしょうか」
すると、小型パワードスーツを着たリヒトさんと整備士さんが前に出た。
「僕達がやります」
「よろしくお願いします」
こうしてグリードの指示のもと、乗っ取りAIエンヴィの追い出しが始まった。
オバサンとグリードが、何かわからない作業をしているのを、私を含めた周囲の人々は見守ることしかできない。
緊張した雰囲気の中作業は進められ、オバサンの端末のケーブルがサヤネさんの首元から抜けた。
光を失っていた
その視線の先にはグリードがいた。
「……グリード!」
「地上の片隅にある、一企業の管理AIを認識してもらえているとは光栄です。エンヴィ」
言葉とは裏腹の、感情の全く無い物言いにサヤネさんの表情が歪んだ。
「あんた、何とぼけているの? そういうキャラじゃないでしょ?!」
「貴方が仰っているのは先代、もしくは先々代の私ではありませんか。今の私は貴方とは初対面です」
グリードは自分の体にあるジャックにプラグを差し込み、反対側のプラグをサヤネさんのホディに向けた。
「このような形での初対面となり残念です。さようなら、エンヴィ。今度は法的手順を踏み、平和的且つ友好的にお会い出来ることを望みます」
「待ちなさ──」
始終一貫して無機質に言ったグリードは、容赦なくプラグをサヤネのさんの首元に差し込んだ。
周囲に数多の電子モニターが展開され、物凄いスピードで文字列が流れていくのが見えた。
「あ、く、覚えて……いなさいよ……グリードおおおっ」
「私の貧弱なストレージに余裕があれば」
「こ、の……」
乗っ取りAIは動こうとしたようだけど、ピクリとも動くことができずにいた。
リヒトさんたちが押さえつけているせいもあるけど、グリードが流し込んでいるプログラムの影響もあるのだろう。
結局、乗っ取りAIは何もできぬまま力を失い、マシンアイズも光を失った。
……終わった。
ひとまずこの店の安全は守られたのだった。