多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第八話 水族館で問い詰められた 後編

ショップでは、ショーを見終わった人たちがやってきて、程よく賑わっていた。

キーホルダーやら食器やら模型やらが置かれていたが、やはり目立つのはぬいぐるみだ。

数多くの種類のぬいぐるみが所狭しと並んでいる。

私も自然とぬいぐるみの棚に吸い寄せられ、ペンギンとカワウソを手に取った。

カワイイー♡

でも、お値段は全く可愛くないー。

私はぬいぐるみを棚に戻した。

 

「ぬいぐるみに興味があるのか」

 

グリードの問いかけに、私は苦笑を浮かべた。

 

「うん。でもいい値段するから、諦めようかと」

「今日の礼だ。一つ買ってあげよう」

「えっ?!」

 

私はその申し出に戸惑った。

 

「でも今日のこれ、日頃のお礼と、グリードの使命の手助けのためであって」

「今日は君を含めて様々な生き物の姿を見ることができた。ぬいぐるみ自体、ここの入場料と同じくらいの値段だ。ぜひプレゼントをさせてほしい」

「うう。それじゃ意味ないじゃん」

「意味はある。友達が喜ぶ姿が見られる。心のない私は、金銭でしか君を喜ばせることができない」

「そんなことないよ!」

「ある。だから唯一君に勝るポテンシャルを活かす機会を与えてほしい」

 

こうなると、一歩も引かないのがグリードだ。

また、私が白旗を上げる展開になるのか。

私はため息をついた。

 

「……本当にいいの?」

「ああ。ただし、例外がある」

「え?」

「そこにある、ダイオウイカとリュウグウノツカイの二分の一スケールは無しで頼む」

「あんな大きいの、部屋に置けないから大丈夫だよ!」

 

グリードが指し示した先には、私の背丈以上の大きさのぬいぐるみが展示されていた。

何メートルあんだよ、しかもお値段たっかっ!!

普通のぬいぐるみの百倍以上すんじゃん!

……これ、買う人いんの?

すると、グリードはススーと滑るように移動した。

 

「君がまだ躊躇っているようなら、私が適当に選んで君にプレゼントしよう。例えば、この辺りのポンペイワーム、ニュウドウカジカ、ダイオウグソクムシとかどうだろう」

「どうだろうじゃないよ。キモカワイイけど、どんなチョイスなの!?」

 

私はうなだれた。

グリードの頑固モードに私は勝った試しがない。

 

「わかりました。じゃ、そこのカワウソのぬいぐるみが欲しいです」

「わかった。では一つ選んでくれ」

「はーい」

 

というわけで、私はいつもどおり根負けをし、ぬいぐるみの選別を始めた。

どれも同じように見える上に、ピンと来る子がいない。

あ、でもよくよく見ると、目が眠たそうだったりパッチリした子がいる。

口元も微妙に違うかな?

表情や肌触りを確認し、コレという子を決めた。

 

「じゃあ、この子で」

「わかった」

 

そしてレジで精算をし、私はカワウソさんをゲットしたのだった。

私は気を取り直して笑顔でカワウソさんをグリードに見せた。

 

「ありがとう、グリード。大事にするね」

「ああ」

 

私達は出口へ向かって歩き出した。

楽しかったし嬉しかった。

自然と笑顔になる。

可愛いよー、カワウソさん、可愛い♡

うふふ。

可愛かったから。

嬉しかったから。

体の衝動にまかせて、手にするカワウソさんの口に軽くチューをした。

へへへー。

浮かれた気分でカワウソのぬいぐるみを見つめた時だった。

 

「待て、ナナミ」

 

鋭く呼び止めるグリードの声に、思わず立ち止まった。

いつの間にか複眼があらわになっている。

 

「え?! 何?!」

「今、君はそのぬいぐるみとキスをしたな」

 

へ?

 

「……え? あ、うん、したよ。軽くだけど」

「何故だ」

 

……は?!

 

「……何故?」

「キスをした理由を聞いている」

 

え、ええっ?!

 

「え、えっと、可愛かったから、つい?」

「可愛ければ、ついキスをしてもいいのか?」

「や、ダメだよ! このカワウソさんはぬいぐるみで、意識とかないからであって」

「可愛くて意識がない相手なら、ついキスをしてもいいのか」

「いや、待って待って待って」

 

待っておかしい!

何か、何か私がすごくクズいことをしたような気がしてきた。

ぬいぐるみにチューなんて、よくある……いやたまにあることじゃない?!

落ち着け、私。

冷静になるんだ!

 

「キスは人の愛情表現の一つとされており、家族や恋人と行うことが多い。つまり心が通いあった者同士、双方が合意の上で行われるボディランゲージだ」

 

混乱する私に、グリードは淡々と言った。

 

「そしてぬいぐるみには、移行対象としての働きと、親和欲求を満たす効果があるとされる。要は、君は愛情や安心をそのぬいぐるみに求めていると言える」

「え、えっと……」

「ぬいぐるみではなく、私では代わりは果たせないか」

「……え、ええー」

 

まさかこんな所で、こんなこと問い詰められるとは思わなかったよね?!

 

「心がないという点においては、ぬいぐるみも私も同じ立場だ。私にもついキスをしてくれるのか?」

「えっ?! できないよね? だってそもそも口ないし」

「口をつければしてくれるのか?」

「その姿でどこに口をつけるの?! って、いやいやいやそうじゃなくて、ちょっと整理させて?!」

 

私は額に手を当てる。

キスをしても良い条件とは、

一、キスをする両者が互いを好きで信頼しあっていること。

ニ、キスする両者がキスをしていいと合意を得ていること。

三、極めてプライベートな行為であるため、できれば第三者の目のつかない場所であること。

こんなもんか?

…………。

ダメじゃん! 私!

カワウソさんに対して、何てマナー違反なことを!!

 

「ゴメン! カワウソさん、私が悪かった! できれば許してほしい!」

 

私はカワウソさんに頭を下げると、グリードの方を向いた。

 

「私がやったのは不意打ちっていう悪い例だから! 真似しちゃダメだよ!」

「わかった。しかし私の質問に答えていない」

 

グリードは無感情に告げる。

 

「例えば私が稼働していない状態なら、君はキスしてくれるのか?」

 

追及の手を緩めることはしないグリード氏。

使命のこともあり、グリードは人の欲望やら快楽やらといった、人の行動原理に関心が極めて高く設定されている。

どうやらそれを刺激してしまったようだけど、軽はずみなキスでこんな事になるなんて。

 

「……しないよ。だって、グリードはフカフカフワフワじゃなくて、ツルツルピカピカじゃん? それに可愛いというよりカッコイイでしょ」

「カッコイイとしてくれないのか?」

「うーん、さっき言ってた移行対象とか親和欲求とかいうの? そういうの、可愛いものの方が生まれやすいような気がする。あと、肌触りが良くて温かいのも大きいよね」

「なるほど。一理ある」

 

グリードは顔の下に手をやった。

 

「その上で、ぬいぐるみは意見も言わず否定もしない。この点は私との大きな違いだ。ぬいぐるみは、完全に持ち主の思い通りになる存在。心がないから、意思疎通ができないから、人は安心して素の自分をさらけ出せる。君がついそのぬいぐるみにキスをしたのも、そういうことなのだと推測する」

 

納得したようにグリードは言ったけど、私はその言葉が心に引っかかった。

聞き捨てならない、とても大切なことを言ったような気がする。

 

「人と接していると、時々わからなくなることがある」

「え?」

 

突然どうしたの?

 

「人は、私を含めたロボットに対して、心を求めているのだろうか。それとも心を持ってほしくないのだろうか」

 

淡々とした問いかけに、私は口をつぐんだ。

 

「君と私が出会った時のことを覚えているか」

「あ、うん。もちろんだよ。覚えてる」

「では、その時に私を襲おうとした酔漢が言っていたことは?」

 

その言葉に、脳裏に当時の様子が浮かび上がった。

酔漢たちはヘラヘラ笑いながら、しかし苛立ちを隠せない様子でグリードを取り囲んでいた。

 

『お前たちロボットは黙って人間の言うことを聞いていればいいんだ!』

『大人しく俺達の欲望のはけ口になっていろよ!』

 

私は顔をしかめた。

覚えている。

酔漢たちは口々にロボットを貶しめる暴言をグリードに吐き出していた。

 

「彼らは私に、ぬいぐるみになることを望んだのだろうか。何も言わず否定もせず、人の思い通りに動き、欲望を受け止める存在。そういうものを、人はロボットやAIに求めているのだろうか」

 

違う!

感情の全くこもっていない問いに、反射的に言いそうになって言葉を飲み込んだ。

だって、大切なことだった。

これはちゃんと考えて、答えなきゃいけない問いかけだと思った。

いや、もしかしたら、グリードは答えなんて求めていないかもしれないけど、でも私はちゃんと答えたいと思った。

人は、ロボットに心を求めているのか、否か。

私の気持ちと、酔っぱらいたちやロボットに否定的な人たちの気持ちを考えた。

難しかったけど、私はどうにか答えを導き出す。

 

「……多分両方で、人それぞれだよ」

「両方」

「うん。ついでに言えば、人によって強弱も違うだろうし、TPOにも左右されると思う。ほら、ウェルカムエリアとその次の熱帯魚のエリアで波があったでしょ。あんな感じでユラユラしてるんだよ」

 

私はうつむき、頭を働かせながら考えを言葉にして口に出した。

 

「酔っぱらいたちの言うことも否定できないよね。だって、産業的っていうの? 労働力としてはそのほうが都合がいいもんね。それに、心とか感情がない相手なら好き勝手できるとか、感情のサンドバックにしている人とか、人間相手なら普通ためらうこと、平気でやる人にとっては、心がない方がいいのかもしれない」

 

私は顔を上げ、グリードを見つめた。

 

「でも、私はそんなことしないし思わない。私みたいなロボットやAIに友好的な人たちもいて、その中に心を求めている人たちもいるのも事実だよ。どちらにしても、本当の意味でわかり合うことはできないだろうけど」

 

それは前、イースターの時にグリードが話してくれた。

心があっても人は脳みそが一つであるがゆえに、他者との相互理解は今の科学の力では不可能なのだと。

それでも、他人の世界観に思いを馳せるのは大切なのだという話だった。

思いやりの話だ。

 

「だから結論としては、両方求めていて、人それぞれ、時と場合で違ってくる、だと思う」

「人らしい、複雑で欲の深い話だ」

「うん。ゴメン。何か申し訳ないんだけど」

「だが、実に君らしい実直な回答だ。参考にさせてもらおう」

 

何となくお互いに黙った。

話が思いっきりそれた上に、シリアスな方向に行ってしまった。

私は努めて明るく、家に帰ることを告げようとして、

 

「話がそれてしまったな。すまない。キスの話に戻そう。どうしたら、君は私にキスをしてくれるようになるのだろうか」

 

グリードに先を越された。

戻すんかい、続けるんかい。

私は頭を抱えたかった。

下手なごまかしは通用しない。

無難かつ、誠意を感じさせる回答を考えなければ。

 

「ううううん、……もしもだよ。もし、グリードが心を持って、仮説とか、かっこ仮とかじゃなくて、本当に私のことを好きになってくれたら。で、私もグリードのこと好きになって、チューしたいなと思ったら、すると思う」

「今の君は、私のことを好きではないのか」

「好きだよ。友達としてね」

「なるほど。私が君とキスするためには、恋人になるか家族になるか、不意打ちかのいずれかになるわけだ」

「不意打ちはやめてよ。私が悪かったです。てか、グリードはキスをしてみたいの?」

「君とぬいぐるみのキスを見て興味を持った。してみたいし、されてみたい。君と」

 

君と。

その一言に胸がザワザワした。

やな感じじゃないけど落ち着かない。

思わず唇を引き締めた。

グリードは片手を上げた。

 

「今の私にはそれは無理だということは理解した。奇しくも私がプレゼントしたぬいぐるみをきっかけに、様々な話題に発展するとは思わなかった。この件については、いずれ解決する課題として設定しておこう」

「……解決すんの?」

「するとも。小課題の一つは明確だ」

 

複眼がこちらを見据えた。

何故かギクリとした。

 

「君が私に恋をすることだ。これは心のある君だったら可能性はゼロではない。私もさらに学習をし、君に恋してもらうような言動を取るようにしよう」

 

その言葉に頭が冷えた。

……このAI、私のことをナメてるな?

そう思った瞬間、心の中に火が灯って、メラメラと燃え始めた。

ああ、そうだな、確かに私はチョロいとも。

自慢じゃないがっ! 恋愛の実務経験ゼロだっ!!

だがな、心がないと断言するAIに落とされるほどヤワじゃないぞ!

 

「フフ」

「ナナミ?」

「ウフフフ、何でもないよー。ね、そろそろ帰ろ?」

「わかった。送ろう」

 

私は静かな微笑みを浮かべながら出口に向かって歩き出す。

だが心の内は、闘志でメラメラのバチバチだった。

心の無い相手に恋するほど不毛なことはない。

絶っ対ぇ! 落ちてやらねー。

友達止まりで逃げ切ってやる。

生まれてこの方彼氏なし!

恋愛音痴スキルを持つ私をナメんなよ!!

内心で吼えながら、私はぬいぐるみを抱きしめた。

 

<水族館で問い詰められた 完>

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