何ここ?
見たことない場所だった。
いや、これに近いものは見たことがある。
いつもライブ中継で見ている小型パワードスーツの格闘技場だ。
観客席にはお客さんもいっぱいいる。
……何か怖い。
それが、この円形闘技場への第一印象だった。
何と言うか、人も物も何もかもが殺伐としつつも熱狂的なデザインと雰囲気を感じる。
と、中央の舞台部分に小型パワードスーツが二機現れて対峙した。
闘技場を揺さぶるような大歓声。
一機は赤いロボット型のパワードスーツで、機体名は「アンタレス」というらしい。
そしてもう一機は、真っ白な天使のような女性型のパワードスーツで機体名は「ゲッカビジン」と紹介されていた。
マハタリでこんなデザインありそうだな。
でも何だろう、この違和感。
小型パワードスーツにそんなに詳しいわけじゃないけど、でも何かがおかしかった。
ふとロイさんを見ると、その表情は怖いくらいに真剣なものになっている。
そしてゴングと共にパワードスーツの戦いが始まった。
動き速っ!
ついで繰り出されるパンチやキックの威力が凄まじいのがひと目でわかった。
「……何これ。目が追いつかないんだけど」
横でアイちゃんが呆然と言う。
明らかに見慣れた小型パワードスーツの動きを超えたものになっている。
私は何とか目で追うことができていた。
だからその戦いに既視感を覚えていることに戸惑っていた。
白くて優美で花のような機体のゲッカビジン。
この機体の動き、どこかで見たことある。
どこで?
それが思い出せない。
と、アンタレスの重い右フックが、ゲッカビジンのボディへと叩き込まれた。
これは後で効いてくるやつだ。
だが、ゲッカビジンはしっかりと踏みとどまり、鋭い蹴りをアンタレスのヘッド部分にめり込ませる。
ふっ飛ばされ、派手に倒れ込むアンタレスに、ゲッカビジンが容赦なく攻撃を浴びせ続ける。
……止めなよ。
思わず口に出そうになる。
もう止めなよ! 動かないよ!
その残忍さ、凶暴さに、本格的に恐怖を感じた。
そしてアンタレスは動かなくなり、審判がゲッカビジンに手を向けて勝利を告げた。
ゲッカビジンは先程の凄惨な攻撃から一転して優美にお辞儀をし、湧き上がる歓声の中、闘技場の出入り口へ悠然と姿を消した。
アンタレスは担架に乗せられ、反対の出入り口から搬送されていく。
そして動画は終わった。
私とアイちゃんが衝撃から立ち直れない中、ロイさんが鋭い目線でスロウスさんを見た。
「おい、これ、場所も機体もプレイヤーも全部
「君、目が肥えているね」
「伊達にパワードスーツのオタク名乗っちゃいねーよ。てか何だこれは!」
「君の見立ての通り、街の外の地下施設を無断で使用し、違法パーツを使った、違法の格闘競技大会兼小型パワードスーツの展覧会だよ」
無機質に言うスロウスさんに、私達は今度こそ絶句した。
月に一度、この違法の格闘技大会兼展示会は開かれ、違法パーツはもちろん、違法なサイバネティクス技術や薬を使った極限の死闘が繰り広げられているのだとスロウスさんは語った。
アイちゃんが控えめに手を上げる。
「あの、あんまり関係ないですけど」
「何」
「会場、空気の清浄ができてるんですね」
「街の中ほどじゃないけどね。でなきゃここまで人を集めることはできない」
言われてみれば、観客に防護スーツを着ている人をほとんど見かけなかった。
ファッションに興味のあるアイちゃんらしい視点だ。
「戦っていた小型は
「レギュレーションで装備を義務付けられているみたいだね。勝敗を決める一つにLSSの破壊も含まれているらしいから」
「えげつねーな」
心底嫌そうな顔をしてロイさんは言った。
すると、スロウスさんが私に視線を向けた。
「君は何か気づいたことはある?」
「……えっと」
促され、私はゲッカビジンに感じたことを言うことにした。
「ゲッカビジンの動き、何かどっかで見たことがあるような気がして」
「お前、あの動きに目がついていけたのか?!」
「凄いね! ナナちゃん!」
驚く二人を尻目に、スロウスさんの視線が鋭くなるのを見た。
些細なことだけど、スロウスさんも演技派AIなんなんだな。
全く関係のないことに私は感心する。
「やっぱ君さ、オリジナルとは思えないほど目が良いよね」
「サイバネティクスはしてませんよ」
「わかってる。君は間違いなくオリジナルだ。そして、サイバネティクス技術を施された肉体に勝るとも劣らない才能を持っている。だから街の管理AIも君に注目をしているんだ」
そしてスロウスさんは腕を組んだ。
「話を戻すけど、ゲッカビジンの動きに見覚えがあるってことだったよね」
「はい」
「場所も人も思い出せない?」
私はスロウスさんから視線をそらして記憶をたどろうとする。
確かに見たことはある。
間違いない。
でもどこだ?
頭の中にハマらないピースがグルグルと回って焦りを生む。
「じゃあボクから答えを出すよ。この子でしょ」
冷静な口調でスロウスさんが言うと、私達の目の前に一人の女の子の画像が映し出された。
見たことがあった。
忘れもしない。
私とアイちゃんの共通の友達。
「エリちゃん?!」
私とアイちゃんは異口同音に声を上げた。
そして、バチリとピースがハマる音が脳裏に聞こえた。
そうだ、あの動き。
メッチャ早くて鋭くなっていたけど、あの体捌き、エリちゃんだ!
「エリちゃん?」
「エリザベート・ムーア。彼女たちと同じ専門学校の同級生で共通の友人だよ。小型の操縦技術では、カリヤさんと肩を並べるほどの優秀な生徒だったと記録にある」
眉をひそめるロイさんに、スロウスさんは淡々とエリちゃんの素性を説明をした。
私は映し出された、専門学校時代のエリちゃんの画像を見つめることしかできない。
エリちゃん。
「スロウスさん」
アイちゃんが声を上げた。
「どうして貴方が、エリちゃんのことをご存知なんですか?」
「ルシフェル暴走の件で、彼女を民間人の協力者として候補に上げていたからだよ」
だが、調査をすすめるにつれて彼女に不審な点がでてきたことにより候補から外したのだという。
だが、その不審な点を見逃せなかったスロウスさんは追跡調査を始め、そして今回の件に行き着いたのだと語った。
「それ、間違いないんですね」
「間違いない。ボクができる範囲で街の情報とも照合したけど、見事にクロだったよ。彼女は違法なサイバネティクス技術を施し、違法なパワードスーツに装着して、違法な闘技大会で戦うプレイヤーになっている。そして悪い意味で、街の管理AIに目をつけられている」
容赦のない断定の言葉に私達は息をのんだ。
エリちゃん、最近疎遠になっていたのは、そういう理由だったからなのか。
私、呑気に恋人ができたからって聞いたから、仕方ないなー、また落ち着いたら会いたいなーとか思ってた。
便りがないのは元気な証拠。
そう思って本気で心配してなかった。
……呑気な自分を殴り飛ばしたい。
横目でアイちゃんを見れば、アイちゃんの顔もショックを受けたのだろう真っ青だった。
「容赦ねーな。さすがはAI。心がない」
私達を見て苦い表情でロイさんは言うが、スロウスさんの冷淡な表情は変わらなかった。
「下手に取り繕っても事態は好転しないと判断した。ボクの目的は彼女たちへの警告にある。……この店に呼んだのは、この部屋には街の管理のAIに通じる監視機器がないからだ。違法な情報のシェアは、街の管理のAIの望むことではない。知ったら間違いなく警戒度があがるからね」
「逆にそれ、怪しまれるんじゃないのか?」
「監視機器がない以上、証拠はつかめない。店員がチクったらおしまいだけど、それはこの店の存在意義に関わる。ここはそういう場所なんだ」
「金持ちのガス抜きの場ってわけか」
「理解が早くて助かる」
言って、スロウスさんは私達を再び見た。
「そういうわけで、君たちには今後彼女に近づかないほうがいい。関わったら間違いなくトラブルに巻き込まれる。特にカリヤさん、君は本当に気をつけたほうがいい。このことはグリードにも共有するからね」
アイちゃんが悲しげにうつむくのに対し、私の心には火がついていた。
学生時代のエリちゃんの笑顔が思い浮かぶ。
エリちゃんは、明るくて優しくて、でもとっても強い優秀な小型パワードスーツのパイロットだった。
私とエリちゃんは、良き友人にして良きライバルだったのだ。
そんなエリちゃんが違法行為に文字通り身を染めているなんて、それを聞いて何もせずに、はいわかりました、と納得なんてできない。
「あの!」
だから私は顔と声を上げる。
「私、エリちゃんと会って話がしたいです! だから、あの闘技場へ行く方法を教えて欲しいです!」
すると、スロウスさんは形の良い眉を僅かにひそめた。
「……君、話聞いてた?」
「聞いていたからたずねています。友達が違法行為をしているんですよね。説得して止めたいです。だから行き方を教えて欲しいです!」
「聞いているけど、聞いてないじゃないか」
「ハハハハハハ!」
信じがたい表情をするスロウスさんに、ロイさんが笑い声を上げた。
思わず睨んだ私に、ロイさんは両手を軽く上げた。
「そう睨むな。お前らしいと思ったんだよ。真っ直ぐなお前が、黙って友達の不正行為を見逃すなんてことできないわな」
そしてスロウスさんを見た。
「お前のナナミに対する認識不足が招いた事態だ。俺もナナミと一緒に行く。だからあの闘技場への行き方を教えてくれねーか」
「わ、私も行きます!」
アイちゃんは身を乗り出した。
「ナナちゃんとロイさんだけに背負わせることはしません。私はエリちゃんと去年、少しでしたが連絡を取っていました。だけど、まさかそんなことになっているなんて気づかなかった。もっとお話すればとすごく後悔しています。だから、エリちゃんを説得する機会を私達にいただけませんか」
「お願いします!」
私とアイちゃんはスロウスさんに頭を下げた。
無茶を言っていることはわかっている。
スロウスさんの意に反したことを申し出ていることもわかっている。
でも、知ってしまった以上は見過ごすことはできない。
……ロイさんの言うとおりだ。
私達に知らせずにいれば、こんなことにはならなかった。
でも、後できっと知ることになるだろう。
それも最悪の形で。
その時の後悔は、きっと今以上のものになるに違いない。
でも知ったことで希望の光が灯り、その光に今はすがりつく思いだった。
「…………わかった」
私達は同時に顔を上げるが、スロウスさんの表情は全くなかった。
「でも条件がある」
「何ですか」
「さっき言ったでしょ。グリードにもこの事を共有するって。グリードは確実に君たちが闘技場へ行くことを反対する。そのグリードを説得できたら、場所と行き方を教えるよ」
「グリちゃんの説得ですか……」
厳しい表情で言うアイちゃん。
だけど私は力強く頷いた。
「わかりました!」
「ナナちゃん?!」
「グリードも一緒について来てくれるようお願いをします!」
するとスロウスさんは今度ははっきりと眉をしかめた。
「君、本当に話を聞いているようで聞いてないよね?!」
「ちゃんと聞いています! 仰るとおりグリードのことだから絶対に反対をします。真面目堅物に加えて最近、心配性にもなってるし」
「君のことになるとそうならざるを得ないよね」
暗に危なっかしくて信頼がないと言われているよね、これ。
でも無視することにした。
「だから、一緒に来てくれるようお願いをします! それならグリードも安心すると思うし」
「AIに安心って何だよそれ」
ロイさんのツッコミも無視することにした。
私は端末を取り出した。
「今からグリードと連絡を取ります。で、近日中にお返事をしたいと思います」
「その必要はないよ。今からボクがグリードに連絡を取る。君が絡むことだ。すぐにこっちに来るよ」
「でも、仕事が」
「グリードは優秀なAIだ。並行作業くらいわけないよ。必ず来る」
素っ気なく言ってスロウスさんは私達から目を離すと、スロウスの目の前に画面が展開された。
恐ろしいスピードで情報が流れていくのが見える。
一分も経たず画面は全て閉じられ、そのダウナーな視線が再び私達に向けられた。
「連絡取れたよ。今すぐ来るってさ」
「早ぇな、おい」
と、私の端末にメッセが着信した。
グリードだ。
「スロウスから事の次第は聞いた。すぐにそちらに向かう」
「うん。ゴメンね、私のワガママのせいで」
「他ならぬ君のワガママだ。私にできることなら叶えたい。しかし今回はことがことだ。話し合いはそちらでしよう」
「わかったよ」
ごめんなさいのスタンプを送ってメッセを終了した。
そして大人しく待つこと十分ほど。
「スロウス様、グリード様がお見えになられました」
「入れて下さい」
店員さんの報告にスロウスさんが応じると、ドアが開いた。
そこには、スマートカジュアルがバッチリ似合っているイケオジが立っていた。