そうだ、トニーちゃんで思い出した。
もうわかりきったことではあったけど、それでもラストさん自身に確認したいことがあった。
「ラストさん、お伺いしたいことがあるんですけど」
「はい、何でしょう」
「ラストさんは、製造元から使命を受けていますか。受けているのなら、その使命を教えてもらえますか」
「ええ、構いませんよ」
トニーちゃんの時同様、ラストさんは気軽に応じた。
「私は製造元から指名を受けております。その使命とは『人を救い、幸福へ導くこと』です」
「そうですか」
やっぱりそうだったか。
ラストさんの使命は、グリードやトニーちゃんと全く同じものだった。
……もしかして、このアパテイアの街のロボットやAIは、みんな同じ使命を帯びているのか?
私はその疑問を口にした。
「その使命は、この街のロボットやAIがみんな持っているものなのでしょうか」
「どうでしょう。でも、モノの作られる理由は役割こそ違えど、最終的にはそこに帰結するのではないかと思いますよ」
まあ、そうなんだろうけどさ。
腑に落ちない私に、ラストさんは微笑んだ。
「私やグラトニー、グリードには社会的な立場がありますからね。その使命がより大きく重い物になります。ましてや、このアパテイアは極めて特殊な環境です」
ラストさんは変わらず微笑みを浮かべているが、その鮮やかな青空色のカメラアイは笑っていないことに気づいた。
このお茶会の時間で何回か見ている、かも?
「この街は人類最後の生存圏。街の外には私達の管理に反発し独立する組織もありますが、生存圏たるには何もかもが足りません。そうでなければ、彼らがこの街で略奪を働こうとして傭兵に返り討ちに合うこともないはずですし、窃盗をしようとして警備部に追い回されることもないはずです」
私は自然と姿勢を正していた。
そうさせる威厳が、いつの間にかラストさんから発していた。
間違いなく、今のラストさんはトニーちゃんと並ぶこの街の管理AIの一機だ。
「仮に彼らの組織が上手くいったとしても、彼らは私達と同じ課題に突き当たり、人ならば懊悩することになるでしょう」
「課題?」
「ええ。前時代から、人もAIも究極の答えを見つけ出すことができずに、その場しのぎで乗り越えてきた課題です」
ラストさんはニッコリ笑った。
「さて問題です。前時代から人とAIにのしかかるその課題とは何でしょう?」
「えっ?!」
思わず声に出た。
いきなりクイズを出されたよ?!
えーと……、あ、まずこれかな。
「資源! です」
「はい、正解です。資源調達員のナナミさんには簡単でしたね。それで他には?」
あ、やっぱ答えは複数あるのね。
んーと……何だろ?
「ゴミ、とか?」
「それもありますね。他にもまだありますよね?」
え?! まだあるの?!
私は後ろを振り向き、やっぱり漫画を読んでいるグリードを指で軽くつついた。
「グリード、暇しているならヒントを下さい」
「暇はしていない。君の好きなものを調査中だ」
「うん。それは後回しにできるよね?」
「君の友人としての好感度を上げるための重要な調査だ。後回しにはできない」
この多脚ロボめ。
私はめげずに笑顔を作った。
「ヒントをくれたら小さくともすぐに好感度は上がるよ。それに並行作業、できるんだよね。なので今すぐヒントを下さい」
すると、グリードの複眼の光が私の方を向いた。
「では一つ。私やラストもちろん、この街に絶対に欠かすことのできないものだ」
瞬間、頭に閃くものがあった。
そうだ、こんなに重要なものがスッポ抜けていた!
「グリード、ありがと! 大好き!」
私はすぐさまラストさんに向き直った。
「エネルギーです!」
「まあ、良しとしましょう。正解です」
よっし!
小さくガッツポーズをとる私に、ラストさんはハッキリと苦笑した。
が、すぐにまた可愛らしい微笑みを浮かべる。
「まだありますよー」
「えっ?! まだあるんですか?!」
「ありますとも」
ラストさんは大きく頷く。
えー……、わかんないよ。
てか、この街、そんなに問題を抱えているの?
するとラストさんは指を立てた。
「では、私からもヒントを与えましょう。グラトニーの経営する『ハウオリ・パールパレス・リゾート』が半年間閉館した理由は何でしょう?」
「ハウオリ?」
この夏、かなりインパクトに残る思い出を作った場所だ。
そのハウオリが閉館したのは、確かリニューアルをするためで、リニューアルをした理由は。
「……老朽化?」
「はい、正解です!」
ラストさんは小さく拍手をした。
おお、当たってた!
「この街は老朽化が進んでいるんです」
ラストさんは再び例の笑顔で語りだした。
「本来なら全面的な改修が必要な状況ですが、先程カリヤ様がお答えしたとおり、資源が足りずに遅滞しています。カリヤ様を始めとした資源調達員の皆さんが頑張ってくれてはいますが、それでも足りない。それは人員もそうですが、資源が取れる場所も限られているからです」
資源を取れる場所が限られているのは、略奪によって生活をする外の危ない人たちの存在と、ナノマシンの暴走によって引き起こされた既存生物の異形化と凶暴化が挙げられる。
それらを駆逐するのが傭兵の仕事なのだが、その傭兵の数も足りないのが現状だ。
それも、もとを辿れば資源が足りないことに行き着くのだけど。
そして、老朽化か。
考えてみれば、この街は先の戦争が始まる前から存在しているわけだから、老朽化が進んでいるのは当然と言える。
でも私、全然そんなこと考えたことはなかった。
「深刻なのはエネルギー施設の老朽化です。資源もそうですが、知識も人材も足りずにここまで来ています」
「あの、ラストさんやトニーちゃんの企業で何とかならないんですか?」
「なっていたら課題にはなっていませんね」
「ですよね」
もちろん研究する部門はあるだろうが、それでは足りない、間に合わないのだろう。
「エネルギーに強い企業ってないんですか?」
「ありますよ。シャマイムさんと
おお! と思ったけど、シャマイムと八剱は先の戦争の責任を取って、一部のグループ会社を残して凍結しているのだった。
私は縋るようにラストさんを見た。
「シャマイムさん凍結の解除、できないんですか?」
「できますよ」
「じゃあ!」
「でも、肝心のシャマイムの管理AIが乗り気じゃないんです」
「え? 何で?!」
思わず敬語が取れてしまった。
私は口調を改める。
「これ、推測ですけど、シャマイムの管理AIの使命も、ラストさんやグリードと同じものですよね」
「ええ、そのとおりです」
「じゃあ、何故やろうとしないんでしょう。間違いなく人類を救い、幸福へ導くことに繋がるのに」
「それは私が聞きたいくらいです」
ラストさんは例の笑みを崩すことなくそう言った。
背筋がゾクリとし、首筋がチリチリするのを感じた。
え、何これ? 怖い。
AIに心はないはずだ。
なのに直感は告げる。
苛立っている?
その時、背後で動くものがあった。
「一般市民に余計な情報公開をして、不安を煽るのが君のやり方かね。シャマイムの件は君が担うべき課題であり、ナナミに共有すべきものではない」
漫画を読むのをやめたグリードが私の横にやって来た。
「君がグラトニー以上に使命に忠実なのは承知している。その熱意は人ならば敬意に値するものだろう。だが、少々進め方が強引ではないのか? そんなだから、かのAIにも振られ続けているのだろう?」
「ちょ、グリード?!」
グリードの容赦のない発言を諌めようとしたけど、ラストさんの鉄壁の笑顔が崩れて真顔になった。
「……蚊帳の外で、人の女の子と遊び回っているAIに言われたくありません」
「蚊帳の外にいるのは私の意図するところではない。それに、ナナミとの交流は有意義なものだ。ナナミとの交流がきっかけで、かのAIと接触できたのだからな」
「えっ?!」
私は声を上げた。
「グリード、シャマイムのAIと会ったの?!」
「ゲームの中で会った」
「ゲーム?!」
「『ロディア』だ。私が人の観察のためにログインしていた時、向こうから接触してきた。パーティを組んでリベラリタスを何回か討伐した」
「……はあ」
発売から数ヶ月たった今も根強い人気を誇るロード・オブ・ディアボリカ、略してロディア。
私も時々やっていて、最近ようやくラストステージにたどり着いたところだ。
「ロディアを制作したのはシャマイムのグループ会社、カラーという会社だ。かのAIは現在その社長をしていて、ロディアの制作話も聞いた。興味深い時間だった」
「ああ、そう」
何というか、ラストさんの熱意とは裏腹にマイペースだなあ。
私は思わずたずねた。
「エネルギー施設の話は」
「していない。ラストが交渉に難航している話はグラトニーから聞いていた。つまり、その話題はいわゆる地雷だと認識している。今はかのAIの好きなようにやらせるのが得策だと判断した」
「そうだったんだ」
すると、ラストさんが肩を落としハッキリとため息をついた。
「呑気なものですね」
「君からすればそう見えるだろう。だが使命に背いているわけではない。事情はわかるが今は焦らず待つ時間だ。グラトニーを見習うといい」
「あの方も大概ですけどね」
私は考える間もなくとっさに身を乗り出した。
「あ、あの! 私、頑張りますから!」
胸の前で拳を握って言う私に、ラストさんはキョトンとした表情をした。
「使命のために頑張るラストさん、ステキだと思います! 私は資源を探して集めることしかできないけど、本当にそれしかできないけど、がんばりますから! ラストさんのこと、応援してますから!」
「……カリヤ様」
一息に言った。
確かにラストさんの頭のネジは何本か抜け落ちているけど、使命に対する姿勢は本物だ。
短い時間だけど、私にはそれが伝わってきた。
グリードと同じように応援したいと思ったのだ。
私をまじまじと見ていたラストさんだったが、やがて整った顔に笑顔を見せた。
「ありがとうございます。ところでカリヤ様、カリヤ様はこの街は好きですか?」
「え」
笑顔での唐突な問いかけに、私は虚をつかれた。
この街が好きかどうか。
そんなこと、これまた一度たりとも考えたことはなかった。
「うーん」
私はうなる。
好き、というのは簡単だ。
少なくともお茶会の前なら、ためらわずに言っていた。
でもこのお茶会で、この街には無視できない問題があることを知った。
それは学習プログラムでは教えられないし、日々のニュースでも伝えられないことだ。
大歓楽街アパテイア。
人に残された小さな生存圏。
この街は、人に対して隠し事をしている。
人を救い、幸福へと導くために。
その事実が、私の発言にブレーキをかけていた。
考えろ。
安易に発言しちゃいけないことだ。
私は考えをまとめ、ラストさんを正面から見据えた。
「今は好きだと思います。時々窮屈で、隠し事もしているみたいですけど。でも、それには理由があって私達のためだと今は信じます」
微笑むラストさんを見ながら、私は膝の上で拳を握りしめる。
「でも、私はこの街のこと、まだ何も知らないです。だから自分の足と稼いだお金で、この街のことをもっと知ろうと思います。その時にこの街のこと、どう思うかは保証できませんけど」
「そうですか」
ラストさんはたおやかに頷いた。
「グラトニーから貴方のことは聞いていましたが、話に聞いたとおり、実直な方なのですのね。それを嬉しく思います。今日はありがとうございました。お招きして、ちゃんとお話できて本当に良かった」
言って、ラストさんは花開くような笑顔を浮かべた。
無表情で冷たく見える例の笑顔でなく、思わず見惚れるその笑顔は、お茶会の締めくくりにふさわしいものだった。
「本当にお送りしなくてもよろしいんですか」
荷物を受け取りホテルの外に出ると、ドームに映し出された空は夕焼けを通り越して夜の闇を表現していた。
家まで送ると申し出たラストさんに、グリードが断りを入れた。
「君はこれから仕事なのだろう? 多忙な君の手を煩わせられることはしない」
「ですが」
「少し歩くが地下鉄の駅がこの近辺にある。それに、ナナミと二人で少し話をしたい」
「そうなの?」
私が聞くとグリードは片手を上げた。
「ああ。先走りがちな先達のフォローをしようと思っている」
すると、ラストさんが不満の表情を見せた。
「まあ! それはもしかして私のことですの?」
「あえて聞く必要もないだろう」
「……前から思っていましたけど貴方、本当に可愛げがありませんね」
「可愛くなくとも、私はカッコイイらしいから問題はない」
しれっとトンデモ発言をするグリードに、ラストさんは勢い良くキスリングさんの方を向いた。
「くう! 悔しいですわ、キスリング!」
「落ち着いてください。向こうの思う壺ですよ」
「……こうなったら私もカッコよくイメチェンを!」
「しなくてよろしい!」
「キャン♡」
何故かスカートをたくし上げ、パンツを脱ごうとするラストさんの頭に、鋭く輝く黄金の光が炸裂した。
……せっかくここまで真面目にできたのに、結局こういう締めになるのか。
変にシリアスになるよりいいのか?
……ダメだよね。
「じゃあ私達、そろそろ失礼しますね」
私が顔を引きつらせつつ声をかけると、ラストさんがこちらを見た。
それは頭のネジの飛んだラストさんではなく、街の管理AIのラストさんでもなく、淑女なラストさんだった。
ラストさんは、さっきの言動を微塵と感じさせない姿勢で歩み寄る。
「お気をつけてお帰り下さいませ。今度はタクル様を交えてお茶会をしましょうね」
「はい、ぜひ」
握手をする私達に、グリードが声をかけた。
「楽しみだな、ナナミ」
「貴方は次回はお招きしません」
「何故だ」
「そういうところです」
私は苦笑し、ラストさんたちに頭を下げてホテルを後にした。
グリードがすかさず私の横につく。
振り向けば、ラストさんが手を振り、キスリングさんたち従業員が頭を下げていた。
私は再度頭を下げ、今度は振り向くことなく歩き出した。
あーあ、今日は一日が濃かったな。
動物園のインパクトが薄れちゃったけど、お茶会は自体は招待を受けて良かったと思っている。
「ラストのお茶会はどうだった?」
たずねてきたグリードに私は笑顔を向けた。
「憧れの世界観でお茶できて嬉しかったよ。お茶とお菓子もメッチャ美味しかったし。後で改めてお礼を言いたいな」
「そうか」
けど、すぐにうつむく。
「でも後半がすごく情報が濃くて、ついていくのが精一杯だった。この街の課題とか聞かされちゃったし」
「先にも言ったが、この街の問題に対応するのはラストたちだ。君の仕事じゃない。本来ならあのような言い方はしないAIだが、何か考えがあったのだろう。色々言っていたが、君は構わず君にできることをすればいい」
「うん。それしかできないからね。わかってるよ」
私はぬいぐるみの入った袋を抱っこしながら頷いた。
全くもってグリードの言葉は正しい。
でも、何かできることはないかと考えてしまう。
「応援するのはいいよね?」
「ああ。心のないラストはともかく、人の部下たちは喜ぶだろう」
「そっか」
私は小さく笑った。
心がないから心は通じない。
寂しいけど真理だ。
そもそも、心があっても通じるかは相手次第。
ままならないけど、それがこの世界だとも思う。
私は肩をすくめた。
「それにしても、シャマイムの管理AIと会っていたなんて知らなかったよ。しかもロディアを作った会社の社長で、しかも社長自らゲームをやってるなんて」
口に出して言うと、これまた情報量が多いことに気付く。
「機会があれば会うこともあるだろう。ラスト同様、性格設定に癖があると評されているAIだ」
「それは……大変そうだね」
ラストさんでもういっぱいいっぱいなのに、またクセ強のAIかー。
興味がないと言えば嘘になるけど、直接会ったら絶対に対応に苦労しそうだ。
「ところでナナミ」
「ん?」
「『恋愛下手の伯爵令嬢は憧れの恋愛結婚をしたい〜壁の花の婚活奮闘記〜』だが、公開分は全て読み終わった。君の好きな話は何話だ? 好きな登場人物は誰だ?」
「それはお家に帰ってからゆっくり話すから。ね?」
「わかった。ぜひ聞かせてくれ」
「はいはい」
地下鉄の駅の目印が闇夜に浮かんで見えてきた。
私達はそれに吸い寄せられるように歩を進めるのだった。
<お茶会に招かれた 完>