多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

57 / 128
第十六話 充実したクリスマス・イブを過ごした 3

そして出入り口前に来たところで、グリードは宣言通り手を離し、何事もなかったかのように発券機へと向かっていった。

グリード(AI)の考えること、友達になってから一年経とうとしているけど全然わかんない。

私はグリードに気づかれないように小さくため息をついた。

…………あっ! いけない!

私は慌てて顔を上げると、グリードの元に駆け寄る。

グリードはちょうど私の分のチケットを購入していたところだった。

 

「グリード!」

「ナナミのチケットだ」

 

そう言って私に電子チケットを渡すと、端末は呆気なくそれを受信した。

やられた!

また奢られてしまう。

 

「後でお金を」

「今日は私に付き合ってくれているのだ。それに大した額じゃない。私に払わせてくれ」

「でも、私もちゃんとお金稼いでいて」

「なら、次回一緒に行く時は割り勘にしよう」

「や、あの」

「さあ、行こう」

 

あっさり淡白に促し、グリードは照明が必要最低限に照らされた入場ゲートに向かってしまった。

ああ! 奢られてしまった!

私はうなだれる。

グリードに奢られてばかりの状況を変えたいと思っているのに、油断するとしてやられるのだ。

ぬううう。

ここは仕方ない。

次にお金を払う場面では気を抜かずにいこう。

私は決意も新たに、グリードの後に続いて入場ゲートを通った。

そして目を見張った。

すごいじゃん!

それが第一印象だった。

暗く青紫と赤紫のライトに照らされたエリアは、壁が洞窟のようになっている上に、床はホログラムで水のゆらぎを表現している。

写真を撮ろうとして、私の目の前に赤い電子テキストが現れた。

 

『館内は撮影禁止です。ご協力ありがとうございます』

 

……失礼しました。

私は素直に端末をポケットにしまい、改めてエリアを見渡す。

前に行った『サージュテック・アクアリウム』のような華やかさには欠けるが、十分に雰囲気は出ていた。

私は早速一つの水槽を覗き込む。

赤くて丸くて平べったい、でも表面がトゲトゲした魚? がのそりのそりと動いている。

魚は手足はないものだと思っているけど、これは手足っぽいのがある。

……何ぞ、これ?

 

「それはアカグツだ。学名はハリュータエア・ステラテ」

 

グリードが私の横にやってきて言った。

 

「魚なの?」

「ああ。アンコウ目アカグツ科の海水魚だ。手足に見えるそれは胸びれと腹びれで、そのひれ使って移動をする」

「泳がないの?」

「泳ぎは苦手だとされている」

「……そうなんだ」

 

泳ぎが苦手な魚って初耳だ。

初っ端から深海生物に衝撃を受ける私。

その後もグリードと電子プレートの説明を見ながら深海の生物を見物をした。

アカグツ同様、パッと見は魚に見えないゴマフウリュウウオ。

オレンジと黄色のまだら模様が可愛いミドリフサアンコウ。

足の自己主張が激しいミズヒキガニ。

手の自己主張が激しいテナガエビ。

朱色の硬そうな鱗がきれいなエビスダイ。

前に行った水族館にいた魚達とのギャップに圧倒されつつ、ちょっと面白く感じられるようになった。

そしてこの水族館の一番のお気に入りを見つけた! 見つけてしまった!

その名はメンダコ! 学術名はオピ……なんちゃらデプレッサ!

見た目はうん、ちょっと不気味だけど、色も可愛い色だし眠たそうな横長の目もキュート。

耳のように見えるひれも、泳ぐときにパタパタして可愛い。

つまり全部可愛い♡

実はとても薬品臭いだの、食べても味のないガムらしいだの、虚弱体質で育成が非常に大変だの、悪気なく水を指すグリードの解説は右から左へと聞き流した。

そうして各エリアを回っていると、一際暗くなっているエリアが見えてきた。

何だろう。

周囲が真っ暗な中にグリードと目の光と同じ色の光が流れるように横切った。

 

「わあ、キレイ」

 

目が暗闇に慣れてきて、その光の正体が魚だということに気づいた。

 

「ここは海のプラネタリウムと呼ばれるエリアだ。発光する魚を集めて、プラネタリウムのように見せている人気のエリアらしい」

「だろうねー」

 

グリードの説明に頷く。

ピカピカキラキラしててキレイだなー。

本当に星のようだ。

写真が撮れないのがつくづく残念。

私はしっかりと記憶に残そうと目を凝らす。

と、右手に硬い感触を感じた。

あ! またグリードが手を繋いできた。

ついでに目の部分のシャッターが開いて鮮やかな水色の光がこちらに向けられている。

 

「グリード」

「人が来るまでこのままでいたい」

 

今日は一段と積極的だな。

……まあ、周囲はほぼ暗闇だし、人気もないし、いいか。

 

「じゃ、このエリアを出るまで、もしくは人が来るまでね」

「ありがとう」

 

嬉しそうに言い、グリードは私との距離を詰めた。

これさ、間違いなくデートの一場面じゃね?

いや、デートしたことないから想像なんだけど、でもありそうじゃん?

しかし私の今の相手は、心の無い多脚ロボット。

何でこんなことになっているんだろう。

グリードが私に対して言う『好き』とは何なのだろう。

私が考えたのは、人に強い興味を持つグリードが、より強い興味を持っている存在に対して『好き』と表現しているということだ。

でもこれ、絶対に正しいとは言えない。

だってこれは私という人の予測であって、ロボットやAIが考えたものではない。

 

『人は己の脳でしか世界を捉えられないために、他者の主観を自分の主観のように捉えることはできないのだ』

 

私は人で、私という人の世界から抜け出すことはできない。

人同士ですらどんなに思い合っても決して超えられない壁があるのに、相手がロボットやAIならどうなるというのか。

つまり観測者(私達)はいつまで経ってもどこまで行っても一人ぼっちなのだ。

だから思いやりが必要なのだというグリードの話を思い出した。

私は目の前の幻想的な光景を再び見つめる。

……ピカピカ光ってキレイだけど、どうして光っているのかな?

グリードに聞こうと思った時だった。

 

「ナナミ」

「ん? 何?」

「君は今も、一人ぼっちだと思っているのか」

 

ん?

私は眉をひそめた。

 

「突然どうしたの?」

「あの事件のデータを閲覧する機会があった。音声データに君の発言もあったがその中に『私には街に待つ人いない』というものがあった」

 

……言ったっけ? そんな事。

あの当時のことはもう必死過ぎて、何を話していたのか記憶があやふやだ。

ただ、データに残されているとグリードが言っているのだから間違いはないだろう。

 

「君の言っていることは確かに事実だ。君の帰りを待つ人は存在しない。だが、人に限らなければ待つ存在はいる。私だ」

 

グリードは複眼の青い光を私に向けている。

 

「仮に君がいなくなっても、私は使命を果たすために稼働し続けるだろう。だが、そのモチベーションは確実に低下すると予想する」

 

そのグリードの発言に、私は体ごとグリードに向きなおった。

 

「ダメだよ! そんなこと!」

「君がそういう反応をすることは予想していた。君は私の使命を応援してくれている。それが私のモチベーションになっていることを、あの事件で確実に認識したのだ。そして想定をした。君がいなくなったら私はどうなるのだろうかと。そして前述の結論が出た」

 

グリードは私を見つめながら続ける。

 

「それと、君は意志よりも体が先に動く性質を持っている。私を酔漢から庇ったとき然り、アイラを大ムカデから庇ったとき然り。自己犠牲的な傾向にあると言ったら君は否定するだろうが」

「当然だよ!」

「だが君の体は動く。本能と呼ばれるものだろうが、君の本能には致命的な欠陥がある。それはブレーキがないことだ。その状態が危ういということは、君にも理解できるだろう」

 

グリードの視線と声に、再び切実なものが宿った。

 

「以上の二点から、君は一人ぼっちだと思い込み、それ故にいざとなれば命を惜しまない行動を取る傾向にあると判断した。私は、そんな君を一拍でも押しとどめるブレーキのような存在になることを今後の目標にしたい」

「グリード」

 

私は呆然とグリードを見つめる。

グリードの一連の言動は、人で言うなら不安の現れだ。

本当に演技力が上がったな。

頭の冷めた部分が他人事のように思う。

でもグリードの指摘は的を射ていて、胸は罪悪感で痛いし、申し訳なさに思わずうつむいた。

 

「君の好きな漫画の一つ『時計塔の魔女〜八度目の人生は自由きままに過ごしたい〜』がある」

 

げっ?!

私は思わず半歩下がった。

突然その名前を出すか?!

 

「グリード?」

「そのヒーローが、女主人公に向かって言っていた。『君の心に私を置いてほしい』と。私はAIで人の心を認識できない。だが、そのヒーローの思いは理解できる。お人好しで、いざとなれば我が身を顧みない無謀な女主人公を世界に繋ぎとめておきたかったのだろう。私もそうだ。君をこの世界に繋ぎとめておきたい。そして幸せにしたい」

 

私の手を握る手にさらに力が加わる。

 

「どうすれば、君の心に私を置いてもらえるのだろう。君をこの世界に繋ぎとめておけるのだろう」

 

その視線と言葉に、私は思うより先に声が出た。

 

「いるよ」

 

私の言葉に、グリードが一瞬フリーズしたように見えた。

私自身もびっくりしたけど、でも間違っていないと思った。

いる。

私の心にグリードはいる。

確かにいる。

私は笑顔で胸に手を当てた。

 

「グリード、いるよ。私の中に」

「ナナミ、それは本当か?」

「本当にいるよ」

 

私が頷くと、グリードは再び沈黙した。

グリードの中で予想外のことが起こり、処理が忙しいのだろうか。

だがそこは街を管理する大物AIに匹敵する高性能のAI、立ち直りは早かった。

グリードは体を私の方に向けると、空いているアームを動かし私の手を両手で握った。

 

「君の中の私は、君に優しくしているだろうか? 君に不愉快な思いをさせていないだろうか? 私は君の中の私を認識することができない。コンタクトが取れないから状況がわからないのだ」

 

矢継ぎ早に言うグリードに私は笑った。

 

「大丈夫だよ。今日も服を着替えている時に現れてね」

「……状況が理解できない」

「私が服を選んでいる時にコメントしてきたんだよ。重機を例えにもってきて頑張って褒めようとしてくれてたの」

 

するとグリードの目の光が鋭くなった、ような気がした。

 

「バージョンアップが遅れている」

「へ?」

「前に君の指摘を受け、服装を褒める時は重機を例に出さないと学習したのだ。なのに君の中の私は未だにそのようなコメントをしているのか」

 

気のせいだとは思うけど、グリードから深刻な雰囲気を感じ取った。

 

「どうすればバージョンアップができるのだろうか」

「や、あの」

「君の中の私を最新のバージョンにしておきたい。より良い私を置いてほしいのだ」

「えーと……」

 

私は出来のよろしくない頭を動かして考えた。

私の中にいるグリードは、私の認識によって作られている、と思う。

それを変えるとなったら。

 

「グリードと会って、お話しして、認識を変えるとか」

「……なるほど。今後はもっと密に会えばいいということだな。週に何回会えばいいだろうか」

「グリードさん、仕事してください」

 

私は真面目に言い、改めてグリードに笑顔を向けた。

 

「グリードは私の中にいるよ。だから一人ぼっちじゃないし、私の軽はずみな部分、これからは諌めてくれると思うんだ。大丈夫だよ」

 

私はグリードの冷たいはずの鋼鉄の手を握り返した。

 

「ナナミ」

「大丈夫だから。心配してくれてありがとう」

「……君がそう言うなら、当面は観測をするに留めることにする」

 

慎重だなあ。

でもそれだけのことを、私はしでかしたということだ。

しばらくはグリードの好きなようにさせてやろう。

グリードにとって良い学習と経験になればいい。

私はグリードのアームを引いた。

 

「先に進も」

「了解した」

 

私達は海のプラネタリウムのエリアを出るまで手を繋ぎ、次のエリアで手を離した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告