多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

24 / 128
第十話 プールに行って告白された 2

来たぞ! 『ハウオリ・パールパレス・リゾート』!

明日も休みだし、今日は一日しっかり遊ぶぞ!

リニューアルオープンしてから一週間以上経っているものの、新しいものが好きで夏を求める人々は多く、施設内は結構な賑わいとなっていた。

オープンとともに入場し、施設内で水着に着替えた私は、グリードとの待ち合わせの場所に向かった。

館内の空の風景は、ドームの空よりも青が濃く、太陽光も強くまばゆく演出されている。

その空に連動して、気温も水着でも十分に温かく、少し動けば汗ばむことだろう。

そうだ、昔来た時もこんな感じだった。

記憶にあるハウオリよりもピカピカになり、洗練された風になっている施設内を見回す。

でも、面影が残っている箇所もあった。

白い宮殿内を巡る一番人気のウォータースライダーは、外観こそピカピカになっていたものの、その形は昔のままだったし、数多あるプールの場所も変わらない。

そして宿泊施設のホテルまた、その形と場所は変わっていなかった。

懐かしいな。

父と過ごした夏の記憶が蘇ってくる。

泳ぎを教えてもらった。

一緒にウォータースライダーに乗って、声を上げてはしゃいだ。

屋台でホットドックとかき氷を買ってもらった。

目が合うと優しく笑う父の表情。

色褪せた記憶が、思い出が、泡のように湧き上がってくる。

 

「ナナミ、こちらだ」

 

思い出に浸ろうとする私を呼び止めたのは、白銀の多脚ロボット、私の友達のグリードだった。

私は思い出を振り切り、笑顔でグリードに駆け寄った。

 

「グリード、お待たせ!」

「着替えてきたか」

 

言って、グリードは私を頭からつま先までその複眼で眺めた。

 

「可愛らしい水着だな。君によく似合っている」

「はは、ありがとうね」

 

お世辞というか、定型文であろう言葉を発するグリード。

それでもちょっと照れて、私は頭に手をやった

私はチョロいので、それが形ばかりのものだったとしても嬉しかったのだ。

と、グリードはドラヤキ頭の下に手をやった。

 

「この言葉で間違っていなかったろうか」

「うん。あの、確認の言葉はいらないよ」

「そうだが、なにぶん、私には可愛いと感じる主観が──」

「うんうん、わかってるから、そろそろ黙って」

「わかった」

 

全く、相変わらず余計な一言が多いAIだ。

AIに心はない。

数字がとれるものなら、それを参考にできるのだろうが──黄金比とか白銀比とかそんなようなやつ──可愛いとか、カッコいいとか、そういう主観に関わる感情は理解できないとされている。

ええ、承知しておりますとも。

何せ、この街の常識だ。

私は一息つき、改めて周囲を見渡した。

やはり人は多い。

サーフボードを抱えた男の人たちが波のプールに向かっていたり、浮き輪をもって流れるプールに向かう女子の集団がいたり、お約束のように寄り添ってオシャレ屋台へ向かうカップルがいたり。

ふと、目の前を走り去ろうとしたお子様四人がこちらを急に立ち止まった。

お子様の一人がグリードを指さす。

 

「あ! ロボだ!」

「知ってる。たきゃくロボっていうんでしょ!」

「こわーい! でもかっこいいー!」

「ねー」

 

私は声をかけようとしたが、お子様たちは私に構わずキャッキャしながら今度こそ走り去ってしまった。

……何だったのかな?

何となく口を開いた。

 

「土曜日とはいえ、やっぱり人多いね」

「今はまだ開場したばかりでこれでも抑えられているほうだ。午後に入ればさらに来場者数は伸びるものと予想する」

「うへー。そっかー」

 

まともに泳げるのかな。

私は首をかしげる。

 

「昔はこんなに人が多かったかなあ」

「君の記憶の正確性は判断しかねるが、リニューアルオープン後ということもあり、元々の顧客はもちろん、話題性に飛びついた新規客の呼び込みも成功していると推測される。恐らく、君の過去の記憶よりも人は多いだろう」

「やっぱそうだよね」

 

さて、いつまでも人間観察ばかりもしていられない。

グリードはともかく、私はこの施設を存分に満喫したいのだ。

そこでふと思った。

 

「ね、グリード」

「何だ」

「今更な疑問だけど、グリードは水は大丈夫なの?」

「平気だ。元々この機体は水中でも活動できるようになっている」

「へー。水中でも作業できるんだ」

「ああ。だが、水深二百メートルを超えるような所へ赴くのなら、深海用の機体に変更する必要はある」

「私、そんな場所行かないから大丈夫だよ?」

 

というわけで、私たちは一番近くにあった流れるプールへとやってきた。

せっかくだから浮き輪を借り──私よりも早くグリードが支払いを済ませてしまった──、準備体操をする。

グリードも律義に体操をしたのはちょっと笑ってしまった。

そしていよいよ階段からプールへと入った。

 

「お、こんなもんだったかな。結構水の勢いあるね」

「この流れるプールは一周約三百メートル、水深は約一メートル、流速は約一ノットだそうだ」

「ということは、水の深さ、グリードは頭のてっぺんが出るくらい?」

「そうだな。浮き輪を一つでは浮力が足りないから、沈んでの遊泳となる」

 

それ、泳いでいると言えるの?

私が思っている間にも、続いてグリードもプールへと入った。

当然、頭のてっぺんだけが出ている状態になった。

 

「グリード」

「何だ」

「ああ、口きけるんだね」

「当然だ」

 

ロボ、凄いな。

私は浮き輪の穴の部分にお尻を入れてソファに座るようにしてみた。

おー、いいねいいね!

ふわふわぷかぷか気持ちいいじゃん。

で、グリードのほうを見ると、水中をスイスイと歩いていた。

……やっぱ泳いでいるとは言えないよな。

苦笑しつつ、私は気を取り直して流れる水の感触を楽しんだ。

その後も波のあるプールへ行ったり、目玉のウォータースライダーを何回も楽しんだりしているうちにお昼になった。

タオルで髪と体をふいていると、グリードが声をかけてきた。

 

「ナナミ、そろそろ君には休憩もかねて昼食をとることを提案する」

「そうだね。お腹すいた」

「では、どこかのレストランに行くか?」

「普通に屋台のご飯でいいよ。ほら、あそこのベンチ空いてるから、そこで食べる」

 

ちょうどベンチが空いていたので、私はそこに急いで腰をかけると、グリードはゆったりと私の目の前にやってきた。

 

「では昼食を買ってこよう。何か食べたいものはあるか?」

「ホットドッグ」

 

思わず口に出た。

思い出の軽食だ。

 

「わかった。しかし、それだけでは消費したカロリーはまかなえないだろう。焼きそば、唐揚げ、ケバブ、ホットサンド、フライドポテト、クレープ、サモサ、バカリャウ、デルニなどもあるが」

「多すぎて選べないよ!」

 

てか、最後らへんの料理は何?!

 

「では売り上げの良いものを幾つか買ってこよう。君は確か好き嫌いやアレルギーはなかったな」

「ないよ」

「では行ってくる。ここで待っていてくれ」

「わかった」

 

そして店に向かうグリードを見送ったが、そこではたと気付いた。

やられた!

昼食の支払い、グリードがする気だ!

また奢られてしまうと後を追いたかったが、グリードが先ほど予想したように明らかに人出が増えている。

虎視眈々とこのベンチを狙っている視線を感じた。

……悪い、みんな、このベンチを譲るわけにはいかないんだ。

私も座ってゆっくりご飯を食べて休憩をしたいのだよ。

私はどっしりと座り直し、腕を組んだ時だった。

 

「あ」

 

ん?

視線とともに声がした。

何気なくそちらを見て、思わず二度見をした。

意識せず声が出る。

 

「あ!」

「ナナミ・カリヤ!?」

 

男の三人組が通りかかろうとして、一人の見覚えのある男がビックリしたようにこちらを見ていた。

知っているぞ、直接会うのは春節の時以来だ。

この男は私の天敵である。

それは向こうも同じだろう。

心は自動的に臨戦態勢となった。

 

「ジョン・ライル! どうしてここに!?」

「どうしても何も、御覧の通りダチと遊びに来たに決まってんだろ」

 

そりゃそうだろうけどさ。

すると奴は腕を組み、意地悪くニヤリと笑った。

 

「何だ、お前はボッチできたのか?」

「そんなわけないでしょ。今は場所取りをしてんの」

「ユーゴさんの彼女さんか?」

「違うよ。グリードだよ」

「ゲ」

 

途端、奴の顔が歪んだ。

ん? コイツ、グリードに苦手意識があったっけ?

すると、奴の隣にいた友人の一人が小突いた。

 

「おい、この可愛い子、誰だよ」

「誰が可愛いだよ。ユーゴさんの彼女の友人、つまりただの知人だ」

「なーんだ、そうだったのかー」

 

すると奴を押しのけて、男二人が私の前にやってきた。

 

「俺、コイツの友人の二コラ。よろしくね!」

「俺はフラヴィオ。君はナナミちゃんでいいのかな?」

「あ、はい」

 

ニコニコ笑って二人は私との距離を詰める。

あれ? あれれ?

私は無意識に、肩にかかっているタオルを胸の前でしっかり合わせた。

 

「場所取りしてるって言ってたけど、これからお昼ご飯?」

「俺たちもこれからなんだ。よかったら一緒に食べない?」

「おい! お前ら勝手に話を進めんな!」

「全くもってその通りだな、ジョン・ライル」

 

三人が一斉に振り向いた先には、右手にドリンク、左手に昼食の袋を下げている白銀の多脚ロボットがいた。

ジョン・ライルがわかりやすく一歩退く。

 

「グ、グリード」

「これがグリード? へー、多脚なんて珍しい」

「このデザイン、一鍔?」

「はい」

「やっぱ、そうなんだ。すげー! 一鍔の多脚、実物は初めて見た!」

 

ジョン・ライルとは対照的に、ニコラさん? とフラヴィオさん? だっけ? はグリードを興味深そうに眺めた。

しかしグリードはその二人に構うことなく、ジョン・ライルを見た。

 

「久しぶりだな、ジョン。バレンタインの風俗街の時以来だ。あの時は急用が入ったと立ち去ったが、強い関心を示していたチョコパイを手にすることはできたのか?」

 

すると、二人は首を傾げた。

 

「バレンタイン? チョコパイ?」

「あれ? お前確か、バレンタインの時は彼女とデートしたって──」

 

ん?

私は過去の記憶を掘り起こす。

バレンタインの時、グリードと一緒に街を巡っていた。

途中で別行動をして、グリードが風俗街を調査していた時、一人で出歩いていた奴と会ったって言ってたような。

すると、ジョン・ライルは顔を赤に青に忙しく変えながら声を上げた。

 

「あ! あああ! あああああっ!! 俺ら急いでいるんだったわ! じゃあまたな!」

「あ! おい! どこ行くんだよ!」

「ちょっ! せっかく可愛い女の子と知り合えたのにー!」

 

男友達の腕を引いて、ジョン・ライルは私たちの前から風のように立ち去った。

その後姿を見送りながら、何となく口を開く。

 

「何だったんだ?」

「バレンタインの件、我々の認識と彼らの認識との間に齟齬があることを確認した。ジョンがそのカギを握っているようだが、どうやら隠ぺいしたい様子だった」

 

同じように立ち去った三人を見送ったグリードだったが、やがてこちらを向いた。

 

「あと、ジョン以外の男二人は、君に興味を示していた。あの状況はナンパをしていたのだと認識している」

「ナンパ」

「そう。ナンパだ」

 

……そっかー、あれ、ナンパだったのかー。

 

「初めて経験したよ」

「ナナミはナンパは初めてだったのか。意外だ」

「そう? 街で一人で歩いていてもあんな風に声かけられたこと、一度もないよ」

「そうか」

 

グリードは袋を持ちながら、顔の下に左手をやった。

 

「やはり薄着になり、人々の心が開放的に、欲望に正直になっているのだろう。さらに言うなら、薄着になっていることで服装による印象が変わったことも大きな理由の一つと言える」

「どゆこと?」

「いつもの君の格好は、ストリート系カジュアルと分類され、女性らしさからは離れたものだ。だが今の君の姿は肌の露出が上がり、体のラインが認識しやすくなっている。故に男性の視線を集めやすくなっており、君を魅力的に見える男性が現れたのだと推測する」

「あー、何となくわかった」

 

いつもの私の格好は、お世辞にも男性の目を引くものとは言えない。

だから普段は声をかけられないけど、今は可愛い水着を着て印象が変わったから声をかけられたと。

……わかりやすいな? ていうか、物好きだな?

 

「そういうわけで、ここにいる間は君に興味を示す男性は増えることだろう。私も警戒度を上げるが、君も注意をするよう勧告する」

 

大げさな上に固いなあ。

でも、その気もないのに声をかけられて困るのも事実だ。

私はうなずいた。

 

「OK、気をつける」

「ああ。では昼食をどうぞ。ホットドックの他に、フライドポテトと唐揚げを買ってきた。バカリャウ、デルニも頼みたかったが、君が食べきれるとは思えなかったので断念した」

「うん、だからその二つの料理は何なのさ」

 

私は昼食とドリンクを受け取ると、早速食べ始めた。

ホットドックは懐かしい味がした。

うん、こんな感じだったな。

しんみりした気持ちになったけど、水泳はやはりカロリーを大量に消費するのだろう。

気付けばあっという間に食べてしまった。

体の欲求の前には、些細な気持ちなど無力なのだ。

私がモリモリとご飯を食べているのを、グリードは黙って見ていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告