多脚ロボットに告白されまして   作:小栗チカ

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第十九話 友人に会いに行った 5

次の日曜日の午後、私達はホバーバイクで薄暗い地下通路を進んでいた。

地下に深く潜れば潜るほど、街の監視の目と耳と手は届きにくくなる。

現在は凍結されているスロウスさんの会社、シャマイムのグループ会社の通路もそうで、それを利用して街の外へ行くことができるという。

街の外へ出てしまえばこちらのものだ。

街の外は治外法権。

あとは自由に行動ができる。

 

「いやー、まさかシャマイムのホバーバイクに乗れるとは感無量だぜ。しかも八十年以上も前のもんだろ。なのに見た目完璧だし、動きも全く問題ない。エンジン音も絶好調だ。メンテが行き届いているのもさることながら、メンテ自体が簡単にできる設計の勝利だな。俺はラインアトラス推しだが見直したぜ。やるじゃねーか、シャマイム。華奢なくせに頑丈なだけが取り柄じゃなかったんだな」

 

シャマイムのホバーバイクは、前時代の電動キックボードのタイヤを取って大型化したような形をしている。

そのホバーバイクを一人で運転するロイさんは上機嫌で喋っていた。

オタクモードにスイッチが入った証拠だ。

 

「君、よく喋るね」

 

アイちゃんを後ろに乗せたスロウスさんが冷めた声で言うと、ロイさんは笑顔で頭をかいた。

 

「悪ぃ。オタクの悪い癖がでたわ」

「緊張感が足りないんじゃないの」

「俺だけじゃねーぞ。ナナミだってそうだろ?」

 

後ろにアンドロイドのグリードを乗せて、ホバーバイクを運転をする私は少しだけ俯いた。

 

「すみません。運転、とっても楽しいです」

「ほら」

「君たちねえ」

 

どこか苛立ちを感じさせる声音に、私は表情を引き締める。

そうだ、真面目に安全に運転しないと。

だが、後ろに乗せたグリードが私の耳元に顔を寄せた。

心臓が一回、大きく跳ねた。

 

「シャマイムのホバーバイクは、凍結が解除されない限り街の市場に出ることはない。今、君は貴重な経験をしているのだ。良かったな、ナナミ」

「うん。……ちょっと距離が近いよ」

 

するとグリードは私の耳元から顔を離した。

 

「そうか。中々距離感が難しい。都度注意してくれるとありがたい」

「わかったよ」

「スキあらばイチャつくのやめてくれない?」

「イチャついていない。友達の距離感というものを学習している」

「……ワザととしか見えないんだけど」

「ワザとじゃない。私は今まで友達と呼べる存在がいなかった。故に友達の距離感というものが理解できていないのだ」

 

淡々と言うグリードに、私はグリードが戦後に初期化され、その後数十年引きこもりだったことを思い出す。

最初に出会った頃に比べたら、本当に学習が進み経験値もバリバリ上がっていると自信を持って言える。

だから、私は前を向きながらグリードに言った。

 

「グリード、頑張っているよ。この調子で街の管理AIレベルを目指そう。私、応援してるよ」

「ありがとう、ナナミ」

「あの二機を目標にするのは、絶対にやめたほうがいいと思うけどね。個性強すぎだし」

「お前も立派なクセ強AIだぞ? 自覚あるか?」

「うるさいよ、そこ」

 

テンション低く言うスロウスさんに、ロイさんが混ぜっ返す。

どちらの言い分も正しくて、私は思わず苦笑した。

 

「あの、街の外に出たサインみたいなのってあるんですか」

 

今まで事の成り行きを黙って見ていたアイちゃんがたずねると、スロウスさんの表情が元の気だるげなものに戻った。

 

「あるよ。あとニ分で街の大隔壁に到着、行き止まりになる。その隔壁を開けて先に進めば街の外だ」

「そうですか」

 

アイちゃんは緊張している様子だった。

仕事以外で街の外に出ることは決してありえないことだ。

私達は本当に街の法律をしっかりと守ってきてて、それに対して疑問を持つことすらしなかった。

常識で当たり前のことだと受け入れてきた。

それを破るのだ。

改めて思い、胸がドキドキするのを感じた。

 

「ま、そこまでガチガチに緊張しなくて大丈夫だよ。ボクとグリードの指示に従ってくれれば、君たちの安全は保証する」

「とのことだ。アイラ、ここはAIの連中を信じてちょいと肩の力抜こうぜ」

「君はもう少し緊張感をもってよ」

 

ロイさん、前職が傭兵なだけあって肝の据わり方が私達と比較にならないほど凄い。

その豪胆さ、身につけたいなー。

そして程なくして隔壁前に到着した。

私達は防護マスクを装着し、スロウスさんとグリードが作業をするのを見守る。

空中に表示される画面が、目まぐるしく変わっていく。

さほど待つことなく、重たい音を立てて隔壁が上がっていくのを見た。

 

「早ぇな!」

「グリードが手伝ってくれたからね。普段はもう少し時間がかかる」

 

無感情かつ無表情に言うスロウスさんに、アイちゃんが目元を緩めた。

 

「グリちゃん、凄いねえ」

「街への目くらましをしただけで、大したことはしていない」

 

いやいや、それって凄いことじゃないの?

言おうと思ったけど、街の外の空気がゆるい風とともにこちらに入り込んできた。

外ほどじゃないけど、地下でもやはり淀んでいると肌身で感じる。

と、大隔壁は完全に開ききる前にピタリと止まった。

でも私達が余裕で通れるくらいの余裕はある。

スロウスさんがゆらりと私達の方を向いた。

 

「多少は浄化されているとはいえ、君たちは街の外の空気に慣れていない。防護マスクは外さないようにね」

「隔壁、途中で止まったみたいですけど」

「君たちを通すだけならこれくらいで十分でしょ。全部開けると、閉めるのも時間がかかって面倒なんだよ」

「そういうことでしたか」

 

アイちゃんが頷く。

その横でロイさんが顎に手を当てた。

 

「もっとシャッと素早く開くもんだと思ってたぜ」

「百年以上経つ施設に何期待してんの」

「施設も骨董品、じゃねーな、遺跡になりつつあんのか」

「凍結されて金もなけりゃ資源もないからね。メンテも最低限しかできないし」

「戦争に負けて責任背負わされて、その上ルシフェルの件だろ。踏んだり蹴ったりだな」

 

その言葉にスロウスさんは無表情で応じることはしなかった。

グリードが片手を上げた。

 

「これ以上この場に留まるのは時間のロスになる。先に進むことを強く推奨する」

「おう、そうだな」

「行きましょう」

 

私達は頷き、歩いて隔壁の向こうへと足を踏み入れた。

再びスロウスさんとグリードが隔壁を閉める作業を行い、隔壁は音を立ててゆっくりと閉まる。

私達はそれを見届け、ホバーバイクに乗ると治外法権の地を進んだ。

スロウスさんとアイちゃんの乗るホバーバイクを先頭に、ロイさん、私と続く。

治外法権のこの通路も明るいのは助かるけど、電源はどこから持ってきているんだろう。

 

「ここの通路が明るいの、何でだろ」

「街から盗電していると推測する」

「……やっぱそうなんだね」

 

グリードの答えに私は肩を落とした。

街の外での生活は、基本的には街からのおこぼれによって成り立っている、というのが街の中の常識だ。

 

「街と管理AIからの自立と言いながら、結局そのスネを囓らなきゃやってけないのが実情だよ」

 

気怠げに言うスロウスさんに、ロイさんは片手で頭をかいた。

 

「本末転倒とも言えるが、人には相性ってやつがあるからな。順応できりゃその方がいいが、街や管理AIとどうしてもソリが合わないってやつの考えも否定できんからなあ」

「でも、私達が法律を守って真面目に働いてきた成果を横取りされるのはモヤモヤするというか」

 

アイちゃんの言葉に私が何度も頷くと、グリードが私の肩に手を置いた。

 

「だから街の管理AIの責任は重大なのだ。法を守る君たちが損をすることがあってはならない。そして君たちは、管理AIの働きをただ受け入れるだけでなく、意識して目を向けることが重要だと認識してほしい」

「街育ちのAIにしちゃ大胆な発言だな。やっぱ治外法権だからか?」

「違う。私は使命に基づいて発言をしている」

 

グリードの使命とは、『人を救い、幸福へと導く』というものだ。

……これが、グリードの使命達成に必要なことなのだろうか。

するとスロウスさんがはっきりとため息をついた。

 

「人にその気骨があれば、の話でしょ」

「……お前、思ったけど人に対して相当悲観的で拗らせた見方してんな?」

「前の戦争でかなり痛い目を見たからね。学習もするさ」

 

素っ気なく言うスロウスさん。

戦争の詳細はよくわからない。

街の学習プログラムでも教わらなかった。

でも、何かとても申し訳ない気持ちになった。

 

「ごめんなさい」

「ナナミが謝る必要はない。戦後生まれの君たちに戦争の責任はないのだから」

「そうだぞ。それと軽々しく謝んな。イザという時に軽く見られるぞ」

「君はもう少し殊勝になったほうがいいよ」

「アホ。今更、この性格変えられっか」

「あの! 仲良く安全運転でお願いします!」

 

不穏な雰囲気になるロイさんを、アイちゃんが慌てて宥める形となり、その後は黙って通路を進んだ。

進めば進むほど通路は入り組んだ様相を見せ始める。

方向感覚には自信はあるほうだが、特徴のある目印がないまま進むのはあまりない経験だ。

本当に街中にいるだけじゃ経験できないことが、外にはいっぱいある。

ふいに通路の向こうが殊更明るくなっているのが見えた。

 

「闘技場の周辺に間もなく到着する」

 

グリードが事務的に言うのと同時に、通路が大きく開かれた。

真っ先に目に飛び込んできたのは巨大な地下施設と人の群れだった。

外の人たちだ!

人の形もファッションも様々で思わず目を見張る。

サイバネティクスを限界にまで施した人の姿を見た。

まるでロボットのようだ。

もちろん違法行為であり、その極みの姿と言える。

 

「ナナミ、脇見運転は危険だ」

「あ、ゴメン」

 

グリードに指摘され、私はしっかりと前を向く。

今は運転に集中しよう。

 

「スロウス」

「わかってる。隠し場所まであと五十メートル」

「隠し場所?」

 

アイちゃんが首を傾げる。

 

「このホバーバイクの隠し場所だよ。コレの価値がわかるやつに目をつけられたら、バイクごと持ってかれて、あっという間にバラされて盗品屋で売られることになる。その場合、帰りは歩いて街まで帰ることになるんだけど」

「隠しましょう! しっかり隠しましょう!」

「ボクも歩いて帰るなんてメンドイことはしたくないからね。だからちゃんと隠すよ」

 

そしてすっかり寂れた細い脇道に入り、ウネウネと進むうちに行き止まりへと到着した。

ホバーバイクを降りたスロウスさんが、何やら作業をすると、私達の目の前に解けるように倉庫が現れた。

ええっ?!

 

「光学迷彩か?!」

「サージュテックのやつだよ。あそこの光学迷彩は世界一だからね」

「ラストが知ったら不興を買うことだろう」

 

グリードが無感情に言うと、スロウスさんは肩をすくめた。

 

「知ったところで何もできやしないよ。それに、あのAIのことなんてボクの知ったこっちゃないし」

 

自由だなあ。

驚く私達に構うことなくスロウスさんは作業を進め、倉庫の扉が自動で開いた。

倉庫の中にバイクをしまい、しっかりロックをかける。

そして倉庫の扉にも厳重にロックをかけて、世界一の光学迷彩を施せば、よっぽど盗みに熱心な人でない限り手を出せないだろう。

 

「じゃあ闘技場へ行くよ。くれぐれもボクとグリードから離れないで。それと、物珍しいからってよそ見をするのも程々にね」

「はい!」

「OK」

 

私達はそれぞれに返事をした。

 

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