人の幸福について考察するのは、グリードの使命に、存在意義に関わる重大事項だ。
とは言え、グリードさん、どこまでも使命に忠実なんだよ。
でも、それは確かに気になることではあった。
「推測だが、その団体を離れたことで資金繰りも研究もかなり厳しい状況にあるだろう。エリザベートには違法薬物使用の疑いもある。そもそも彼女の今装着しているスーツの資源は街からの盗品だろう」
「街の資源のことなんて知ったことかよ」
吐き捨てるように言うシンヤさんに、私は決定的な音を聞いたような気がした。
そして静かに湧き上がってくるものを感じた。
「……法律を守り、日々街の外で危険と背中合わせで資源回収作業に取り組むこの三人がいる前で、その言葉は適切なものだろうか」
グリードの指摘に、ハッとして口元を押さえるシンヤさん。
後ろで控えていたロイさんが、ものすごい圧をかけてきているのが背中越しに伝わってきた。
めっちゃくちゃ怒っている。
だが辛うじて耐えている。
「話を戻そう。君たちの幸せについてだ。今の生活が苦しいことは容易に推測ができる。違法行為をここまで重ねているのだ。信用をなくし警戒度が上がったことで街に居辛くもなっているだろう。それでも、将来は幸せになるという
するとエリちゃんは再び険のある視線をグリードへ向けた。
「それを聞いてどうすんのよ」
「私の使命を全うするための参考にしたい」
「使命って」
「『人を救い、幸福へと導く』。これが私の使命だ」
「ハッ、全然できてないじゃん」
「君の言うとおりだ、エリザベート。私は長い間、社会と接することを禁止させられていたAIだ。人で言うところの世間知らずに該当する。だからこそ多くの人と接し、観察をし、人の幸せについての考えを深めたい。そして使命を成し遂げたい」
良いも悪いもなく事実だけを真面目一辺倒に語るグリードに、エリちゃんはもちろん、シンヤさんも呆気にとられた様子だった。
そんな二人の前にグリードは進み出た。
「エリザベート、シンヤ、教えてくれないか。ここまでことをしてきて君たちは将来、幸せになれるのか? そもそもなる気はあるのか?」
言い逃れができない圧倒的なグリードの雰囲気に、二人の表情が引きつるのを見た。
部屋が沈黙に包まれる。
エリちゃん、シンヤさん。
聞かせてよ。
幸せになるんだよね?
ここまでのことをして、幸せにならなきゃやりきれないよ。
するとエリちゃんは胸に手を当て、グリードを見上げた。
「私は今十分に幸せだよ。シンヤの手伝いをしてその成果を世間に披露する。私が試合に勝てばシンヤの名声は上がる。お金も手に入る。やり甲斐は十分にあるよ」
「それが、君の将来を蝕む違法薬物に手を出していたとしてもか」
「……私のことなんて使い潰せばいいんだよ」
「エリィ!」
あんまりな発言にシンヤさんが声を上げるが、エリちゃんは何もかも承知しているような、そんな寂しくも温かい眼差しをシンヤさんに向けた。
「そして街の管理AIを見返してやればいい。管理AIなんかいなくても、お節介な使命を持ったAIなんかいなくても幸せになれるんだぞってね、見せつけてやればいいんだよ」
その言葉に、私は張り手を食らったようなショックを受けた。
それはグリードやスロウスさん、街の管理AIたちの使命を全否定する言葉だったから。
そして、そう言ったエリちゃんの表情はキレイで輝いていて、とても危ういものだった。
……エリちゃん、幸せなの?
こんなにも身を削って戦って、将来はボロボロになることは確定なのに、それでも本当に幸せなの?
「浸りやがって」
ドスのきいた声が部屋に響いた。
背後を見れば、ロイさんがエリちゃんを睨みつけていた。
「ああそうだな。浸ったまんま死ねればお前さんは幸せだろうさ。でも、残された恋人はどうなる? そんな重いもん背負わせておいて、それで幸せになれだ? あまりに身勝手がすぎるだろうが!」
エリちゃんの表情がはっきりと凍りついた。
「それにな、現実はそう甘くねーんだよ。だいたい生き残るんだ。死に損なうんだ。何かしら欠損した状態で、常人の何倍もの苦しみを抱えて生きることになるんだ。俺は元傭兵でな、お前さんみたいな若さにかまけて無茶をして、人生を棒に振った連中を何人も見てきた。お前さんの場合は違法薬物の副作用か? どんなもんか知らんけど、代償は相当にでかいと思うぞ。……なあ、それでもお前さんは本当に幸せなのか?」
エリちゃんは押し黙る。
ロイさんの指摘は、あまりに正しい。
……そうだ。
私の父だってそうじゃないか。
私はエリちゃんに声をかけた。
「エリちゃん、エリちゃんは私の両親のこと、知ってるでしょ。父はオリジナルだけど、運良く高等教育を受けることができてメジャーにも就職できたよ。でも、母に捨てられて、私を一人で育てながら死にものぐるいで働いて、最後はひとりぼっちで死んじゃった。一人残された私がどうなったか、エリちゃん知ってるでしょ?! 同じ思いを好きな人にさせるつもりなの? それを知ってもやり続けるの?!」
エリちゃんの表情が歪んだ。
父が死に、母の件で荒れている私を知っているエリちゃん。
そんな私を止めて、頭をかち割って、鼻っ柱をへし折って、そばに寄り添ってくれたのがアイちゃんとエリちゃんだったのだ。
……今更何を言うのか。
私は内心で自嘲する。
この一年近く、エリちゃんに寄り添うことをしなかった私は友人とは呼べないのかもしれない。
でも、この件だけは何としても止めたかった。
長い長い沈黙がおりたが、やがてエリちゃんは睨むようにして私達を見た。
「……私は、幸せだよ。だから止めるつもりはないよ」
「エリちゃん!」
「あんた達が何をどう言おうと私の気持ちは変わらない。シンヤと一緒にこの道を行く。シンヤを取りこぼした街と街の管理AIに目にもの見せてやる! 私は
決然と言い放つエリちゃんに、絶望感と無力感が私の心身を満たした。
……止められない。
言葉では、会話では、この二人を止められない。
「バカ野郎が」
吐き捨てるようにして言うロイさんに、シンヤさんが目を釣り上げた。
「彼女を侮辱するのは止めろ!」
その強く鋭い声に、身体がビクリと震えた。
それほどに怒りのこもった声だった。
「俺達だって何も考えずにこの道を選んだわけじゃない。二人でさんざん迷って話し合ってここまで来たんだ。その上で、覚悟を決めてここまで来たんだ」
怒りと共に言ったシンヤさんだが、ふと笑みを浮かべた。
私達を憐れむような嘲るような笑み。
「どうせ、あなた達には俺達は止められない。街と法と管理AIに縛られたあなた達に、そのしがらみから抜けた俺達を止めることはできない!」
挑発するようなシンヤさんの物言いに、スロウスさんは無機質な目を向けた。
「そうだね。それは君が正しい。この対話がボクたちの最初で最後のカードだった。それを切ったボクらにやるべきことはもうない。そうでしょ?」
スロウスさんは言って、私とアイちゃんに目を向ける。
私達は俯くことしかできなかった。
スロウスさんの言うとおり、もう何もすることはできない。
でも、それでもと、私はみっともなく脳内で足掻き続ける。
でも、妙案が思い浮かぶことはなかった。
アイちゃんがすがるようにエリちゃんを見る。
「エリちゃん。私は」
「アイちゃん、ナナちゃん、私のことは忘れて街の中で今までどおり暮せばいいよ。誓って言うけど、街や街の管理AIを攻撃するつもりは全く無いから」
優しく、しかし拒絶の姿勢を崩さないエリちゃん。
「君はそうだとしても、街の外の大きな流れを君たち二人で御するのは困難なことだと推察する」
グリードが事務的な態度を崩さずに言うと、エリちゃんは鼻で笑った。
「なら通報したらいいじゃない。街の外まで手を出せるならね」
「そうか。……私としては君たちの幸せについて、もう少し対話を重ねたかったのだが、これ以上の対話は困難だと判断した。……非常に残念だ」
「グリード、お前本当に使命に忠実なのな」
「私の存在意義だからな」
グリードとロイさんのやり取りに、私はいろんな意味でガックリと肩を落とした。
グリード、ちょっとは空気を読んでよ。
それとも、まだ今のグリードには難しいのかな。
「じゃあね、アイちゃん、ナナちゃん。元気でね」
こうして、私達は重い空気を纏ったまま控室を出た。
背後で無機質にドアが閉まる。
……ダメだった。
説得できなかった!
横にいたアイちゃんが途端にへたり込み、顔を覆った。
「エリちゃん、どうして……」
「アイちゃん」
私はしゃがんでアイちゃんの肩を抱いた。
……こんな友達の終わり方ってある?!
何が良くて何が悪かったのか。
私にはさっぱりわからない。
「ナナミ、アイラ」
「グリード、しばらくそっとしておいてやれ」
ロイさんが静かに言ってグリードを制する。
アイちゃんはその場から動くことはできず、私はそんなアイちゃんに寄り添うことしかできなかった。
こうして久しぶりに再会した友人と、私達は一時間足らずで縁を切るという形でお別れをすることになったのだった。
<友人に会いに行った 完>