「えっ?!」
声を上げるアイちゃんとロイさんだが、私は見知ったイケオジだった。
「グリード」
「こんばんは。ナナミ、アイラ、ロイ、そしてスロウス。突然だがお邪魔させてもらう」
そうしてスタスタと部屋に入ってくると、迷いなく私の隣に座った。
呆気にとられるアイちゃんとロイさん。
「おまっ、グリードなのか?! ナナミからは多脚ロボットだって聞いてたぞ?!」
「私はAIだ。多脚ロボットの姿もこの姿も仮のものに過ぎない。多脚ロボットは店内に入れないとのことなので、この姿で来た」
ロイさんの問いかけにグリードは事務的に応える。
そしてアイちゃんと言えば、ナイスなイケオジの登場の衝撃から立ち直れずにいた。
アイちゃんは、イケオジがストライクゾーンなのだ。
しばらくして我に返った様子のアイちゃんは、頬を染めつつ端末を取り出した。
まるで、推しを前にしたファンの姿そのものだ。
「あの……、グリちゃん」
「何だ」
「後ででいいんだけど、一緒に写真撮ってもらえるかな?」
「私的使用の範囲で取り扱うことを守ってくれるなら構わない」
「守ります! なのでお願いします!」
「わかった。ではまた後ほどな」
小さく微笑むグリードに、アイちゃんの魂が蒸発する音を聞いた。
ユーゴさんっていう超優良物件をゲットしているのにアイちゃんめ、中々いい性格をしている。
「なあ、アイラ。お前、彼氏持ちじゃなかったのかよ」
「それとこれとは別なんです! この姿のグリちゃん、私の理想のイケオジで推しなんです!」
呆れて突っ込むロイさんに、ムキになって反論するアイちゃん。
「ねえ、そろそろ本題に入っていい?」
低温かつダウナーなその声に、私達は完全に現実へと立ち返った。
そうだよ、エリちゃんのことだよ。
グリードはスロウスさんに目を向けた。
「ナナミの友人の件、ナナミたちに伝える前に私に共有をしてほしかった。そうすれば状況は違ったものになっていただろう」
「うん。そこは素直に反省して今後に活かす。で、さっき共有したとおりだけど」
「ナナミたちが違法闘技場へ行き、違法行為を行う友人を止めたいという話だったな」
グリードは表情なく私に顔を向けた。
「予想はついているだろうが、私は反対だ。冷静に考えてほしい。君のその友人は、街の信頼を犠牲にしても説得するに値する存在なのか?」
グリードの落ち着いた渋く低い美声に、私は口をつぐむ。
「この街の住人は、信頼というものが数値化されているのは常識として知っているだろう。街の推奨する生活をし、街に対して貢献をすればその数値は上がっていく。その信頼は街で生活するにあたって将来、君たちの生活をより豊かにする土台となる。……君たちはルシフェルの暴走事件による街の危機に対して、街を守った一般市民として大きな信頼を獲得した」
グリードは訥々と語る。
「しかし今回の件。違法行為を行わずとも、それを行う人や事柄に接触することは街の信頼を損ねる行為だ。そしてその信頼回復は容易なことではない。君はまだいい。一人だからな。だがアイラとロイには家族がいる。信頼の低下は、家族にも確実に影響を及ぼす。特に家長であるロイの信頼低下は、家族の未来に大きな痛手になる可能性が高い」
その言葉に、アイちゃんもロイさんも神妙な表情で俯いた。
「君たちは長い時間をかけて街の信頼を獲得してきた。その上で今の生活がある。改めて問おう。エリザベート・ムーア。彼女は、街の信頼と今の生活を犠牲にしても会うべき人物なのか?」
私達は完全に黙り込んだ。
グリードの言うことは正しい。
そして、その問いかけは重い。
……家族のいるアイちゃんとロイさんは、これ以上は動けない。
家族を巻き込むことは極力避けたいと判断するだろう。
ならば!
「じゃあ! 私だけで行く!」
「ナナミ」
「君ねえ」
窘めるように言うグリードとスロウスさんに、私は拳を固める。
「私はエリちゃんに会いたい。会ってお話をしたい。どうして違法行為に手を出すことにしたのか聞いて、手を引いてほしいって伝えたい」
「ナナミ、一人で行くことは流石に許可はできない」
「だったらグリードも付いてきて!」
私は両手を開き、イケオジグリードの右手を取った。
「私が望むなら、この星で一番深い海の底でも、銀河の果てでも付いていこうって言ってくれたじゃん。あれ、嘘だったの?」
「嘘じゃない」
言って私の手を握り返すグリード。
横目でスロウスさんが眉を釣り上げたのを見た。
本当に演技が細かい。
「ちょっと君、本当に言ったの?」
「確かに言った」
「何、軽々しくそんなこと言っちゃってんのさ」
「軽々しくない。私はナナミの側にいつでもいたいという意志表示で言った」
生真面目に答えるグリードに、私以外の皆が言葉を失ったようだった。
「……なあ、グリード」
「何だろう」
真面目な表情で呼びかけるロイさんに、グリードは私の手を握ったまま顔を向ける。
「お前さんはナナミのことが好きなんか?」
「ああ。ナナミは私の大切な友人だ。私の使命、人の幸せについて共に考え歩んでくれるパートナーだと認識している」
「友人、ねえ……」
怪訝な表情でロイさんは続ける。
「AIには心はないんだよな? 自然発生的に好き嫌いは持ちえない存在なんだよな?」
「そうだ。だからこそ、ナナミは私にとって特別なのだ。私という存在をパラダイムシフトするかもしれない重要な存在だ」
私はグリードを見つめる。
そっか、グリードは私のことを好き以外にもそう思っているのか。
……特別、重要かー。
ちょっと嬉しいじゃんね。
「ふーん、そうかい」
ロイさんは前髪をかき上げた。
「で、そのナナミが違法闘技場に行くって言ってんだが、結局付いていくわけ?」
「止めてほしいのが私の本意だが、最終決定をするのはナナミだ。私はナナミの意志を尊重する」
「私は行きたい!」
私は横から口を挟んだ。
「グリード、お願い。エリちゃんと話す機会を与えるお手伝いをしてほしい。エリちゃんは本当に優秀な小型のパイロットで、性格も凄く良い子なんだよ。そんな子が違法行為をしてるなんて、よっぽどのことがあったんだよ。話を聞いて、私にできることがあったら助けてあげたいの」
「ナナミ」
グリードは私の目を覗き込む。
何の感情もない鮮やかな青緑色のカメラアイ。
だが、私の覚悟を探るような圧力を感じた。
……怖い、息が詰まりそう。
だけど私は、その圧力に負けないようにグリードを見つめ返した。
私は本気なのだ。
その時だった。
「グリード、スロウス、ナナミを行かせてやってくれねーか」
静かな声でロイさんが言った。
「ロイ」
「俺がお守りになってやっから、ナナミにチャンスを与えてやってくれ」
「お守り?」
鸚鵡返しに言う私に、ロイさんは視線を厳しくして私を見た。
「お前は基本お人好しだ。家族持ちで街の信頼度を下げたくない俺がついていくことで、お前は一人で突っ走ることができなくなる。無茶をすることができなくなる。だからお守りなんだ」
「お守りというより、人質に近いんじゃない?」
無表情に言うスロウスさんに、ロイさんは唇の片側を上げた。
「無理強いならそうなるかもだが、俺は俺の意志でついていくんだ。人質じゃねーよ。なあ、グリード、スロウス、このとおりだ。ナナミを連れて行ってやってくれ」
ロイさんは膝に両手を乗せて頭を下げた。
「ロイさん……」
あのロイさんがスロウスさんに頭を下げるなんて本気なんだ。
私は胸が熱くなるのを感じた。
するとアイちゃんが身を乗り出した。
「私からも改めてお願いします! エリちゃんと会うチャンスを下さい。私もロイさんと一緒にナナちゃんのブレーキになります!」
アイちゃんも丁寧に頭を下げる。
アイちゃん。
私は涙が出そうになって、慌てて目頭を拭った。
「ナナミ、君は良き友人を持ったな」
「うん……」
優しく微笑むグリードに、私は深く頷く。
私は果報者だ。
だから私も自然と二機に向かって頭を下げた。
「お願いします。私を、私達をエリちゃんの元へ導いてください。力を貸してください」
「……わかった」
私は頭を上げると、グリードは私を優しく見つめ、再びスロウスさんに顔を向けた。
「スロウス、お守りを二つ手に入れた。だから私はナナミと一緒に行くことにする。必要なデータを共有してほしい」
グリードの言葉に、スロウスさんはしばし動きを完全に止めた。
だがそれも一瞬で、厳しい表情を整った顔に表す。
「……共有するけど、君らだけ行かせないよ。ボクも行く。そもそもの原因はボクのいらぬお節介のせいだしね」
「君が同行してくれるのはありがたい」
「……はあ、本っ当に人って面倒くさいんだから」
深くため息をつくスロウスさんに、頭を上げたロイさんが苦笑を浮かべた。
「お前、ホント難儀な性格設定してんのな」
「この性格はボクのせいじゃないよ。全部人のせいだ」
「だったらお前を作った連中、何を考えてお前をそんな性格設定にしたんだよ」
「君に教える義理はない」
スロウスさんは冷たく言った。
こうして、私達はエリちゃんに会いに行くことになり、この場でその計画を立てることになったのだった。