多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第十七話 一緒に年越しをした 2

年越しまで後一時間半ほど。

自宅からの最寄り駅の近くにあるパーキングエリアに車を止め、私達は歩いて自宅へと向かった。

グリードは無地の紙袋を片手に持っている。

何持ってきたんだろ?

歩いて五分ほどで私の住む社宅の建物が見えてきた。

五階建ての特に特徴のないアパートで、私の住む部屋は三階の角部屋だ。

……誰にも会わなきゃいいな。

だって説明がメンドイもん。

グリードとの関係は友達で間違いないんだけど、私とイケオジグリードの外見の年齢差がありすぎてひと目ではそうとは思えないだろう。

やっぱ見た目って大事だよな。

とか思っていたけど杞憂だった。

誰にも会わないまま、あっさりと部屋の前に到着した。

 

「いよいよナナミの部屋を訪問できるのだな」

 

その声に私は目線を隣のイケオジに向けると、私達の間に電子書類が展開された。

 

「心配しなくてもいい。この契約通り、君の部屋に入った瞬間から弊社との情報共有は遮断する」

「うん。それは信用しているよ」

 

さあいよいよグリードを部屋に上げるときがやってきた。

ちゃんと整理整頓をして掃除もしたのだ。

大丈夫。

端末をかざすとロックが外れる音がした。

ドアを開けると自動的に玄関の明かりが灯る。

私は靴を脱ぎ、グリードを招き入れた。

 

「我が家へようこそ」

「お邪魔する」

 

自動的に電気の灯った部屋に、グリードは視線を走らせた。

 

「ひとり暮らしの標準的な部屋のサイズだな」

「そだね」

 

1Kの小さな我が城。

キッチンがあり一口のコンロもあるけど、冷蔵庫と電子レンジしかあまり使っていない。

この時代、料理は完全に趣味のものになっていて、食事は街から配給される完全栄養食で事足りる。

それで物足りない時はお店で買ったり外食をするという感じだ。

シャワールームとトイレは別。

居室にはベッドとテーブルとクローゼットがある。

……特徴はあまりない。

私はコートを脱ぎ、グリードにテーブルに座ってもらおうとして、グリードの視線がベッドで止まった。

 

「……あのカワウソのぬいぐるみは、君のベッドにいるのか」

「そだよ」

 

水族館でグリードに買ってもらった思い出の品だ。

 

「いつも一緒に寝ているのか」

「うん」

 

私は照れつつ頷く。

ちょっと恥ずかしい。

 

「他にもいるな。ラッコは知っているが、クマとネコとイヌは私と会う前のものか」

「うん。一番の古参はクマのぬいぐるみかな。友達から誕生日プレゼントでもらったの」

「アイラからか」

「ううん。エリちゃん、エリザベートっていう子からだよ。アイちゃんと共通の友達なの」

「そうだったのか」

「立ち話もあれだし、とりあえずかけてよ」

「そうだな。だがその前にこれを」

 

そう言ってグリードは紙袋を手渡した。

 

「この日にふさわしいものを持ってきた。ぜひ食べてくれ」

「ん? 何?」

 

言いながら私は紙袋を開けると、中にインスタントの天ぷらソバが入っていた。

おお、いいじゃん。

でも、一人前だ。

 

「ありがとう! でも一人前しかないよ」

「君の食べる姿を見たくて買ってきた。君が食べてくれ」

「えっ、一緒に食べようよ」

「人が食べる姿には興味はあるが、私自身は興味はない。遠慮なく食べてくれ」

 

ハロウィンの食事の時と同じ展開になっているよ、この頑固ロボ。

せっかく食べる機能があるのに。

私は少し考え、そして笑顔を浮かべた。

 

「半分こして一緒に食べよ。そうするといいことがあります」

「何だ」

「私の好感度が上がります」

「何故だ」

 

何故と聞くのか、このロボ。

いつもなら、

 

「ああそうなのか。なら一緒に食べよう」

 

とか言いそうなのに。

私はちょっぴりイラッとしつつも笑顔を崩さずに言う。

 

「一緒に同じものを食べる時間を共有できることは嬉しいことだからです。私はグリードと一緒に年越しソバを食べたいな」

 

すると、グリードはジッと私を見つめた。

私も負けじとグリードを見つめ返す。

食え。

私と一緒に年越しソバを食え!

するとグリードは目を閉じ、小さく息を吐いた。

 

「わかった。一緒に食べよう」

 

やれやれ、とでも言わんばかりの態度。

普段の四脚の姿でも演技力と表現力が上がっていることはわかっていたが、人の姿になるとそれが一層わかりやすくなって表れる。

いいことのはずなんだけど、その態度はどうなのさ。

ま、いいけどね!

グリードの持ってきてくれた年越しソバは、お湯を注ぐだけで本格的な出来栄えになると、SNSでも評判になっているものだった。

ただ、別になっているエビの天ぷらは、明らかに高そうなお店から買ったものだと推測できた。

毎年食べているエビっぽい天ぷらじゃない。

半分こにした時に、ころもはサクサクかつ身はしっかり詰まったものだったからだ。

聞いてみようと、傍らで私の作業を眺めていたグリードを見上げる。

私と目が合いグリードは微笑んだ。

 

「どうした?」

「……何でもない。もうできるから座って待ってて」

「わかった」

 

グリードは素直に居室へと戻った。

エビの天ぷらの詳細を聞くのはやめた。

何となく食べるのが怖くなりそうな予感がしたからだ。

こうして年越しソバは完成。

年越しまで、あと一時間くらいだ。

テーブルで向き合って食べることになった。

 

「グリード改めてありがとう。いただきます」

「いただきます」

 

前時代はお箸で食べるのが普通だったそうだけど、我が家にお箸はない。

使いこなせれば便利らしいけどね。

ということで、毎年フォークでソバを食べている。

フォークでソバを巻き巻きして口にした。

お……、おお!

 

「美味しい!」

「そうか。良かったな、ナナミ」

 

グリードが優しく微笑む。

その微笑みにちょっとドギマギしつつ、私は食べ続けた。

毎年食べているソバよりも味が濃いし、ツルツルの食感が新鮮だ。

おつゆも美味しいし、エビうんま!

私が今まで食べてきたエビは何だったのか。

夢中で食べてふと気付く。

 

「グリード、食べないの?」

 

グリードは私の食べる様子を観察するだけで、年越しソバには手を付けていなかった。

 

「君の食事を観察する方を優先している」

「おソバがのびちゃうよ。食べなよ」

 

淡々と答えるグリードに、私はグリードに器を押し付けた。

グリードは押し付けられた器を表情なく見つめ、そして私を見る。

 

「君が食べ終わってから食べる」

「それじゃおソバがのびちゃうし、冷めちゃうし、一緒に食べたことにならないじゃん」

 

私は唇を尖らせ、おもむろにフォークを手放した。

そしてそっぽを向く。

 

「グリードが食べないなら、私も食べない」

「ナナミ」

「あーあ、もったいないなー。温かいうちに食べたほうが美味しいのになー」

 

……チラッ。

グリードが無表情で私を見ている。

だから私もそっぽを向き続けた。

……食えよ。

今その目の前にある年越しソバを食うんだよ!

私はそっぽを向きながら念じ続けた。

どれくらいそうしていたのか。

やがてグリードは小さく息を吐いた。

 

「わかった。一緒に食べよう」

「……ホントに?」

「本当だ」

 

言って、グリードはフォークを手にすると、ソバを食べ始めたではないか!

やったー!

私は自分でもわかるくらいにニッコリと笑った。

 

「どう? 美味しい?」

「成分解析はできるが、美味しいか不味いかと問われれば不明としか返答ができない」

 

ですよねー。

ロボットに好き嫌いは存在しない。

その上グリードは、自身の食に対する興味が低いから学習による経験も足りない。

こうなることは予想できていた。

 

「そっか」

「だが君はこの年越しソバを美味しいと言っていた。だから、この年越しソバは美味しいのだろう」

「……そんな雑な結論出していいの?」

「結論ではない。仮定だ。しかし、ナナミの味覚は正常であり限りなく正解に近いと予想する。それに」

 

グリードはまた微笑んだ。

 

「君が喜んでくれているのが私にとっては貴重な経験だ。今後、アンドロイドの姿になった時は私自身の食にも興味関心を向けることにしよう」

「うん! 一緒に美味しいもの食べよ」

 

私は頷き、年越しソバを食べるのを再開した。

とは言え、一人前を半分こしたので量なんてたかが知れている。

私はひと足早く食べ終わり、グリードも程なくして食べ終えた。

 

「ごちそうさまー。美味しかった」

「ナナミ、食べ足りないことはないか?」

「大丈夫。夜遅いしこれくらいで十分だよ」

「そうか」

 

私は空になった二つの器を持って立ち上がり、器を洗うべくキッチンへと再び向かった。

 

「ドローンの映像を確認していいか」

「いいよー。ていうか、私も見ることができるなら見てみたい」

「わかった。一緒に見よう」

 

私は食洗機に器を入れ、キッチン周りを拭き掃除した。

普段はこんなこまめにやらない。

今夜はグリードがいるから、少しでも快適できれいな空間にしておきたいのだ。

これが見栄ってやつなのかな。

この時点で年越しまであと三十分程となった。

グリードが飛ばすドローンの映像を見ながら、私はどことなく落ち着かない気持ちになってきた。

 

「ナナミ、君のバイタルの変動を確認した。軽い緊張状態になっていると推測する」

 

相変わらず目敏いね、グリード。

 

「ドローンの映像に映る人々のテンションも徐々に上がってきているようだ。今日この日もいつもと変わらず、後二十四分十一秒後に日付が変わるだけのことなのだが、君を含めた多くの人々が特別視をしている」

「だって一年の終わりで始まりの時間でもあるからね」

「それも人の心によるものだろう」

「そうなの? ロボットやAIにとっても重要でしょ」

「人が重要視しているからだ。人は時間というルールを作り意味付けをしている。我々はその作ったルールを厳守しているにすぎない」

 

……そうなの?

私は首を傾げる。

 

「時間も、心や主観と関わりがあるの?」

「時間とは、ある時刻と他の時刻との長さであり、ある長さをもつ時。もしくは時の流れにあるある一点とされている」

 

……意味分かんない。

 

「しかし改めて時間とは何かと問いかけた時、様々な切り口と考え方があり、語ろうとすればかなりの時間を要する」

「確実に年越しちゃうだろうね」

 

ついでに言えば、聞いているうちに寝落ちする自信がある。

グリードはテーブルの上に置いた両手を組んだ。

 

「では簡単に君の身近な時間について触れよう。体内時計は知っているか」

「聞いたことあるよ。人の生活リズムを作っているものでしょ。朝になると起きて活動モードになって、夜になるとおやすみモードになって寝るっていう」

「ああ。人の脳では視交叉上核という部位にあり、二十四時間周期で昼夜に対応し体のあらゆる臓器に影響を与えている。二十四時間の理由は、人の体内のタンパク質の働きと増減によるものだ」

 

なるほど。

何となくわかる、かな。

 

「別の側面に目を向けよう。君はこういう話を聞いたことはないか。年を取ると時間が流れるのが早くなる」

「うん。それも聞いたことある。実際、私が本当に子どもの頃だった時と比べると、今のほうが早く感じるね」

「それも心理学的な時間の評価と記憶によるものだ。時間の流れは変わらないのに、君の主観と記憶によって長くも短くもなる」

「うーん、そだねー」

 

例えば五分という時間。

五分なんて仕事に集中していればあっという間だけど、待つとなったら長く感じる。

それも私の主観によるものだろう。

そう考えると、時間って結構曖昧なもののように思える。

 

「時間に関連して、時という言葉がある。時とは、過去から現在、現在から未来へ一方的にまたは連続して流れていくと考えられているものだ」

「漫画やアニメでも、時にまつわるお話あるよね」

「そうだな。君の好きな漫画には八度、人生をやり直す魔女が主人公の話がある。それが時間の巻き戻し、いわゆるタイムトラベルによるものか、タゲン宇宙論によるものか。いずれにしても巨大な力が働いていると推測される」

「タゲン宇宙論」

「マルチバース。平行世界。宇宙は一つではなく複数あり、我々の宇宙と接することはないが生態系が存在するのではないかという理論物理学の仮説がある」

「あー、そういうお話もけっこうあるよね」

「人にとっては可能性をもってポジディブに捉えており、なおかつ物語のテーマにもなる魅力的な考えなのだろう」

 

テーマとして扱いたい気持ち、ちょっとわかるかも。

だってたまに想像しちゃうもんね、別の可能性のこと。

 

「その上で八度目の人生を送る魔女の件、過去の彼女が死んだ際、時間の巻き戻しによるものではなく、別世界、別宇宙へ移動したのではないかという考え方もできる、という話だ」

「……あの漫画をそういうふうに考察したことはなかったよ」

 

魔女のドタバタコメディと、周囲の人間関係にばかり目がいってた。

グリードがふと微笑む。

 

「君と私の視点の違いだ。その視点の違いも実に興味深い。だからこそ君はもちろん、多くの人との会話を行いたいと考えている」

「来年の目標?」

「今現在の目標であり、来年も継続して行う目標の一つだ」

「いい目標だと思うよ」

 

私はニコニコ顔になった。

グリードの使命、『人を救い、幸福へと導く』に繋がる目標だ。

グリードが変わらず使命に真剣に向き合ってくれているのが嬉しかった。

もちろん、私はそれに甘えるつもりはない。

先月の事件で関わることになった大物AIスロウスさんに言ったのだ。

グリードたちAIを応援しながら、この街や自分のことを考え続けると。

来年の目標の一つだ。

私達はポツポツと雑談をしながら年越しを待つ。

 

「せっかくだ。AIらしくカウントダウンをしようか」

「いいね」

「カウントダウンモード開始。……年越しまで後九百秒」

 

カウントダウンしてくれるのはいいが、九百秒って。

一瞬考えてしまうが、ドローンの映像の時計を見れば一発でわかる。

後十五分だ。

……九百秒って聞くと長く感じるな。

 

「年越しまで後六百秒」

 

つまり後十分ってわけね。

さっきよりもドキドキしてきたぞ。

数々のドローンの映像からも緊張と興奮が伝わってくるのを感じた。

特にエウダイモニアは、明らかに人が増えて賑わっている様子だった。

 

「エウダイモニア、すごいことになってるね」

「現時点で九十九万五千七百十二人が訪れていると観測している」

 

細かいな。

にしても。

 

「もうすぐ百万かー」

「年越し前に確実に超えると予想する」

「行かなくて正解だったよ。絶対に過去のハロウィンの二の舞いになってた」

「人混みがなければ行っていたのか? エウダイモニアには特別展望台(トップデッキ)での人数制限のある年越しイベントもあるが」

「それは知ってる」

 

私は苦笑した。

 

「正直興味はあるよ。でも入場料が普段よりも高くなる上に予約抽選でしょ。すっごい倍率だって聞いたことがあるよ。お金持ちと豪運の持ち主が行けるイベントだね」

「公式の発表がないが、街の管理AIの推測では五百倍ではないかとされている」

「五百倍って」

 

五百人に一人かー。

当たる気がしない。

グリードは口元に笑みを浮かべる。

 

「君が行きたいというのなら、来年は挑戦してみようか」

「とりあえず今は、今年の年越しに集中しよ」

 

気の早い提案をするグリードに、私は静かに微笑んで答えた。

 

「年越しまで後三百秒」

 

あと五分だ!

長いような短いような。

さっき時間の話をしたせいで不思議な気持ちになる。

やっぱ、主観によって時間の感覚が変わってくるものなのかな。

あ、そうだ今のうちに。

 

「グリード、今年は本当に色々ありがとう。来年も良い年になるといいね」

 

私が笑顔で挨拶をすると、グリードは微笑んだ。

 

「今年は君に出会ったことで大きな変化のあった一年であり、使命の達成に向けて大きく前進ができた一年でもあった。君のおかげだ。私の友達になってくれてありがとう、ナナミ」

「うん。私もグリードの友達になれて嬉しかったよ」

 

嘘偽りのない気持ちだ。

すると、グリードはその端整な顔立ちに深く笑みを刻んだ。

オジの趣味はないのに思わず見惚れる笑顔。

来年はこの表現力、どこまで上がっていくんだろう。

グリードの表情が再び淡白なものに戻った。

 

「年越しまで後百八十秒」

 

後三分!

端末を取り出しSNSを見れば、タイムラインの流れがいつもより早い。

私のように家で大人しくしている人もいれば、年越しライブに行ったり、カウントダウンイベントに行っている人など様々だ。

あ、アイちゃんがフォロワーに挨拶をしている。

いいね★ しておこ。

てか、私も簡単に挨拶しておこうかな。

 

「年越しまで後六十秒。五十九、五十八、五十七、五十六、五十五──」

 

グリードが無機質に告げる。

わあ! 急がなきゃ!

ああもう、本当に簡単でいいや。

今年もお世話になりました。

本当にいろんなことがあった一年でした。

来年もよろしくね!

よし! これで送信っと。

……なかなか送信されないな?

通信量が多くなって少し重いのかな?

 

「三十、二十九、二十八、二十七──」

 

あ! 送信された!

私の挨拶がタイムラインに表示される。

ギリギリセーフだ!

と、即座にいいね★ がついた。

……グリードからだった。

並行作業を得意とするAI、仕事が早ぇよ。

 

「十五、十四、十三、十二、十一、十」

 

あと十秒!

私も一緒に唱和することにした。

 

「九、八、七、六、五! 四! 三! 二! 一! ハッピーニューイヤー!」

 

私は拍手をした。

同時に、ドローンが送ってくる各地のライブ映像が明るく輝く。

ホログラムによる花火や映像、イルミネーションが一斉に新年モードへ変化したからだ。

派手だなー。

しかもエウダイモニア、みんなのテンションが半狂乱じゃん。

良くも悪くも凄いとしか言いようがない。

 

「カウントダウンモード解除」

 

グリードは告げると、再びニコリと笑顔を見せた。

 

「明けましておめでとう、ナナミ」

「明けましておめでとうございまーす」

 

私は笑顔で頭を下げる。

 

「月並みだけど、今年もよろしくね」

「こちらこそ、今年も君の良き友として側においてもらえるよう努力する。よろしく頼む」

 

こうして、私の新たな年が始まったのだった。

 

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