誕生日当日を迎えた。
いつもの時間に起きて、毎週支給される総合栄養食のスティックバーを食べ、個人的に買ったインスタントコーヒーを飲む。
空中ディスプレイに表示される動画は、この街で作成され、毎朝放送されるアニメ番組が映し出されていた。
去年から始まったイヌ、ネコ、ウサギのキャラクターがゆるいほのぼの生活を送る日常系ショートアニメだ。
今この街ですごい人気で、キャラクターグッズは秒で売り切れる勢いらしいが、私はそこまでの熱量はない。
時計代わりに毎日見ているだけだ。
そしてアニメはいつもどおりゆるく終わり、情報エンタメ番組へと切り替わった。
芸能界やスポーツ界のニュースや、この街での最新のエンタメ情報を発信している。
あ、『アズール☆ライト』の新曲が出るんだ。
またダンス、完コピしようかな、とか思ったけど、会社から借りてるミモザでは踊れないのだった。
好きに乗れないの、やっぱちょっとストレスを感じる。
アズール☆ライトの情報が終わったと同時に、街の管理AIから華やかな演出がついたホログラムのお祝いメッセージが届いた。
「カリヤ・ナナミ様
十九歳のお誕生日、おめでとうございます。
この一年が素敵な日々になりますように」
そして、私の経済状況に合わせた興味関心の高いお出かけスポットや、様々なジャンルのエンタメ情報が添えられていた。
さすが二十四時間年中無休で監視しているだけあり、私の心に引っかかるグルメ情報やアニメ、漫画の情報が羅列されている。
……ちょっと悔しい。
でもトニーちゃんとラストさんには絶対に敵わないんだよなー。
私はため息をつく。
だって凄いんだよ。
人の私よりも人のこと理解できているAIなんだよ。
性格設定はちょっと思うところはあるけどな。
……そろそろ出かける準備をしよう。
私はエンタメ番組をBGMに出かける準備を始めた。
服は一見いつもの感じだ。
ゆるゆるなズボンとシンプルな白のTシャツ、濃い青色のダボダボジャケット。
ただしジャケットの背中には『I ♡ POWERED SUIT』のオレンジ色の文字がオシャレかつデカデカと書かれている。
今日はこれを着ていくと決めていたのだ。
髪は二つ縛りにしていつもの簡単メイクをし、ジャケットと同色の帽子を被る。
……よし! いいね!
身だしなみを確認するホログラムに映し出された自分は、満足気に笑っていた。
家の電源を落とし、いつものカバンを肩にかけて最後に端末を手にした時、端末が震えた。
画面を見れば、今日のオトモをかって出たグリードのメッセだった。
「おはよう、ナナミ。今私は集合場所へと向かっている。君も気をつけて来てくれ」
行動開始が早いな。
さすが真面目堅物が基本性格のグリードだ。
私も取り急ぎ、おはよう! しているカワウソさんのスタンプを送り、更にダッシュで走るタヌキさんのスタンプを送る。
そしてテキストを送信した。
「早いね! 私はこれから出発だよ。待たせることになるけどゴメンね」
「問題ない。私が早めに出発しているだけだ。焦らずに来てくれ」
はーい! と元気よく片手を上げているカワウソさんのスタンプを送ると、私は端末をジャケットのポケットにしまい、白いスニーカーを履いて家を出た。
地下鉄の車内は通勤する人が乗っているが、混み合うことはなく静かだ。
でも運悪く座席は満席だった。
仕方ない、しばらくは立ちで我慢だ。
在宅で働ける仕事もあれば、在宅はどんなに頑張っても不可能という仕事もある。
それは前時代と変わらないそうだ。
メインターミナルの駅で大半の人が降り、私はすかさずさり気なく座席に腰をかけた。
目的の駅まで後一時間ほどかかる。
アイちゃんの言っていたパワードスーツの聖地巡礼は、町外れにあるこの街最大の中古展示場からスタートなのだ。
あー! 楽しみ♡
私はニヤつきそうになる顔を必死で引き締めながら、端末にブクマした展示場のサイトを見た。
その言葉通り、画像にも実際の映像にも、所狭しと並ぶパワードスーツ!
いいじゃないか、いいじゃないか。
この展示場でいい感じに気持ちを持っていきたい。
と、アイちゃんからメッセが届いた。
「親愛なるナナちゃん
昨日お祝いしたけど、改めてハッピーバースデー!
ナナちゃんにとって今日が素敵な一日に、十九歳という年が幸せなものでありますように♡」
そして例のイヌ、ネコ、ウサギの誕生日スタンプが送られてきた。
……時間的に仕事の開始前かな?
私はお礼の返信をしながら、浮ついた心が冷静になるのを感じた。
そうだ、アイちゃんと昨日話した一鍔さんのこと、グリードに言わないと。
どのタイミングがいいかな。
……すぐに言ったほうがいいよね。
で、気持ちを切り替えて展示場に行くのが良いと思えた。
そうと決まったらグリードに予告しておこう。
「グリード。突然なんだけどさ、着いたら大事なお話をしたいよ」
すぐに既読マークがついた。
「大事な話とは何だろう」
「グリードを観測している一鍔重機さんのことだよ。年末年始の時に、グリードを私の家に上げるかどうかで話したじゃん。その件で改めて確認したいことがあるの」
「君の話したい内容について推測がついた。待ち合わせの駅前にカフェがあることを確認。そこで詳しい話を聞こう」
「よろしくねー」
よろしく、しているタヌキさんのスタンプを送りメッセを閉じた。
これで良し。
展示場の見学が少し短くなっちゃうけど、こればかりは先延ばしにできないからね。
電車が見知らぬ駅に到着する。
パラパラと乗り降りする人たちを見ながら、私は座席を座り直した。
目的の駅までまだ時間がかかる。
私は再びブラウザを開き、ブクマしたサイトを見て過ごした。
そして目的の駅についた。
ああ、長かったー。
お尻を軽くさすりながら電車を降り、改札へと向かった。
表示される時刻は待ち合わせの十分前だ。
既にグリードは到着していて改札前で待っていると先程連絡があった。
「ナナミ」
改札を抜けると、ピッカピカに磨かれ、内側から光り輝いているような白銀の多脚ロボットが私のもとへやって来た。
この頭部はドラ焼きっぽくって、全体的には節足動物っぽい、ちょっと不気味カッコイイ多脚ロボットこそが私の友達、グリードだ。
……今日はまた磨きに気合いが入っているな。
「グリード、おはよう。待たせてゴメンね」
「おはよう、ナナミ。待ち時間は気にしなくてもいい。それより今日は予定が目白押しだ。早速、君の大事な話を聞きたい」
「わかった」
私達は駅を出ると、グリードの誘導で近くのカフェに入った。
すかさずグリードが店のカウンター前に立つ。
「ナナミ、飲み物はコーヒーでいいか?」
「うん」
多脚ロボのお客は当然珍しく店内の注目を浴びたが、店員さんはプロ意識が高かったようで鉄壁のスマイルでグリードと応対した。
てか、お金!
「ありがとうございましたー」
僅差でグリードが支払いを済ませた。
くっ! 私から持ちかけたことなのに奢られるとは!
グリードは店員からコーヒーの乗ったトレーを受け取る。
「今日一日、君に一銭も使わせる気はない。諦めてくれ」
渋い表情をする私にグリードは淡々と言って、空いている上にスペースのあるテーブル席へと向かった。
おのれ、この多脚ロボ。
今日のところは諦めてやろう。
だが明日からは勝つ! 絶対にだ!
正義のヒーローに何度負けても、不屈の精神で挑み続ける悪役のようなことを思いながらグリードに続いた。
てか、何で私が悪役になるのさ。
で、席に座ると、グリードは通路の邪魔にならない位置に陣取った。
目元のシャッターが開き、複眼があらわになる。
「では話を聞こう。君が話したい内容は、私を観測する一鍔重機のプライバシーポリシーと、関係者の個人情報保護方針だな」
「そうだよ」
私はコーヒーを口にしながら、昨日アイちゃんと話した内容をグリードに語って聞かせた。
一通りの話を聞いたグリードは頭部の下に手をあてた。
人でいうなら顎に手をやっている状態だろうか。
「君のことは知っていたが、アイラやユーゴも危機感をもっていたか。互いに危機意識の高い現実的な性格の安定したパートナーだ」
「そうだね」
浮かれカップルかと思わせるが、いや事実その側面は否定しないが、元々あの二人はグリードが評するようにしっかりとした性格なのだ。
「アイラとユーゴの指摘はもっともだ。今までは君たちの厚意に甘えて曖昧にしてきたことは否めない。良い機会だ。君たちとより良い関係を築くためにも、線引きははっきりとさせよう」
「あとさ、グリードの目的もグリード自身から話したほうが良いかなって」
「特に隠すつもりはなかったが、それも懸念の材料となっているなら私から開示する」
グリードはあっさりと提案を受け入れた。
話がスムーズで助かる。
「私、一AIとしては、街の定める法に則り、君たちの個人情報は厳重に保護し、無作為に取り扱うことは決してしないと断言しておきたい」
生真面目に言うグリードに私は頷く。
「グリードのことは信用しているよ。でもグリードを観測する人たちへの信用は、また別だよ」
「承知している。近日中に君と顔を合わせる機会を作るよう調整する。その時に正式な書面を渡すことを約束しよう」
私は眉を落とした。
「忙しいのに手間を取らせて悪いけど」
「いや、何も悪くない。これは私達がより良い関係を築くための大切な一歩だ。手間は惜しまない。この件に関しては、また改めて連絡をする」
「うん。よろしくね」
よし、これで少しは安心かな。
後でアイちゃんに報告しておこう。
私はホッとして笑顔になった。
これで今日という日を、なんの憂いなく過ごすことができる。
「大事な話はこれで終わり。これ飲んだら、展示場へ行こうね」
「わかった。だが先に言わせて欲しい。ナナミ、十九歳の誕生日おめでとう。この日を素晴らしい一日にできるよう、私も尽力する」
「そんなに真面目にかしこまらなくていいよ」
本当に生真面目さんだなー。
実にグリードらしい。
私は笑顔で拳を軽く上げた。
「でも、今日は連れ回すことになるからね。覚悟していてね」
「君が望むなら、この星で一番の海淵でも銀河の最外縁部でも付いていこう。ただ、ボディを換装をする時間は欲しい」
「そんな壮大な場所に行く予定はないから大丈夫だよ」
グリードなりの冗談? だろうけど大げさだな。
でも、冗談を言おうとする努力は認めたい。
私はコーヒーを飲み干した。
「よし! じゃあ早速行こ!」
「了解した」
グリードの頭部に表情を表すものは何もない。
だから私の気の迷いだろう、複眼の光は優しく微笑んでいるように見えた。