多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第三話 親会社に呼ばれた 3

………………。

どこからどう見ても目の前にいるのは、愛嬌のある形をした六本足の多脚ロボットだ。

紳士淑女な人でもなければ、美形のアンドロイドでもない。

親会社のラスボスは、威厳なんてどこを探しても見当たらない、一見おもちゃのような見かけの黄色の多脚ロボットだった!

私が呆気にとられていると、アランさんが前に進み出た。

 

「CEO。カリヤ様が突然のことにオーバーフローしているようです」

「おっと、僕としたことが少しはしゃぎすぎちゃったかお! 失敬失敬。ささ、まずはお部屋へどうぞ」

「……はい」

 

私は衝撃からどうにか脱し、彼のすすめに応じて部屋に入った。

部屋の広さも調度も、勤め先の来賓室とは比較にならない。

とにかく広くて上品で豪華だ。

足元の絨毯が柔らかくて、歩くのが楽なのが助かるなと、現実逃避しながらソファに着席した。

これもまた信じられないほど柔らかく、座り心地がいい。

何? 私ってば異世界に来たの?

ていうか、さっきから情報が洪水のように流れてきて処理しきれない。

そんな私の後ろにグリードがやってきた。

私の後ろを定位置にしたらしい。

アランさんはすぐに退室し、残されたのは凡庸な人間と、優秀なAIを搭載した二機の多脚ロボットとなった。

テーブルを挟んで向こうにグラトニーCEOがいて、顔のディスプレイに笑顔の表情を表示した。

 

「じゃ、改めて自己紹介をするお。僕はグラトニー。アップグルントグループのCEO兼この街を運用管理をしているAIの一機だお」

 

明るく陽気で、誰もが親しみを感じさせるであろうおじさんの声だ。

いい声だと思う。

おもちゃのような、愛嬌のある多脚ロボットだけどな。

 

「初めまして、ナナミ・カリヤです。子会社のナノ社で資源調達員をしています」

「うんうん。可愛い名前だね。早速だけどナナちゃんって呼んでいい?」

 

……は?

 

「え、あ、愛称でってことですか」

「そう。駄目かお?」

 

そう言って顔のディスプレイには、目を潤ませて心から悲しそうな表情を映し出す。

う、あざとい。

 

「え、えーっと、私は構わないですけど、他の人が──」

「イエース!! じゃ、これからはナナちゃんって呼ぶね。だからナナちゃんも僕のことはトニーちゃん♡ って呼んで欲しいお!」

「えっ?!」

 

キャッキャはしゃぎながら要望する親会社のラスボス。

いやいやいやいやいや。

 

「あの、その呼び方は」

「駄目かお?」

 

またしても悲しげな表情を表示するラスボスだが、さすがにこればかりは。

 

「……お、親会社のラス、CEOを相手に、その呼び方は、ないんじゃ、ない、かなーと」

 

しどろもどろに言う私に、ラスボスは残念そうな表情を浮かび上がらせた。

 

「そっかー。ナナちゃん相手にこの手は使いたくなかったけど、仕方ないお」

 

ラスボスは私の傍らにやってくると、顔のディスプレイの表情が消え真っ暗になった。

そして身を乗り出して私を見つめる。

急に何?

 

「CEO命令。な?」

 

今までとは打って変わった、低く重厚感のある声と表情のないロボットに、ただならぬ威圧感をうけた。

……私は干上がる舌と固まる唇を無理やり動かし、喉に力を入れる。

 

「トニーちゃん」

「も一回」

「トニーちゃん」

「エクセレント!! まだ硬さが残るけど徐々に慣れていけばいいお!」

 

再び顔のディスプレイに表情が点灯し、満面のキャッキャ笑顔が表示される。

頭がクラクラした。

……何なの、このラスボスは。

そう言えば、勤め先の社長は彼のことを『ほんのりと』個性的な方だと言っていた。

それでだいぶ個性的な方ではないかと予想していたが、こういう方向で来たかー。

定位置に戻りながら、トニーちゃん──CEO命令だ。そう呼ぶしかない──は据わった目をしてグリードの方を見た。

 

「で、そちらの突然の珍客は」

「グリードです。直接会うのは初めてになりますね」

「……そうね、今の姿で直接会うのは初めてだお」

「今日はナナミの付き添いも兼ねまして、直接ご挨拶しようと参上しました」

「はいはい、過保護乙」

「……過保護、とは」

「ナナちゃんのことが心配でつけてきたんだろうけど、一歩間違えればストーカーだお。確かに僕も、いきなり呼び出したのは失礼だったとは思うけど、会って早々とって食うような真似はしないお」

 

僕、紳士だし。

そう言い切るトニーちゃんに、グリードは黙り込んだ。

グリードは悪くない。

今回の件は、私がいたずらに怯えたせいもある。

グリードは友達として、私を支えたかっただけだ。

私はそう言い返したかったけど、トニーちゃんが再びこちらを見た。

愛嬌のある笑顔を向ける。

人工的なその笑顔が何故か、私の言いたいことを見透かしているように思えた。

 

「ま、四角四面のAIのことより、今日のメインはナナちゃんだお」

 

バッとトニーちゃんは両腕を広げた。

 

「ナノ社の期待の超新星! レアメタルに敏感な『鼻』を持ち、卓越したロボット操縦技術は、かの軍事企業『ジェネラル・ワールドワイド』のエースからも一目かけられ、スカウトされているという話だったおね」

 

おっと、しっかり調査されているな。

さすがは超大企業、ぬかりがない。

 

「そして、引きこもりで外に出なかった一鍔重機の重役と友達になっちゃって、春節とバレンタインを仲良く遊んじゃって、今もこうして付き添いをしてもらっていると。今日ナナちゃんに来てもらったのも、そのAIが入れこんでいるお友達が、実際にどんな人が知りたくてお呼びしたんだお。データだけじゃ判断できないからね」

 

ん?

 

「重役?」

「あれ? 知らない? 君の後ろにいるその鯱張(しゃちほこば)ったAI、一鍔重機の取締役だお」

「……は?!」

 

私は思わず背後を振り向いた。

 

「本当なの?!」

「ああ」

「……えええええ」

 

驚きつつも、頭の冷静な部分は納得する。

そうか、だから今日の話も無理やり通せたのか。

というか私、とんでもないロボットと気楽に友達になろう! なんて言っちゃったよ!

知らなかったとはいえ失礼じゃないか?

 

「話していなかったのかお?」

「話すタイミングがありませんでしたので」

「そうかー。またナナちゃんを驚かせてしまったお。ていうか、その慇懃無礼な敬語使うの、そろそろ止めろ」

「そう言ってくれるのはありがたい」

「お前のその心のこもっていない敬語、気味が悪いからな」

「心がこもっていないのはお互い様だろう」

 

この二人、気のせいか仲が良いように見えるな?

だが、友情が成立しているかはわからない。

何故なら二機ともAIで心はないから。

トニーちゃん、表情はコロコロ変わるし、口調も仕草も表現豊かだけど、そう『設定』されているだけだ。

だが、それなりの稼働年数をかけて学習し、バージョンアップを重ねた結果、骨だけだった設定にしっかりと肉付けをされて今の状態になったと思われる。

それを遺憾なく発揮できるあたり、設定はともかくとても優秀なAIなのだろう。

だいぶ個性的な設定だとは思うけど、開発者は何を考えていたのか。

と、アランさんがノックとともに部屋に入ってきて、形がいちいち美しいカップとお皿を私の目の前に置いた。

お茶? だろうか。

甘く瑞々しい香りと、きれいな赤い色のお湯。

何だろうこれ。

 

「それはイチゴのフルーツティーだお」

「えっ、イチゴ?!」

 

立場を忘れて声を上げる。

 

「あの赤くて甘くて美味しいという伝説の果物的な野菜! ですか?!」

 

実際に見たことも食べたこともないけど!

トニーちゃんは両手を合わせた。

 

「そう! そのイチゴをメインに、バラの香りをつけて華やかさと優雅さを打ち出した自信作! ナナちゃんのために急遽用意したんだお。ぜひ、飲んでみてみて!」

 

バラも二次元でしか見たことないけど、確かメッチャお高いお花だったような?

 

「あ、あの、その前に写真を撮ってもいいでしょうか?」

「もちろん」

「ありがとうございます」

 

ぜひ記録に残して置かなければ!

写真を撮り、カップを手にする。

 

「いただきます」

 

二機のロボットが見守る中、私はフルーツティーを口にした。

目尻と頬が下がり、口が緩むのを感じた。

甘酸っぱーい。

甘さと酸っぱさのバランスが取れており、甘い香りと相まって癖になる味だ。

これがイチゴの味なのか!

美味しい!

私はトニーちゃんを見つめて笑った。

 

「美味しい! です」

「お口にあって良かったお! おかわりもあるから遠慮なく召し上がれー」

「ありがとうございます」

 

凄い、このお茶!

さすがは超大企業とそのCEO!

友達や会社のみんなにも飲んで欲しい。

この美味しさをみんなで共有したい。

 

「高そうな品だ。気を引くために随分と頑張ったようだな」

 

グリードの言葉に、トニーちゃんの目がつり上がった。

 

「値段を気にするなんて野暮な真似すんなお。お前だって高ーいチョコあげてただろうが」

「やはり盗み見していたか。紳士らしからぬ行為をする」

「この街の安全のため監視するのも僕の大切なお仕事。ケチつけられる覚えはないお!」

 

私を挟んで言い合いを始める多脚ロボットたち。

お茶の味が台無しになるから、別の機会にやってほしいな。

私は出されたお茶を心から楽しんだ。

 


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