店を出ると、滑るようにして黒塗りの車が私達の前に止まった。
ドアが開いたと同時にトニーちゃんが声をかけてきた。
「ノーザンライツ工業さんの展示場まで送るお」
「何から何までありがとうございます」
私はお辞儀をして車に乗り込んだ。
手を振って見送るトニーちゃんに手を振りかえす。
アランさんも乗せて車は発進し、グリードがその後ろについてきているのが見えた。
再び車は幹線道路を走り、十分も経たずにこれまた立派な展示場の前で止まった。
ドアが自動で開いたので車を降りると、前もって降りていたアランさんが端末を操作した。
画面が私の目の前で展開され、トニーちゃんが現れる。
「さてナナちゃん、僕のプレゼントはここまで。僕も仕事に戻るお。また会ってくれると嬉しいお」
「はい。是非」
私が笑顔で頷くのを見てトニーちゃんも人懐っこい笑顔を浮かべたが、すぐにキリッとした表情になりグリードの方を見た。
「そこの紳士修行中のAI、お前に頼みごとをするのはホント、アレだけど、ナナちゃんのエスコートを頼んだお」
「言われるまでもなく承知している」
と、展示場からいかにもお偉い感じの人が、複数の人を伴ってこちらへやって来た。
特に先頭のおじさん、何と言うか貫禄が感じられる。
誰かな?
そして私達の前に来ると、そのおじさんは整った笑顔を浮かべた。
「皆さん、ようこそお越しくださいました。私はノーザンライツ工業の副社長、オリバー・ストラスバーグです」
そう言って空中に名刺を展開させる。
えっ?! このおじさんノーザンライツ工業の副社長なの!?
呆気に取られる私を尻目に、トニーちゃんとグリードが副社長さんの方を向いた。
「実際にお目にかかるのは半年ぶりですね、ミスター・ストラスバーグ」
「君が出てくるとは、今回の件は力を入れているようだおね」
「社長自らご案内する予定でしたが、どうしても外せない会議がありまして、私が参上した次第です」
「そうだったのかお」
は?! 社長自らが案内する予定だったの?!
小娘の誕生日のサプライズにしてもやり過ぎだろうに。
……あ、そうか。
街の管理AIのトニーちゃんと、アップグルントの専務のアランさん、一鍔重機の専務のグリードがいるからか。
お偉いさんたちの挨拶を、私は所在なく見つめることしかできない。
するとグリードが片手を上げた。
「ミスター・ストラスバーグ、今回の主役の予定もありますし、そちらの都合もあります。早速案内をお願いしてもよろしいでしょうか」
「承知しました」
お偉いさんたちの視線が一斉にこちらを向き、私は身体が一瞬で固まった。
あ、自己紹介しなきゃ。
「えと、あの、予約していたナナミ・カリヤです。今日はお時間をいただきまして、ありがとうございます」
私はギクシャクと頭を下げると、副社長さんは笑みを深くした。
「おうかがいしております、カリヤ様。日頃は弊社の製品をご愛用いただき誠にありがとうございます。時間の許す限り、どうぞご覧になってください」
「は、はい!」
「じゃ、後はストラスバーグさんと一鍔のAIにお任せするお。それじゃ、ナナちゃん、またねー」
気楽に手を振るトニーちゃんの姿を映し出し、展開されていた画面は消えた。
アランさんも一言挨拶をして車に乗り込み、この場を去る。
途端に場の空気が緩んだように感じた。
心なしか、副社長さんの表情にも余裕が出てきたように見える。
……副社長さんも街の管理AIを前に緊張してたんだな。
「それでは早速参りましょう」
促され、私とグリードは副社長さんの後ろをついて展示場へと入った。
入った途端、お偉いさんたちの挨拶に圧倒されていた気持ちが蒸発して消えた。
代わりに背筋がゾクゾクして胸には大きな感動が押し寄せてくる。
思わず両手で口元を押さえた。
叫び出しそうだった。
お出迎えしたのは、最新型のシリウスだった。
シリウス!
シリウスウウウウウ!!
うわあ! うわあああああ!
あああああああ!
こんなに! こんなに立派になるんだ!?
「あの」
「彼女は御社の大ファンで、特にシリウスには格別の思い入れがあるのです。しばらくそっとしておいてください」
「わかりました」
そんなやり取りが聞こえたが、私は最新型のシリウスを見つめ続ける。
目元が徐々に熱くなるのを感じた。
私の見慣れた、あのシリウスとは元の形は同じであるものの、細部の造りは完全に別物だった。
私のシリウスは、もう決して帰ってこない。
その現実を改めて突きつけられて胸が傷んだが、それを癒やす喜びが同時に沸き起こった。
見ているだけで幸せな気持ちになる。
ああ、生きててここに来ることができて本当に良かった!!
「ナナミ」
グリードの声がはっきりとした調子で聞こえた。
「君のバイタルの変動を確認。感動と興奮の状態になっていると推察されるが、外観を見ているだけでいいのか」
「ううん。ちゃんとコクピット内も確認したいけど、今コクピットに乗ったら確実に泣く」
「では、そちらのソファに移動しよう。まずは落ち着いてくれ」
「うん、わかった」
私はグリードに手を引かれてソファへと腰を下ろすと、すかさず社員さんが温かいコーヒーを持ってきてくれた。
向かいに副社長さんが座り、穏やかな表情で話しかけてきた。
私のことはユーザー情報はもちろん、去年の事件に巻き込まれ、私のシリウスが全損したことも知っていた。
「貴方の乗っていたシリウスは、貴方とご尊父に愛され間違いなく幸せだったことでしょう。弊社はその報せを悲しくも誇り高い気持ちで受け止めました。シリウスが貴方と街と、人の未来を守った一助になったのですから」
私は副社長さんの言葉に涙ぐみそうになった。
まさか、こんな厄介なオタクに温かい言葉をかけてもらえるとは思わなかった。
嬉しかった。
それからコーヒーを飲みながら、副社長さんに勧められるまま、私のシリウスの思い出話をした。
「残念ながら、貴方の乗っていたシリウスを超える機体はここにはありません。何故なら思い出の機体には決してかなわないからです」
話を聞いていた副社長さんは、何とも言えない感情をたたえた目で私を見た。
「しかし、貴方の心に新たな活力と彩りをもたらす機体を見つけるお手伝いをすることができればと思っております」
「はい。しっかり見学させてもらいます」
副社長さんの言葉に私はしっかりと頷いた。
落ち着いた私は、最新型のシリウスのコクピットに乗せてもらった。
ああ、やっぱり違う。
メッチャ便利にわかりやすくなってる。
私は思わず笑ってしまった。
コクピットのデザインは一新されていて、いま会社で乗っているミモザよりも洗練されていた。
私の乗っていたシリウスは、やはり時代遅れの型落ちの機体だったのだ。
副社長さんの説明を聞き、了承を得て写真を撮った。
「乗り心地はどうだった?」
「うん。静止状態はドライ改と同じくらいしっくりきた。デザインが変わってどうかな? って思ったけど意外だった」
グリードの問いかけに私は答える。
でも動かさないと真価はわからない。
ひとまずそれは置いておいて、他の機体を見て回ることにした。
ノーザンライツ工業のパワードスーツの機体名は、一等星の名前がつけられている。
アークトゥルス、ベガ、カペラ、リゲルなどだ。
どれもが街の外での作業に適したデザインとなっていて、カッコよさよりも実用性を重視したデザインなのが特徴。
脚も二足ではなく
どんな悪路も走れて作業ができるなんて、健気でカッコイイよね♡
私は副社長さんから説明を熱心に聞き、バシバシ写真を撮りながらお値段にも目を光らせる。
ビバ! ノーザンライツ工業!
安心の庶民価格!
こういうのでいいんだよ、こういうのでっ!
「ナナミの懐にも安心の価格設定だな。この値段でこれほどの技術力をもつパワードスーツを製造できるとは、産業用パワードスーツの王者と呼ばれるのも納得だ」
「でしょ! すごいよね!」
出してもらった見積書をグリードと見ながら、私はニコニコ笑顔になる。
フフフフフ、やっぱノーザンライツ工業さん、最高だな!
私は上機嫌のまま試乗の予約をその場でして、これまたたくさんのノベルティをもらい、副社長さんたちにお礼をして展示場を後にした。
ドームの太陽の光が黄色からオレンジ色へと変わっている。
もうこんな時間かー。
時間が経つの早いな。
「ノーザンライツの機体に決まりそうか」
空を眺めていると、横に並んで進むグリードに話しかけられた。
「とりわけシリウスに感動している様子だった。やはりシリウスがいいか?」
「それはもちろんだけど、でも会社のミモザ、乗ってみてすごくいい機体だってことわかったんだよね。だから、ドライ改や他の機体も試乗して、それから決めようと思ってる」
「それがいいだろう」
グリードと話しながら、パワードスーツ巡礼の最後の地へと向かう。
「次はクンペル展示場だったな。元はラインアトラスの経営する会社で、戦後に独立して今に至っているとのことだが」
「ロイさんがね、勧めてくれたんだよ」
「ロイとは確か君の同僚だったな。ロイ・アロンソ。かの事件の時も一緒だった記録がある」
「うん。ロイさんは私以上のパワードスーツオタクなんだよ。凄いんだよ、熱意も知識も」
話しながら歩いているうちにクンペル展示場へと到着した。
私達は同時に足を止める。
私はとある一機に完全に目を奪われていた。
嘘。
まさかあの機体が完全体で販売されてんの?!
「ラインアトラス重工のネフィリムが展示されている」
「うん。そうか。だからロイさん、この展示場を勧めたんだ。あの人、ラインアトラス推しだから」
「そうだったのか」
片膝を立てるパワードスーツの中に、奇跡のように形を保っている深緑色の機体があった。
ラインアトラス重工の代表機、ネフィリム。
これを見せたかったんだな、あのオタクさんは!
「まずは入ってみよう」
「そうだね」
私達はゲートをくぐって受付を済ませると、早速ネフィリムの元へと向かった。
うはー、こんなにつやピカで完全体のネフィリム、初めて見るかも。
いつも見るネフィリムは、土砂にまみれている上にどこかしら欠損しているものがほとんどだからだ。
こうしてちゃんとしたのを見ると、カッコイイ機体なんだと認識を改める。
「いらっしゃいませ」
私達のもとへ男の店員さんがやって来た。
アンドロイドじゃない。
愛想の良い人のおじさんだ。
「何かお手伝いできることはありますか?」
「いえ。見学に来ただけですので、お構いなく」
グリードは断ったが、私はとっさに身を乗り出した。
「あの! このネフィリムって販売してるんですか?」
「はい」
ニッコリ笑って頷くおじさん店員に、私は質問を続けた。
「このネフィリム、八十年以上も前の機体のようですけど動くんですか?」
「ええ。ただ、故障をしても直すことはできませんので、あくまでお金を持っている方の趣味向けに販売しています」
「売れているんですか?」
値段、ファースト・スター以上に高いんだけど。
私の問いかけに、おじさん店員は苦笑した。
「残念ながら……ただ、このネフィリムを見にくるファンの方々が結構いらっしゃっていて、客寄せにはなっているんです。実際、このネフィリムをきっかけに、別の機体を購入される方もいらっしゃいますし」
「そうなんですか」
客寄せという点では成功している。
少なくともロイさんと私は釣れている。
「よろしければコックピットに乗ってみますか?」
「え?! いいんですか?」
おじさん店員は愛想良く頷いた。
「はい。よろしければどうぞ」
「ありがとうございます!」
わーい!
私は素直にご厚意に甘えることにした。
八十年前の機体のコックピットに座った感想は、狭い上に計器の類がとにかく古いことだった。
骨董品に囲まれている気分だ。
昔の人は、これで作業をしていたのかと思うと感慨深い。
どんな作業をしてしていたんだろう。
どんな気持ちで乗っていたんだろう。
どんな視線で風景を見ていたのだろう。
ちょっとポエミーな気持ちになっていた時だった。
周囲が赤くなり、警報が鳴り響いた。
えっ?! 何?!
「ナナミ! コクピットから降りろ!」
明らかに動揺するおじさん店員の横で、厳しく鋭い声音でグリードが言った。
だから反射的に降りようとした時、機体が身じろぎをしたような微弱な揺れを感じた。
えっ、エンジンがかかっている?!
私、何も触ってないよ?!
だが計器類に光が灯り、私の目の前が徐々に暗くなっていった。
コックピットのハッチが閉まっていく。
「ちょっ、何これ?!」
触ってない! 何も触ってないのに何でっ?!
「ナナミ!」
グリードの呼びかけも虚しく、コクピットは完全に閉じられた。