多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第六話 メイクレッスンをした 3

すんごい美少女だ。

漫画なら周囲に花とか星とか、何かそういうキラキラしたものが飛び交っているであろう、その姿。

色素の薄い肌に、長い長いお尻の下まであるウェーブのかかったピンクともオレンジとも見える髪。

華奢な体はトレンチコートを羽織り、素足もまたいちいち繊細だ。

……ん?

何だ、この違和感は?

この美少女が人型ロボット(アンドロイド)だというのはわかる。

晴れ渡る青空のような青の目はカメラアイだ。

それはいい。

だが、本来なら服で隠れるはずの首や手首、膝や足首も人にはないつなぎ目が見えている。

それがおかしかった。

本来なら率先して隠す場所なのに。

 

「ラ、ラストさん?!」

「はい。ラストですよ」

 

店長さんが呆然と呟くのを、美少女は花開くような笑顔で頷く。

ラストと名乗った少女は、完全にフリーズする店長さんたちを尻目に、こちらへとやって来た。

見れば見るほど美少女だ。

だけど服装がどう見てもおかしい。

何故裸足なのか?

トレンチコートの下の服、どうなっているのか?

トップスやボトムスくらい見えていいはずなのに。

……あれ? あれれ?

私今、嫌な想像したよね?

まさか、ね。

私の疑念をよそに、店長さんは姿勢を正してラストさんに向き直った。

 

「ラストさん、どうしてこちらに?」

「はい。私の知り合いのお友達が来訪していると聞き、取り急ぎ裏口から失礼いたしました♡」

「えっ?! 裏口には警備が──」

「弊社所属のAIは、上位者()の命令を優先的に従うようにできていますから」

 

恐れ慄く店長さんたちに対し、美少女アンドロイドはニッコリおっとりと笑う。

そして、両手を胸の前に組んで私達を見た。

 

「ああ、貴方達がグリードのお友達なんですね」

 

え?

このアンドロイド、グリードを、しかも私達がグリードの友達だってことも知っているのか?

漫画のヒロインが具現化したような美少女アンドロイドはコートの裾を持ち、左足を後ろに引いてお辞儀をした。

あっ! アニメで見たことある! カーテシーだ!

 

「初めまして、ラストと申します」

「……あっ、はい! 初めまして、アイラ・タクルです」

「ナナミ・カリヤです」

 

アイちゃんは畏まって一礼をしたのに続き、私も慌ててそれにならう。

……グリードの知り合いかな?

ラストさんは、誰もが見惚れるような笑顔を浮かべた。

 

「タクル様、カリヤ様、本日はようこそお越しくださいました。今日お越しになることを先に知っていれば、もっと素敵なサプライズをご用意できたのですが、私もつい先程皆様の来訪を知りまして。……それで、とっさにこんなことしか思い浮かばなくて」

 

何故かモジモジし始める美少女アンドロイド。

だがやがて意を決したような表情をすると、トレンチコートの結び目を解き、ボタンを外した。

本来なら、このアンドロイドの人と遜色ない仕草や表情に感動をしていたことだろう。

だけど今は、嫌な予感がした。

すっごく嫌な予感がした。

 

「どうか! こちらをご覧になっ」

「失礼しますっ!!」

「あっ♡」

 

美少女アンドロイドがトレンチコートを広げて中身を見せようとしたのと、店長さんが売り物であろう鮮やかな花柄の大判のストールを抱きつくように被せたのはほぼ同時だった。

……いやあの、一瞬見えちゃったんですけど?

トレンチコートの下、真っ裸だったんですけど?!

 

「何をなさいますの?! 私はお二人にサプライズを──」

「そういうサプライズは! 誰も! 望んでおりませんので!!」

 

店長さんに続き、他の店員さんもストールやコートを持ち出して次々と彼女へと被せていく。

私は呆然とそれを眺めていた。

アイちゃんもそうだろう。

この状況、私達に一体何ができるというのか?!

むぅと膨れるその表情は本当に愛らしい限りだが、私の頭に警告のビープ音が鳴り響いた。

ダメだ! それでは拘束したことにならない!

 

「えいっ!」

 

可愛い掛け声とともに、ラストさんなる美少女アンドロイドはしゃがんで、店長さんの腕をすり抜けた。

そして、被せられた幾重ものコートやストールをモゴモゴとかき分ける。

何だ?!

私は恐怖を覚えた。

何だ何だこの変態アンドロイドはっ!?

 

「さあ、ご覧になって! 私の本来の姿を!!」

 

何がどうしてこうなったっ!?

その時だった。

奥のドアが大きな音を立てて乱暴に開き、いかにも淑女な出で立ちをした女性が突進してきた。

右手を左の腰に回し、かけている色付きの眼鏡がギラリと輝く。

 

「イヤアアアアアアアアアッ!!」

 

裂帛の気合とともに淑女さんの右手が一閃した。

ピコン! という間の抜けた音とともにラストさんの首が宙を舞う。

そして髪をたなびかせながら首が床に落ち、裸の胴体も力なく倒れた。

淑女さんはしばし切りはなった姿勢を保っていたが、やがて居住まいを正す。

 

「オルブライトさん!」

 

店長さんたちが歓声をあげた。

しかし、私は我が目を疑った。

そのオルブライトさんなる淑女さんが右手に持つものは、金色にキラキラと輝くピコピコハンマーだったからだ。

 

「ふう、この宝刀を使うのに役員全員の承認が必要なのは、非常時には問題がありますね」

「はい。次回の保安会議の議題に上げておきます」

 

眼鏡を持ち上げながら鋭い表情で言うオルブライトさんに、付き添いのブラックスーツの女性が頭を下げる。

……宝刀って、そのピコハンのこと?

息をつく暇もなく、不吉な音を耳にした。

床に落ちた首はゴロゴロと転がり、私達の元へやってきた。

長い髪が行く筋も顔にかかった様は、正直不気味としか言いようがない。

無表情だったそれは、瞬きを何回か繰り返した後、恥じらうような表情を浮かべた。

 

「やだ。こんなはしたない姿を皆さんに見られてしまって、私、恥ずかしいです♡」

「っ、にゃああああああああああ!!」

 

反射的に胸に湧き上がったものに押されるように声を上げた時、隣の気配が急に消えた。

見れば、アイちゃんが膝から崩れ落ちて床に倒れ伏すところだった。

 

「アイちゃん!」

 

私は我にかえり、膝をついて気絶したアイちゃんを抱き上げた。

そうだ、アイちゃんはこういうのが大の苦手だった!

すると、首だけの少女の表情が真剣なものになった。

 

「まあ大変! 誰か、タクル様のケアを」

「チェス、トオオオオオッ!」

「きゃんっ♡」

 

再びオルブライトさんが例の宝刀をフルスイングし、気の抜ける音と共にラストさんの首が宙を舞った。

それをすかさずスーツ姿の老紳士がゴールキーパーよろしくキャッチする。

 

「キスリング、そちらは任せます」

「わかりました。ささ、行きましょう」

「えっ?! でもタクル様が──」

「オルブライトがおりますから大丈夫です!」

 

老紳士は、ラストさんの頭を抱えて奥のドアから急いで退場し、続いてコートとスカーフにくるまった首なしの体を乗せた台車がその後に続く。

そしてドアは音を立てて呆気なく閉まった。

事の成り行きを見守るしかなかった私の横で、アイちゃんが近くのソファに寝かされているのを見る。

ほ、本当に一体何がおきたんだ?

状況を整理しようとして、再びドアの開く音がした。

出入り口のドアが開き、白銀の多脚ロボットと警備ロボットが部屋に入ってくる。

 

「ナナミ、アイラ、無事か」

 

グリード、予定よりも早く来ていたのか。

オルブライトさんが眼鏡を上げ、手で顔を覆うのを見ながらぼんやりと思う。

私は強張る顔の筋肉を動かし、無事であることを告げた。

その後しばらくして、アイちゃんは目を覚ました。

頭を下げて謝罪をするオルブライトさんと店長さんたちに恐縮しつつ、私達は顔を見合わせる。

どんな表情で、どんな言葉を掛ければいいのか。

すると、グリードが私達の前に出た。

 

「ミズ・オルブライト。御社のCEOがこの店に向かっていることを探知し、失礼ながら私は警戒度を上げていました。私の友人が来訪したと知ったなら、恐らくやらかすであろうと予測しておりましたので。案の定、やらかした事を察知し、友人たちを助けるため駆けつけた次第です。とはいえ、突然土足で踏み入り申し訳ありませんでした」

 

この場に似つかわしくない多脚ロボットは、白銀のドラヤキ頭──本当はもっとシュッとしているけど、適当な言葉が浮かばない──を下げた。

すると、オルブライトさんはさらに頭を下げる。

 

「いえ、グリードさんの懸念が現実のものとなってしまい、本当にお恥ずかしい限りです。今後はこのようなことが無いよう、CEOの警備と保安体制の見直しをさせて頂きます」

 

さっきからCEOって言ってるけど、……もしかして、あのラストさんのことか?!

と、アイちゃんが私に身を寄せると、声をひそめた。

 

「ねえ、ナナちゃん。グリちゃんってもしかして偉い立場のAIなの?」

 

そうか、アイちゃんは知らなかったか。

私は頷いた。

 

「一鍔重機の重役だよ。今の話を聞く感じ、ここの重役さんたちとも顔見知りみたいだね」

 

ついでに言えば、あの筆舌に尽くしがたい美少女アンドロイドのことも知っているようだった。

 

「え?!」

 

声を上げそうになり、慌てて自分の口をふさぐアイちゃん。

 

「そうだったんだ。ナナちゃん、すごいAIとお友達になったんだね」

「私も知った時は本当にビックリしたよ」

 

私がため息をついた時、グリードがこちらを向いた。

 

「ナナミ、アイラ。ミズ・オルブライトがこのように謝罪をして」

「忘れます!」

 

私は頭で考えるより先に、グリードの言葉を遮ってきっぱりと答えた。

そうだ。

全てを丸く収める方法は、これしかない。

ポカンとしている、オルブライトさんや店員さんたちに向かって安心させるように、私は笑顔を浮かべる。

 

「この事は誰にも言いません。忘れますから! 御社の名誉と私の心の平穏は必ず守ります」

 

隣でアイちゃんも力強く頷く。

 

「メイクレッスン、本当に楽しかったです! そのことだけを思い出にして、私もラストさんのことは忘れます! 大丈夫です!」

 

さすが、我が友!

合いの手を入れるのが上手い!

すると、オルブライトさんたちの表情が感極まったものになった。

 

「お心遣い、本当にありがとうございます。心から感謝いたします」

 

オルブライトさんと店長さんたちは、揃って深々と頭を下げたのだった。

そして、たくさんのお土産──チラッと見た限り化粧品をはじめとした試供品のようだ──を持たされた私達は、オルブライトさんを始めとした店員さんたち全員に見送られて店を出た。

しばらく歩くと、見慣れた人がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 

「アイラ!」

「ユーゴ!」

 

二人はお約束のように抱き合う。

普段の私なら、内心でいろんなものを燃やして爆ぜろと念じているところだが、今はそんな気力は残っていなかった。

ユーゴさんはアイちゃんの顔を覗き込むと、満面の笑顔を浮かべた。

 

「キレイになったな、アイラ。見違えたぞ」

「本当?! 良かったあ。ユーゴにそう言ってもらえて嬉しいよ」

 

ハイハイ、良かったっすねー、パチパチー。

そしてユーゴさんはこちらを見た。

 

「お! ナナちゃんもキレイになったな。ついに俺の会社に来る気になったか?」

「アハハハー、ならねぇですよ」

 

どんな話の流れだよ。

懲りないな、この人。

ユーゴさんは明るい笑顔を私とグリードに向ける。

 

「じゃ、俺たちこの後予定があるから、ここで失礼するよ。慌ただしくてゴメンな」

「あー、それは気にしないで。素敵な時間を過ごしてね」

「ありがとう。ナナちゃん、また明日ね」

 

二人は寄り添って地下鉄の駅に向かった。

私は手を振ってそれを見送る。

あー、疲れた。

二人が人混みに消えたのを見届け、私は肩を落とした。

 

「ナナミ、お疲れ様だ」

「うん。メイクレッスンって大変だったよ。慣れないことはするもんじゃないねー」

 

この疲れは、それだけじゃないのは明白だったが、私は忘れると誓ったのだ。

裸でトレンチコートを着た超美少女アンドロイドと、そのあとに起こったことは、思い出さない。

そう、思い出さないぞ、絶対にだっ!

額に手を当てため息をつくと、複眼全開の多脚ロボットと目があった。

 

「何?」

「キレイになったな、ナナミ。見違えた」

「……えっ?!」

 

思わず顔を上げた。

な、何を突然言い出してんの、このAI。

 

「グリード?」

「ユーゴが言っていたことを真似してみた。状況にあった言葉だと思われるがどうだろう」

 

……うん、いい加減慣れよ? ね? 私。

 

「合っているよ。でも、ユーゴ云々はわざわざ口に出す必要はないと思う」

「そうか。学習の確認をしたかったのだが」

 

私は口をへの字に曲げた。

 

「てか、グリードは主観的にキレイとか美しいとかわかんないでしょ」

「そのとおりだ。だが今の君の顔立ちは、化粧によって人が美しいと判断する基準を全て満たしているようだ。そして人は可愛い、美しい、綺麗という言葉を敏感に好意的に受け取る傾向にある。だから言葉にしてみた」

「そっか」

 

…………。

グリードなりに、私のテンションを上げようとしてくれているのだろうか。

だとするなら、これ以上この四角四面のAIに気を遣わせるわけにはいかない。

いや、気を遣うこと自体ないだろうけど、言葉を選んでくれているのは確かだ。

私は苦笑した。

 

「ありがとう。……ずっとここに立っているわけにも行かないし、そろそろ行こうか」

「そうだな」

 

私達は改札に向かって歩き出した。

 

「このあと時間はあるか」

「あるよ。何?」

「君にコーヒーを奢ろうと思っている」

「お茶したいのね。いいけどさ、前も奢ってもらったよね。今日は払うよ」

「メイクレッスンの話を聞かせてほしい。その時間の代金と思ってくれ」

「いや、お金払うようなもんじゃないよ」

 

しかし、グリードは頑として譲らず、結局私は根負けして、またしても奢ってもらうことになった。

 

今日、私はメイクレッスンに行き、楽しいひと時を過ごした。

その後の店に起こった事件については、全て、そう全て、忘れることにしたのだった。

 

<メイクレッスンをした 完>

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