敗者が担架で運ばれる毎度の光景を見たあと、次の試合の準備が始まった。
次、エリちゃんの試合だ。
胸がドキドキした。
生でエリちゃんが戦う姿を見るのは、パイロット養成学校以来になる。
先日の映像で、その頃とは比較にならないほどの力をつけていることは知っている。
違法行為に手を染めることで、常人離れした力を手にしていることも。
見極めたい。
違法行為を抜きにしても、エリちゃんがどれだけ成長したのかを元ライバルとして見極めたいと強く思った。
闘技場は十分に温まり、熱狂的な雰囲気が渦を巻いているように思えた。
「いよいよエリちゃんだね」
「うん」
アイちゃんの言葉に私はしっかりと頷く。
そして舞台にゲッカビジンが現れた。
さらにヒートアップする会場。
……エリちゃん、人気者なんだな。
そして対戦相手も現れる。
対峙する二機。
明らかに対戦相手は緊張のし過ぎだと素人目でもわかった。
「こりゃ防戦一方になって押し切られるだろうな」
「耐久テストプレイかな」
「その側面はあるだろう。勝敗に関係なくデータの取得ができれば企業側としては十分な成果になる」
対戦相手が負けることを前提で話す一人と二機を尻目に、私は意識を舞台へと集中させた。
そして派手なコング音と共に試合が開始された。
相手との距離を見極めながら、最初は反時計回りに回っていた二機だが、やがて対戦相手が攻撃を仕掛けてきた。
……焦ったな。
もう少し時間をかけて相手の挙動を見極めた方がいいのに。
エリちゃんが操るゲッカビジンは難なくその攻撃をいなし続ける。
それだけでも早いのに、これまだ本気じゃないのだ。
そしてエリちゃんの鋭く重い反撃が始まった。
変わらず常人の目では追うことが難しい素早さ。
ロイさんの予測通り、対戦相手は防戦一方になった。
「よく持ちこたえてるね」
言葉とは裏腹に全然感情のこもらない声で言うスロウスさんに、私は首を横に振った。
「ナナミ」
「嬲ってる」
「え」
「エリちゃん、嬲って楽しんでる」
言いながら、自分の表情が険しくなるのを感じた。
「本気でやったら、とっくに勝敗がついちゃってるよ。余裕があって弄んでる」
「……へー、いい性格してんじゃねーか」
「エリちゃん、そんな子じゃないです!」
アイちゃんはムキになって言う。
……正しい。
私達の知るエリちゃんは、余裕があるからってこんな戦いをする子じゃなかった。
でも、私の目は誤魔化せない。
「違法薬物の影響かな」
ポツリと言うスロウスさんに、心臓が嫌な鼓動をたてた。
「身体能力の向上と共に性格を変異させる作用がある薬物の話を聞いたことがあるよ。少なくとも、今の彼女は君らの知る彼女じゃないだろうね」
「エリちゃん……」
アイちゃんは辛そうな表情で額に手を当てた。
私も感傷に浸りそうになったが、でも試合を見届けることが最優先だと意識を切り替えた。
しばらく嬲っていたエリちゃんだが、ついに本気モードに切り替わるのがわかった。
得意の蹴り技が対戦相手にもろに直撃し、対戦相手の体勢が大きく崩れた。
来る!
凄まじい攻撃のラッシュ。
目で追えているのが奇跡だと思うくらいの猛攻に、私は息をするのを忘れた。
やがてボロボロになった対戦相手は倒れ伏した。
ピクリとも動かない。
勝利したゲッカビジンは映像の時と同じように優雅にお辞儀をし、舞台から立ち去った。
「えげつねー……」
「だが観客を喜ばせる術にも長けているようだ。その上見た目も美しいと評判も高い。ファンが多く付くのも理解できる」
「興行としてのプロ意識はあるようだね」
グリードとスロウスさんが無機質に言うのを、私は拳を握りしめて聞いていた。
本当にこれから会うのは、私とアイちゃんの知るエリちゃんなのだろうか。
ちゃんと話し合いができるのだろうか。
私の見込み、甘すぎたと思わざるを得ない。
「さて、彼女の今日の出番はこれで終わりだよ。行くなら行こうか」
スロウスさんの促しの言葉に、私はドキリとした。
一瞬踏みとどまる私だが、私の横にいるアイちゃんは真剣な表情で頷いた。
「はい。案内をお願いします」
「わかったよ」
アイちゃんはとっくに覚悟を決めていたようだ。
土壇場での肝の据わり方は、確実にアイちゃんに軍配が上がる。
私もそうなりたいな。
私達は席から立ち上がると、スロウスさんを先頭に通路へと戻ってきた。
観客席へまっすぐと来た通路をあちこち曲がりながら進み、警備ロボット──街のと比べると型が古い──が配備しているゲート前へとやって来た。
スロウスさんがすかさず前に出て、警備ロボットと無言でコンタクトを交わす。
空中に画面がいくつも現れて、文字や画像が高速で流れたかと思うと、画面はあっという間に消えた。
「事前予約をしていた二機と三名を確認」
「この先の通行を許可します」
そしてゲートが横にシュッと開いた。
無言でスロウスさんとグリードが通過する中、私は警備ロボットに顔を向けた。
「ありがとうございます。お仕事、お疲れ様です」
「お疲れさーん」
私に続いてロイさんが気軽に言い、アイちゃんは一度会釈してゲートを潜った。
チラリとスロウスさんがこちらを見たけど、私と目があった途端にプイッとそっぽを向かれた。
……もしかしてなくても、嫌われてる?
心当たりはいっぱいあって、心が痛むのを感じたけど、今更止められない。
そのスロウスさんが作ってくれた機会、ちゃんと活かそう!
しばらく歩き、通路の右手に再び警備ロボットが配置されているのを見た。
警備ロボットの後ろに電光パネルが備え付けられていて、選手控室と表示されている。
ついに来た!
エリちゃんのいる部屋だ!
再びスロウスさんが警備ロボットと無言でやり取りをし、警備ロボットがインターホンを押した。
「スロウス様御一行がお見えです」
「わかりました。今開けます」
エリちゃんじゃない、男の人の声。
そしてドアが自動で開き、私達はヘッドスーツを外しただけで、体にはまだスーツを装着しているエリちゃんと、私服姿の男の人と対面をした。
エリちゃん!
最初は胡乱な表情をしていたエリちゃんだが、私とアイちゃんを認識した途端、表情が一気に驚愕したものへと変わった。
「アイちゃん! ナナちゃん! どうして……」
「お久しぶりだね、エリちゃん」
動揺するエリちゃんに対して、アイちゃんはマスクをつけていてもわかる柔和で無害な笑みを浮かべ、片手を上げた。
だから私もアイちゃんに倣って笑顔を作る。
「エリちゃん、おひさ。元気そうだね」
絶句するエリちゃんに、男の人が一歩前に出た。
私達と同い年くらいの、優しそうで、でも利発そうな印象の男の人。
「あのあなた方は」
「ボクの身分は先日伝えたとおりだよ。そっちのグリードの身分もね。一AIとして、君たちに興味を持って会いに来た。そのついでに君たちと話したいというお客を連れてきただけさ」
あっさりと淡白に言うスロウスさん。
アイちゃんはにっこりと笑って、その男の人に向き合った。
「はじめまして。私はアイラ・タクル、エリちゃん、エリザベートさんとは養成学校時代の同級生で友達です」
言って、身分証を空中に展開するアイちゃん。
「同じく、ナナミ・カリヤです」
「俺はそのお嬢様方の付き添いのロイ・アロンソだ。よろしくな」
言って、私とロイさんも身分証を公開する。
呆気にとられる男の人だったが、エリちゃんは平静さを取り戻したようで、私達に向かって険のある目線を向けた。
「いきなり何の用なの? 権力のあるAIを盾にして会いに来るなんて」
「試合の後で疲れているときに突然押しかけてきたのは謝るよ。でも最近、連絡をしてもまともに応答してくれなかったから心配になってスロウスさんたちに相談をしたんだよ。そしたら、この機会を与えてもらえたの」
アイちゃんの態度に全く揺らぎはない。
対人間相手の話し合いなら、私なんかよりもアイちゃんのほうがずっと頼りになる。
「お偉いAI様を知り合いにできるなんて」
「知り合いではない。ナナミと私は友達だ」
穏やかな口調で口を挟むグリードに、エリちゃんは口を噤んだ。
「紹介が遅れた。私はグリード。ナナミとは一年以上、友達として付き合いをさせてもらっている。アイラも同様だ。その友人である君とこうして直接会えたことは、私の中で貴重な経験として認識している」
「……はあ」
毒気を抜かれた様子のエリちゃん。
性別不明でダウナーで淡白で、おまけに取っ付きづらいスロウスさんより、表情は乏しく四角四面ではあるものの、友好的態度の渋いイケオジに心が揺らぐのは理解できた。
アイちゃんが一歩、前に進み出た。
二人に向ける目線が真剣なものになる。
「今日は、エリちゃんの様子を見に来たのと、近況を聞かせてもらいたくて来たの。何故、街の外で戦っているのか、良かったら聞かせて欲しいの」
「エリちゃんなら、街の中でもすんごいプレイヤーになっているはずだよ!」
私はアイちゃんの後に続いて言う。
「なのに何で、危険を犯してまで街の外で戦ってるの?! 何で私達に黙ってそんなこと」
「言ったらあんた達、反対するからでしょ」
面倒臭そうに言うエリちゃん。
それは間違いない。
でも!
するとエリちゃんは男の人へと向けた。
その視線は優しくもあり悲しくも見えた。
「私、彼を一流の研究者にしてやりたいの」
「一流の、研究者?」
「自己紹介が遅れました。俺はシンヤ・キリュウ。小型パワードスーツの開発と研究をしています」
「違法でね」
ポツリと冷たい現実を突きつけるスロウスさんに、エリちゃんはすかさずスロウスさんを睨みつけたが、シンヤさんはそんなエリちゃんに首を振った。
そして改めて私達を見る。
「おっしゃるとおりです。俺の生まれは貧しくて金がなかったから、こうするしかなかった」
シンヤさんは語った。
シンヤさんは生まれが貧しいオリジナルだ。
だが、小さい頃から非常に賢い子として街に認識されていたらしい。
彼は子どもの頃から小型パワードスーツに興味があり、将来はその道に進もうとも考えていた。
しかし、そこに大きな壁が立ちはだかった。
遺伝子改良によるデザインチャイルドと、サイバネティクス技術だ。
そのどれもがお金を持つ者の特権として、今でも積極的に取り入れられている。
高度な知識や専門技術を学ぶための学校は、表向きは平等に受け入れているとされているが、現実はデザインチャイルドやサイバネティクスを施された人々ばかりを受け入れている。
仮に受験に合格しても、莫大な入学金と学費を払えないシンヤさんには、その道は閉ざされていた。
しかしシンヤさんは、見極めたかった。
時間を費やし努力を続け、彼らにも勝るとも劣らない才能を成長させ続けた。
自力で受験費用をためて準備万端で挑んだ受験は、主席は逃したものの上位で合格した。
「俺には才能がある。デザインチャイルドやサイバネと戦える力はある。だけど、何で金がないだけでこんなにも違ってくるんだ?! 街のAIの目は節穴か。オリジナルだって才能を持つ人材がいっぱいいるはずなのに、埋もれるだけしておいてバカなのかよ!」
「……奨学金制度は使えなかったの?」
スロウスさんがたずねると、シンヤさんは苦渋の表情でうつむいた。
「主席にならなきゃ全額負担にはならない。それに俺の両親は俺が十五の時に外の事故で死んで、身元を保証してくれる親戚もいなかった。俺は一人だったんだ」
「それは……」
ロイさんは途中で言葉を切った。
運がなかった。
そんな言葉で片付けていい内容じゃなかった。
お金と運に見放されたシンヤさんの無念は、街の管理AIへの怒りと反発へと変貌した。
それにつけ込むようにして現れたのが、街の管理AIの存在を排除しようとする団体だった。
街の外なら、君の望む勉強も研究もできるのだと唆し、彼を街の外へと連れ出したのであった。
「一番まずい所へ人材の流出が起こってるぞ、AI共」
「それは街の管理AIの失態であって、ボクとグリードには無関係だよ。どっちかと言えばボクらもあの二機には苦労かけられてるしね」
私とアイちゃんが言葉をなくす中、背後にいるロイさんが厳しい声で言うが、そんなロイさんを気にする風もなく気怠げに応じるスロウスさん。
グリードは片手を上げた。
「街の管理AIは決して万能ではない。全てをすくい上げられず手からこぼれてしまうこともある。反発されるのを承知で告げるなら、それがたまたま君だったという話なのだ」
「人生かかってんだぞ! そんなもんで片付けられてたまるか!!」
吼えるように言うシンヤさん。
おっしゃる通り過ぎて私は俯いた。
私もルシフェル暴走事件の時に、その手からこぼれ落ちそうになったことがあった。
間一髪グリードがフォローして事なきを得たけど、あの時の地面が崩れるような絶望感は未だに忘れていない。
「あの」
横目で見るとアイちゃんの表情は冷静なままだった。
「シンヤさんとエリちゃんはどんな関係なんですか?」
するとエリちゃんとシンヤさんは一瞬だけ顔を見合わせ、同時にこちらを向いた。
「結婚を前提につきあってんだけど」
「俺たち幼馴染で、恋人なんだ」
「そうだったんですね」
アイちゃんの勘は当たってた。
二人は恋人同士なのだ。
本来なら祝福し喜ぶべきところなのに、全くそれができない。
するとエリちゃんは険しい表情を改め、真面目な表情で口を開いた。
「私ね、シンヤの夢を叶えてあげたいの」
「夢」
「さっきも言ったでしょ。シンヤを小型パワードスーツの一流の研究者にしてあげたい。その為に協力を申し出たんだよ」
シンヤさんの無念を横で見てきたエリちゃんは、自分の才能をどうにか彼のために活かせないかと考えた。
それが、彼専属のテストパイロットになることだった。
それが違法であることは十分に承知していたが、無情な法と街の管理AIに失望していたエリちゃんは、ついに一線を越えたのだった。
気持ちは理解できる。
できるけど、私には納得できなかった。
「今は二人だけみたいだけど、今でもその団体さんとお付き合いはあるの?」
「ううん。しばらく付き合ったけど、考えがあわなくて独立したんだよ。あの団体は徹底的に街の管理AIを潰したいっていう考えだけど、私達はそうじゃない。……見返してやりたいの」
エリちゃんの目に鮮烈な光が宿った。
息をのむほどの迫力に私は言葉を失う。
「お前たちが失うに任せた人材がどれほど貴重なものであったか。金持ちにかまけてどれほどのオリジナルの才能を見落としてきたか、それを知らしめてやりたいのよ」
その声音は低く重く覚悟が決まった迫力があった。
しかしアイちゃんは毅然とした表情を崩さず二人と会話を続ける。
「それ、法律の範囲で何とかできなかったの?」
「街の中にいたら高等教育を受けられない上に研究もできないから、天地がひっくり返っても
シンヤさんのその言葉に、私達は完全に言葉をなくした。
二人とも私の想像を絶するほどの並々ならぬ覚悟で、今の道を選んだのだ。
すると、私の横にいるグリードが首を傾げた。
「それで今、君たちは幸せなのだろうか」
無機質な問いかけに、二人は虚をつかれた様子で口を閉ざした。