多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第九話 七夕で願い事をした 後編

「何故誘ってくれなかった?」

「え」

 

挨拶もそこそこに、カフェに現れたグリードは私に言った。

 

「誘ってくれれば、いくらでも時間の融通はできたのに」

 

その口調は、どこからどう聞いても淡白で感情のないものだ。

だけど私の耳には、どこか拗ねているというか、寂しそうに聞こえた。

AIに心はない。

だから間違いなく気のせいだ。

なのに、罪悪感を感じてしまう人の心の厄介さときたら。

 

「……ゴメン。だって今月は半ばまで忙しいって聞いたから邪魔しちゃ悪いなって思って」

 

だから、私は肩を落として言い訳をする。

 

「それに、臨時収入が入って突発的に行こう! って思ったからさ、突然誘っても迷惑かと思ったんだよ」

「そうか。気を遣ってくれたのはありがたいが、君からの誘いを迷惑と思ったことはない。今後、このような機会があれば一声かけてほしい」

 

グリードは右のアームを上げた。

 

「これは、私の使命に通じることだ。君と一緒に人々の欲望を見聞きし、人の心をよりよく知り、学びたい。その為なら時間は惜しまない」

「うん。そうだったね。これからは遠慮せずに声をかけるよ」

 

私は頷く。

私達はお会計を済ませ──グリードが真っ先に支払いを済ませてしまった──店を出た。

さて、これからどうしよう。

そう思って美術館のある公園へと目を向けた時、思わず手を打った。

 

「あ! 人の欲望を知るいい場所があるよ!」

「いい場所?」

「うん! ほらあそこ!」

 

私が指差した先の公園の中心に、高さは数メートルはあるであろう大きな木のような電子の笹が生えていた。

笹は風もないのにユラユラと揺れ、キラキラと光を振りまいている。

笹には色とりどりかつ多くの短冊が飾られ、周辺には多くの人々が端末を手にしていた。

 

「あれは、短冊に願い事を書く場所か」

「あ、知ってるんだ。そうだよ。願い事って人の欲望と似たようなもんだと思うの。データの取得にいいんじゃない?」

「そうだな」

「行ってみよ」

 

私達は彫像の並ぶ公園に入り、笹の束に近づいた。

下から見上げると圧巻だ。

高さもそうだが、皆の願いがこめられている短冊の量がすごい。

青、赤、黄、白、紫の五色の短冊が、笹がしなるほどに吊り下げられている。

私は飾られている短冊を見てみた。

 

『試験が何かの間違いで合格しますように』

『資格試験のヤマが当たりますように!』

『単位ゲットだぜ!』

『世界平和! 招運来福!』

『家族のみんなが健康で仲良くありますように』

 

といった、よく見かけるお願い事もあれば、

 

『大金持ちの美女のヒモになりたい』

『時間とお金と美丈夫をください』

『寝て起きたら二重瞼の巨乳美人になってますように』

『給料が何もせずとも上がりますように』

『革新的な増毛法が開発されますように。なるべく早く!』

『上手く四股したい。お願いします』

『浮気がバレず、家庭も円満でありますように!』

 

などといった、欲望に正直過ぎる願い事もあった。

てか最後二つ、おい、ふざけんな。

 

「なるほど、このような願い事もあるのか。興味深い」

 

つぶやくグリードの視線の先の短冊には、

 

『ヘラクレスオオカブトになれますように』

『アミメノコギリガザミになりたい』

『いちごパフェになりたい。すき』

『にじゅうとびができるようになりたいです』

 

お子様と思しき願い事があった。

みんな、自由だなー。

ただ見ているだけでも面白い。

と、ふと疑問が浮かんだ。

 

「この願い事、集めてどうするのかな?」

 

去年もそうだし、今までもそうだったけど、この願い事を集めてどうするのだろう。

すると、グリードがこちらを向いた。

 

「グラトニーの使命を覚えているか」

「うん。グリードと同じものだったよね」

「つまり、この街を管理する上位AIの使命のために活かされる。使命が果たされるか、稼働年数が限界を迎えるその日まで、人の欲望の収集と学習は終わることはない」

「……大変だね」

 

その途方のなさに思わずため息が出るが、グリードは片腕を上げた。

 

「大変も何もない。これが存在理由だ」

「そうだけどさ」

 

でも大変だと思うんだよ。

私は再び笹を見上げる。

笹の葉以上に飾られた短冊は、際限のない人々の願い事=欲望だ。

それを理解すれば、本当に人への理解が進むのだろうか。

……ん? 何かモヤモヤと形にならないものが浮かんできた。

だけど、周囲の騒ぎで集中できず、それは形にならずに霧散してしまう。

ま、いいか。

立て看板の説明書きを見れば、コードを読み込むことで短冊をゲットできるらしい。

早速端末でコードを読み込むと、ブラウザが起動して、七夕飾りが施されたサイトが表示された。

好きな短冊の色を選び、願い事を書いて送信すれば、この目の前の笹に短冊が飾られるという寸法のようだ。

短冊の色はデフォルトになっていた赤のまま、私は文字を打ち込もうとして、その手が止まった。

色々頭から湧き出てくる。

 

『健康でありますように』

『シリウスと一緒にお金が稼げますように』

『美味しいご飯やデザートが食べられますように』

『いつも見ている漫画がちゃんと最終回まで更新されますように』

 

……私の願い、俗っぽいな? 向上心がないな?

それにこれ、神様とやらにお願いするようなことかな?

どうせなら、もっと壮大なお願い事をしてみたい。

あ! そうだ!

私は画面に映し出されている短冊に文字を打ち込んだ。

 

『グリードの使命が果たされますように』

 

これ、いいじゃんね!

よし!

送信ボタンを押そうとした時だった。

 

「何故だ」

 

たずねるグリードの声がしてそちらを向けば、画面をのぞき込んでいた。

私はとっさに端末を抱えて画面を隠した。

もちろん手遅れだったけど。

 

「ちょっ!? 何、覗き見してんの!」

「質問に答えていない。何故、君個人に関わる願い事をしない?」

 

私の非難など全く気にする様子もなく、私に問いかける。

私は唇を尖らせた。

 

「私に関わる願い事だよ。グリードの使命は『人を救い、幸福へと導く』でしょ」

「そうだ」

「私、その『人』にあたる存在だよ。……あれ待って。人だよね?! 私、省かれてないよね?!」

「心配せずとも対象に入っている」

「そっか、良かった。というわけで、グリードが使命を果たしてくれれば、私もハッピーになるってことじゃん! お願いしても問題ないでしょ」

 

しかしグリードは食い下がった。

 

「この短冊には個人の願い事、欲望を書くものだと認識している」

「それで間違っていないけど、書く願い事は自由だよ。みんなの短冊見たでしょ」

「君個人の願い事はないのか? 健康とか収入アップとか」

「それ思ったよ。でも、神頼みしなくても自分の努力で何とかなるな? って思って。でも、グリードの使命はずっと複雑で難しいものだよ。個人の努力だけじゃ間に合わないと思ったから、神頼みをすることにしたの」

 

あ、そうだ!

私は抱えていた端末に目を向けると短冊にテキストを付け足した。

 

『多くの存在の協力を得られて、グリードの使命が果たされますように』

 

「これ良くない?! 我ながらいい願い事じゃん!」

 

開き直って私は画面をグリードに見せつける。

複眼が画面を見、そして私を見た。

 

「ナナミ。君は」

「いいでしょ?! ね?!」

「……君がいいなら特に問題はない」

「はい、じゃあ送信!」

 

ポチッとな。

すぐに送信が完了し、ホログラムの七夕飾りを見上げると、赤い短冊が一つ追加されたのを見た。

少しでもグリードの使命の力になれればいいな。

私は腰に手をあて、グリードを見た。

 

「で、グリードの願い事は何? やっぱり使命のこと?」

「そのつもりだったが追加する」

「え? 一人一個だよね」

「短冊は一人一個だが、願い事は短冊の文字数、五十文字を越えなければ、いくつ書いても構わないと認識している。規制もされていない」

「そ、そっか」

 

グリードが言うから間違いないだろう。

グリードは端末を使わず、正面に浮かんでいる画面に書き込んでいるようだ。

どれどれ、覗いてやりましょう。

 

『使命を果たせますよう。

ナナミが健康で収入が上がり、私に恋をして新たな欲望を見せてくれますよう』

 

………………。

私はゆっくりとグリードの複眼をのぞきこんだ。

 

「グリードさん?」

「五十文字以内で収まった。意外と書けるものだな」

「あ!」

 

言ってグリードはあっさりと送信ボタンを押し、紫色の短冊が七夕飾りに追加された。

私は呆然とそれを見つめる。

 

「これで良し。我々の願いが叶うといいな」

「……そだね」

 

私は無理やり笑顔を作った。

 

「一つ目の願いは叶うといいね! 私も応援するよ。でも、二つ目の後半は自力で頑張って! ね!」

 

私はグリードの恋愛における欲望のサンプルになるつもりは全然ない。

そう簡単に落ちてはやらんぞ!

私は内心でシャドウボクシングをする。

するとグリードは手を顔の下に当てた。

 

「努力は惜しまないつもりだが、恋は意識せずに落ちるものだと諸文献にあった。数多のメディアでもそう言われている。私も君と一緒に落ちることができればいいのだが、心を持たない私は落ち方がわからない」

「だろうね」

 

実を言うとねグリードさん、私もわからんのだよ。

いつの間にか落ちてるらしいけど、それを経験したことはないのだ。

 

「しかし、心を持つ君なら落ちる可能性は高い。だから君から先に落ちてくれ。私も手伝うし後を追うから」

「は?! なにそれ?! しかも追えるものなの?!」

「追えなかったら、ひとまず落ちた君を観察する。そして落ちる方法を考える」

「フッ、フフ!」

 

思わず笑い声が出た。

 

「フハハハハハ! そんなこと言っている間は絶対に落ちないから安心して♡」

「何故だ」

「知らない。もっと人の心を勉強してきて!」

 

私はそっぽを向き、七夕飾りとグリードに背を向けて歩き出した。

全く、このAIは!

 

「ナナミ」

 

ノシノシと歩く私の後ろを、グリードが追ってきているようだった。

 

「何故怒っている? 私が悪かったなら謝る。だから理由を教えて欲しい」

「しばらく自分で考えて!」

 

実はそこまで怒ってはいないけど、面白くもなかったので、私は不機嫌なまま駅に向かう。

グリードが追いついて、私に並走した。

 

「ナナミ、せめて駅まで送らせてほしい」

「好きにしたら。でもちゃんと考えてよね」

「わかった」

 

私はそっぽを向いたまま歩き続ける。

少なくとも今晩は不機嫌なままでいよう。

仲直りするのは、明日以降だ。

グリードにはちゃんと考えてほしいしね。

こうして今年の七夕は、こんな感じで幕を閉じたのだった。

 

<七夕で願い事をした 完>

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