広場の隅から隅へと移動することになり、最初は駆け足だったけど、最後は結局歩いて試乗会場入りした。
会場では二機のファースト・スターが思い思いに動いているのを、模擬戦程ではないけど人が見に来ている。
私は受付のテントで手続きをし、説明を受けた。
「
「え、あの、
「えっ? マニュアルですか?」
「はい」
ビックリする受付のお兄さんに、私は頷く。
大型パワードスーツの操作には、AIと人間の神経を接続して動かすリンケージと呼ばれるものと、AIのサポートを受けないマニュアルとがある。
主流はもちろんリンケージだ。
直感的に操作できるし、AIのアシストの恩恵もダイレクトに受けることができる。
ただ、リンケージは脊椎を特殊なケーブルでAIと繋ぐため、専用のパイロットスーツに着替える必要があった。
そして、私はマニュアル操作なので着替えの必要がないのだ。
「というか、そのつもりでスーツ持ってきていないです」
「そうですか。……もちろんマニュアルでも大丈夫ですが、操作が多少複雑になりますよ」
「それを承知で試乗させてもらいたいです。普段使いしている機体もマニュアルなので」
「わかりました。それではこちらの契約書を一通りご覧頂いたあと、サインをお願いします」
端末を差し出され、契約書の内容に目を通し──内容は極めて常識的なものだ──私はタッチペンでサインをした。
そして控えのテントで大人しく待ってると、何故か視線を感じた。
私も周囲に視線を巡らすと、視線をそらす気配。
みんなが専用のスーツを着ている中、パーカーとカーゴパンツ、スニーカー姿の私は浮いて見えるのだろう。
そんなにマニュアル操作は珍しいですか、そうですか。
私は視線を無視することにした。
背負っていたバックを前に抱え込むと、端末を取り出し、バックに寄りかかるようにしてSNSでこのイベントのことを検索してみた。
ハッシュタグ付きのコメントを辿れば、いろんな角度から撮ったファースト・スターのカッコイイ写真がワサワサ出てくる。
わかっちゃいたけど、やっぱり人気あるなー。
悔しいけど、造形の美しさだけは、シリウスに勝ると認めざるを得ない。
好意的なコメントが多い中、ロボット嫌いな人たちのコメントもチラホラあった。
ロボットやAIの社会的進出に対する危機感を煽り、人の復権を唱えるその声に眉を顰める。
一鍔アンチのコメントが可愛らしく見えるのが皮肉だ。
「カリヤ様、お待たせしましたー。ご準備お願いしまーす」
「はーい」
私はバックからヘルメットを取り出し、代わりに端末をカバンにしまうと、椅子から立ち上がって係員のお兄さんのあとに続いた。
試乗のファースト・スターが音を立ててこちらに戻ってくる。
お、あれかな、私が乗るやつ。
そしてお手本のようにキレイに静止したファースト・スターのコクピットから、パイロットが身軽な調子で降り立った。
あれ?! あのパイロット、見たことあるかも?
ヘルメットを取ったその表情は、大変に上機嫌なものだったが、それは見知った顔だった。
「あ! ロイさん!」
「ナナミじゃねーか」
それは会社の先輩パイロットのロイさんだった。
ロイさんは笑顔でこちらにやって来る。
「何だよ、お前も来ていたのか」
「アイちゃんと一緒に来てました。でも、ラインアトラスびいきのロイさんが、一鍔のイベントに来るなんて」
ラインアトラスとは、低軌道上にある空中電脳都市『アタラクシア』を管理する
ロイさんはニヤリと笑った。
「そりゃこっちのセリフだ。シリウスはどうした? ついに浮気か?」
「違いますー。試乗してくれって友達に頼まれたんですー。そっちこそ、浮気してんじゃないですか。上機嫌な顔しちゃって。アルビオン最っ高! じゃなかったんですか」
「うるせーな。一鍔がこんなイベントするなんて滅多にないから参加してみたの。グレートスリーに試乗できるなんて、俺達庶民には滅多にできないからな」
「わかりますよ」
私達は苦笑し合った。
ちなみにアルビオンとは、ラインアトラス重工の代表機で、グレートスリーの一機でもある。
そして、ロイさんは私をひと通り見て、また苦笑した。
「で、お前はやっぱマニュアルなわけね」
「はい。普段がこれですから」
「そうだったな。……なあ、できるなら踊ってみてくれよ。多分ここにいる連中の度肝を抜けるぜ」
「操作できて、許可がおりたらやってみましょうか」
「ハハッ! お前ならすぐ乗りこなせるって。楽しんで来いよ」
「はーい」
私の肩を一つ叩き、ロイさんは係員さんの誘導に従い歩き去った。
まさかここで顔見知りに会うとは思わなかったな。
係員さんに案内され、ファースト・スターの前に立つ。
さあ、いよいよだ!
ヘルメットを被り、ファースト・スターのコクピットに座った。
係員さんにマニュアル操作の方法を教えてもらうが、シリウスに類似している部分が多い。
シリウスのほうが歴史のある機体だ。
これは、相当シリウス、いや、製造元のノーザンライツのことを研究しているのだと気付いた。
凄いと思うと同時に、顔がニヤけそうになった。
フフフフ、一鍔さんですら意識せざるを得ないシリウスの、ノーザンライツ工業の偉大さよ。
讃えよ! 地に満ちよ!
そして地上に取り残された人々とともに、この星と未来を切り拓こう! 我らがシリウス!!
「あの? カリヤ様?」
ハッ!
係員さんの声に我にかえった。
怪訝そうにたずねるその表情に、思わず頬が熱くなる。
ヤバ! 顔に出ていたか?!
「や、その、……ご機嫌になる機体だなーと思いまして」
「はあ」
我ながら意味のわからない言い訳に、係員さんが戸惑った表情を浮かべる。
やっちまった!!
気を引き締めなければ!
その後も説明を受け、ついに試乗開始となった。
一通りの説明を聞いて、やはりシリウスと操作方法はさほど変わらないことを知った。
ならば、マニュアルでも十分に動かせる。
安全バーをセットし、コクピットを閉めるとエンジンをかけた。
一鍔のロゴマークが一瞬表示され、すぐさまカメラの映像に切り替わる。
起動が早いのは最新鋭の証拠だ。
無線の通信が入った。
「ではカリヤ様、立ち上がってみましょう」
「はーい」
私は操作レバーを動かすと、間髪おかずにファースト・スターはそれに反応する。
反応、早っ!
てか、レバー軽っ!
もう少し重たい手応えでもいいな。
ひとまず、スムーズに立ち上がることができた。
まずは第一段階クリアだ。
「どうですか? 操作に違和感ありますか?」
係員さんの声に私は頷く。
「いつもの機体より軽くて反応も早いから、ちょっと戸惑っていますけど、操作自体に問題はなさそうです」
「そうですか。では歩いてみましょうか」
「はーい」
係員さんが慎重になっているのは、私がマニュアル操作をしているからだろう。
リンケージしてしまえば、姿勢の制御等はAIがサポートしてくれるが、マニュアルではその恩恵は得られない。
全て、パイロットの力量にかかってくるのだ。
私はフットペダルを操作して歩き始めた。
こっちも軽いし、反応が早い。
「どうでしょう、体調に問題はありませんか?」
「全く問題ないですー」
上下の揺れもシリウスと変わらない。
機体の揺れによる所謂『スーツ酔い』も、リンケージしていればほぼ緩和される。
まあ私、乗り物酔いを全然しないから関係ないけど。
手を振ってスタスタと会場を歩く。
うん、つくづく使用感がシリウスに似ているな。
私は係員さんの許可を取って会場を走り始めた。
ふむふむ、ちょーっと揺れが激しいかなー。
リンケージ前提に作られているせいだろうな。
「ブースターいきます」
「はい、OKです」
ではレッツゴー!
ブースターを動かすことで、移動速度が上がり姿勢も安定する。
……ホントに文句がつけようがないほど良い機体だ。
これが、グレートスリーの機体!
優等生め!
ラインアトラスマニアのロイさんが、上機嫌になった理由もわかるというものだ。
波を描くように動いたり、滑るようにして八の字を描いたり、くるくる回ったりして思い思いに動かした。
「マニュアルで最初からここまで動かせるなんて凄いですね!」
「普段乗っている機体、シリウスなんですけど、操作感がだいぶ似ているおかげです」
感心したように言う係員さんに、私は笑顔で応じた。
「ノーザンライツさんの機体はだいぶ研究させてもらいましたから」
「でしょうね」
やはりそうだったか。
よし、では最後のチェックに入ろう。
このチェックをクリアできれば、少なくともシリウスと同格の名機であることは認めるとしよう。
私は早速たずねた。
「あのー、踊ってみてもいいですか?」
「は? 踊る、ですか?」
「はい」
困惑する係員さんに、私は機体を動かしてファースト・スターで頷いてみせた。
「アイドルダンスグループ『アズール☆ライト』のデビュー曲を踊ります」
「アズール☆ライト、ですか」
「そうです」
再びファースト・スターで頷く私。
アズール☆ライトとは、三人組のアイドルのことだ。
歌も踊りも超一流。
しかしお高く止まることもなくファンとの交流も積極的で、今アパテイアで最も波に乗っているアイドルグループである。
で、これから踊ろうとしているのは、アズール☆ライトのデビュー曲で、この街で近年流行りに流行った誰もが一度は聞いたことのある超有名曲だ。
一時期は動画サイトで踊ってみた動画がドシドシとアップされていたし、公式もそれを奨励していた。
だから係員さんが知っているのは不思議じゃなかったけど、その目が鋭く輝いたのは気のせいか。
だが、次の瞬間には仕事の顔に戻っていた。
「いや、リンケージならともかく、マニュアルでの操作は」
「シリウスはマニュアル操作でできますよ。ファースト・スターはできませんか?」
私は腰に手をやり胸を張る動作をする
「いや、できるとかできない以前に、そもそも踊らせるなんてことしたことなくてですね」
「じゃあいい機会なので試します。大丈夫です。悪いようにはしません」
係員さんのいるテントに向けてサムズアップをする、ファースト・スター。
もちろん私が操作している。
見れば、複数の係員さんが集まって話し合いを始めていた。
他の試乗に来た人たちが、何事かとこちらを見ている。
うーん、注目を集めてしまっているか。
しばらくして、係員の一人が腕を上げて丸印を作った。
「許可が降りました! 踊ってOKです! でも、くれぐれも気をつけてくださいね!」
「ありがとうございます!」
私は会場の中心に向かった。
では、脳内ミュージックスタート!
そして、おもむろに私はダンスを始めた。
足踏みから左右への動き。
足の動きが徐々に激しくなり、腕の動きもついてノリノリの状態になる。
曲が進むにつれて、運動強度が上がりステップも複雑になったが、ファースト・スター、ついてきやがった。
さすがは変態機動を可能にすると謳うだけある。
足腰の強さも可動域もぜーんぜん問題ないでやんの。
画面の向こうでは、別のファースト・スターが所在なさげに立ち、テントの連中も含めてこちらをガン見していた。
そしてサビに入り、こちらの操作も大忙しだ。
ここまで激しく動いたらスーツ酔いも酷いもんだろう。
でも私はまだまだ余裕があった。
画面から見える観客たちが、驚き笑っている。
観客の笑顔に応えようと、私は必死で操作を続け、まるまる一曲踊り切ると、会場から怒涛の拍手が聞こえてきた。
私は額の汗を拭う。
ふー、いい汗かいたぜ、なんてね。
「カリヤ様、試乗時間終了です! お疲れ様でした!」
「はーい、こちらこそありがとうございました!」
私はテント前まで歩き、片膝を立てた状態で腰を落とす。
そしてコクピットを開けた。
うひょー! 涼しい!
「凄いです!」
「えっ?」
係員さんは目をキラキラさせ、私を笑顔で見つめてくる。
「マニュアルで完コピ!! 僕、アズール☆ライトのマリンちゃんのファンなんですけど、メッチャ感動しました! 楽しかったです! ありがとうございます!」
「あ、いえ、それほどでも」
ファンだったんかい。
早口でまくし立てる係員さんに気圧されながらも、私はコクピットから降りて、ヘルメットを取った。
控えのテントでも拍手で迎えられた。
「凄かったぞ!」
「ファースト・スター、あんなに動けたんだな」
「しかもマニュアルだろ。あんたもファースト・スターも変態か? あ、これ、褒め言葉だから」
「見ていて楽しかったよ」
飛び出す褒め言葉に私は頭を下げた。
「いい観客に恵まれたおかげです。お騒がせしました。ありがとうございます」
着替えを終えたロイさんが、私に向かってサムズアップしている。
私も笑顔でサムズアップを返した。
こうして、私のファースト・スターの試乗は終わった。
良い機体だったことは、認めざるを得ない。
でも、私のシリウス愛は揺らがない。
何故なら、やっぱりファースト・スターは買う前も買った後もお金がかかるのだ。
じゃあお金があれば乗り換えるのか、と言われればノーだ。
シリウスの頑張って働く姿、その健気さは掛け値なしなのだ。
心にこう、来るんだよね。
……うん、わかる人にわかればそれでいい。
係員さんに笑顔で見送られ、私は会場を後にする。
あ、そうだ、アイちゃんに連絡しないと。
ズボンのポケットから端末を取り出した時、丁度アイちゃんからメッセが入った。
「ナナちゃん、踊ったの?!」
……唐突だな。
私はメッセを送る。
「踊ったって?」
「ファースト・スターで! SNSで動画がアップされて話題になっているんだよ!」
へ?
すると、アイちゃんからリンクが送られてきた。
タップしてみると、ファースト・スターがヌルヌル動いて踊っている映像が流れる。
うわっ! キモ凄い!
って、これ私か?!
『ファースト・スターが、アズール☆ライトのデビュー曲を本気で踊ってみた』
SNSには、このテキストとともに動画がアップされていて、現時点でも引用と共に拡散され、お気に入り★ の数もカウントが続いている。
そうか、試乗会場に見学していた誰かが動画を撮っていたんだな。
好意的な感想が多くついているのが救いだけど、拡散しすぎて怖い。
「間違いなく私だけど、拡散しすぎでしょ。おかしいよ!」
「ユーゴが言うには、アズール☆ライトのルイーズが反応したことで、さらに広まったんじゃないかって」
げっ?!
私は目をむいた。
「本家の反応があったの?!」
「みたい。あ、でも好意的な反応みたいだから安心して?」
「いやいやいやいや無理無理無理無理、できないよ!」
あばばばばば!!
どうしたらいいんだ?!
ついでに何か宣伝すればいいのか?!
何を宣伝するんだ?! シリウスか?!
いやいや、私が投稿したわけじゃないから、私にはどうすることもできない。
ちょっと調子に乗ったらこのザマだよ!
思わず頭を抱えた。
「ナナちゃん、試乗会場から出たところでしょ」
「よく知ってるね」
「グリちゃんが教えてくれた。そこで待ってて。私達がそちらに向かうから」
「わかった」
アイちゃんたちと合流した私は、屋台の席でSNSの対応を話し合い、私の顔や素性が出ていないことを幸いと、この件は放っておくことになった。
悪いことではないので大人しくしていれば、いずれ別の話題が現れて流れ去っていくだろう、というのがグリードとユーゴさんの判断だった。
そしてお酒を交えて、模擬戦の結果と感想、試乗の感想など様々な話題で盛り上がった。
模擬戦は、あれからグリードが怒涛の攻撃を仕掛け、ユーゴさんが時間ギリギリで押し負けたという。
ユーゴさんは笑っていたけど、すっごく悔しがっているのは肌身に感じられた。
そしてドームの空が茜色に染まる頃、解散となった。
会場の撤収作業があるグリードに見送られ、私達は地下鉄の駅へと向かった。
アイちゃんとユーゴさんと地下鉄の駅で別れ、私は一人で改札を抜ける。
その時、端末が震えた。
「ナナミ、今日は本当にありがとう。君のおかげで弊社の好感度がまた上がったようだ。いずれこのお礼はさせて欲しい」
送られてきたメッセに私は苦笑した。
さっきも同じようにお礼していたのに、本当に生真面目なAIだ。
「じゃ、またコーヒー奢ってよ。それでいいからさ」
「わかった。また連絡をする」
「撤収作業、頑張ってね」
「ああ。ありがとう」
グリードのお礼のメッセが届いたと同時に電車の到着を告げるアナウンスが流れた。
自業自得のハプニングはあったものの、イベント自体は成功したと言っていいだろう。
白銀の多脚ロボットが脳裏に浮かび、それに微笑みかける。
良かったね、グリード。
私は気分良く家路についたのだった。
<企業イベントに参加した 完>