多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第二十九話 宇宙から来襲された 5

「グリードさん」

「このままファクトリーリセットを行い、主電源を落とします。その後は貴店の本部の指示に従ってください。恐らくですが、機体は回収後に所定の工場へメンテナンスに出されるでしょう」

「……わかりました」

 

サヤネさんのボディから離れ、沈痛な面持ちで頷くリヒトさん。

五年以上、半年に一回の定期検査以外は休むことなく働き続けたカフェの看板娘に、例えロボットだったとしても思い入れはあるに違いない。

それはファンのお兄さんたちも同じで、悲しげに顔を歪ませていた。

サヤネさん……

私はその美しい顔をちゃんと見ようと、屈んでのぞきこんだ時だった。

サヤネさんのマシンアイが紫色に瞬いた。

グリード以外の全員がたじろぐ中、その紫色の目はゆっくりと動いてリヒトさんを見つめた。

 

「……店、長」

「サヤちゃん?!」

「さーやん!!」

 

リヒトさんとお兄さんたちが、サヤネさんのもとに来て跪いた。

サヤネさんは無表情のまま口を開いた。

 

「店長……申し訳……ありません。敵性AIの、プログラムの影響により……機体を動かすことができず、指定のプログラムの実行も……不可能です」

「うん、うん」

 

リヒトさんは深く頷き、一生懸命笑顔を作っていた。

 

「こっちは大丈夫だよ。今日はもう上がっていいからね。いつもありがとう。ゆっくり休んで」

「……ありがとう、ございます」

 

言ってサヤネさんは周囲にいる人々を見渡した。

 

「皆様にも……大変なご迷惑を、おかけし、申し訳、ありません、でした。私はお先に、失礼、いたします。皆様、良い夜を、お過ごし、ください、ま、せ」

 

サヤネさんの目の光が完全に失われた。

たどたどしくも、最後まで礼儀正しくクールなサヤネさんだった。

 

「さーやん……」

「最後まで仕事モードかよ……最高かよ……」

 

お兄さんたちは言いながら、何かに耐えるように俯く。

周りのお客様たちも整備士さんたちも、複雑そうな表情でサヤネさんを見つめていた。

そんな中、グリードは店長に複眼の光を向けた。

 

「店長、作業を続けてよろしいでしょうか」

 

グリード……うん、わかってる。

グリードは何も悪くない。

またエンヴィなり、別の敵性AIに利用されないためにも、ファクトリーリセットして完全に電源を落とすのが一番いいことなのだ。

リヒトさんは開いたままのサヤネさんの目を優しく閉じると、神妙な表情でグリードを見た。

 

「お願いします」

「了解しました」

 

こうして作業の続きが行われ、サヤネさんはファクトリーリセットされ主電源が落とされた。

サヤネさんのボディがリヒトさんと整備士さん、お兄さんたちの手によってカフェへと運ばれていくのを、私はベッコリと凹んだ気持ちで見送る。

でも凹んだ気持ちの奥底で滾るものを感じた。

このままでいいのか?

……断じて否! やられっぱなしは私の性に合わない!

それに、サヤネさんは強大なAIに対して最後まで抗っていた。

ワクチンを投与される前からエンヴィが始終無抵抗だったのは、三原則法のルールだけじゃない。

サヤネさんが機能を取り戻そうとエンヴィと戦い続けてくれたからではないか。

きっとそうに違いない。

そのサヤネさんの頑張りに報い、仇を取るのだ!

でもどうやって?

私が俯きながら考えていると、私の右手にそっと触れる感触があった。

作業を終えたグリードが私の右手を両手で包んでいた。

 

「ナナミ、どうした? 何を考えている?」

 

優しくたずねてくるグリードだが、何となくブレーキをかけられた気分になった。

私はグリードを見つめた。

多分、私の今考えていること、やろうとしていることにグリードは絶対に反対をするだろう。

でも私はグリードの手をできるだけ優しく外すと、片膝を立てて鎮座するファースト・スターに身体ごと向いた。

 

「グリード、あのファースト・スター、私に貸してくんない?」

「理由を教えてくれ」

「まだ敵性AIがいるんでしょ。サヤネさんに酷いことして、街を大騒ぎにしてみんなに迷惑かけて。そいつに一発かましたい」

「……これを見てほしい。スロウスと協力して算出した現在の敵性AIとその周辺の状況だ」

 

そうしてみんなの前に大きな電子モニターが現れた。

そこには街の地図と道路状況が表示されており、血のシミのような赤い光と、血飛沫のような細かい粒子が見えた。

それらがたくさんの青い丸を押しのけて、刻一刻とこのメンテナンスステーションへ向かってきている様子がうかがえた。

 

「街の情報統制をくぐり抜けましたか」

「否(ネガティブ)。私の所属する一鍔重機はこの件に対し七鞘(ナナツサヤ)航空宇宙研究所に協力を要請しました。研究所は了承し、現在稼働中の人工衛星から情報を収集。それにスロウスの管理する企業が独自に開拓した情報網から算出したものです」

 

オバサンの問いかけに、グリードは再び感情の全くない声で答えた。

……この対応の差は何?

オジサンがモニターを見ながら身を乗り出す。

 

「このデカイ赤丸が敵性AIか」

「はい。敵性AIはアタラクシアの管理AIの一機、ラースと推定されます」

「ラース」

 

そいつが次なるターゲットか。

私はその赤丸を睨みつける。

 

「この細かいのは何だ?」

「ラースが操るロボットたちです。街にいたロボットたちを無差別にハッキングし、手駒として動かしています」

「とんでもねえ……」

「音に聞くテロってこんな感じなの?」

「おっかねぇよ」

 

周囲の人たちは完全にドン引いていた。

グリードは無機質に続ける。

 

「街の警備部が対応中ですが、警備隊の主力がロボットであることから、ハッキングの中心となっているパワードスーツへの対応が遅れている状況です」

「人が乗ってるもんな。三原則法を利用されたか」

 

そして赤い丸から人の顔の画像が現れた。

四十代か五十代くらいの渋くて、怖い顔立ちのオジサンだった。

 

「このパワードスーツに乗るパイロットです。名前はルドルフ・ハルラモフ。シャースチエ人民解放戦線のリーダーを名乗っています」

「なにそれ」

「聞いたことないぞ」

「保安部の情報によれば、街の破壊活動を目的とした過激派としてマークされている組織です。一連の行動からラースと協力関係にあると想定されます」

 

その言葉にリヒトさんは頭を抱えた。

 

「デモ活動に過激派組織のリーダーが関わっていたって、洒落にならない事態じゃないか」

「しかも敵性AIとつるんでいたとは、こりゃタダじゃすまんぞ」

「この事態を無事にクリアできても、街の安全保障と団体活動は大きな見直しを迫られますね」

 

オバサンの言葉に皆は黙り込んだ。

事態のあまりの深刻さに言葉が出なかったのだと思う。

私もそうだったけど、それでも心の中に滾るものは勢いを止めることはなかった。

私は隣にいるグリードを見た。

 

「グリード」

「何だろう」

「改めてファースト・スターを貸してほしい。私、あの敵性AIと勘違いなオッサンをぶん殴りに行く! 決めたよ!」

 

拳を固めて言うと、グリードの複眼の光が揺れた、ような気がした。

 

「この情報を提供しても、君を止める力にはならなかったか」

「燃料投下、ありがとう」

「礼はいらない。そのつもりは全くなかった」

 

グリードの姿勢が心なしか傾いている気がしたけど、気にしないでおこう。

 

「オジサン、ナナミちゃんの本性を知ったような気がするぞ」

「奇遇ですね。俺もです」

「俺も俺も」

 

常連三人組が何か納得した様子で私を見て言っていた。

何さ、本性って。

私は私だよ。

と、グリードが私の手を再び優しくとった。

 

「ナナミ、私は君にこれ以上危険な目にあってほしくないのだ」

「じゃあ、何でファースト・スターを持ってきたの? グリードが操作するって言っても人が乗ったパワードスーツの相手はできないでしょ」

「そのとおりだ。私はあのパワードスーツを相手に防御することしかできない。だが、君と君の周囲にいる人を守ることができる。ラースとパワードスーツの相手は、人の警備隊とスロウスが雇った傭兵が相手をすればいい。私はそう考えた」

「ちょっと待ってください」

 

横から入ってきたのはリヒトさんだった。

 

「人の警備隊と傭兵を配置するのはいいとして、それ、核施設の近くでやるんですか?」

「核融合炉が地下深くにあるからと言って、その真上で大喧嘩するのはちょっとなあ」

 

オジサンがしかめっ面で頭をかく横で、お客様たちが頷いていた。

 

「ご意見はごもっともですが、計画については皆さんにお伝えすることはできません」

「……あー、うん、そだよね」

 

無感情にお話を拒否するグリードに周囲の人たちはブーイングしたけど、私は何度か事件に巻き込まれたこともあって納得せざるを得なかった。

だから私はグリードの手を握った。

 

「グリードは私と皆を守ろうとしてくれようとしているんだよね。ありがとう」

 

私はニッコリとグリードに笑顔を向けた。

 

「でもさ、早めにアイツらを止めたほうがいいことは確かだよね。私がその力になるよ。私がファースト・スターを動かせるの知ってるでしょ」

「もちろんだ。そしてこの場において、君以上のパイロットは存在しない。だが万が一は発生する。現に今も極めて危険な万が一が発生している。繰り返すが、私は君に危険な目にあってほしくないのだ」

「じゃあさグリード、手伝ってよ」

 

私はグッとグリードの鋼鉄の手を両手で固く握りしめた。

 

「私一人で頼りないなら、グリードも一緒に来て手伝ってほしい。あ、リンケージをするって話じゃないよ。あくまで情報処理のサポートでいいんだけどさ。……私と一緒にどこにでもついて行こうって言ってくれたよね」

「言った。君を一人ぼっちにさせない。それが私の意志であり、君を幸せにする第一歩だと認識している」

 

言って、グリードは真っ直ぐに、怖いくらいの圧力で私を見つめた。

一瞬怯みそうになったけど、私も目に力を入れて見つめ返す。

 

「本当に行く気なのだな。ナナミ」

「行くよ。アイツらぶん殴ってサヤネさんの仇をとりたい。そんで、少しでも早くこの事件を終わらせる力になりたい」

「…………わかった。君の望みを叶えるため協力をしよう」

「ホントに?!」

「本当だ」

 

やったあ!!

私は嬉しくて、グリードの腕をブンブンと上下に振った。

 

「ありがとうグリード!! 私、メッチャ頑張るからね!!」

「ナナミ、わかったからまずは落ち着こう」

 

と、視界の端にオバサンが一歩前に出てリヒトさんの方を向いていた。

その表情はロボットのように無表情なのに、目だけはギラリと光っていて怖かった。

 

「店長さん、提案があります。ただ貴店を危険に晒す提案なので後ほど本部にご確認を取っていただきたいのですが……ここで志願者を募り、貴店を最終防衛ラインとした作戦計画を立案しました。ご希望であれば詳細をお話いたします」

 

凄いな、デザインチャイルド。

仕事、早っ。

リヒトさんの表情が今まで見たことがないほど険しいものになった。

オバサンをしばし見つめていたリヒトさんだったが、やがてしっかりと頷いた。

 

「わかりました。お話を聞かせてください」

「ありがとうございます」

 

オバサンは一礼をし、皆に計画の内容を話し始めた。

 

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