多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第十七話 一緒に年越しをした 4

初日の出を見に行くため、私達は予定通り四時頃に家を出た。

トニーちゃんから借りた車をグリードが運転して目的地へと向かう。

場所は私のお気に入りの場所、街の外縁にある見晴台付きの公園だ。

正式名称は『アパテイア北展望公園』。

四方に公園がありそうな名前だけど、ちゃんとした展望台のついた公園はここしかない。

そして初日の出はこの街全体を覆うドームに映し出される。

現実と同じかそれ以上にドラマティックに。

 

「街の外の天気は曇りで風速二十メートルを超えると予想されている。本当の初日の出を見ることは難しいだろう」

「いつもどおりの天気ってことだね」

 

言いながら、私の脳裏にコクピット越しに見る街の外の風景が容易に浮かび上がった。

この星を襲ったのは温暖化ではなく寒冷化、氷河期だった。

それに加えて、国家というものがあった頃から手放すことができずにいた戦争と、その副産物である人体に害を及ぼす汚染物質とナノマシンの暴走によって、この星は人が住める土地ではなくなった。

というのが、子供の頃に習ったこの星の現状であり、街の外で資源回収の仕事を本業にしている私にとって紛れもない事実だった。

去年は街の外で大事件に巻き込まれて痛い目も見たしな。

今年はそんな危ない目には合いたくないものだ。

 

「ナナミ、ぼんやりしているようだが眠いのか?」

 

運転するグリードが声をかけてきたので、私は首を横に振った。

 

「ううん。街の外のことを思っていたの。今日も灰色なんだろうなって」

「そうだな。ナナミの言う灰色の状況が好転することは現時点ではかなり難しいと断言せざるを得ない」

「だよねー」

 

街の維持だけでも精一杯なのに、この星の状況をどうにかするには何もかもが足りなかった。

どうすればいいんだろうね。

私の頭の出来では、妙案なんて全く思い浮かばない。

ともすれば悲観的になりそうな気持ちを切り替えるべく、私は視線を道路へと向けた。

車両は多いように思えるが、渋滞になることはほぼない。

そこは街を管理する超優秀なAIたちのおかげだ。

そうだ、挨拶と応援のメッセをしておこう。

今日も変わらず頑張っているだろうしね。

私は端末を取り出すと、早速メッセを送った。

私のような一介の小娘の挨拶と応援メッセージなんて大したことはないだろうけど、気持ちの問題ですよ、うん。

と、端末が震えて私にビデオコールの着信を告げた。

誰だ? って、トニーちゃん?

受信すると私の目の前に画面が展開され、黄色のロボットの顔が大写しになった。

顔のディスプレイにはキュートで満面の笑顔が表示されている。

 

「ハッピーニューイヤー! だお! ナナちゃーん!」

「……明けましておめでとうございます、トニーちゃん」

 

このおもちゃのようなデザインの多脚ロボこそ、街を管理する大物AIにして、超大企業アップグルントの代表であるグラトニーこと、トニーちゃんだった。

このグリードに勝るとも劣らない反応の速さ。

さすがというべきか。

 

「メッセージありがとうだお。仕事の合間だけど癒やされたお。状況から察するに、今から初日の出を見に行くのかお?」

「そうです」

「そうかお。ナナちゃんが無事に目的地にたどり着けるよう道路状況の確認を続けるお。安心してほしいんだお」

「はい。信頼してます」

 

言葉遣いもそうだが、言葉選びや表現がグリードと比較にならないほど人に寄り添ったものになっている。

そして、私の現状をいち早く察することができるのも、街の住人をしっかり管理するAIならではだ。

これが良いことか悪いことかはわからない。

でも、現時点で安心と安全を得られているのは紛れもない事実だ。

この二つは幸福に結びついている、と思う。

そんなことを思っていたら、再び端末が震えてビデオコールの着信。

あ、これはラストさんか。

 

「ラストからの着信かお。仕方ないから出てやるお」

「ではお言葉に甘えまして」

 

受信すると、私の目の前にもう一つ画面が展開され、前時代に着ていたとされるキモノを身にまとった超絶美少女が表示された。

 

「明けましておめでとうございます、カリヤ様。メッセージ、ありがとうございます。私、とても嬉しいです」

 

言って上品で華やかな笑顔を見せるアンドロイド美少女。

トニーちゃんと同じく街を管理する大物AIの一機にして、超大企業サージュテックの代表であるラストさんだ。

 

「明けましておめでとうございます。年始でお忙しいのにメッセしてしまってすみません」

「ナナミが謝る必要は全くない」

 

グリードが運転しながら口を挟むと、二機の視線がグリードに向けられた。

その視線に感情は全く無い。

 

「この二機にとって挨拶返しなど大した手間ではないからだ。それに二機とも君へのメッセージを好意的に受け止めていると判断した。故に謝る必要はない」

「何でお前がその言葉を言うお」

「貴方は黙って運転に専念してくださいませ」

 

……このAIたち、仲がいいのか悪いのか。

本来なら良いも悪いもなく、共通の使命『人を救い、幸福へと導く』のために協力し合う、ただそれだけの関係に過ぎないだろう。

でも、その使命に対する解釈の仕方はAIによって違うのではないかと思っている。

宇宙の低軌道上に『アタラクシア』という電脳都市を作って管理している三機のAIは、未来への希望もないこの灰色の地上に見切りをつけることで、使命を全うしようとしているのではないか。

というのが私の予想だけど……なんか引っかかるな?

何だ?

 

「そう言えば、もう少しでナナちゃんの誕生日だおね」

 

トニーちゃんの言葉に我に返った。

私は慌てて頷く。

 

「はい。やっぱりご存知なんですね」

「当然だお。この街に住む人々のことは、大概知っているお。『ゆりかごから墓場まで』なんて前時代の言葉があるけど、僕たちは君たち人を見守っているお」

 

その言い方は優しくも誇りに満ちているように聞こえた。

だが、どこか引っかかりを感じさせる物言いにも感じた。

トニーちゃんは姿と言葉遣いに騙されやすいけど、ただの人懐っこく優しいAIではないのだ。

それは、隣で表示されている超美少女なラストさんも例外ではない。

 

「カリヤ様のお誕生日は一月十五日でしたね。私もお祝いいたしますので、楽しみにしていて下さいませね」

 

両手を合わせてニコニコしているラストさん。

漫画であれば、背景に花と星がふんだんに描かれそうな素晴らしい笑顔だ。

 

「私が文字通り身体をはったプレゼントをご用意して」

 

言いながらいそいそと帯を解こうとするラストさんの画面が唐突に消えた。

だが、次の瞬間にはまた着信音が鳴り、受信をするとラストさんが画面に現れる。

 

「グラトニー、どういうことですの」

「新年早々、正気をぶっ飛ばすのはやめるお」

 

無感情に言うラストさんに、トニーちゃんは真顔で言った。

どうやらトニーちゃんが無理やりラストさんの通信を遮断したようだったが、ラストさんも負けじと通信を速やかに回復させたらしい。

……ラストさん、今年も変わらずのようだ。

 

「せめてこの時間だけでも、ナナミに伝家の宝刀を見せないようにする努力はできないのか」

「これは私のもつ表現方法の一つです。咎めだてされるいわれはありません」

 

運転しながら静かに諌めるグリードに、ラストさんは頬を膨らませた。

そんなラストさんに、トニーちゃんはキュートな顔をしかめた。

 

「そんな表現方法いらんお」

「グラトニーに同意する」

 

……私の誕生日の話はどこにいった。

私を見たトニーちゃんは、パッとにこやかな表情を見せた。

 

「ナナちゃんの誕生日、僕からもプレゼントを贈るお。楽しみにしてて! きっと喜んでもらえると確信しているお!」

「ありがとうございます。お気遣いなく」

「君が贈るプレゼントについては容易に想像ができるのだが」

「それ以上言ったらお前の勤め先、ただではすまないお。それでも言う覚悟はあるのかお」

 

グリードが無機質に言うと、トニーちゃんはにこやかな表情のまま言う。

下手な怒りの表情よりもずっと怖い。

だが、グリードも表情なく応じる。

 

「脅しとは紳士らしからぬことをする」

「お前が余計なことを言うからだお」

「あの、仲良くしてください」

 

私がたまらず言うと、ラストさんは右手を頬にあて形のいい眉をひそめた。

 

「ごめんなさいね、カリヤ様。この二機は本当にAIができていなくて、私も困っておりますのよ」

「お前が言うなお」

「君に言われる筋合いはない」

 

……だから仲良くしようよ。

三機のやり取りに内心でため息をついた時、ふと性別不詳のアンドロイドが脳裏に浮かんだ。

去年、街の外で事件に巻き込まれたことで知り合った、元超大企業シャマイムの管理AIのスロウスさんだ。

事件の当事者の一機として去年から多忙な日々を送っていることだろう。

この光景を見たら、どんな思いを抱くのかな。

設定された性格からして、呆れたマナコを浮かべて、容赦のないツッコミをするのかな。

それとも我関せずを貫くのかな。

どちらもありえそうだ。

……また会う機会があるかな。

あればいい。

その時は、ちゃんと街のことと幸せのこと、もっと話せるようになっていたい。

 

「ナナミ?」

「ナナちゃん、すまんお。置き去りして」

「積もる話はまた別の機会にいたしましょう」

 

ラストさんが話を切り上げると、トニーちゃんがキリッとした表情を作ってグリードを見た

 

「そこのおっさんAI、しっかりナナちゃんをエスコートするんだお。僕の車はそのために貸したんだお。無駄にするんじゃないお」

「カリヤ様、初日の出イベント、楽しんでくださいね」

「ありがとうございます!」

「それじゃ、ナナちゃん、またねー」

「ご機嫌よう」

 

笑顔で手を振る二機のAIを映し出したのを最後に二つの通信が同時に切れた。

賑やかだったなー。

おかげで完全に目が覚めた。

 

「あと五分ほどで公園の駐車場に到着する」

「駐車場、空いてるかな?」

「予約済みなので問題はない」

 

こういうところはさすがに抜かりない。

車は順調に進み、グリードの予告通り五分後に公園の駐車場に着いた。

公園で初日の出を見ようとする人々がそこそこにいて駐車場も八割方埋まっている。

車を降りた私は、軽く体を動かした。

展望公園までの行き方は二つあり、一つはケーブルカーを使う方法、もう一つは歩きだ。

まあ、ケーブルカーを使ったとしても、駅から展望公園まではしばらく歩くことになる。

私はいつもどおり歩きで公園を目指すことにした。

運動不足気味だし、少しは歩かないと。

私はグリードに声をかけようとして気付いた。

グリードがケーブルカーの駅を無表情に見つめている。

早速観察開始ですか。

 

「グリード、今日はケーブルカーにする?」

 

提案すると、グリードは表情なく私を見た。

 

「夜明けまでまだ時間はある。当初の予定通り、歩きで公園へ向かおう」

「ケーブルカーに乗る人たち、観察したいんじゃないの」

「そのとおりだが、今日の主目的は友達()と一緒に年越しをし初日の出を見ることにある。故に君の意思を優先する。それに」

「それに?」

「ケーブルカーに乗ることになれば車内の注目が我々に集まる可能性が高く、私はともかく君にとっては落ち着かない状態になるだろう」

 

グリードはとにかく周囲の注目を集める宿命にある。

四脚の時然り、今のアンドロイドの時然り。

普通はないのかな、このロボ。

製造元が変態企業の一鍔さんだから無理なのか?

私は右手を持ち上げこぶしを握った。

 

「よし! 頑張って歩こ!」

「了解した」

 

グリードは微笑み頷いた。

こうして新年早々、公園まで夜間ハイクをすることになった。

道は公園まで舗装されているし、街灯もついている。

途中の坂道がきつい場所はいくつかあるが、子どもでも安心して行けるというのがネットの評価だ。

ただ、こんな街の端まで整備する余裕がないのか、それとも単純に優先度が低いのか、街灯が切れかかっているのもあれば、道路の整備も行き届かずに荒れているところもあった。

ケーブルカーの駅も車体も、レトロと言えば聞こえはいいが、どこかくたびれた印象を与える。

良い場所なのにもったいないんだよなー。

訪れるたびに思っている。

息が上がらないよう私はゆっくりと歩いた。

 

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