多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第十六話 充実したクリスマス・イブを過ごした 2

翌日の夜。

自宅で夕飯を食べ終え、ベッドに寝そべってお気に入りの漫画を読んでいたらグリードからメッセが届いた。

 

「こんばんは、ナナミ。今日も街の外は悪天候だったそうだな。そんな中での作業は大変だったろう。お疲れ様だ」

 

相変わらず絵文字もスタンプもないお硬い文面。

実に生真面目なグリードらしい。

私は起き上がると漫画を端へと移動させ、メッセの画面を正面に呼び出した。

まずはやっほーしているカピバラさんのたちのスタンプを送信。

その後にテキストを打ち込む。

 

「こんばんは! グリード、仕事終わったの?」

「ああ。これから定期メンテナンスに入る。その前に君に話したいことがあって連絡をした」

「話したいこと?」

「そうだ。君はクリスマス・イブの昼間の時間帯は予定が入っているだろうか」

「ないよ。強いて言えば夜にやるクリスマスパーティのプレゼントを買いにいこうと思ってるよ」

 

テキストにプレゼントのイラストのスタンプも添える。

 

「なるほど。では私と一緒に買いにいかないか。ついでに行きたい場所もある」

「行きたい場所?」

 

どこ?

疑問に思ったのも一瞬で、私は眉をひそめた。

グリードは製造元から使命を負っている。

 

『人を救い、幸福へと導く』

 

そのために人の観察にとても熱心で、人の集うところならどこへでも足繁く通うロボットなのだ。

それはいい。

使命の達成のために熱心なのは私達()にとっても良いことのはずだ。

その為に、人混みや風俗街へ私を連れ出そうとするのはいかがかと思うけど。

私はジト目のペンギンさんのスタンプを送った。

 

「まさか、商業、興行区画でクリスマスの人混みを観察したいとか?」

「それは一番最初に考慮した。該当区画の夜のイルミネーションはかなりの人出が予想されている。ぜひ観察してみたいものだ」

 

藪ヘビいっ!

 

「だが今回は違う。行く先は秘密だ」

「秘密かい」

「ああ。でも安心してくれ。今回は私の勤め先の人々に相談をしてオススメと一押ししてくれた場所だ」

 

ほほう?

 

「曰く『ナウなヤングにバカ受け』な場所とのことだ」

 

私は思いっきり顔をしかめた。

 

「そのフレーズ、何かすっごく胡散臭いんだけど」

「どこがだ?」

 

うーん、ロボにはわからんか。

……まあいっか。

私は一つ息を吐き、テキストを打ち込んだ。

 

「わかったよ。楽しみにしてる」

「君に楽しんでもらえるよう、私も最大限のエスコートをする。そして夜のパーティも楽しもう。具体的な時間はまた後日連絡をする」

「OK!」

 

私はクリスマス仕様のカワウソさんのスタンプを送った。

そしておやすみの挨拶をしてグリードとのメッセは終わった。

私は再びベッドに横になる。

自然と口角が上がった。

クリスマス・イブの予定が楽しい予定で埋まった。

不安材料がないといえば嘘になるが、それでも久しぶりにみんなと遊べるのが嬉しかった。

よし明日も頑張って働くぞ!

こうして私はクリスマス・イブの直前まで本業と副業に集中的に取り組み、クリスマス・イブ当日を迎えた。

私はといえば午前中は家事をして過ごし、お昼ご飯を食べたあと下着姿で小さなクローゼットの前で思案にくれていた。

服、何着ていこうかな。

いつもどおりのストリート系カジュアルなのはいいとして、せっかくのクリスマス・イブだし、パーティだし、ハロウィンの時のように何か一工夫欲しい。

と、なるとこの赤と白のトナカイ柄のトップスと焦げ茶色のワークパンツ、靴は黒のスニーカーかな。

トップスを広げる。

鮮やかな赤と黄色みのない白。

視認性はバツグンだ。

 

『ナナミ、今日はクリスマス・イブだが、タワークレーンのような存在感のあるコーディネートだな』

 

何故かグリードのコメントが脳内に思い浮かんだ。

いやいや、ここにトナカイさんもいるでしょうよ。

……ひとまず服を脇に置いておき、他のものを探す。

じゃあ、この大きな雪柄のついた緑のトップスはどうだろう。

 

『ナナミ、今日は今日はクリスマス・イブだが、樹木のようなコーディネートだ。ウッドチッパーを意識したのか?』

 

違えし。

てか、何でグリードのコメントが脳裏に浮かぶのさ。

私はため息をつく。

……何か面倒になってきた。

白のパーカーと赤のチェック柄のアウター、黒のボトムス、黒と白のスニーカーでいいんじゃね?

はい! 決まり!

私はさっさと着替えて服を片付け、簡単にメイクをして髪をセット。

ホログラムで身だしなみの最終チェックをする。

この赤のチェックのアウター、少し派手だけど悪くないな。

単純な赤じゃないから、タワークレーンだの、ガントリークレーンだの、ジブクレーンだの、とにかく重機に関わることは言われないだろう。

……グリードのコメントも気にしないようにしよう、うん。

いつもの黒のバックを肩にかけ、私は家を出た。

待ち合わせの時間の五分前にはつくかな。

私は少し小走りに駅へと向かい、タイミングよく来た地下鉄に乗り込んだ。

空いている席があったので遠慮なく座らせてもらう。

今日の待ち合わせの場所は学術区画の端っこの駅前で、初めて行く場所である。

事前に駅前周辺を調べたけど、ガチの高等教育を受けられる学校のある区画だった。

学術区画にある高等教育を受けたいのなら、子供の頃にサイバネティクス技術を施すか、デザインチャイルドとして生まれることがほぼ前提となっていて、それには莫大なお金が必要になる。

もちろん、オリジナルも通えることにはなってはいるが、そのためには比喩でもなく血の滲むような努力と膨大な時間、そして運が必要になると言われている。

父は、その全てを使い高等教育を受けることができた努力と奇跡の(オリジナル)だ。

でも、せっかく高等教育を受けて大企業(メジャー)に就職できたのに、母に出会い、私が生まれ、母に捨てられたことで順風満帆のはずの人生は苦しみと悲しみに満ちたものとなった。

子供を育てるのにお金がかかるのは前時代から変わらない。

父は違法就労すれすれで本業と副業に明け暮れお金を稼ぎ続け、そしてついには体を壊して死んだのだ。

父の人生は何だったのか。

無駄じゃなかったと胸を張って言うためにも、私は頑張って生きなきゃならない。

それが、私が亡き父にできる親孝行だと思うのだ。

 

……やだな、せっかくのクリスマス・イブなのにしんみりしちゃった。

切り替えないとグリードが心配をする。

グリードは心がないはずなのに、そうとしか思えない行動をするようになった。

きっかけは、私が事件に巻き込まれ入院をすることになってからだ。

押しも強くなり、過保護に拍車がかかった。

グリードの中で何が起こったのかはわからない。

ロボットのこともAIのことも専門レベルで学んでいない私には知りようもない。

だから勝手な推測だけど、グリードのAIとしての性能があの事件を機に大幅に向上したのではないかと思っている。

……いいことじゃん?

きっかけはともかく、紛れもなく使命の達成に向けて大きく前進したことであり、人にとってもグリード自身にとっても幸福へと近づいたのだ。

そう私は思っているけど。

 

『本当にいいの?』

 

私の甘い考えを切り込む性別不明の冷徹な声。

 

『本当にボクら(AI)に『人を救い、幸福へと導く』ことを任せていいの?』

 

……わかってますよ。

私は脳裏に浮かんだ大物AIのスロウスさんの声に無言で応じる。

私はスロウスさんに言ったのだ。

私はグリードたちAIを応援しながら、この街や自分のことを考え続けると。

では私の幸せとは何なのか。

考えようとしたけど電車が混み始めた。

賑やかに話すグループ客や、なんか寄り添っちゃっていい雰囲気になってる二人組とか、混雑に動じず端末で動画を見ている猛者とか。

みんな商業区画へ向かうのかな。

その推測は当たっていて、商業区画の一番大きな駅でドッと人が降りた。

うわー、ホームもこの時間なのに人いっぱいじゃん。

立方体の警備ロボットも人の波に揉まれているように見える。

降りた人に比べて乗る人の数は少なく、車内は静けさを取り戻した。

改めて幸せについて考えようとした時、アウターのポケットに入れていた端末が震えて何かの通知が来たことを知った。

メッセの通知。

多分グリードだ。

 

「こんにちは、ナナミ。約束の駅前に今到着した。改札の前にいるから、気をつけて来てくれ」

 

やっぱりグリードだった。

約束の時間の十五分前到着か。

私は『今向かってるよ!』してるカワウソさんのスタンプを送る。

 

「後十分位で着くから待っててね」

「了解した」

 

メッセ終了。

画面をスライドさせて過去の履歴を見た。

グリードはスタンプや絵文字を全く使わないから、どうしても履歴が簡素になる。

アイちゃんやハンナちゃんの履歴と比較してもその差は一目瞭然だ。

もっともっと学習が進んで、私以外に好きなものを見つけたら変わってくるんだろうけど、グリードがスタンプや絵文字を駆使し始めたら、それはそれで戸惑いそうだ。

グリードの好きなものかー。

私は端末から目を離し顔を上げる。

人以外で興味があるのは私が知る限り、深海生物と熱帯植物──特に食虫植物──といった、普段は接する機会がない上にちょっと不気味なものだ。

……私の趣味じゃないけど、グリードの好きなものになってくれたらいい。

グリードの使命の支えになればいい。

結局幸せについて考える間もなく目的の駅に到着。

電車から降りて改札へと向かう。

グリードは改札前で待っていると言っていた。

一鍔(ヒトツバ)さんの多脚ロボットだ。

いつもどおり、さぞ人目をひいていることだろう。

が、私は改札を抜けようとして思わず足を止めた。

多脚ロボットがいる。

グリードと同じ形をしているが、機体の色が鮮やかな赤だった。

ピカピカのクリスマスカラーの多脚ロボットを、道行く人々が何事かと必ず目を留めている。

……あれは、グリードなのかな?

それとも別のロボなのかな?

と、バチリとその多脚ロボットと視線が合う感覚がした。

 

「ナナミ」

 

その派手なクリスマスカラーの多脚ロボットが私に向かってアームをあげた。

グリードだ!

私は改札を抜けるとグリードのもとに駆け寄った。

 

「グリード、カラーリング変更したの?! 印象変わったから一瞬迷ったよ!? どうしたの?!」

「今日はクリスマスパーティの幹事ということで、パーティを盛り上げるべく機体のカラーリングを変更した」

 

挨拶もそこそこに続けざまに言う私に、グリードはいつもの落ち着いた事務的な言動で答えた。

 

「君の上着も赤いな。タータンチェック柄と判断。クリスマスを意識したのか」

「うん、そだよ」

 

頷きつつ内心で耐ショック姿勢用意。

さあ、どんな重機が飛び出してくるんだ?!

 

「私とお揃いだな。こういうのをペアルックというのだろうか。偶然とはいえ不思議な感覚がある」

 

……そうきたか。

重機を例に持ち出さなかったことは学習によるものだろう。

成長の証だ。

でもそれはそれ、これはこれ。

私は首を横に振った。

 

「ちょっと違うと思う」

「そうなのか?」

「うん。グリードのそれ、服じゃないじゃん。同じ色だから連帯感はあるけどね」

「そうか。ペアルックではないのか」

 

心なしか気落ちした雰囲気で言うグリード。

こんな細やかな表現力も身につけたのか。

それとも私の気のせいなのか。

考えても今はわからない。

だから私は笑顔を浮かべた。

 

「ね、それよりもグリードの行きたい場所に行こうよ」

「そうだな。時間も限られている。早速行こう」

 

クリスマスカラーになったグリードと共に地下鉄の駅を出た。

歩くこと十分ほど。

グリードが行きたいと言っていた場所に到着した私は、立ち止まってその外観と看板を見上げていた。

ここが、グリードの勤め先で『ナウなヤングにバカ受け』していると評判の場所かー。

建物は真四角に近くて、そこそこに高さがあり、白い外壁には海の生物がペイントされていた。

そして看板。

いかつい顔をした大きな魚が体を弓形に反らしている模型と、足の長いカニとアンコウの模型が張り付いている。

それらの模型の合間には青のグラデーションを地にして『アパテイア深海水族館』という白い文字が真面目な印象の字体で記されていた。

で、その作りこんだ看板も今はクリスマス仕様になっているようで、赤と緑のライトが模型を照らし、その模型たちも赤い三角帽子を被せられている。

そうか、そうだよね。

私は内心、いろんな意味で大いに納得していた。

グリードが人以外で興味のあるものだったもんね、深海生物!

そんで今はクリスマスシーズンだから、そういうふうに飾り付けされるんだよね!

センスがあるかはどうかはわかんないけど!

 

「ナナミ?」

 

外観に構うことなく出入り口に向かおうとしたグリードが、立ち尽くす私に気づいて声をかける。

 

「どうかしたのか?」

「や、まさかアパテイアのマニアな施設三選の一つに来るとは予想外で驚いてた。てか、ここにあったんだね、深海水族館」

「そうだ」

 

言ってグリードは私の側に戻ってきた。

 

「このあたりは海洋学を研究している機関が集まっており、この水族館も研究施設としての側面がある」

「へー」

 

アパテイアには様々な施設があるけど、その中でも一般の人が行けて、かつマニアな施設がいくつか存在する。

その中でも有名なのが、アディス熱帯植物園、七鞘(ナナツサヤ)航空宇宙博物館、そしてこのアパテイア深海水族館だ。

ただ、私の興味を引くにはこの三つの施設は地味だし難しそうでお出かけ候補から外れていた。

それは他の人たち、特に同年代の女の子たちも同じ印象を持つと思う。

事実、クリスマス・イブの水族館だというのに人気がほとんどなかった。

あ、たった今、一人の男の人がチラリとこちらを見たあと、さっさと館内に入っていったけど、それほど人気がない。

下手に混雑しているより良いのかもしれないが、ちょっと寂しすぎじゃね?

とはいえ、ここで突っ立っていても何も始まらない。

……行ってみよう!

 

「グリード、ゴメン、行こう」

「ああ」

 

グリードはアームを伸ばすと私の手を握る。

 

「グリード」

「この周辺に人はいない。館内に入るまでこうしていたい」

 

確かに前に、人がいない時は手を繋いでいいよとは言ったけど。

グリードは私と距離を詰める。

 

「ナナミは私と手をつなぐのは嫌か?」

「違うよ。嫌じゃない。グリードの向こうにいる人たちに見られていると思うと落ち着かないの」

 

私は正直に答える。

グリードの向こうにいる一鍔さんの技術者さんたちにも見られている、観察されていると思うと恥ずかしいし、ついでに言えば面白くない。

 

「ナナミの気持ちは承知している。嫌なら手を離す。せっかくの私達の時間を不快なものにしたくない。だが」

「わかったわかった」

 

私はグリードの声に切実なものを感じ、グリードのセリフを遮りグリードの手を握った。

グリード(AI)に心はないのに。

私はグリードの表現力と演技力に心が動き、そして意地が折れたのだ。

本当にチョロいな、私。

 

「あそこまでだよ」

「ああ、ありがとう」

 

明るく嬉しそうな低い美声。

絶対に気のせいなのに私の心はそう捉えてしまう。

それが悔しくて私はさっさと歩き出した。

 

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