多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第十七話 一緒に年越しをした 3

「ナナミ、君のバイタルと脳波の変化を確認した。睡眠モードに移行しているようだな」

 

時間は一時四十八分。

普段ならこの時間はもう眠っている時間だ。

しばらくはグリードの飛ばしたドローンの映像や公共放送の新年番組を見たり、SNSで新年の挨拶をしたりしていたが、グリードの指摘通り眠くなってきていた。

 

「今日の四時に初日の出を見に行くことになっているが、時間の猶予がある。少し眠ってはどうだ」

「うーん、起きている予定だったんだけどなー」

 

だが眠気は半端なく押し寄せてきている。

正直、少し寝たい。

 

「昨日も遅くまで副業をしたのだ。私が起こすから安心して寝るといい」

「……いいの?」

「構わない。君の就寝中、ドローンの確認をしつつ、ここまでの状況を報告する書類を作成する」

「ボディは大丈夫なの?」

「問題ない。このボディは充電無しで二十四時間、活動可能だ」

「え?」

 

二十四時間?!

私の知ってるアンドロイド、副業先の先輩であるサヤネさんは十六時間稼働できるって聞いていたけど。

 

「凄くね?」

「このボディは一鍔重機の技術の粋を集めた特別製であり、一般的なアンドロイドとは違いコストは度外視して製造されている」

「やっぱそうなのね」

 

見た目からして市販で売り出されているアンドロイドとは一線を画している。

そして中身もやはりスペシャルだった。

感心していた私だが、無意識のうちにあくびが出た。

それを見たグリードは小さく笑う。

 

「やはり眠いようだな。時間が来たら私が必ず起こす。安心して眠るといい」

「……わかった。お言葉に甘えさせてもらうね」

 

私は頷き椅子から立ち上がると、洗面所へと向かった。

洗顔をして服を寝巻き──Tシャツ一枚と半ズボンだ──に着替えた。

そして特に何も考えずにベットへと向かう。

枕元にはいつものぬいぐるみたちが待機していて、その一つ一つにポンポンと手を置く。

お待たせー、お休みの時間だよー。

いつもの儀式を終え、私はベッドに潜り込んだ。

グリードは椅子ごとこちらを向いてジッと私を見ている。

 

「……あんまり見られると寝辛いんだけど」

「大丈夫だ。今の君の眠気はピークに達していると推測する。私に構わず寝てくれ」

「うーむー」

 

グリードの言うことに間違いはないけど。

 

「照明は落としてくれて問題ない」

「そう。……じゃ、本当に寝るね。四時に出かけるから三時頃には起こして」

「わかった。おやすみ、ナナミ」

「おやすみー」

 

その言葉を合図に部屋の照明が落ちた。

暗くなった部屋にはドローンの映像の光だけが残り、イケオジグリードをぼんやりと照らしている。

深い海の底にいるような気分になった。

深海専門の水族館には行ったことはあるけど、本当の深海は行ったことはない。

だけど何故か、そんな気持ちになった。

だがその風景も徐々に狭まり、やがて本当の闇に包まれた。

 

夢を見た。

何で夢かとわかるのかと言えば、余りにも荒唐無稽だからだ。

私はモッコモコかつ窮屈な白い防護服を着て、脇にはゴツいフルフェイスのヘルメットを抱えていた。

漫画で見たことがある。

前時代の宇宙飛行士、もしくは潜水士のような格好だ。

どちらも極限世界で作業するための服である。

何でこんな服を着ているんだ?

いや、わかる。

私は宇宙進出の足がかりになる宇宙ステーションの修復のため、宇宙に赴くことになったのだ。

……なぜ宇宙に行くことになってんだよ、私。

疑問に思う私と、それをさも当然に受けとめる私とがいる。

見れば、私の他にも数人の宇宙飛行士が横に並んでいた。

顔は、何でか見えない。

でもこれから極限世界を共にする大切な仲間だということはわかった。

そんな私の前に悠然とイケオジが現れた。

あ、グリードだ。

グリードは私達の前に来ると、極めて自然な笑顔を私達に向ける。

反射的に思った。

いやこれ違う。

これ、グリード(ロボ)じゃない。

生身の人だ。

 

「おはようございます」

 

ロボの時と同じ低く深く渋い美声。

 

「私は打ち上げ事業、並びに安全管理業務を行う八剱重工の代表、ヤツルギ・アキツグです」

 

……ヤツルギ、アキツグ?

…………誰?

てか、八剱重工って凍結されてるはずじゃ?

でも、夢の私は緊張とともにヤツルギさんの話を聞いている。

 

「今日この日を無事に迎えられたことをとても嬉しく思います。今日まで貴方方を安全に宇宙へと運ぶため弊社社員は尽力をしてきました。この人類の未来をかけたミッションを成功させるため、今日も全力を尽くし、貴方方誰一人欠けることなく宇宙へとお運びすることをお約束します。どうかよろしくお願いいたします」

 

頭を下げるヤツルギさんに、私達は敬礼でそれに応じる。

……本当になんだこれ?

するとヤツルギさんは視線をこちらに向けた。

人好きする柔和な微笑みに思わず見惚れる。

蒸発しなかったのは、外見がストライクゾーンから外れているからだろう。

セーフ!

 

「カリヤ船長」

「はい!」

 

は?! 船長?!

私が?!

でも、それを緊張感を持って受け入れている私。

ホント、何なん?

 

「貴方は史上初の二十代の女性船長です。若い貴方は人類の未来という重責を背負うことになりました。しかし、ここまで貴方は類稀なる才能とリーダーシップをもって船員たちを始め弊社社員の信頼を得てきました。貴方の人望の厚さは歴代の船長たちと引けを取らないほどです。宇宙でのご活躍を期待しています」

「ありがとうございます。人類の未来を切り拓く良い仕事ができるよう、船員一同努めてまいります」

 

私は緊張でカチカチになりながらも答えると、ヤツルギさんは笑みを深くして頷いた。

こうして地上での挨拶が終わり、私達はロケットに乗り込むことになった。

たくさんの報道関係者に向けて、私達は手を振りながらボーディングブリッジへ歩みを進める。

おいおい、本当に宇宙に行くの?

 

「ナナミ」

 

どこからともなく私を呼ぶ声がした。

 

「ナナミ」

 

あれ? この声って、ヤツルギさん?

と、ふいに視界が揺れた。

 

「ナナミ、起きてくれ。時間だ」

 

優しく、しかしはっきりと告げる声に視界が暗転した。

同時に意識が浮上するのを感じた。

あ、起きる。

視界が徐々に明るくなり、私の目の前に人の輪郭が浮かび上がる。

ぼんやりする頭で目を凝らした。

あ、この顔知ってる。

 

「……ヤツルギさん?」

「ナナミ?」

 

や、違う。

急速に意識が晴れていくのを感じた。

状況を確認する。

そうだ、初日の出を見に行くんだった。

で、グリードが私を起こすために肩に手をかけている。

ここまでは理解できる。

でも、私と一緒の布団で寝そべっているのはどういう状況なのか。

 

「グリード」

「おはよう、ナナミ」

「うん、……おはよう」

 

おはよう、の言葉に反応して照明が点灯した。

照明の下で確認すると、やっぱり現状の異常さが浮き彫りになる。

私は固まる口と舌をどうにか動かした。

 

「……あのさ、これはどういう状況なの?」

「君と初日の出を見るため、仮眠をとった君を予定の時間に起こした」

「それは知ってる」

 

私が体を起こすと、グリードも同時に起き上がり、至近距離で向き合うことになった。

まだ眠気が頭に残っているせいか、衝撃的すぎて心が固まっているのか、ナイスミドルなイケオジが間近にいても動揺することはなかった。

 

「何でグリードが私と一緒のお布団にいるのかな?」

「君と添い寝というものをしたくてしてみた」

 

……何してんだよ、このロボ。

全く、全然、悪意も善意もなく、ただただ淡々と事実を語るグリードに、私は空いた口が塞がらなくなった。

 

「何で添い寝をしようと思ったの?」

「君のぬいぐるみを見てやってみようと思った」

「ぬいぐるみ?」

「そうだ。私とぬいぐるみの一番の違いは意識の有無だ。ぬいぐるみに意識はない。ただそこにあるだけだ。そして意識がないからこそ君から絶大な信頼を勝ち得ている」

「何もしないからね」

 

意識がないから私の好きなようにすることができる。

闇雲にテリトリーに入ることもない。

そもそも何を思っているかも私次第。

そのフワフワでフカフカなボディで私を安全安心に癒やす存在だ。

 

「私も君が寝ている間は何もしない。しようがない。私は君のぬいぐるみのように、安心と信頼を持って君のそばに少しでもいたかったのだ」

「でも、私の布団に入り込んだでしょ。それってグリードの意思じゃん。グリードはぬいぐるみじゃないっていう証だよ」

 

グリードは少し首を傾げて顎に手をあてた。

 

「そうだな。……君が驚き不機嫌なのは無断で君のテリトリーに入ってしまったからだと推察したが」

「間違ってないよ」

「すまなかった。今度は許可を取るようにする」

 

素直に詫びるグリードに、私の心に何とも言えない揺れを感じた。

グリードの言うとおり、ボディの違いと意識があることを除けば、グリードはぬいぐるみと似たようなものだ。

このイケオジボディに、いわゆるセクシャルな機能はついていない。

もちろん、そこは変態で名高い一鍔重機のことだから、つけようと思えばつけられるし、私の乏しい想像力など遥かに超える機能もつけられるだろう。

……多分な。

だがグリードは、人の営みと欲望に強い興味と関心は持っていても、自身のものへの興味は希薄だと思う。

そう思う理由は、グリード自身の食への関心のなさからだ。

だってロボやAIは、食べる必要も繁殖する必要もなくて、その機能をつけるのは、あくまでも人のためであるからにすぎない。

それってやっぱり、寂しいというかもどかしいというか。

でも、主体がないからこそ安心できるという人の気持ちもよく理解できる。

……前にもこんなこと考えたことがあった。

あれも、ぬいぐるみが関わっていたっけ。

 

「ナナミ」

 

黙り込む私に、グリードは私の顔を覗き込みながら声をかけた。

 

「すまなかった。そこまで君が気分を害するとは予想外だった。二度とこのようなことはしないと約束する」

 

ションボリするイケオジ。

演技だとわかっていても絆される私のチョロさよ。

 

「違うよ。怒ってない。ビックリしたのと色々考えていたから」

 

私は安心させるように言い、だがちょっと眉をしかめてみせた。

グリード、たまにポンコツ気味になるからな。

ちゃんと言うべきことは言わないといけない。

 

「でも、距離感バグるのは人付き合いの障害になるかもだから、直してほしいとは思う。その姿でこんなことしたらビックリするし、誤解を招くからね」

「わかった。今後は気をつける」

「うん。じゃ、起きて準備しよ。眠気覚ましにシャワー浴びてくる」

 

私が笑顔を見せると、グリードも微笑んでベッドからおりた。

私もベッドからおりると着替えを持って洗面台へと向う。

建物自体は古いが防音がしっかりしているのは助かる。

私はシャワーを浴びながらふと気付く。

そういえば夢を見てたと思うけど、内容、なんだっけ?

グリードの添い寝が衝撃的過ぎて内容忘れちゃったよ。

面白かったという印象は残っているのに、すんごく惜しい気分。

私はシャワーを浴びながら頑張って思い出そうとしたけど、結局思い出すことはできなかった。

 

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