時間は正午を過ぎ、天井のドームに映し出された太陽は真上で輝いていた。
マハタリの展示場から出たあと、しばらくするとつやピカの黒塗りの車がやって来て、車から花を背負っているような超絶美少女のアンドロイドが姿を現した。
このアンドロイドこそが、街の管理AIにしてサージュテックの代表でもあるラストさんだ。
次の予定はラストさんの経営する高級レストランでランチをすることになっていた。
ちなみにグリードは車に乗れないので、車の後ろを追走している。
車内の話題はマハタリのことだった。
並列作業を得意とするAI。
街の管理の合間に、私の着せ替えを見ていたようだった。
「カリヤ様ならきっとどのスーツも似合うと思っていました。スタイルがよくていらっしゃるから。今度、展示会のモデルになってみませんか」
「ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきます」
「そうですか。残念です」
ラストさんはションボリした様子で言った。
繰り返すが、ラストさんはAIで心はない。
だからこのションボリ状態も演技なのだ。
演技なんだけど、人生の経験値が足りない私には心にくるものがあった。
ふと思う。
究極の話、AIって名優になれる素質があるんじゃないのかな。
学習や経験によって人の心を知り、抜群の観察力と演技力を持ったAIに、人はどれだけ騙されずにいられるのだろうか。
……騙すという言い方は悪意があるか。
外見以外で、人は人とAIを見分けられるのだろうか。
「カリヤ様?」
「あ、すみません」
私は話の流れを変えるべく、とある疑問を口にした。
「あの、勉強不足でアレなんですけど、マハタリさんのデザインって、いわゆる作業スーツとは違うなと思っていて。何かコンセプトみたいなのってあるんですか?」
「美しさは人の強さの一つである」
即答するラストさん。
「そう言ったのは前時代のマハタリの創業者です。彼は事故で左足を欠損し、サイバネティクス技術による装身具の装着を余儀なくされました。その当時のサイバネティクス技術はまだ発展途上であり、性能自体もまだまだ未熟なものでした」
ラストさんは語る。
創業者がサイバネティクスだったマハタリ社は、当然その技術に全力を注ぎ、今でも義肢や装身具の分野ではナンバーワンの企業だ。
しかし、性能だけに力を入れてきた創業者は、ある日気づいた。
人は、視覚による情報を重視する生き物であると。
性能はもちろんだが、見た目の美しさも元の手足と同じか、それ以上に美しくあらねばならない。
その美しさこそが、義肢を身につける人の心を癒やし自尊心を守る。
そして周囲の人はその姿に、同じ不幸が自身に振りかかってきた時、その美しさと共に希望を見出すのだ、と。
「マハタリは成長とともに小型パワードスーツの分野にも進出し、今に至っています。見た目の美しさは間違いなく人の力の一つだと信じ、小型パワードスーツにも美しさを取り入れたのです。マハタリが今も業界の一線にいられるのは、その考えが人から支持を得ている結果だと思っております」
「なるほどー」
私はすっかり感心してしまった。
不幸を取り除けないなら、新たな幸福を創造し提供する。
人への貢献に対する高い意識と強い意欲は、少しでも見習いたいと思った。
そして同時にラストさんのお茶会での会話を思い出す。
『色欲の色とは目に見える物質のことです。人は、ヒトモノ問わず見た目に惑わされやすいでしょう?』
そんなラストさんの関わる会社って、とにかく人の視覚情報に力を入れた会社が多いと気づいた。
……ラストさんの得意分野なんだろうな。
というか、そのように設計されたんだろうな。
何と言うか、やっぱりラストさんは凄いAIだ。
真面目な気持ちでそんなことを思っていた時だった。
「カリヤ様、そろそろ目的地に着きますよ。私からの誕生日プレゼント、ぜひ受け取ってくださいませね」
言いながら、ラストさんが首の後ろに手を回し、ワンピースのホックを外して、ファスナーを下げようとした。
私がぎょっとするのと同時に、金色の光が鋭く閃き、どこか間の抜けた音が聞こえた。
「自重! です!」
ラストさんの警備の人──ていうかラストさんの奇行のお目付け役だろう──が金色に輝くピコピコハンマーを片手に鋭く言った。
頭を押さえてうずくまる美少女ロボは、理解できない様子で警備の人を見上げた。
「何故?! これは正しい行動のはずじゃ──」
「全然違います! またオルブライトさんの素晴らしいお説教をお聞きしたいのですか?!」
「それは嫌です。勘弁してください」
泣きそうな表情でイヤイヤと首を横に振るラストさん。
何も知らなければ、庇護欲をそそられるその表情と演技にコロッと騙される人が大半だろう。
しかし、警備の人の険しい表情は変わらない。
「なら、自重ですよ。いいですね!?」
「はあい」
この一連の騒ぎに、せっかく上がったラストさんへの尊敬の念がガッツリと目減りするのを感じた。
何でこう、素直に尊敬をさせてくれないのかな。
私は後部の窓に視線をやると、追走する多脚ロボットが見えた。
グリードの性格設定、お堅いけど常識的なもので本当に良かった。
心からそう思わずにはいられない。
ともかく、車はラストさんが経営する高級レストランに到着した。
豪華で華やかな外観と内装に圧倒されつつ、肉料理をメインにしたランチを頂く。
肉っ! 旨しっ!!
口に広がるのはまさしく幸福だ。
頑張って生きてて良かった!
そう思わせる料理の数々に、私はすっかり舞い上がっていた。
なので肉料理の写真は撮り損ねた。
迂闊っ!
だが、その後に出てきたデザートに私は目を見張った。
「あれっ、この薄緑のものって、まさか?」
「はい。カリヤ様が最近注目をされていたシャインマスカットです」
シャインマスカット!
勝手に略してシャイマス!
シャイマスとオレンジのケーキだ!!
アイちゃんがユーゴさんとのデートの時に食べ、その美味しさを大絶賛していたのを聞き、私もがぜん興味がわいた。
で、こっそり検索をして評判を知り、一度は食べてみたいと憧れていたんだけど、アイちゃんはもちろん、グリードにもそのことは言っていない。
「ナナミの検索履歴から知り得た情報か。街の管理AIとその関連会社にしかできないことだ」
「取得した情報は、カリヤ様を含めたこの街の人々の幸福のため、有効利用させていただいております」
グリードの台詞に、ラストさんが淑女らしい整った微笑みを浮かべて言った。
あ、そういうことか。
そして改めて、私の情報が街の管理AIたちに筒抜けなことを思い知る。
……隠しごとができないなー。
や、いいけどね。
過去も今も、それで特に困ったことはないし。
「もちろん、どこかの会社とは違って取得した個人情報は厳重に管理しておりますからご安心を」
「弊社とナナミたちのことを言っているのか。だとしたら対応に遅れが出ていることは否定しない。しかし、取得した個人情報は法に則り管理していると断言する」
淑女の笑顔のまま、チクリと釘をさすラストさんに、グリードはいつもどおりの事務的な態度で応じる。
「ええ、ええ。そうであって頂きたいものです。使命を同じくするAIとして、人に不安を与えるなどあってはならないことですからね」
「ラスト、君の忠告は聞き入れよう」
場の空気が固く緊張したものになるのを感じた。
……何か、怖い。
デザートを楽しむ雰囲気じゃなくなっちゃった。
すると、ラストさんがこちらを向き、済まなそうな表情を向けた。
「ごめんなさい、カリヤ様。場の空気を悪くする発言をしてしまいまして」
「いえ! あの、これからも、街の人の情報は大切に取り扱ってほしいです」
「はい。この街に住む人の幸福実現のため、これからも誠心誠意尽くします」
凛とした表情で言うラストさん。
前のお茶会の時、グリードはラストさんのことをトニーちゃん以上に使命に真剣に向き合っているAI、みたいなことを言っていた。
もしかしたら本来は、グリード以上に真面目な性格設定なのかもしれない。
その反動があの奇行なのか?
だとしたら、やっぱどうにかすべき案件なのでは?
「ナナミ、私もすまなかった」
私を見つめてグリードが言った。
「君が注目していたフルーツなのだろう。是非食べてくれ。そして君の欲望が満たされるさまを私に見せてくれ」
「グリード、正直すぎだよ」
「相変わらず呆れた物言いですね」
眉をひそめる私とラストさんだったが、グリードはどこ吹く風といった様子だった。
私は許可を取って写真を撮り、フォークとナイフを手にした。
口にしたシャイマスは、肉とはまた違った幸せの味がした。
歯ごたえも甘さも香りもすんごく私好みで、丁寧に大切に食べようと思うのに、次から次へと食べてしまう。
ああ! あっという間に食べ終えてしまった!
「早かったな。観察時間があまり取れなかった」
「お気に召していただけたようで良かったです」
「はい、ごちそうさまでした」
言いながら、恥ずかしさに頬が熱くなるのを感じた。
思えば、グリードに出会ってから食い意地が張りすぎているような気がする。
……自重しよう。
最近測っていないけど体重も気になるし。
紅茶を飲みながら決意するのだった。
レストランを出ると、別の黒塗りの車が私の目の前に止まった。
え? 何?!
何事かと体をこわばらせたが、横にいたラストさんがニッコリと笑った。
「ご心配なさらないで。グラトニーの迎えの車です」
そして、車からキラキラした美青年アンドロイドが出てきた。
あ、このアンドロイド知ってる。
トニーちゃんの会社の専務で、
「アランさん?」
「はい。お久しぶりです、カリヤ様」
アランさんは愛嬌のある笑顔を浮かべた。
本当に惚れ惚れする美青年ぶりよ。
少女漫画に出てくる王子様のようだ。
眼福眼福。
そんな私の思いに気づくことなく、アランさんは手にしていたタブレット端末を操作すると、私達の目の前に画面が展開された。
その画面いっぱいに黄色の多脚ロボットが映し出される。
「やっほー! ナナちゃーん! 迎えに来たおー!」
このロボこそが、ラストさんと並ぶ街の管理AIの一機、グラトニーさんことトニーちゃんだ。
キャッキャとはしゃぐトニーちゃんを見たラストさんは、眉をひそめて手を口元に当てた。
「…………キモいです」
「おほっ。淑女らしからぬ発言、頂きますたー。どうしたお? ラスト。化けの皮が剥がれかかっているお」
画面の向こうでニヤニヤと笑うトニーちゃんに、ラストさんの表情が全く無くなった。
周囲の空気が一気に張り詰め、背筋に寒気が走る。
……こ、怖い!
思わずグリードに視線を移した。
グリードは私の視線に気づいた様子だが、悲しいかな、ドラ焼きっぽい頭には表情を表すものは何もないのだった。
「ま、お前のことはどうでもいいお」
そんな空気など読んでいないだろう、トニーちゃんの台詞にいたたまれない気持ちになる。
「ここからは僕がナナちゃんをエスコートするお。お前はさっさと仕事にリソースを回すといいお」
「言われるまでもありません」
無機質にラストさんは言ったが、私の方を向いたその表情は物柔らかなものになっていた。
ラストさんは私の手を取る。
「カリヤ様。名残惜しいですがお互い次の予定があります。また時間を作ってお会いしましょう。ご友人の方々も呼んで、女子会を開けたらいいですね」
「はい。楽しみにしています。今日は本当にありがとうございました!」
私はラストさんに一礼し、アランさんに促されて車に乗り込む。
アランさんが車に乗り込むと、車は速やかに発進した。
上品に手を振って見送るラストさんに、私も手を振ってそれに答える。
ラストさんが見えなくなり、私は前に向き直った。
すると手前の空間に画面が展開され、トニーちゃんが現れた。
「ナナちゃん、早速展示場へ向うお」
「はい」
こうして車は次の目的地へと向かうのだった。